シャーロット・マクラウド『猫が死体を連れてきた』

5月1日(日)晴れ

 4月29日、シャーロット・マクラウド『猫が死体を連れてきた』(創元推理文庫)を読み終える。マサチューセッツ州バラクラヴァ郡(著者が巻頭で断っているように、現実にある州の架空の郡である)にあるバラクラヴァ農業大学の応用土壌学の教授であるピーター・シャンディの名探偵としての活躍を描くシリーズの『にぎやかな眠り』、『蹄鉄ころんだ』、『ヴァイキング、ヴァイキング』に続く第4作。原題はSomething the cat dragged in (猫が引きずり込んだ何ものか)で、「死体」とはいっていない。a catではなくthe catとなっていることで、この猫が誰かの飼い猫であることが分かる。物語の文脈に照らしてみると、「死体」を連れてきたわけではないのだが、読者に物語を分かりやすくするための工夫と考えて、目をつぶることにしよう。

 長年、一人暮らしを続け、通いの家政婦であるエリザベス(ベッツィ)・ローマックスに面倒を見てもらっていたシャンディ教授が、クリスマスのイルミネーションをめぐる騒動の中で、同僚で親友でもあるティム・エイムズの妻ジェマイマがこともあろうに、シャンディの家の中で死亡しているという事件が起こり、さらにいろいろな出来事があって、ティムの身の回りの世話にやってきたはずのヘレンという小柄でブロンドの女性と結ばれたのがシリーズ第1作の『にぎやかな眠り』であり、シャンディがこうしてヘレンと結ばれた後も、ベッツィはシャンディの家に通って家の掃除をはじめとするさまざまな仕事を続けていた。第2作『蹄鉄ころんだ』ではさしたる活躍を見せないが、第3作『ヴァイキング、ヴァイキング』では、郡内の古くから残っている家系の系譜についての知識と家政婦の仕事で仕入れた大量のゴシップを駆使して、シャンディの探偵活動に貢献した。その彼女の活躍ぶりに加えて、今回は、彼女の飼い猫であるエドモンドが題名通りの活躍をする。

 秋のある日、ミセス・ローマックスの飼い猫であるエドモンドが何か奇妙なものを銜えて戻ってくる。それが彼女の家の下宿人でバラクラヴァ農業大学の名誉教授であるアングレーのカツラであることを知った彼女は、教授のもとにそれを返しに出かける。しかし、彼は自分の部屋にいない。さらに探してみると、彼は博物館(になる予定のバラクラヴァ・ソサエティーのクラブハウス)の裏手で冷たくなっていた。事なかれ主義の警察署長オッタ-モールは事故死と断定、メルシェット医師もそれに同調するが、教授の部屋には誰かが押し入って、探し物をした痕跡がある。不審をぬぐいきれないミセス・ローマックスは、このところいくつかの難事件を解決して、名探偵としての評価が高まっているシャンディ―に自分の不審を詳しく伝える。さらに街の人気者である葬儀屋のハリー・グールソンも死体をめぐっては怪しい点があるという。

 アングレーも会員であったバラクラヴァ・ソサエティーは、他のクラブと違って入会条件がひどく厳しく、その一方でクラブハウスは荒れ果ててみすぼらしい。クラブの会員は、弁護士のヘンリー・ホッジャー、銀行家のヘンリー・パメル夫妻、石鹸成金のロット・ラット、元州議会議員のシル、何をしているのかわからないけれども金持の大男であるウィリアム・トゥワークスである。(実は他にもいる。) ホッジャーによると、アングレーは遺言書を残しており、その財産の3分の1をアングレー家の残された親族であるアロンゾ(ロンゾ)・ブルフィンチに譲ると書き記していたという。アングレーが残した遺産は約60万ドル、ロンゾには20万ドルの遺産が転がり込むことになる。オッタ-モールは彼こそ犯人にちがいないと意気込むが…。

 第4作ともなると、登場する顔ぶれにも変化があり、それぞれの役割も変化がみられるように思われる。シャンディ―の名探偵ぶりに変わりはないが、彼の影響を受けてか、ミセス・ローマックスは自分の知識をフル活用させて捜査に協力するし、ハリー・グールソンもなかなか鋭い推理を見せる。第3作で初登場した地元新聞の記者クロンカイトも自分の役割をはたす。依然として、頭の働きはよくないオッタ-モールでさえ、終盤になると、多数の部下が(臨時に)できたこともあって、見事な統率力を見せる。注意してよいことは、この作品がユーモアたっぷりの仕上がりを見せている一方で、シャーロック・ホームズ以来の素人>プロの警察という図式をきちんと守っていることである。それどころか、猫までもが名探偵ぶりを見せつけるのである。

 もう一つ注目されてよいのは、そのユーモアが小規模農家の利益を守り、さらに育ててゆくような教育を行うというバラクラヴァ農業大学の建学の理念と、巨大資本の陰謀との戦いという文脈で展開されていること、もう少し視野を広げると、この小説がレーガン大統領時代に発表されていることである。笑いを前面に出して入るが、その背後にレーガノミクスに対して批判的な著者の態度を読み取ることも、この小説について忘れてはならない事柄であろう。

ジル・チャーチル『大会を知らず』

4月8日(金)曇り

 ジル・チャーチル『大会を知らず』(創元推理文庫)を読み終える。主婦探偵ジェーン・シリーズの第14作である。この後、チャーチルは同じシリーズに属する作品を2編書いているが、それらはまだ翻訳されていない。本屋の棚に1冊だけ残っていたのを買って読んだということと合わせて推測すると、あまり売れ行き良好とは言えないシリーズのようであるが、この作品を読んだかぎりでは面白かった。彼女の他の作品も読んでみようと思う。

 交通事故で夫を亡くした専業主婦のジェーン・ジェフリーは3人の子どもたちの子育てに奮闘中だが(第14作のこの作品では、子どもたちも大きくなって、世話がかからなくなってきている)、身近なところで殺人事件が起きたりすると、隣の家に住む親友のシェリイとともに事件の解明に活躍してきた。
 その彼女たちが住む町のホテルで、ミステリ作家や出版関係者が集まる大会が開かれると知り、ジェーンは喜び勇んで参加を決める。会場となるホテルにシェリイの夫が投資をしている関係で、スイートルームが確保してあるという。この部屋を使えば、大会に入り浸っていられるわけである。長らくジェーンが乗り続けてきたおんぼろのステーション・ワゴンがまったく動かなくなったので、これを機に新しい車を買う。2人はこの車でホテルに向かう。
 ジェーンはこれまでずっと小説を書き続けてきた。この大会に参加する編集者か代理人に、どうやら書き上げたその作品を読んでもらうことも大会参加の目的である。女性作家に厳しいことで知られる批評家のザック・ゼブラや、かねてから愛読している女流作家のフェリシティ・ロアンがホテルにチェック・インしている姿を見かける。そうかと思うと新進作家のヴェルネッタ・ストラウスマンが夫と2人で西部風の派手な衣装で現われるのにも出逢う。
 ジェーンがフェリシティ・ロアンの本を読みながら、様子を窺っていると、ご本人から声をかけられる。ジェーンとシェリーはフェリシティとすっかり意気投合し、彼女から大会参加者についての情報を得る。大会には大物編集者のソフィ・スミス、書籍販売人と自称するがミステリについては誰よりも詳しいチェスター・グリフィス、それにこの種の大会には必ず参加して、その場にいない作家の悪い噂を探りだす謎の批評家ミス・ミステリが来ているという。
 開会式で演壇に立ったソフィ・スミスが体調を崩して病院に運ばれるという出来事はあったが、大会は順調に進行し、ジェーンとシェリーは手分けをしてセミナーに出席し、いろいろなことを学んだり、出席して損したと思ったりする。そのうちザック・ゼブラが行方不明になり、負傷して発見され、命には別条ない様子であるが、折よく居合わせたジェーンの恋人であるメル・ヴァインダイン刑事(大会で講演をするためにホテルにいたのである)から現場の様子を聞いた彼女にはどうも腑に落ちないことがある…。

 ミステリ作家の大会という、おそらくは著者にとってなじみの深い場所を舞台にして、殺人や強盗といった事件は起きないけれども、作家にとってみると大事な問題をめぐっての事件が展開する。登場人物の性格や行動はユーモアを交えて誇張されているが、それなりの現実感がある。翻訳者である新谷寿美香さんはこの作品でのジェーンの姿が、作家としてデビューする以前のジル・チャーチル自身の経験を踏まえて描かれているのではないかと推察しているが、出版会の内情を知るという意味でも興味の持たれる作品である(ただし、作品発表から10年以上たっているので、出版にかかわる事情は多少変わってきているかもしれない)。

 内容からすれば、『大会を知らず』という題名はおかしいのだが、「(井の中の蛙)大海を知らず」のもじりということだろう。原題はBell, Book and Scandalで、これは映画俳優・監督・製作者であったリチャード・クワイン(1920-89)が1958年にキム・ノヴァク主演で監督した『媚薬』(Bell, Book and Candle)の題名をもじったものだそうである。この主婦探偵ジェーン・シリーズの題名はすべて何か他の作品の題名のもじりで、Grime and Punishment (ゴミと罰)とか、War and Peas (エンドウと平和)などというのはすぐに元の題名が分かるが、この作品についてはわかりにくい。リチャード・クワインというと、一時キム・ノヴァクとロマンスがあり、彼女をヒロインにした凝った(気取った?)映画を作っていた監督として知られるが、ミステリも何作か手掛けている(『刑事コロンボ』も何本か監督している)。あるいはジル・チャーチルさんはこの監督の作品がお気に入りなのかもしれず、『媚薬』という映画を私は見ていないのだが、映画の中で<媚薬>がどのように使われたかが分かれば、そこからこの作品の命名の理由が分かるかもしれないと勝手に想像している次第である。

オヴィディア・ユウ『アジアン・カフェ事件簿② 南国ビュッフェの危ない招待』

3月11日(金)曇り

 オヴィディア・ユウ『アジアン・カフェ事件簿② 南国ビュッフェの危ない招待』(原書房:コージーブックス)を読み終える。
 シンガポールのフェミニスト作家オヴィディア・ユウによる、シンガポールでカフェを営むアンティ・リーが活躍する推理小説シリーズの第2弾。原題はAunty Lee's Deadly Specials (リーおばちゃんの死を呼ぶ特別料理)とでも訳せばいいだろうか。

 前作に引き続き、カフェ〈アンティ・リーズ・ディライト〉の主人であるアンティ・リーが持ち前のお節介な気性をあらわにして事件の解決にあたり、そのメイドであり、何か事件があればその手足となって活躍するフィリピン人のニーナ、前作にも登場しているが、今回からカフェの従業員という新しい役どころを与えられたチェリルがいわば探偵事務所員で、警察本部のラジャ長官、地区担当のサリム警部がヒロインと協力して事件の真相を解明する警察関係者、前作で活躍したティモシー・パン巡査部長は他の部署に「栄転」したという設定ながら、重要な役割を演じるというところまでは前作を引き継いでいるが、新たにきわめて官僚的な女性のパンチャル巡査部長が登場する。
 その一方で、アンティ・リーの夫の先妻の息子であるマークと、その妻であるセリーナが、カフェの経営権を手に入れようとあの手この手の作戦を繰り出して、物語の展開をややこしくする、「敵役」的な役柄を与えられている。マークは自分の愛好するワインを客に飲ませて、その嗜好を広げることを考えているのに対し、アンティ・リーはおいしいものを楽しめばいいという考え方である。とはいうものの、前作に比べるとその「敵役」性は薄らいでいるように思われる。

 アンティ・リーは法律事務所を経営するメイベル・スゥーンが、実の娘であるシャロンに事務所の経営権を譲ることを記念するパーティーのケータリングを頼まれる。シャロンは、このようなパーティーを開くことには反対である。彼女は、事務所の経営がかなり悪化しているという事実の確証を得ている。メイベルと、医師であるその夫のヘンリーの間にはシャロンのほかに、レナードという息子がいるが、アメリカに留学して、いくら金を掛けても学位をとることができずに帰国してきたというこのレナードについてはさまざまな噂がある。

 パーティーにはこのレナードの主治医であるというヨーンをはじめとして怪しげな、あるいはアンティ・リーがどこかで出会ったような人物が出席しているのだが、裏門で、自分の知り合いがこの邸で働いているはずだと押問答をする男性が出現し、その後、アンティ・リーが持ち前の好奇心でこの邸のあちこちを偵察していると、旧知のドリーンに出会い、いろいろと話をしていると、メイベルとレナードの死体が発見されたという知らせが入る。自殺か、他殺か、あるいは事故死か。死因は、このパーティーの料理を提供したアンティ・リーの店のつくったアヤム・ブア・クルアという鶏肉料理による食中毒だという噂が流れる。それどころか、ヘンリーの周辺から、アンティ・リーの店についての非難が寄せられ、彼女のカフェは営業停止になる。この措置に納得がいかないアンティ・リーは例によって独自の捜査を展開し、事件の背後に臓器の移植をめぐる闇組織の活動が見え隠れしていることを突き止める…

 シンガポールは国際的な「学力」テストにおいて、常に上位を占め、その大学も世界的に高い評価を得ている。だとすると、そこで養成された医師とか弁護士という専門職の人々は、国際的に見て極めて優秀な人々であるかというと、そうでもなさそうだ…というのがこの作品の出発点のようである。アンティ・リーも、チェリルも大学卒という学歴は持たず、もともとの頭の良さとその後の経験から学ぶことで、事件に対処する推理力を身に着けてきた。これに対して、より高い学歴をもつ人々のなかには現実を見極めずに、学歴やその他の外見的な特徴だけで相手の人間性を判断する例が少なからずみられる。もちろん、これは小説の作者による設定であって、それがどこまでシンガポール社会の現実を反映・描写しているかは疑問である。

 それでも、登場人物の多くがどこか無理をしながら、夢を追いかけているのに対し、ちょっと立ち止まって現実を楽しむことを考えようと呼びかけているアンティ・リーの姿勢には教えられるところがある。このことと関連して、多民族が移住・共生し、新しい文化を造り上げようとしているシンガポールには独特の魅力が感じられることも否定できない。多文化の共生には時間がかかり、利害関係者の相当の忍耐を必要とするのである。そういうなかで、忍耐の苦しみを和らげる可能性があるのが料理であるというのがこのシリーズの主張の1つであろう。東京には何軒かシンガポール料理の店があり、私もある研究会の流れでそのうちの1軒に出かけたことがあるが、さらに新しい店を発掘する努力を続けていくつもりである。 

シャーロット・マクラウド『ヴァイキング、ヴァイキング』

2月24日(水)曇り、一時小雨

 2月23日、シャーロット・マクラウド『ヴァイキング、ヴァイキング』(創元推理文庫)を読み終える。
 ニューイングランドのどの州に属するのかはわからないが、バラクラヴァ郡にあるバラクラヴァ農業大学の応用土壌学の教授であるピーター・シャンディが活躍するシリーズの『にぎやかな眠り』、『蹄鉄ころんだ』に続く第3作。しばらく絶版になっていたが、この度新版が刊行された。原題はWrack and Runeで『残骸とルーン文字』とでも訳せばよいのだろうか、原題と邦題の意味は、物語の展開を読めば、おのずと理解できる。

 バラクラヴァ郡の地方週刊新聞の記者クロンカイト・スウォープは間もなく105歳の誕生日を迎えようとしているミス・ヒルダ・ホースフォールをインタヴューしている。彼女の農場の近くにはルーン文字を刻んだ石碑があるという話を聞いて、その石碑を探し出そうとしていると、農場で作男として働いていたスパージョン(スパージ)・ランプキンが奇怪な死に方をするという事件が起きる。農場での作業を手伝いに来ていた(いつもは学生たちと一緒なのだが、夏休み中なので、1人だけでやってきている)応用土壌学の教授であるティモシー(ティム)・エイムズが事件に不審を感じて、シャンディ―に連絡を取る。

 農場の経営は厳しく、ヒルダとその甥のヘンギスト(ヘニー)・ホースフォールはスパージの助けを借りて細々と農園を維持してきたのである。それで、この土地を開発しようとする不動産業者が2人にうるさく迫っている。さらに農場の近くで怪しげな古道具屋を経営している2人の人物の姿も見え隠れする。また、この土地の相続をめぐって親族の間での小競り合いもあるようである。しかも、ここしばらく、2人に対する嫌がらせ事件が続いているが、警察署長は事件を取り上げようとせず、スパージの死についても事故死として片づけてしまう。何しろ、警察署長の妹が不動産業者なのである。

 ところが1人でルーンの石碑を探しに出かけたクロンカイトがとってきた拓本を見ると、本当にルーン文字で何かが書かれているようである。そこでシャンディ―とティム、クロンカイトは大学の学長でスウェーデン出身であり、古代スカンディナヴィアの文化に詳しいスヴェンソン学長に意見を求めに出かける。学長の7人いる娘のうち5番目のビルギットが結婚することになって、その結婚式に列席するためにスウェーデンからやってきている学長の大叔父の102歳になるスヴェンは英語は自由に話せないが、この問題についてはさらに詳しいという。
 スヴェンが解読したところでは、石碑には「オルム・トーケッソンがみつけたのは、まずい酒と気むずかしい女たちだけだった。ここは呪われている」という文言が刻まれていた。どうやら、中世にニューイングランドまで到達したヴァイキングの1人がこの石碑を残したらしい。このニュースをクロンカイトが書き立て、新聞の号外を配ったために、多数のやじ馬が押しかける騒ぎとなり、その一方で、この「呪い」を証拠立てるような怪事件が続いて起きる。さらにスヴェン老人は、ヒルダに熱を上げ、合計年齢207歳という「大」恋愛が進行しはじめる…。

 合計年齢207歳の「大」恋愛に代表されるおおらかで温かなユーモアが満ちたコージー・ミステリ―であるが、農民たちの土地を奪おうとする者に対する怒りのようなアメリカ文学の伝統的な正義感も物語を支えている。中世ヨーロッパを席巻したヴァイキングと呼ばれる北欧の海の民たち――その代表的な1人が、この物語でも言及されているイングランド、デンマーク、ノルウェーの王であったカヌート(c.993-1035)である――が、アイスランド、グリーンランドを発見し、さらに北アメリカに到達したという言い伝えがある(この他にも、コロンブス以前に北アメリカに達した人物がいるという伝説はいくつかある)。だから、ヴァイキングにまつわる遺物が発見されれば、大発見ということになる。バラクラヴァ郡はなぜか、この州の他の郡と違って、北欧系の名前をもつ人々が多いという設定なので、大騒ぎが起きることも理解しやすくなっている。作者であるシャーロット・マクラウドはその名前から考えてスコットランド系(或いはアメリカに多いアルスター・スコッツと呼ばれるスコットランドから北アイルランドに、そしてアメリカに移住した人々)であろうが、スコットランドと北欧の距離は近いので、親近感があったとも思われる。
 ルーン文字というのは中世にゲルマン人たちによって、ゲルマン諸語を書き記すために使われていた音素文字であり、鋭角的というのかな、その独特の字形が印象的である。その後はラテン文字(ローマ字)に取って代わられたのだが、北欧と英国ではこの文字を記した遺跡が発見されることがある。文字資料だけでなく、ヴァイキングの隠した財宝が発見されたというニュースも英国では時々報じられてきた。

 スパージを殺した犯人は誰か、ヒルダとヘニーが耕している土地は守られるのか、正当に相続されてゆくのか、石碑とその上に記された文言は真実を語っているのか、そして合計207歳の恋の行方は…もともと奇想天外で波乱にとんだ物語は、さらに波乱を重ねながら、思いがけない結末へと進んでゆく。共通の祖先をもつ古くからの家柄の一族の入り組んだ関係が物語の進行に絡み、その関係を頭に入れないと展開が理解しにくいのが欠点ではあるが、ユーモアたっぷりの語り口は、最後まで読者の興味をそらさない。

 物語とはあまり関係がないのだが、スヴェン老人が英語をあまりよく話せず、発音もあやしいというのが、その年齢設定とともに興味深い。種田輝豊さんの『20ヵ国語ペラペラ』という書物の冒頭に、英語ができないスウェーデン人が登場する。この書物を何度も読み返したらしい、黒田龍之助さんが英語ができないスウェーデン人というのは信じられないという意味のことを書いていると記憶するが、かなり昔のスウェーデンにはそういう人がいたのかもしれない。 

レスリー・メイヤー『バレンタインは雪あそび』

2月16日(火)晴れ

 レスリー・メイヤー『バレンタインは雪あそび』(創元推理文庫)を読み終える。1999年に発表された、主婦探偵ルーシー・ストーンをヒロインとするシリーズの第5作である。原題はvalentine Murder(ヴァレンタインの殺人)で珍しいほどの大雪の中、「雪あそび」などとのんきなことをいっていられないような事件が展開する。
 アメリカの東北部にあるメイン州の田舎町ティンカーズコーヴに住むルーシーには夫で修復専門大工であるエドとの間に1男3女がいて、その子育てだけでも大変だが、地元の週刊新聞『ペニー・セイヴァ―』の臨時記者を務め、さらにブロードブルックス図書館の理事の職務まで引き受けてしまった。図書館は目下増築工事中である。図書館の理事会に初めて出席しようとしたのだが、定刻に遅れ、司書であるビッツィの様子を見に行くと、彼女が殺されていることに気付く。彼女は何者かに射殺されたようである。

 慌てて警察に通報したところ、顔なじみのはずの州警察のホロヴィッツ警部補は、第一発見者である彼女を容疑者扱いにしただけでなく(実際に、第一発見者が犯人である可能性は少なくない)、事件に首を突っ込まないように釘を刺される。事件発生当時理事たちは全員図書館に集まっていた。だとすると、その中の1人が犯人だということであろうか。
 理事を務めているのは、理事長である、つい数か月前までウェストミンスター大学の学長を務めていたジェラルド・アスキス、他の5人の理事は長らくこの図書館の司書を務めていたジュリア・ウォード・ハウ・ティリー、ケータリング業者のコーニー・クラーク、弁護士のチャック・キャナディ、建築請負業者のエド・バンパス、アンティーク店の共同経営者であるヘイデン・ノースクロスである。この理事たちには、それぞれ秘密、あるいは抱え込んでいる問題がある。(それは読んでいくうちに分かる…)

 図書館の入り口ホールには、ティンカーズコーヴに最初に定住したヨーロッパ人であるジョサイア・ホプキンズの子孫によって寄贈されたふたつき大ジョッキ(タンカード)が飾られているのだが、さらにその後、このタンカードが盗まれ、間もなく、ヘイデンの死体が発見されて、その傍にタンカードが転がっていたので、ホロヴィッツはヘイデンがタンカードを盗み、それをビッツィに咎められて彼女を射殺、その後良心の呵責に耐えかねて自殺したという経過を推理して、一件落着を宣言する。(もっともこの物語はルーシーの立場から語られているので、本当にホロヴィッツがそう思ったのか、捜査上の作戦としてそのように言ったのかは、多少考える余地がある。ルーシーに余計な手出しをするなと言ったのも、同じように2つの解釈が可能である。)

 ルーシーの見るところ、ヘイデンは殺人を犯すような人物ではないし、同性愛者の彼が一緒に事業をしていたラルフも、彼の死が自殺ではなく他殺であるという考えである。さらにヘイデンの死体のかたわらに転がっていたタンカードはどうもニセモノらしい。ジェラルドが学長をしていたウィンチェスター大学では創立100周年の記念品として、ジョサイアのタンカードの複製品を作っており、複製には大学の紋章が刻印されているが、それを消すのは簡単であることが分かる。ヘイデンの葬儀の際に、ジェラルドが逮捕される。彼は賭博にのめり込んでいて、多額の借金をしていたらしい…。

 一方で家事と子どもたちの世話に終われ、新聞社から頼まれた特集記事を執筆し、図書館の理事会に出席し、他の理事たちと相談・協議しながら、買い物をしたり、友達とおしゃべりをしたりする。宝くじとコンピューターが人々の暮らしにとっての新しい刺激になっているのだが、ルーシーは宝くじについての原稿を書き、子どもたちに教わりながらコンピューターで調べ物をする。これまで通りの生活と新しい試みの中で、物語が進展していく。

 時は2月で、バレンタイン・デーが近づいているが、あいにく大雪と暴風が町を襲おうとしている。
 「・・・三人が考えていたことをラルフが口に出した。
 :「ニューイングランドの冬は、見た目は美しいが苛酷だ。しかも、今年の冬はとりわけひどい。そろそろ、大勢の人たちが自暴自棄になりかけているんじゃないかな。夏のあいだにどうにかためたわずかな蓄えは底をつき、灯油が食料を買う金もない・・・・・それなのに、きびしい寒さはまだこの先2か月はつづく」
 そのとおりだとルーシーは思った。田舎では貧困の度合いがひどくなる。森の奥に隠され、風雨にさらされた下見板にかこまれて見えないが、内実は悲惨な限りだ。・・・いまは福祉改革とやらで、大勢の人々が寒さの中に文字どおり置きざりにされ、自力で生きのびていくほかなくなっている。」(119ページ)

 社会正義を求める気持ちに加えて、ニューイングランド地方とそこでの暮らしに対するルーシーの愛着が強いだけに、事件の真相を突き止めようとする、またその背後にある事情を見つけようとする彼女の努力も止められないものになるのである。
 「日常の暮らしがカードの絵のようならいいのに。ルーシーはニューイングランドの暮らしが――小さな町、武骨な人々、毎年の町民会すら――大好きだった。独立独歩の精神、勤勉さ、つつましさ、良識、大型のボストンクラッカー。まるでターシャ・テューダーの絵本に出てくる子供のように、子供たちが頬を真っ赤にして帰ってくる瞬間が、大好きだった。」(247ページ) このような愛着があるからこそ、彼女の正義感と探求心が生まれるのであり、それが物語の底を流れていることを見落とすべきではないだろう。

 バレンタイン・デーの過ごし方をはじめ、ニューイングランドの暮らしぶりの中での主婦探偵の主婦らしさがしっかりと描きこまれているから、最後の方になるとホロヴィッツ警部補がほとんど登場しないとか、物語の運びにいろいろ問題があっても、それがあまり気にならず、展開についていける。アメリカの公共図書館やその事業についても、かなりありのままに近い姿が描かれているように思われて、興味深い。
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