2018年の2018を目指して(1)

2月1日(木)曇りのち雨

 昨日、新しいパソコンを購入したが、ルーターの切り替えがまだ済んでいないので、業者のパソコンを使って本日の更新を行うことになった。いつまでも機械を利用し続けるわけにもいかないので、この記事の入力がすんでからどの程度、皆様のブログを訪問できるかはわからない。本格的な始動は、まだしばらくお待ちください。

 2018年1月は都道府県レベルでは神奈川県と東京都の1都1県、市区町村レベルでは横浜市、川崎市、千代田区、渋谷区、港区、品川区の2市4区に足跡を記した。
 利用した鉄道は東急、東京メトロ、都営地下鉄、JR東日本の4社、路線では東急東横線と目黒線、東京メトロ半蔵門線、都営三田線、JR山手線の5路線、乗降した駅は横浜、武蔵小杉、神保町、渋谷、白金台、目黒の6駅である。
 利用したバスは横浜市営と川崎市営の2社、横浜市営は291,34,50,35,202,87の6路線、川崎市営は溝05と杉40の2路線、合計6路線を利用している。乗降した停留所は11停留所である。〔44〕

 32件のブログを書き、5件のコメント、627拍手をいただいた。拍手コメントとトラックバックはない。ブログの内訳は、読書が21、『太平記』が6、日記が4、詩が1ということである。〔37〕

 本を10冊購入し、8冊を読んだ。本を購入したの店舗は1店だけである。読んだ本の著者・表題を列挙すると、網野善彦・鶴見俊輔『歴史の話』(朝日文庫)、諏訪哲二『教育改革の9割が間違い』(ベスト新書)、東海林さだお『目玉焼きの丸かじり』(文春文庫)、鳥飼玖美子『英語教育の危機』(ちくま新書)、前川喜平・寺脇研『これからの日本、これからの教育』(ちくま新書)、ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(中公文庫)、永嶺重敏『オッペケペー節と明治』(文春新書)、池上英洋『ヨーロッパ文明の起源』(ちくまプリマー新書)わりに真面目な出だしだが、読んだ本が少ないのが問題である。〔9〕

 外国語関係では『ラジオ英会話』を18回、『入門ビジネス英語』を8回、『短期集中3か月英会話』を11回、『高校生からはじめる現代英語』を8回、『実践ビジネス英語』を10回、『まいにちフランス語』を18回、『まいにちスペイン語』を18回、『まいにちイタリア語』を18回聴いている。このほか、『英会話タイムトライアル』、『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』、『ボキャブライダー』、『ワンポイント・ニュースで英会話』を大体全部、『まいにちドイツ語』、『まいにち中国語』、『レベルアップ中国語』を時々、聞き流している。多く聴けばいいというものでもないので、4月になれば聴く番組を変えることになるだろう。〔109〕

 神保町シアターで山中貞雄『人情紙風船』と渋谷実『現代人』、イメージフォーラムでイランのアニメーション映画を見た。見たい映画はいろいろあるのだが、気ぜわしくて映画館に足を運ぶ気持ちにならないのは困ったことである。新旧織り交ぜ、アニメーションや記録映画にも興味を持ち続け、いろいろな映画に接していきたいと考えているが、果たしてどうなるだろうか。〔5〕

 第96回全国高校サッカー選手権大会の2回戦2試合をニッパツ三ツ沢球技場で、3回戦2試合を等々力総合競技場で見た。2月の下旬にはJリーグも始まるので、例年並みにはサッカーの試合を見ることになるだろうと思う。〔6〕

 2017年の2017の集計がまだできていないが、なんとか2月中にはまとめるつもりなので、その分もご猶予願います。

日記抄(1月22日~28日)

1月28日(日)曇り、寒い

 1月22日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど。前回の補遺・訂正:
1月19日
 NHKラジオ『基礎英語3』を聞いていたら、ミランダ・コスグローブさんの歌う「アイ・カーリー」の主題歌がリクエストされていたので、懐かしかった。(「懐かしかった」などといっていいのかどうかはわからないが…)

1月22日
 雪が降るという予報だったが、降り出す前に東京に出かけ、病院で診察を受けた後、X線写真と心電図をとった。病院に到着するころからみぞれが降っていたが、横浜に戻る電車の中からは雪が積もりはじめているのが見えた。バスがチェーンを巻いて走行するため、座っていると微妙に振動が伝わってきて、理髪店でマッサージを受けている時のことを思い出したりした。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「スペインの街角」のコーナーは、スペイン北部のカンタブリア海に面した町サンタンデール(Santander)を取り上げた。海に面しているだけあって、海産物の料理がおいしいということである。

 『日経』連載の草笛光子さんの「私の履歴書」では、ウィリー・ラッセルの『シャーリー・ヴァレンタイン』という独り芝居に出演、歌も踊りもない舞台を50代になって初めて経験したことが語られていた。

1月23日
 『朝日』朝刊の椎名誠さんの「語る――人生の贈りもの」は「カタッ苦しさから解放された」という見出しで、エッセーを書き始めたころの経験が語られていた。

 草笛さんの「私の履歴書」は、セリフだけの劇をやり通して、新しい自信がつき、出演作品にも変化が出るようになったことが語られていた。

 『まいにちスペイン語』の「ラテンアメリカの街角」で、今回はアメリカ合衆国フロリダ州のマイアミを取り上げた。1959年の革命以後、この地に移住してきたキューバ人が多く住みつき、リトル・ハバナと呼ばれる街区もできているという。

1月24日
 椎名誠さんの「語る――人生の贈りもの」は<あやしい探検隊>の組織と活動→<雑魚釣り隊>について語られていた。

 草笛さんの「私の履歴書」は、ガンで死んでいく女性の大学教授をヒロインとする舞台「ウィット」に主演した時のことが語られていた。

 『まいにちスペイン語』では「スペイン語の多様性」の一例として、切手をスペインではselloというが、メキシコではtimbre、アルゼンチン、チリ、ベネズエラではestampillaということ、郵便局はスペインではcorreosであるが、メキシコ、アルゼンチン、ベネズエラではcorreoとsがつかないことなどが紹介された。スペインのポストは黄色だが、メキシコのポストは赤色だという。黄色というのはたしか、フランスと同じである。

 ジェイン・オースティン(大島一彦訳)『高慢と偏見』(中公文庫)を読み終える。昨年は阿部知二訳(河出文庫)と中野康司訳(ちくま文庫)で読んでいる。以前に読んだ富田彬訳(岩波文庫)と合わせ4種類の翻訳で読んだことになる。このブログではオースティンの完結した長編小説6編のうち、『高慢と偏見』を除く5編はすでに紹介しているので、『高慢と偏見』も取り上げるつもりではあるが、いつになるかはわからない。

1月25日
 椎名誠さんの「語る――人生の贈りもの――」はいろいろな困難が予想される中で、楼蘭に出かけた時のことが語られていた。

 草笛光子さんの「私の履歴書」は、ブライアン・クラークの『請願』、ブレヒトの『肝っ玉おっ母とその子どもたち』などの反戦劇に出演した際に、自分の演技で観客に戦争の悲惨さを伝えていくというやりがいを感じたことが語られていた。

 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」は「裁判所長夫人(La Gegenta)」の5回目。裁判長夫人(ラ・レヘンタ)穴をめぐって争っている2人の男性、説教師ドン・フェルミンと政治家のアルバロ・メシーアがアナも訪れているベガリャーナ侯爵の屋敷で顔を合わせる。庭のシーソーで高く上がりすぎて、籠が壁から出た木の棒に引っかかったために降りられなくなったオブドゥリア・ハンディーニョをアルバロは助け下すことができなかったが、彼よりも背の低いフェルミンがやすやすと助け下してしまう。フェルミンを彼女の守護者聖ミカエル、アルバロを誘惑者悪魔と感じていたアナは、フェルミンの強靭さに救いを見出す。

 筑摩書房から『ちくま』2月号が届く。橋本治さんの巻頭随筆「おもしろくすることを考えればいいのに」、ほしおさなえさんの「東京のぼる坂くだる坂 2 闇坂」(JR大森駅の西側の一帯が探訪されている)が面白く、斎藤美奈子さんの「世の中ラボ94 明治150年にあたり、「司馬史観」を検証する」、岡本隆司さんの「世界史を一望する15 帝国主義と東西の「帝国」」、上野千鶴子さんの「情報生産者になる14 メッセージを届ける」はそれぞれに読みごたえがあって、勉強になる。

1月26日
 椎名誠さんの「語る――人生の贈りもの――」は、楼蘭で井上靖から託されたブランデーを飲んだ挿話が語られていた。

 草笛光子さんの「私の履歴書」は第25回。亡くなられた母堂との「シーソーゲーム」の関係が語られていた。「きれいに生きる」をモットーとしていた母堂は、長年、草笛さんのマネージャーを務めていたが、女優としての仕事が済んだと思ったらおいでなさいと90歳を超える高齢で亡くなられたそうである。

 『まいにちスペイン語』は『裁判所長夫人』の6回目。アルバロはアナを誘惑する機会を得ようと、アナの夫であるドン・ビクトルを説得し、3人でソリーリャの『ドン・フアン・テノリオ』を見に出かける。
 Empezó el segundo acto y don Álvaro notó que por aquella noche tenía un poderoso rival: el drama. Anita comenzó a comprender y sentir el valor artíco del don Juan emprendedor, loco, valiente y trapacero de Zorrilla; [...].
(第2幕がはじまると、ドン・アルバロは、その夜は芝居という強力なライバルがいることに気づいた。アニータはソリーリャの作品の、やり手で、向こう見ずで、雄々しく、いかさまを働くドン・フアンの芸術的な魅力を理解し、感じはじめた。〔。。。。〕。
 その後、アルバロから倶楽部(カシノ)で開かれた舞踏会に誘われたアナは、彼と踊るが、興奮のあまり彼の腕の中で気を失ってしまう。自分のふるまいを悔やんだアナは、罪の償いのために、聖週間の金曜日に、行列の一員として、町中をはだしで練りあることを決心する。町は大騒ぎになる。
 ドン・フアン劇としては、モリエールの『ドン・ジュアン』が最もよく知られているが、この作品では主人公は最後に地獄に堕ちてしまう。ソリーリョの『ドン・フアン・テノリオ』は日本語にも翻訳され(岩波文庫に入っている)が、ドン・フアンは最後に神の救いを得る(それで、スペインではこの作品が非常に人気があって、とくに11月2日に好んで上演されるそうである)。他にイタリアのゴルドーニが劇にしたものもあり、ここではまたドン・ジョヴァンニは地獄に堕ちる。モーツァルトが歌劇にしたのは、ゴルドーニ版にさらに手を入れたものだと記憶しているが、ゴルドーニ版そのものだったかもしれない。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote”のコーナーで紹介された言葉:
A single twig breaks, but the bundle of twigs is strong.
        ―― Tecumseh (Native Americanmilitary leader, c.1768 -1813)
(1本の枝は折れるが、束にした枝は強い。)
 日本でも同じようなことを言った人がいた。

 神田神保町のすずらん通りの檜画廊から2月5日(月)~17日(土)に開かれる「丸木位里・俊展」の案内のハガキが届いた。例年の催しで、昨年は足を運ばなかったので、今年は見に行くことにしよう。

1月27日
 『朝日』、『日経』両紙に中国が北極海を通ってアジアとヨーロッパを結ぶ航路の開発に本格的に乗り出そうとしているという記事が出ていた。大航海時代にポルトガルは喜望峰周りでインド洋からアジアに進出、スペインはマジェラン海峡から太平洋を渡ってアジアに拠点を築こうとした。これに対して、イングランドは北極海を通る航路を開拓しようとしたが、北極圏の寒さと氷山を想定していなかったので失敗に終わった。いずれこのブログで取り上げるつもりにしているが、ラブレ-の『第四の書 パンタグリュエル物語』でパンタグリュエルの一行はヨーロッパから北回りでアジアにむかおうとしている。こういう空想旅行の経路を見ていると、その時代の人間の世界地理についてのイメージがわかるところがある。それにしても、北極海航路の定期便が開通したら、一度でいいから乗ってみたいと思う。(シベリア鉄道よりも面白いのではないかという気がしてならないのである。)

 草笛光子さんの「私の履歴書」は第26回。リチャード・アルフィエリ作『6週間のダンスレッスン』のリリーという役に出会い、自分にぴったりの役で、女優をやっていてよかったと思ったことなどが語られていた。

 永嶺重敏『オッペケペー節と明治』(文春新書)を読み終える。この本については機会を見て取り上げるつもりである。ただ、大学に入学してすぐに、福田善之の舞台劇『オッペケペー』を見たことを思い出すのだが、この本の中にはこの演劇への言及がなかったのが残念である。

 NHKラジオの「朗読の時間」、織田作之助の「夫婦善哉」に続いて朗読されていた「続夫婦善哉」も終わった。柳吉と蝶子は大阪のカフェを売り払い、別府に移住して、また元の剃刀屋に戻る。あれこれの才覚を働かせて、商売を大きくしようとするのだが、次第に戦時色が強くなる世の中で、苦労は絶えない。柳吉は実家に残されている自分の娘のことが心配でしょうがない…。物語の展開としては、大阪でさらに波乱を重ねる方が面白かったようにも思うのだが、作品のモデルになった姉夫婦の生活の軌跡をなぞってこうなったということであろう。

1月28日
 『朝日』朝刊に平昌冬季オリンピックに出場することになった韓国と北朝鮮の合同チームが選手のあいだの言葉が通じにくいという問題に直面していることが報じられていた。アメリカとの結びつきが強い韓国では「アイスハキ」というのを、北朝鮮では「氷上ホケイ」といい、スティックを北朝鮮では「ホケイチエ」、パスを「連結」、オフサイドを「攻撃違反」というそうである。やたら外来語を使うのは好きではないが、北朝鮮のスポーツ用語を聞いていると、太平洋戦争中に日本で野球をするときに「ストライク」を「よし、一本」といっていたことを思い出してしまう。

 『朝日』朝刊の横浜版には、1011年から2017年のあいだの小学校の学校給食の変化が写真入りでたどられていた。食料品の価格が次第に上昇して給食の内容が切り詰められているのがよく分かる。同紙の1月24日付のコラム「経済気象台」で今の日本の経済が「本当にデフレなのか」という問いが投げかけられていたが、今の日本は「物価が持続的に下落する状況」ではない。それなのに、デフレ脱却が盛んに強調されるのはどういうことか? 私のような年金生活者にとっては、デフレは最も好ましい経済状態だということも経済政策策定者は頭の中に入れておいてほしいことである。

 草笛光子さんの「私の履歴書」は三谷幸喜さんの作品への出演や三谷さん自身について語られていた。

日記抄(1月15日~21日)

1月21日(日)晴れ、温暖(明日から寒くなるという予報である)

 1月15日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前回の補足・訂正など:
1月15日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「スペインの街角」のコーナーではカスティーリャ・ラ・ヌエバ州ラ・マンチャ県のクエンカを取り上げた。人口5万人ほどの小都市であるが、古い歴史的伝統がある。ウエカル川に面した断崖の上に立つ「宙づりの家」が有名で、現在はスペイン抽象美術館として使われているそうである。

 『日経』に連載されている草笛光子さんの「私の履歴書」は第14回。「屋根の上のバイオリン弾き」降板の失意の中、渡米中に倉橋健に紹介されて『ラ・マンチャの男』を見て、すっかりやる気をとりもどしたが、いざ、「ラ・マンチャの男」が日本で上演されることになると、自分はアルドンサを演じる3人の女優の1人ということになっていた。

1月16日
 14日に終了したセンター試験の「地理B」で、『ムーミン』と『小さなバイキング ビッケ』の国籍を問う問題が波紋を広げている。話題作り、受け狙いの試みが失敗するのは、教育の場ではよくあることで、そういうときの事態の収拾はかなり難しい。

 草笛さんの「私の履歴書」は第15回。「ラ・マンチャの男」のトリプル・キャストの重圧(稽古時間は3分の1になる)に苦しんだことが語られていた。

 『まいにちスペイン語』の「ラテンアメリカの街角」のコーナーはペルーの首都リマを取り上げた。ラテンアメリカの中では最も古い町の一つであり、海岸部、山岳部、森林の3つの部分からなるペルーの海岸部にあり、サーフィンも楽しめるという。

 イメージフォーラムでイランのアリ・ノーリ・オスコーイエ監督によるアニメーション映画『天国から見放されて』(Release from Heaven, 2017) を見る。古代から現代まで、家族と、親を亡くした子どもたちを守ろうと戦い続ける「英雄」たちの姿が、描かれ、また探し求められている。彼に救われた子どもが成人して、やはり子どもたちを救おうとする。複数の語り手が、複数の物語を語るだけでなく、それぞれが部分的に重なり合うので、わかりにくい。その点は、イラン革命の中で成人していく女性の姿を描いた『ペルセポリス』のわかりやすさと対照的である。分かりやすくない代わりに、この作品からはイスラーム以前からの古い文化的な伝統を育ててきたイランの人々の心の豊かさと、急激な近代化と革命を経験したその動揺とがしっかりと読み取れるように思う。
 イランといえば、本日の『朝日』朝刊に「イラン女性 勇気の男装観戦」という記事が出ていたが、男装してサッカーの試合を見に出かける女性たちを描いた『オフサイド・ガールズ』という映画が作られていたことについては触れられていなかった。この映画、渡氏の見た中で一番面白いイラン映画である。

1月17日
 『朝日』の朝刊によると、大学入試センターは「ムーミンについての設問『支障ない』」との回答を同紙に寄せたそうである。しかし、受け狙いの軽率な設問であったことについて謝罪の一言位あってもよかったのではないかと思う。

 草笛光子さんの「私の履歴書」は第16回。菊田一夫の思い出。「草笛さんは女優さんの中で菊田先生と一番ケンカした人だった」といった人がいたそうだが、「ケンカ」しても憎めない方だったとその思い出を語っている。

 NHK『ラジオ英会話』にgo cold turkey (きっぱり・一気にやめる)というidiomが出てきた。昨年12月26日に放送された”English Conversation Literacy"(英会話リテラシー)で、映画についての会話を取り上げた際に
It's a turkey. (駄作です。)
という表現が出てきたことも思い合わせて、講師の遠山顕さんが「七面鳥さん、かわいそうですねぇ」といったのがおかしかった。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote ... Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Perhaps the day may come when we shall remember these sufferings with joy.
             ―― Virgil (Roman poet, 70 - 19 B.C.)
(ひょっとしたら、これらの苦難を喜びとともに思い出す日が来るかもしれない。)
 これはローマ黄金時代を代表する大詩人ウェルギリウスの代表作『アエネーイス』(Aeneis)の第1歌203行に出てくる詩句で、ギリシア軍によって小アジアの強国で彼の故郷であるトロイアを滅ぼされた英雄アエネーアスは血路を開いて脱出し、新しい天地を求めて地中海をさまよい、北アフリカのカルタゴの海岸に上陸する。祖国の滅亡と航海の苦難を思い出しながら、彼はこう言って部下を励ます。悲惨な目や困難に直面している人々を励ます言葉としてしばしば引用されてきた。
 私の手元にあるThe Penguine Dictionary of Quotations (1960)では
Forsan et haec olim meminisse iuvabit. ≂ Perhaps one day this too will be pleasant to remember. (おそらくはいつの日にか、これもまた思い出すのが楽しいことになるだろう。)となっていて、こちらの方が普通の解釈ではないかと思う。なお、岡道男・高橋宏幸訳の西洋古典叢書版では「おそらくいつか、このことも思い出して喜ぶ時が来るだろう。」(16ページ)となっている。

 前川喜平・寺脇研『これからの日本、これからの教育』(ちくま新書)を読み終える。「ミスターゆとり」などといわれた寺脇さんの方が文部科学官僚としては先輩になるようである。文部(科学)省のこれまでの、また現時点での政策の背景や問題点が、お二人の立場でかなり明快に語られている。森友・加計問題について語る場合にも読んでおいた方がいい書物であろう。この本に反論する書物も書かれるべきではないかと思う。

1月18日
 草笛さんの「私の履歴書」は第17回、1973年に『王様と私』、1976年に『ピピン』とミュージカルに連続して出演し、女優として充実した日々を送ったと回想されている。『王様と私』の上演の際には、ユル・ブリンナーの舞台を見たという。もともと、この作品でヒロインの英国人家庭教師を演じることになっていたのは映画『スタア!』でジュリー・アンドルーズがその役を演じたガートルード・ローレンスで、淀川長治さんがはるばるアメリカまでこの舞台を見に行こうと準備していたら、ローレンスが急逝したので取りやめたという話を聞いたことがある。上には上がある。

 『実践ビジネス英語』のヴィニェットの中にNORC(=naturally occurring retirement ocmmunity 自然発生的な退職者コミュニティ)という言葉が出て来た。They're communities with a large proportion of residents who are more than 60 years old, but which were not specifically designed to meet the needs of seniors living independently.(住民の大半が60歳を超えているけれども、自立して生活する高齢者のニーズに特化して設計されたものではないコミュニティのことです。)
Norcs show how urban living can work for older people. (NORCを見れば、都会で生活することが高齢者にどれほど都合がいいかがわかります。) 意図をもって設計されたのではなくて、成りゆきでそうなってしまったのだが、高齢者向けのサービスがそろっている場合が多いという。私の周辺にもそういうところがないか、探してみることにしよう。

 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」は「裁判所長夫人(La Regenta)」の3回目。ヒロインである裁判所長夫人アナを担当する告解司祭が、首席司祭のカジェターノ師から、判事司祭のドン・フェルミンに代わることになり、アナは「総告解」をすることになる。彼女はその「総告解」に向けてそれまでの人生を振り返る。幼くして母を失った彼女には
« Ni madre ni hijos.》 (母もいなければ子どももいない) 反逆の意識(conciencia de la rebelión)が彼女を苛立たせる。

1月19日
 『実践ビジネス英語』の”Talk the Talk"でパートナーのヘザー・ハワードさんが
I think a pet can be a great support to an elderly person, but you also have to consider the animal’s lifespan. (ペットは高齢者にとって大きな支えになりうると思うが、その動物の寿命も考慮しなくてはならない)と述べているのはそのとおりだと思う。

 NHKラジオ『まいにちフランス語』の「日仏交流散歩~全国篇」は生野銀山に行く途中で講師の姫田麻利子さんが立ち寄ったという神戸の北野地区で見つけた小さなオリーブの木について。昨年12月22日の放送で「新宿御苑」を取り上げた際に登場した福羽逸人が、ここでフランスから持ってきたオリーブを育て、オリーブオイルの製造に成功したのだという。

 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」『裁判所長夫人』第4回。アナの身の上、その孤独な境遇と、年の離れた裁判所長との結婚。ベトゥスタのクラブ(casino)でのうわさ話で、ドン・フェルミンがアナの告解の担当になったのは、彼女を口説こうとする意図があってのことだと語られる。政治家のドン・アルバロはそれを聞いて、自分も彼女に近づこうと考えはじめる。
 アルバロの元恋人で、アナの友人であるビシタシオン(ビシータ)は、「難攻不落」といわれるアナの名声を傷つけようと心中密かに考えている。

1月20日
 草笛光子さんの「私の履歴書」は第14回で、レーザー光線を相手に1人で踊るという型破りの舞台を演じたことが語られた。

 同じく『日経』に釜ヶ崎を舞台にした佐藤零央監督の喜劇映画『月夜釜合戦』が紹介されていた。釜ヶ崎を舞台にした喜劇映画というと、中平康の『当たりや大将』とか、千野皓司の『極道ペテン師』が思い浮かぶが、それらの作品から40年、50年を隔ててどんな作品に仕上がっているのか、見てみたい気がする。

 神保町シアターで「「生誕100年記念 池部良と昭和のダンディズム」の特集上映から、『現代人』(1952、松竹大船、渋谷実監督 
 )を見る。公共工事に携わる官庁で業者との癒着が常態化している。若い職員の池部良は、はじめそのような状態になじまなかったが、上司である課長の山村聰の勧めに乗り、次第に汚職に巻き込まれていく。山村の愛人役を演じている山田五十鈴の演技が見事だと思った。

1月21日
 昨日の『読売』、本日の『朝日』に取り上げられていたが、文部科学省は経営が悪化している私大の補助金を減らすそうである。しかし、高等教育の私学依存の構造を作ってきたのはほかならぬ文部科学省であって、補助金を減らすのならばそれと同じ割合で、文部科学省の職員の給与を減らすべきである。

 『日経』に三浦しをんさんが「「夢中」ということ」という文章を寄せていて、次のように結んでいる。
「本でもスマホでもスポーツでもドングリでも、自分にとってしっくりくる「夢中になれるもの」を自由に選べる世の中であること、それがなにより大事なことだ。」

 草笛光子さんの「私の履歴書」は第20回で、ミュージカル「シカゴ」にあこがれていたら、それが日本で上演されることになり、ロキシー役で出演することになった際に、NYでボブ・フォッシーの助手をしていたジーン・フットが来日して演出を担当したことなどが回想されていた。私はそれほど興味はないのだけれども、日本のミュージカルの歴史に興味がある人にとっては、この連載は面白いだろうねえと思って読んでいる(じゃあ、なぜおまえがずっと読み続けているのかというと、草笛さんが横浜の人だからですよ。)
 

日記抄(1月8日~14日)

1月14日(日)晴れ、東急東横線の車窓から富士山が見えた。

 1月8日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど。前回の補遺・訂正。
1月8日
 『朝日』の「天声人語」は、「成人の日」ということで、札幌農学校の初代校長であったクラークが離任する際に学生たちに告げた”Boys, be ambitious!"についてふつうambitiousは「大志を抱け」と訳されているが、「野心を持て」という意味にとってもいいではないかと書いていた。私の小学校6年生の担任だった先生が、ambitiousは「野心を抱く」という意味ですよと言われたことを覚えているので、何をいまさらという気持ちで読んでいた。北大恵迪寮の寮歌「都ぞ弥生」にも「尊き野心の」という歌詞があるので、ambition=野心という理解はかなり広く抱かれていたはずである。
 さて、「大志を抱け」というのは、札幌農学校の第1回卒業生で、旧制甲府中学(現在の甲府一高)の好調になった大島正健が広めた役である。大島は神奈川県の海老名の人で、私が就職してだいぶ経ってから小学校6年生の時の担任だった先生にお会いした折に、その話をしたら、もともと厚木の方であったその先生が「海老名の大島家というのは土地の名門なんですよというようなことを言われたのを記憶している。
 甲府中学で落第を重ねたために、大島校長の教育を受けることになったある少年が、「大志」を抱いた揚句、大ジャーナリストとなり、さらに首相にまでなった話は小島直記が書きのこしている。その少年とは、石橋湛山である。

 第96回全国高校サッカー選手権は、決勝戦で前橋育英高校が1-0で流通経済大柏高校を破って初優勝を飾った。横浜フリューゲルスなどで活躍した山口素弘さんの母校である。

 フランスの歌手フランス・ギャルさんが亡くなった。70歳。1960年代の後半に、彼女の歌う「夢見るシャンソン人形」という歌が日本でもヒットして、弘田三枝子さんなどが歌っていた。昨年、別府葉子さんのコンサートで歌われていたのを聞いて、歌よりも、この歌がはやっていた時代ーー私の学生時代を思い出して、懐かしかった。

 『日経』連載の草笛光子さんの「私の履歴書」は7回目。SKDを退団、出演した『修善寺物語』がヴェネツィア映画祭に出品された際に、城戸社長夫妻に同行して映画祭に参加、さらにニューヨークに足を延ばして、ブロードウェーで本場のミュージカルを見て、すっかりその魅力のとりこになったこと、東宝の菊田一夫から誘われたこともあり、松竹に責があったが、城戸社長の了解を得て東宝の舞台にも立つようになったことなどが語られていた。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「スペインの街角」はセビーリャを取り上げた。ボーマルシェの『セビーリャの理髪師』、『フィガロの結婚』の主人公が床屋をやっていた町である。『理髪師』ではある貴族が思いを寄せる女性との仲を取り持つというモリエールの劇の従僕のような役割を演じていたフィガロが、「結婚」では貴族の侍女で自分の恋する女性であるシュザンヌを彼女に横恋慕した貴族と張り合う。貴族として門地、権力、財産を持つ、丸山真男流に言えば「である」人間の伯爵と、自分の腕と頭脳だけが頼りの「する」人間のフィガロの戦いは、まさに近代化の核心にかかわる戦いであり、その後のフランス革命を攀じする内容であった。『理髪師』はロッシーニが、『結婚』はモーツァルトがオペラにしているのはご承知の通り。

 諏訪哲二『教育改革の9割が間違い』(ベスト新書)を読み終える。

1月9日
 草笛光子さんの「私の履歴書」の第8回。ミュージカルへの思いから、東宝の舞台にも出演していたが、ついに移籍する。本場のミュージカルを見に出かけたかったが、東宝から金は出せないといわれたので、自費で渡米してミュージカルの勉強を続けた。母親がマネージャー役を引き受けてくれたと書かれていて、高橋治が「草笛光子のマネージャー」と書いているのが、草笛さんの母親なのか――大島渚と高橋が草笛さんの母親の開いていたバーの常連客だったということはすでに紹介した――ちょっとわからないので、これは謎としてとっておこう。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「ラテンアメリカの街角」のコーナーではグアテマラの首都グアテマラ市(Ciudad de Guatemala)を取り上げた。グアテマラ二はマヤ人が多く住んでおり、マヤ文明の遺跡がいくつも残っているという。

 東海林さだお『目玉焼きの丸かじり』(文春文庫)を読み終える。

 NHKラジオ『短期集中!3か月英会話』の”Fun & Games"のコーナーに出てきたなぞなぞ。
Q: Why is sic afraid of seven? (6はなぜ7が怖いの?)
A: Because seven ate nine. (7が9をたべちゃったからさ)
8(eight)と「食べた」(ate)は発音が同じ。6,7,8,9…と数えると、7が9を食べてしまうように聞こえる…?
 はじめてロンドンで生活した時、多くの人が8を「アイト」と発音しているので戸惑ったことを思い出す。

1月10日
 草笛光子さんの「私の履歴書」の第9回。日本テレビで『光子の窓』という音楽番組の司会をすることになり、この番組は1958年から60年まで足かけ3年続いた。

 『朝日』の朝刊の投書欄で「新教科書と龍馬」が特集されていた。歴史教科書から坂本龍馬の名が削られるということをめぐってのさまざまな意見が述べられていた。戦国時代の武将とか、明治維新の志士だとかいう人々は教科書で取り上げなくても、覚えたい人は覚えるだろうと思う。私の小学生のころでも、習いもしない大日本帝国海軍の軍艦の名前をことごとくそらんじているというような連中は少なくなかった。学校教育の人間形成への影響力を必要以上に強調して大騒ぎするのは滑稽である。それに人物中心の歴史というのは、歴史についてのさまざまな見方の1つであって、事物中心の歴史とか、事件中心の歴史とか、それとは別の見方もできることを忘れてはならない。

 同じ朝刊に載っていた『中央公論』2月号の広告に大学入試改革特集という文字が躍っていた。入試改革よりも、教育改革、それこそが日本の大学が生き残る道である!!

 『スポーツニッポン』のコラム「唯我独論」で、二宮清純さんが、星野さんの死を悼みながら、プロ野球の監督で「闘将」と呼ばれたのは故・西本幸雄さんと星野さんの2人であったが、2人とも、育成者型で、勝負師型ではなく、短期決戦には弱かったこと、「打倒巨人」が念願であったことが共通するといい、「弱い巨人を見ると情けなくなる」という星野さんの言葉を思い出しながら、3人目の「闘将」がいつ出現するだろうかと締めくくっていた。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Once you label me you nagate me.
       ――Søren Kierkegaard (Danish theologian and philosopher, 1813 - 55) 
(ひとたびあなたが私にレッテルを貼れば、あなたは私を否定することになる。)
ありのままのその人を見るのではなくて、誤った情報や先入主に基づいてその人を判断してしまうと、その人は自分が否定されたような気持を味わうことになる。――たとえ、好意的に評価されたとしても…)

1月11日
 草笛光子さんの「私の履歴書」は10回目。『火刑台上のジャンヌ」の公演でクラシックの音楽家と共演した経験が語られていた。

 NHKラジオ『まいにちフランス語』応用編は今回からは、”Traces des recncontres franco-japonaises du passé (日仏交流散歩~全国篇」ということで、首都圏を離れて日本国内のフランスゆかりの場所を探訪することになり、まずは兵庫県の生野銀山を取り上げている。
 同じく『まいにちスペイン語』はレオポルド・アラス・クラリン(Leopoldo Alas "Clarin", 1852-1901)の『裁判所長夫人』La Regenta(1885)という作品を取り上げることになった。スペイン文学の『ボヴァリー夫人』との類似が指摘される一方で、バルガス=りょさによって「19世紀小説の最高傑作」と評された作品だそうである。
 イベリア半島北西部、大西洋に面したアストゥリアス地方の架空の町ベトゥスタ(Vetusta、作者が育ち、その地で大学教授を務めていたオビエドがモデルであるとされる)を舞台に、美しい「裁判所長夫人」アナ・オソーレスをめぐり、司祭のドン・フェルミンと出世欲に駆られた漁色家のドン・アルバロが争奪戦を展開する。
 本日は、カテドラル(大聖堂)付きの侍祭の少年セレドニオと馬車の御者をしているビスマルクという2人の少年が塔の上から下の通りを見下ろしている場面が描かれる冒頭の部分が取り上げられた。

1月12日
 『キネマ旬報』の2017年度に公開された映画をめぐる各種表彰作品が報じられていて、ベスト10に入った作品で私が見たのは、外国映画の10位の『ラ・ラ・ランド』だけであった。このところ、似たような傾向が続いている。

 草笛光子さんの「私の履歴書」は作曲家の芥川也寸志さんとの結婚・離婚の次第が語られていた。

 『日経』の朝刊に星新一さんの遺品を調べていたら、星さんの祖母で森鷗外の妹である小金井喜美子に鷗外が宛てた手紙(全集未収録)が見つかったという記事が出ていた。

 『まいにちスペイン語』「スペイン文学を味わう」はクラリンの「裁判所長夫人」の2回目。2人の少年が塔の上か周囲を眺めていると、何者かが塔のらせん階段を上ってくる。上がってきたのは司教代理の判事司祭ドン・フェルミン・デ・パスで彼の孤独な楽しみの一つは、高いところに上がることであったのである。彼は望遠鏡で周囲を見渡す。見渡すことで、ベトゥスタの町を支配するという彼の欲望を満足させているのである。
 彼は望遠鏡をしまい、教会堂内に戻る。大聖堂に属する司祭たちの間ではかれらの地位や職分をめぐっての暗闘があり、野心家のドン・フェルミンをよく思わないものは少なくないようである。

1月13日
 『朝日』の朝刊によると、中国の新しい歴史教科書から、文化大革命と毛沢東の誤りについての記述が削られたそうである。周近平氏は毛沢東思想を学ぶことによる国民の意識の統合を図っているように見えるが、うまくいくかどうか。さらに、周氏の思想を学習することも国民に奨励されるようだが、思想というべきものを盛り込んだ著作というのはどのくらいあるのだろうか。一人の人物が多くの筆名を使い分けているという例もある一方で、指導者がゴーストライターを雇っているという例もあった。

 草笛光子さんの「私の履歴書」はミュージカルへの熱意からコンサート形式での公演を行うが、1日だけしか会場が借りられず、興行的に失敗で、貯金が尽きたという。

 センター試験始まる。大雪の地方もあり、会場にたどり着くのに苦労する受験生もいるようである。とにかく、各位の健闘を祈る。

 NHKラジオ『朗読の時間』は織田作之助の『夫婦善哉』を取り上げ始めた。この作品は都市の文学として、ダメ男文学として、B級グルメ文学として…など様々な読み方ができる。蝶子が占い師に運勢を見てもらう場面などは、映画でこの占い師の役を沢村いき男がやっていたななどと、森繁久彌・淡島千景の主演による映画化(豊田四郎監督)のことを思い出しながら、楽しんで聞いていた。

1月14日
 草笛光子さんの「私の履歴書」は第13回。ミュージカルの草創期の苦労。「ミュージカルの捨て石」という言葉をめぐって。かつて、南条範男が映画女優としての草笛光子には代表作といえるものがないと書いていたことを思い出した。

 鳥飼玖美子『英語教育の危機』(ちくま新書)を読み終える。近年の日本の英語教育は「グローバル化に対応する」ことを目標として、さまざまな取り組みを行ってきた。この本はそのような取り組みの問題点を指摘したものであるが、著者が「あとがき」で触れているように、最近では「グローバル化」に逆行するような動きもみられる中で、英語教育はどのように対処していくつもりなのか、問題は多い。この本については、機会を見て論評してみるつもりである。

 神保町シアターで山中貞雄が1937(昭和12)年に作った『人情紙風船』(PCL、前進座)を見る。昨年見た『河内山宗俊』はサイレント作品であったが、こちらはトーキーで、彼の遺作である。浪人と髪結いを軸に貧乏長屋の群像を描く、リアリズムの時代劇。山中は加藤泰の叔父にあたるのだが、同じ時代劇でも加藤の作品のほうが伝奇的でモダンなところがあるなぁと思う。
 

日記抄(1月1日~7日)

1月7日(日)晴れ、バスの車窓から富士山が見えた。

2017年のまとめ(その1)
 生活していた、あるいは出かけた都県:東京都、神奈川県(1都1県→2)
 生活していた、あるいは出かけた市(特別)区:横浜市、川崎市、平塚市、千代田区、港区、品川区、渋谷区、新宿区、豊島区、文京区、杉並区(3市8区→11){13}

 利用した鉄道会社:東急、東京メトロ、JR東日本、横浜市営地下鉄、東京都営地下鉄、京急(6社)
 利用した鉄道路線:東急東横線、目黒線、大井町線/東京メトロ半蔵門線、南北線、副都心線、丸ノ内線/JR東日本山手線、東海道線、中央・総武線/横浜市営地下鉄ブルーライン/東京都営地下鉄三田線、新宿線/京急本線(14路線)
 乗り降りした駅:横浜、武蔵小杉、神保町、渋谷、白金台、目黒、新宿、新宿3丁目、新大塚、伊勢佐木長者町、上大岡、坂東橋、新横浜、反町、御成門、桜木町、関内、市ヶ谷、平塚、神奈川新町、表参道、本駒込、阿佐ヶ谷(23駅){43}

 利用したバス会社:横浜市営、川崎市営、東急、神奈川中央交通、相鉄、京急(6社)
 利用したバスの路線:横浜市営24,25,34,35,36,39,44,87,102,202/川崎市営杉44/東急溝02、市03/神奈中1、横44,11、横43,5、BMVシャトルバス/相鉄浜1、浜5、浜7、浜11、浜13/京急110(15路線)
 乗り降りした停留所は28か所である。{49}〔105〕

 前回の記事の訂正
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』応用編「原文で読む古典の楽しみ」で取り上げられたアリオストの『狂乱のオルランド』で、海獣の生贄になろうとしたアンジェリカを救出するのはオルランドではなく、ルッジェーロであった。助けられたアンジェリカは、ルッジェーロの魔法の指輪を盗んで逃げてしまう。ギリシア神話のペルセウスとアンドロメダの話を皮肉な形に修正している。

 補遺・補足
 アリ・ブランドン『書店猫ハムレットのうたた寝』では夾竹桃の毒が使われている。アガサ・クリスティーが『ポケットにライ麦を』でイチイの実の毒を使ったのは、ドイルの『バスカヴィル家の犬』のバスカヴィル家の屋敷にイチイの並木があるという箇所が有効な設定になっていないことへの批評ではないかと思う。身近なところにある毒といえば、バーベキューの際に夾竹桃の枝を燃やして中毒をしたという話があるそうで、その夾竹桃を使った例に出会ったわけである。

12月31日
 柳川範之『東大教授が教える 独学勉強法』(草思社文庫)を読み終える。著者は大検取得、通信教育で大学教育を受けて、大学院を修了。現在は東大教授である。「これからは、自分の頭で考え、自分自身で判断する力をつけるための勉強が求められる時代になるのです。そして、そのための有効な手段の一つが「独学」だとわたしは思っています。」(22ページ)と著者は言う。賛成できる主張が多いのだが、具体的にどうするかについて触れている部分はあまり多くないように思われる。そこは自分で工夫すべきだということかもしれない。

1月1日
 『朝日』の朝刊によると、マケドニアが国名を変更することでこれまでこじれていたギリシアとの関係を修復し、NATOとEUへの加盟を目指すそうである。古代のマケドニアは現在のマケドニアとギリシアの両方にまたがる範囲にわたっており、その一方だけの国名としては承認できないというのがギリシア側の主張であった。さて、どんな国名を選ぶのだろうか。

 サッカーの天皇杯は延長戦の末、セレッソ大阪が2-1で横浜Fマリノスを破って日本一に輝いた。

1月2日
 ニッパツ三ツ沢球技場で第96回全国高校サッカー選手権大会の2回戦2試合を観戦した。第1試合は鳥取県代表の米子北高校が序盤に城市選手のミドルシュートで挙げた1点を守って、宮城県代表の仙台育英高校を破った。あまり目立った選手はいないが、パスを確実につないで攻め込み、攻め込まれると2対1,3対1で防御する米子北の試合ぶりは好感が持てた。1回戦でハットトリックを記録した仙台の佐藤選手の動きが封じられていたのも、そうした米子の試合運びのためであろう。
 第2試合は和歌山県代表の初芝橋本高校と群馬県代表の前橋育英高校の対戦で、前半は前橋の1点リードで終わったが、後半になると、差が開き、0-5で前橋育英が勝利した。5点中4点をあげた前橋の飯島選手の活躍が光った。

1月3日
 等々力球技場で全国サッカー選手権大会の3回戦2試合を観戦した。はじめメイン・スタンドで観戦したのだが、第1試合の後半からバック・スタンドに移動した。風が強く、冷たく、日当たりのいいバック・スタンドの方が居心地がよかったからである。第1試合奈良県代表の一条高校対米子北高校は、前半は0-0だったが、後半になって米子が3点をとって、0-3で快勝した。試合展開の変化は、風向きとも関係していたような気がする。第2試合の富山第一と前橋育英の対戦は、前橋が押し気味ながら、なかなか点が取れず、後半のロスタイムになってようやく飯島選手のゴールで試合が決した。試合後の監督の談話を聞いていると、これから勝ち進むために攻撃のパターンを変えて、飯島選手に頼りすぎないようにしているのではないかという印象を受けた。

1月4日
 『朝日』の朝刊に西村久美子さんという44歳・保育士の女性による「おいでませ 海の幸と歴史の宝庫」という故郷山口県を紹介する投書が掲載されていて「県外の友達には、私の話し方が高橋留美子さんの人気漫画『うる星やつら』に出てくるラムちゃんに似てるって言われるっちゃ。うちらの方が昔から言いよったけどね」と記されていた。高橋留美子さんは新潟の人で、ラムちゃんの話し方は、佐渡の方言がヒントになっているようである。山口と佐渡の話し方が似ているということになると、柳田国男の言語周圏説を裏付ける例になりそうだと思った。

1月5日
 これまで気づかなかったのだが、『日経』の「私の履歴書」は、横浜出身の女優である草笛光子さんの思い出の連載を始めていた。草笛さんが横浜平沼高女の出身であることは知っていたが、入学前後の話や、草笛さんの母堂が開いたバーに松竹の助監督時代の大島渚、高橋治がよくやってきていたという話などは興味深かった。高橋による小津安二郎の評伝『絢爛たる影絵』は、小津だけでなく、松竹ヌーヴェル・ヴァーグの発足に至る事情について知るのにも役立つ書物であるが、その中に、高橋、大島、吉田喜重、田村孟らの助監督が『七人』というシナリオ同人雑誌を創刊した際に、草笛光子さんのマネージャーの世話になったという記述があり、その裏付けとなる発言である。

1月6日
 午前0:54頃に地震があった。朝刊では震度4ということであったが、私の体感では震度3程度に思えた。

 『日経』を読むことができず、草笛さんの「履歴書」を目にすることができなかったが、SKD入団前後の事情が語られていたはずである。

 NHKラジオ「朗読の時間」で夏目漱石の「永日小品」と「文鳥」が取り上げられた。「永日小品」の中には英国留学中の経験に基づく作品が含まれていて、彼が留学していた時代にはロンドンの霧が深かったことを知ることができる。「霧の都」といわれたロンドンであるが、現在は大したことはないのである。ブッツァーティの作品を思わせるような不気味な短編もあり、漱石という作家が持っていた可能性の多様さを改めて感じた。

1月7日
 プロ野球の中日で投手として活躍され、その後、中日、阪神、楽天の監督として3球団での優勝を達成された星野仙一さんが亡くなられたことが分かった。指導者としての星野さんの偉いところは、シーズン前のキャンプで怪我対策を十分にほどこされていたことではないかと思っている。ご冥福を祈る。

 草笛光子さんの「私の履歴書」はSKDで頭角を現し、ラジオの音楽番組で越路吹雪の後を受けて森繁久彌の相手役に抜擢され、さらに映画界から誘いを受けて、川島雄三監督の『純潔革命』でデビューしたことなどが語られていた。

 網野善彦 鶴見俊輔『歴史の話 日本史を問い直す』(朝日文庫)を読み終える。2004年に朝日新聞社から単行本として刊行された時も読んだはずであるが、読み直してみて、新しい発見に富んでいる。

 『朝日』の「首相動静」欄によると、安倍首相は元日に夫人や実弟である岸俊夫衆院議員と『オリエント急行殺人事件』を観賞したようである。私はまだ見ていないので、何とか見てやろうと思っている。 
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