日記抄(3月12日~18日)

3月18日(日)晴れのち曇り

 3月12日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前号以前の内容の補遺・訂正等:

 平昌パラリンピックでの日本選手の活躍はなかなかのもので、リオデジャネイロパラリンピックでは1つも取れなかった金を3つとっている。メダルの数を競うだけがパラリンピックではないが、多い方がいいのは当然のことで、選手の健闘に拍手を送りたい。

3月9日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」『葦と泥』(Cañas y barro)の第2回。
 稲刈り労働者たちと金持ちの病人カニャメルを乗せた船は足の茂みの中を抜けて本物の湖に出る。
Era el lluent, la verdadera Albufera [...].(<輝く>湖、ほんとうのアルブフェラだ[...]。)
湖ではパロマ爺さんの息子で、<エル・クバーノ>と呼ばれるトネットの父親でもあるトーノ親父が、ある金持ちの婦人が持て余していた小沼を譲り受け、埋め立てて田んぼにする作業を続けている。
 さらに舟が進むと、小舟に乗って網を入れているパロマ爺さんを見かける。爺さんは大変な年寄りである。船が対岸の村に近づき、再び水路に入ると、大きなネズミたちが稲田から飛び出す。船に乗っている人々は、ネズミ入りのパエーリャや蛇のシチューの話をして盛り上がる(どうも大変な話題である)。舟は、パロマ爺さんの孫(トーノ親父の息子)であるトネットと、孤児院からパロマ家に引き取られてきた娘ボルダが乗った舟と行合う。トネットはキューバ戦争に従軍して帰ってきたので、<エル・クバーノ>あるいは、その容貌から<口ひげ>と呼ばれ、アルブフェラきっての美男子であった。
 こうして、主な登場人物が一通り登場したわけである。 

 3月10日付の当ブログでロビン・スティーヴンス『オリエント急行はお嬢様の出番』(コージーブックス)を取り上げたが、その際にクリスティーの『オリエント急行殺人事件』についても触れた。クリスティーのこの作品はハヤカワ文庫、創元推理文庫の両方に入っているが、長沼弘毅訳による創元推理文庫版は車内のコンパートメントの見取り図を掲載していて、それを「お嬢様の出番」に掲載されている見取り図と比べてみるのも一興かもしれない。
 『オリエント急行殺人事件』はポアロ物であるが、ヘイゼルの父親が娘を危険から遠ざけようとしているにもかかわらず、事件のほうがデイジー&ヘイゼルの方に近づいてきているということで、『お嬢様の出番』の雰囲気はむしろマープル物に近い。

3月11日
 横浜FC対愛媛FCの試合の開始前に久しぶりでTHE ALFEEがこのチームのために作ったWings of Freedomを流していた。

 この試合で最初のゴールを決めたのはDFの藤井選手だと書いたが、公式記録ではDFのカルフィン・ヨン・アピン選手だと訂正されていた。

3月12日
 『朝日』の朝刊に『サザエさん』の作者・長谷川町子が没にした原稿も収録した『おたからサザエさん』が刊行されるという記事が出ていた。新聞の連載漫画ということで、作者がいろいろと気を使って作品を描いていたことがわかる。
 『サザエさん』には麻生豊の『のんきな父さん』のような戦前の漫画を継承する伝統的な部分(波平さんとのんきな父さんの両者の外見は似ていると思う)と、戦後の社会の変化する雰囲気を盛り込んだ新しい部分とが程よく混ざっていて、それがよかったのではないかと思う。

3月13日
 『朝日』の朝刊に「シーア派 学問の聖地再び」という見出しで、フセイン政権時代に迫害を受けていたシーア派の聖地であるナジャフが、シーア派の学術の中心地としての地位を取り戻してきているという記事が出ていた。大学ではなくて、私塾のような教育機関が多数集まっているようで、それがシーア派の指導者たちを育成しているというのは注目すべきことだと思った。

3月14日
 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
Nothing is more difficult, and therefore more precious, than to ふかbe able to decide.
     ――Napoleon Bonaparte (French military and political leader, 1769 - 1821)
(決断できるということほど難しいことはなく、だからこそこれほど大事なことはない。)
 これがナポレオンの言葉だというところに、重みが感じられる。彼の言葉とされるもので、一番有名なのは
Impossible n'est pas français. (不可能はフランス語にあらず。わが辞書に不可能という言葉はない。)であるが、ナポレオンはそれほど単純な人ではなかったようである。

3月15日
 午後になって税務署に出かけ、確定申告を済ませる。なかなか書類をそろえられず、提出できなかったものもあり、その分、損をした感じである。

 『実践ビジネス英語』に”couch potato"という語が出てきた。”Word Watch"のコーナーで、「アメリカの俗語で「運動をしないでソファに寝そべって、スナックを食べながらテレビやビデオを見てばかりいる人」のこと。1980年代・90年代に大流行した言葉だ」と説明されていた。また、この番組のテキストの「今回のビニェットから」でも、「日本でも1989年版の『現代用語の基礎知識』に収められています」などとより詳しい説明がされている。そういえば、1980年代にNHKの英会話番組でこの言葉を聞いたという記憶がある。そのくらい長い間、英会話番組を聞いている割に、上達の程度はたいしたことはない(が、それでも少しは上向いているので、あきらめずに頑張っているということである)。

3月16日
 『朝日』と『日経』の朝刊の地方欄に関東学院大学が根岸線の関内駅近くに新キャンパスを開設する計画であるという記事が出ていた。神奈川大学もみなとみらいに新校舎を計画しており、横浜市の中心部に大学が進出してくることが、この後市の経済・文化にどのような影響を与えることになるか、興味深い。

 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」:『葦と泥』の第4回:
 トネットは怠け者で、父親の仕事を手伝うが続かない。カニャメルの酒場に入りびたりになり、幼馴染で元婚約者、今はカニャメルの妻であるネレータとの間に悪い噂が立ち始める。
 アルブフェラとその水路の漁場のどこを網場にするかというくじ引きが行われ、トネットが一番くじを引く。しかし、その漁場に見合った道具をそろえるだけの金がパロマ家にはない。しかし、カニャメルがトネットに共同事業にしよう、漁の道具の費用は自分が持つと持ち掛ける。
 

3月17日
 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第4節、横浜FC対新潟アルビレックスの試合を観戦する。J1から陥落してきた新潟の攻撃はさすがに厳しく、これまで無失点だった横浜のディフェンスを崩して、得点を重ね、前半0-2、後半0-1、合計0-3で横浜は新潟に敗れた。ホームでの完敗を薬にして、守備の強化と、より迅速な攻撃とを心がけ、何とか残りの試合を勝ち進んでほしい。

3月18日
 『朝日』の朝刊に「日本絵画がかわいい」という記事が載っていた。伝統的な日本絵画に描かれた動物たちの姿が「かわいい」という内容で、それはその通りなのだが、一例として掲載されていた鍬形蕙斎(1764-1824)のサルの群像を見て、考えたことがある。この絵に描かれているのはテナガザルで、日本にはテナガザルは自然には生息しないから、中国の絵画をまねて描いた想像図のはずである。元の中国の絵がどのようなサルを描いているか、「かわいい」か「かわいくない」かまで踏み込んで、議論を展開してもらいたいものだと思った。(山水画などでも、日本の風景を、中国風に描いたものが少なくないというように、日本絵画には写生というよりも、中国絵画の模倣であるようなものが少なくない。)

 野口実『列島を翔ける平安武士』(吉川弘文館:歴史文化ライブラリー)を読み終える。この本についてはいずれ詳しく取り上げるつもりである。

 墓参りに出かける。19日に病院に定期検診に出かける予定があったので、2つまとめてもよかった。予定を確認していなかったので、少し損をした感じである。

日記抄(3月5日~11日)

3月11日(日)晴れ、風が強く吹いた。

 3月5日から本日までの間に、経験したこと、考えたこと、前回以前の記事の補遺・訂正など:
●アメリカで銃の乱射事件が続発し、取得・所持の制限が改めて問題になっていることをめぐって
 武装中立を国是とし、国民皆兵が原則で、予備役の軍務にある限り、自動小銃を保持することになっているスイスでは、この種の乱射事件は起きていないようである。アメリカとスイスの違いを考えることは、他の点でも役に立ちそうだ。
●東京のある小学校で、アルマーニのデザインによる標準服の着用を勧めたことをめぐって
(1)三島由紀夫が「楯の会」の制服をピエール・カルダンにデザインさせたことを思い出す。
(2)映画『サウンド・オヴ・ミュージック』でヒロインのマリアが家庭教師として赴く家の当主が、子どもたちに制服を着せて軍隊式の訓練をしているのに違和感を覚え、カーテンを素材にしてもっと動きやすい服を作って着せる場面があった。
(3)同じく映画『氷の花火』で山口小夜子が都内のある私立高校の制服をデザインして、その意図や工夫について生徒たちに話す場面があった。
 制服の原型になるのはスタンダールの小説の題名『赤と黒』に象徴される軍服と僧服であるが、いつも同じ服装をするのではなく、生活のそれぞれの場面に応じた使い分けがなされるのが一般的ではないか。至福の場面ももちろんあるわけである。学校の制服についても1種類とは限らず、何種類か用意する必要があるかもしれず、児童生徒の学校内外での生活を見極めたうえで、学校、児童生徒、保護者、それにデザイナーという当事者がそれぞれ納得できるような話合いを通じて、制服採用の可否も含めて、決めていくことが望ましい。平凡ではあるが、これが私なりの結論である。

3月5日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の時間の「スペインの街角」のコーナーでは、西北部のガリシア地方の小さな町であるルゴを取り上げた。古代ローマの城壁がほぼ完全な姿で残っていることで知られているそうである。

3月6日
 『朝日』の朝刊にこの新聞社が刊行した「冷泉家時雨亭叢書 100巻完結記念シンポジウム」の概要を紹介する記事が出ていた。冷泉家は、俊成・定家を祖とする御子左家の3つの流れの中では「二流」であるがゆえにかえって、生き残り、多くの蔵書を後世に伝えることになったという歴史の流れを改めて実感した。当ブログで紹介している小川剛生さんの『兼好法師』とも重なる内容があって興味深い。

 『まいにちスペイン語』の時間の「ラテンアメリカの街角」のコーナーではメキシコのオアハカを取り上げた。

3月8日
 国際女性デー。昔は国際婦人デーといった。いつ、どのような理由で呼び方が変わったのであろうか?

 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」は今回からビセンテ・ブラスコ・イバニェス(Vicente Blasco Ibañez, 1867-1928)の『葦と泥』(Caños y barro, 1902)を取り上げることになった。イベリア半島島南部のバレンシア地方の州都、バレンシアの南に位置する潟湖アルブフェラ湖を舞台にして、先祖代々漁業を営んできた一家の3世代の対立を描く小説である。イバニェスはハリウッドで映画化された、闘牛士の物語『血と砂』の原作者でもある。ルドルフ・ヴァレンティノが主演したサイレントの『血と砂』は見ていないが、タイロン・パワーが主演したトーキーの『血と砂』はテレビで見ている。イバニェスは世界一周の途次に来日したことがあり、そのため古くから日本でも名が知られてきた。考えてみると、一方で夏目漱石(1867‐1916)や幸田露伴(1867‐1947)、他方でイタリアのルイジ・ピランデッロ(Luigi Pirandello,1867-1936) と同じ年の生まれで、これらの作家の作品の内容を比べてみると面白いかもしれない。
 今回は、アルブフェラ湖の南岸にあるパルマール村とバレンシアを結ぶ郵便舟を描くことで、物語の舞台の様子が明らかにされる個所が取り上げられている。

3月9日
 平昌パラリンピックが開幕。

3月10日
 1945年のこの日、東京が大空襲に見舞われた。

3月11日
 東日本大震災から7年目である。
 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第3節の横浜FC対愛媛FCの対戦を観戦した。試合開始前に大震災で亡くなられた方々を追悼して選手・スタッフ・観客が黙祷した。
 横浜は前半風上からの攻撃で、攻勢をかけるもののなかなか愛媛のディフェンスを突破できなかったが、39分にフリーキックのボールがゴール前で奪い合いになり、藤井選手のシュートがゴールに入って先制、前半終了間際にジョン・チュングン選手が前に出したボールを、野村選手が折り返し、イバ選手が蹴りこんで2点目を挙げ、優位に立った。後半80分にはカウンターから野村選手がゴールを決め、3-0で勝利した。
 勝ったのはいいが、イバ選手がこの試合でもイェロー・カードをもらい、これで3試合目にして3枚目ではないかと思う。もう少し自制して試合に臨んでほしいものである。

日記抄(2月26日~3月4日)

3月4日(日)晴れ

 2月26日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
  
2月26日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「スペインの街角」はバリャドリード(Valladolid)を取り上げた。カスティーリャ・イ・レオン州の州都であり、一時はスペインの首都でもあった。何よりもカトリック両王(Los Reyes Católicos)と呼ばれるカスティーリャのイサベルⅠ世とアラゴンのフェルナンドⅡ世の結婚式が行われ、両国が一緒になってスペイン王国が誕生した都市でもある。またセルバンテスもこの年で暮らしていたことがあり「セルバンテスの家」が残されているほか、多くの文学者がこの町に住んでいたとのことである。

 この日のブログでボオマルシェエの『フィガロの結婚』を取り上げた際に、それに先行する喜劇を一般の言い方に従って、『セビリアの理髪師』と表記したが、『フィガロ』の翻訳者である辰野隆は「セヴィラ」と表記している。実際、スペイン語の表記ではSevillaであるから、セヴィラと読んでしまったのだろうが、スペイン語の発音は「セビーリャ」に近い音である。辰野の学生であった渡辺一夫はそのエッセーの中でスペイン語の固有名詞をスペイン語風に表記しているので、多少の心得があったのだろうが、師匠の間違いを治すのは遠慮したらしい。

 1936(昭和11)年のこの日、当時の陸軍の皇道派と呼ばれるグループに属していた青年将校がクーデター:2・26事件を起こした。亡父はこの時学生で、東京の都心部jに住んでいたので、事件の一端を目撃し、「下士官兵に告ぐ」というビラを拾ってとっておいたりしていた。このビラは長いこと我が家に所蔵されていたが、今は処分されたらしい。
 鈴木清順の『けんかえれじい』の最後の部分で、北一輝と不思議な出会いをしていた主人公が2・26事件の知らせに接して急遽東京に向かう。これは鈴木隆の原作にも、新藤兼人の脚本にもない、清順の独創であったらしい。〔実際には、鈴木隆氏は早稲田に進学して、坪田譲治に出会い、児童文学に志すのである。〕

2月27日
 『朝日』の朝刊に江戸時代の初め、徳川家康らに仕えて活躍したウィリアム・アダムズ(三浦按針)が持ち帰り、横須賀の浄土寺に伝えられていた貝葉経を専門家が調べたところ、「パーリ語をクメール文字で記した」もので、タイのアユタヤ王朝時代(17世紀)に書写された可能性があるとのことである。写真で見る限りでは、パーリ語とクメール語の二言語テキストのように思われるが、素人がとやかく口をはさむべき問題でもない。
 貝葉(ばいよう)というのは、貝多羅葉(ばいたらよう)の略で、東南アジア・南アジアなどで、ヤシなどの葉を紙の代わりにして文字を書き込んだ文書で、この地域から日本にも伝わってきたものも少なくない。京都の二条に貝葉書院という書店があるが、ここは鉄眼版の大蔵一切経を版木から手刷りで印刷・製本して販売するのを中心に仏教の典籍を扱っているところらしい(前を通ったことはあるが、中に入って話を聞いたことはない)。だから貝葉とは直接の関係はないのだが、何となく古びた感じがするところが似つかわしい。

 『まいにちスペイン語』の「ラテンアメリカの街角」はラテンアメリカで一番小さい国であるエルサルバドルの首都サンサルバドルを取り上げた。先スペイン期の様々な遺跡も残り、小さい国なりにいろいろ便利な点もあって訪問する価値があるそうである。

 佐藤優『亡命者の古書店 続・私のイギリス物語』(新潮文庫)を読み終える。英国陸軍語学学校でロシア語を研修していた時代に、著者はチェコからの亡命者が経営する書店で店主をはじめ様々な人々との出会いを重ねることになる。外交官としての修業時代の回想。この書物については、また機会を見つけて詳しく取り上げるつもりである。

2月28日
 吉田健一『わが人生処方』(中公新書)を読み終える。長女である暁子さんの回想によると、しつけの厳しい吉田家では子どもたちは早寝であったが、父親の健一は子どもたちが寝静まった後、彼らの読んでいる漫画を読むのを楽しみにしていたということである。特に長谷川町子と赤塚不二夫がお気に入りだったようでこれは私も同じだなと思った。健一の父親の茂もサザエさんを愛読していたようで、長谷川家が箱根に別荘を買ったときに「サザエさんと隣組になりましたね」といったことを町子が書き残している。そういえば、「サザエさん」で波平さんのところに吉田首相から電話がかかってきて、じつは間違い電話だったというのがあった。「ドラえもん」ではしずちゃんのところに郷ひろみさんから間違い電話がかかってくるエピソードがあるが、同工異曲である。

3月1日
 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」はガルドスの『フォルトゥナータとハシンタ』の7回目。フェイホーの世話を受けるようになってみるみる元気を取り戻したフォルトゥナータであったが、その一方でフェイホーは体の衰弱を実感している。そこで夫のところに戻り、何とか我慢して生活するように説得し、フォルトゥナータとマクシの夫婦生活が復活する。

 『まいにちイタリア語』のテキストに掲載されている「直芽先生のDolce Vita」は、講師である朝岡直芽さんが幼年時代を過ごした北イタリアの町Vareseからミラノに向かう高速道路では「濃くて重い霧が突然立ち現れる」ので、ドライバーは油断できないという話が記されていた。そういえば、須賀敦子さんに『霧のミラノ』というエッセー集があった。

 1919年(大正8年)のこの日、当時日本の支配下にあった朝鮮の独立を求める人々がソウル市内で独立宣言を読み上げ、万歳を三唱。「独立万歳」を叫ぶ示威行動は全国に広がった。私の母方の祖父は朝鮮総督府の役人だったので、伯母や伯父たちの中には(母はまだ生まれていなかった)朝鮮にいて、「暴徒が騒いでいる」「夜間の外出は危ない」などと大人たちが話しているのを聞いては、「ボート」がなぜ騒ぐのかとか、薬缶のお化けが出るのだろうかと不思議に思っていたそうである。

 1954年(昭和29年)のこの日、第五福竜丸がビキニ環礁で死の灰を浴びた。この事件を題材にしたアメリカの画家ベン・しゃーんによる連作『ラッキー・ドラゴン』があるほか、1959年には新藤兼人監督により『第五福竜丸』が作られた。

3月2日
 『まいにちスペイン語』「フォルトゥナータとハシンタ』の最終回。いったんは落ち着きかけたフォルトゥナータであったが、またもやファニートの誘惑に屈し、今度は妊娠する。そのため、マクシと別れ、もともと住んでいたマヨール広場の伯母の家に転がり込む。赤ん坊が生まれ、安静にしていなければいけないのに、ファニートが新しい女と浮気をしていると聞いた彼女は、その女と大立ちまわりを演じ、そのために体調を崩す。死を予感した彼女は遺言書を書いて赤ん坊をハシンタに託し、後継ぎとして育ててくれるように伝える。彼女は神父に”Soy ángel... Yo también... mona del Cielo."(あたしも天使なんです)とつぶやいて息絶える。ハシンタは子どもを引き取り、共通の不幸に根差すフォルトゥナータへの親近感を抱きながら、愛情を込めて幼子を抱きしめる。妻ハシンタと母に責任を追及されたファニートは、赤ん坊は自分の子どもであり、認知もすると明言した。
 スペインの1870年代は、共和制が実現したかと思うと王政が復古するという転変の時代であり、自分たちの利益を優先させて旧勢力と妥協したブルジョワジーの代表者として、浮気者のファニートが描かれているということらしい。フォルトゥナータがその住まいを何度も変えることを通じて、当時の庶民の貧しい不安定な生活の一端が描かれていることも見逃せない。

3月3日
 J2第2節、横浜FCはアウェーで岐阜と対戦。後半にイバ選手のゴールで1点を挙げ、今季初勝利を飾った。レアンドロ・ドミンゲス選手、松井大輔選手も途中から出場したようで、徐々に陣容が整ってきたという印象を受ける。

 NHKラジオ『朗読の時間』は江戸川乱歩『パノラマ島奇談』を読み始めた。この朗読は以前にも聞いたような気がする。同じNHKラジオ第二放送の『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』の時間でも乱歩の『夜光人間』を英語で放送しているので、両方を聞き比べてみるのも一興であろう。『パノラマ島奇談』は石井輝男監督によって『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』という題名で映画化された。土方巽が出演しているなど、カルト的な魅力のある作品ではあるが、私はあまり好きではない。石井の作品では新東宝時代の<モダニズム>の傾向の強いものが好きである。

3月4日
 NHKの語学番組のテキストの3月号の巻末に、4月からの番組の予定が出ていて、10年間『ラジオ英会話』を担当されていた遠山健さんが番組の担当を交代し、新たに『遠山顕の英会話楽習』という番組を担当されるようだ。『英会話楽習』は現在放送中の『短期集中! 3か月英会話』に代わって放送されるもので、どんな内容になるか、楽しみである。『3か月英会話』では「洋楽で学ぶ英文法」とか、「演劇ワークショップ」などの趣向が凝らされていて面白かったので、打ち切られるのは残念であるが、新番組に期待することにしよう。『ワンポイント・ニュースで英会話』は『世界へ発信! ニュースで英会話』と看板を塗り替えるらしい。語学番組の全体の傾向として会話中心、発信型の傾向は変わらないようであるが、もっと別の方角を目指してもいいのではないかと思わないでもない。

 前回「冬季オリンピックが終わった」と書いたが、これから「パラリンピック」が始まることを忘れてはならない。2016年のリオ・オリンピックで日本は金12、銀8、銅21というメダルを獲得したが、パラリンピックでは銀10、銅14という少なからぬメダルを獲得したにもかかわらず、金は0であったのはどのあたりに問題があってのことだったのか、気になることであった。とりあえずは結果の如何に関係なく、選手の無事と健闘を期待したいと思う。
 

2018年の2018を目指して(2)

2月28日(水)晴れのち曇り

 2月になって新しく足を延ばした場所は、特になく、神奈川県と東京都の1都1県、横浜市、川崎市、千代田区、渋谷区、港区、品川区の2市4区のままである。(ただし、横浜市内で港南区に足を延ばしている。)
 新たに横浜市営地下鉄を利用したので、利用した鉄道は5社、横浜市営地下鉄ブルーライン、東京メトロ南北線、東急大井町線を利用したので、8路線、横浜市営地下鉄上大岡駅で降車したので7駅にそれぞれ増加した。
 また江ノ電バスを利用したので、利用したバス会社は3社に、江ノ電バス42-1路線が増えて9路線、乗降した停留所は2つ増えて13か所となっている。〔44+8=52〕

 この記事を含めて28件の記事を書いている。内訳は読書が15、日記が7、『太平記』が4、未分類が1、詩が1ということである。1月からの累計は60で、読書が36、日記が11、『太平記』が10、詩が2、未分類が1ということである。新にいただいた拍手は382、コメントはないので、拍手は1009まで増えているが、コメントのほうの累計は5件のままである。〔37+28=65〕

 15冊の本を買い、10冊を読み終えた。読んだ本を列挙すると、本郷和人『壬申の乱と関ケ原の戦い――なぜ同じ場所で戦われたのか』(祥伝社新書)、椎名誠『単細胞にも意地がある ナマコのからえばり」(集英社文庫)、門井慶喜『この世にひとつの本』(創元推理文庫)、松岡譲『敦煌物語』(講談社学術文庫)、司馬遼太郎『街道をゆく8 熊野・古座街道、種子島みちほか』(朝日文庫)、石井遊佳『百年泥』(新潮社)、ボオマルシェエ『フィガロの結婚』(岩波文庫)、中島文雄『日本語の構造』(岩波新書)、佐藤優『亡命者の古書店』(新潮文庫)、吉田健一『わが人生処方』(中公文庫)ということである。1月に比べると小説・随筆類が多くなっているのが問題で、もう少し学術的な本を読むように心がけたほうがいいかもしれない。
 すずらん通りの東方書店で本を買ったので、本を買った書店は2店ということになる。〔9+11=20〕

 NHK『ラジオ英会話』の時間を20回、『短期集中! 3か月英会話』の時間を12回、『入門ビジネス英語』の時間を8回、『高校生から始める現代英語』の時間を8回、『実践ビジネス英語』の時間を12回聴いている。
 また『まいにちフランス語』入門編を12回、応用編を8回、『まいにちスペイン語』入門編を12回、応用編を8回、『まいにちイタリア語』入門編を12回、応用編を8回聴いている。
 1月からの通算では『ラジオ英会話』が38回、『短期集中! 3か月英会話』が23回、『入門ビジネス英語』が16回、『高校生から始める現代英語』が16回、『実践ビジネス英語』が22回、『まいにちフランス語』入門編が24回、応用編が14回、『まいにちスペイン語』入門編を24回、応用編を14回、『まいにちイタリア語』入門編が24回、応用編が14回ということである。
 NHK『まいにちスペイン語』テキスト巻末のパズルの問題を正解して、図書カードをもらった。以前『まいにちフランス語』でもらったことがあるので、2言語でパズルを当てたことになる。割とこういう方面での、というか語学よりもパズルの才能があるように思われる。外国語の学習はあまり間口を広げると集中力が拡散するので、4月から少し学習対象を絞っていこうと思っている。〔109+120+1(*❓)=229+1*❓〕

 すずらん通りの檜画廊で丸木位里・俊の展覧会を見た。〔0+1=1〕

 神保町シアターで成瀬己喜男の『夫婦』、横浜駅西口ムービル5でインド映画「バーフバリ 王の帰還』を見た。1月からの通算では映画館3館で5本の映画を見ていることになる。例年にも増して低調な実績だが、そのうち巻き返すつもりである。〔5+3=8〕

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第1節:横浜FC対松本山雅の対戦を観戦した。これで2つの競技場でサッカーの試合5試合を見ていることになった。〔6+1=7〕

 1月はアルコール類を口にしない日が1日であったが、2月は3日に増えた。3月はさらに断酒日を増やそうと思う。〔1+3=4〕

日記抄(2月19日~25日)

2月25日(日)曇り、肌寒し。

 2月19日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
2月19日
 『朝日』朝刊の冬季オリンピック特別コラム「平昌⇒東京」は「言葉使えば世界広がる」という見出しで、「韓国の高校では第二外国語で日本語の人気が高い。今は中国語、アラビア語に押され気味らしいけれど…」と韓国の外国語教育の一端が紹介されていた。どのように学習されているかに目を向けることも重要であるが、その結果がどのようなものかも見ていく必要がある。
 日本では高校で第二外国語を履修している例は少ないが、その結果がどのようはなものかについても検討が必要である。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の「スペインの街角」は地中海に面したバレンシア州の州都バレンシアを取り上げた。この地方ではオレンジをはじめとする柑橘類で有名で、パエーリャが代表的な料理の1つである。ギリシア神話のヘスぺリスの園の黄金のリンゴは、実はイベリア半島の柑橘類が誤り伝えられたものであるという説がある。英語でhesperidiumというのがミカン状果のことであるのはこのためらしい。バレンシア地方ではスペイン語よりも、カタルニャ語の方言であるバレンシア語が日常的に使われていることも忘れてはならない。

2月20日
 NHK『ラジオ英会話』の時間で、登場人物がアンティーク・カーのショーを見に出かけたところ、'58 Blackbird station wagonという車を見かけるという場面があった。1958年は私が小学校を卒業した年であるが、それよりももっと以前、まだ日本が占領下にあったころ、帰国する米兵がそこらの空き地に自分の車を置いて行ったのを見かけることがあった。そういう車の中に「ステーションワゴン」があったのを覚えている。(これは普通名詞である。) LongmanのActive Study Dictionaryによるとこれはアメリカ英語で、"a large car with extra space at the back"とある。イギリス英語ではestate carというようである。昔、自動車の運転をしていたころ、中古車センターで国産のエステート・カーを見かけて、買おうかなぁと思って迷ったが、結局、その車を買い取って乗り回すことになったのは、私の勤務先の外国人教師をしていたアメリカ人であった。

 『まいにちスペイン語』の「ラテンアメリカの街角」はキューバの首都ハバナを取り上げた。時の流れが止まったような、昔の姿がそのまま残っている街だが、アメリカとの関係が改善してきたので、これからは大きく変化するだろうという話であった。

2月21日
 『日経』の朝刊に奥山俊伸さんによる「昭和テレビの怪物たち」というエッセーが掲載されていた。テレビの黄金期に活躍した放送作家たちの群像で、「チョイ悪の前田武彦」、「勉強家の青島幸男」、「車好きの藤村俊二」とともに、体内時計に放送時間が組み込まれていたように時間に正確だった大橋巨泉の話が興味深かった。そこまではいかないが、学校の教師でも経験を積むと時計を見ないで、大体の時間進行がわかるようになるものである。

2月22日
 21日に、テレビ・映画でわき役俳優として活躍されていた大杉漣さんが亡くなられた。66歳ということは、私よりも若いので、惜しい限りである。多くの、またさまざまな映画に出演されているが、私が見たのはそのうちの『津軽百年食堂』(2011、大森一樹監督)、『百合子、ダスヴィダーニヤ』(2011、浜野佐知監督)、『ぶどうのなみだ』(2014、三島有紀子監督)、『蜜のあわれ』(2016、石井岳龍監督)の4本にとどまっているので、俳優としての業績についてとやかく言うのはおこがましいが、『百合子、ダスヴィダーニヤ』の中条(宮本)百合子の夫の役はなかなかの名演であったと思う。御冥福をお祈りする。

 NHKラジオ『まいにちフランス語』応用編は<アンスティチュ・フランセ関西>L'institut français du Japon-Kansaiを取り上げた。
Á côté de lUniversité de Kyoto se trouve un bâ timent en béton construit en 1936. C'est l'Institut français du Japon-Kansai, anciennement 《Kansai Nichifutsu Gakkan》. (京都大学のそばに、1936年に造られた鉄筋コンクリート建築があります。アンスティチュ・フランセ関西(旧関西日仏学館)です。)
 1階には藤田嗣治の大きな絵や、カミーユ・クローデルの手によるポール・クローデルの胸像が飾られているし、古い貴重な書物のコレクションも擁しているという。
 大学院時代、関西日仏学館にフランス語を習いに通ったことがあるし、ここの映画会で多くの映画作品を見たものであるが、藤田とクローデルの作品については気づかずじまいであった。慚愧。

 『まいにちスペイン語』応用編「スペイン文学を味わう」はガルドスの『フォルトゥナータとハシンタ』の5回目。フォルトゥナータはマクシと結婚して新居に落ち着くが、誰かが呼び鈴を鳴らしたり、扉の鍵を試したりするような音を聞く。マクシの兄のファン・パブロが逮捕されて大騒ぎになっているすきに、サンタ・クルスがフォルトゥナータを訪問し、彼女とよりを戻してしまう。2人の関係が再燃したことをかぎつけたマクシはサンタ・クルスを待ち伏せて襲おうとするが、逆に打ちのめされてしまう。

2月23日
 『まいにちフランス語』は「アンスティチュ・フランセ関西」のその2.この施設は「詩人大使」と呼ばれたポール・クローデルと大阪商工会議所の会頭で親仏家であった稲畑勝太郎の出会いにより、関西に日仏交流の拠点を作ろうという意図から設立されたことが語られた。もともと九条山にあったが、交通の便が悪かったので1936年に現在の場所に移転したという。
Aujourd'hui, il vit au rythme de ses cours, de ses diverses manifestations culturelles. (現在、フランス語講座のほか、さまざまな文化イベントも活発に行われています。)
 日仏学館の南隣に京都大学人文科学研究所の分館があって、これはもとドイツ文化研究所として建てられたものだという(村野藤吾設計)。さらにその南の道路から西に入ったところに、ゲーテ・インスティチュートがあり、もう少し南の東一条通に面したところに日伊学館があった(今はどうなっているかは知らない)。このあたり、戦前からの土地と建物の所有関係はどうなっているのか他人事ながら気になるところである。

 『まいにちスペイン語』は『フォルトゥナータとハシンタ』の6回目。いろいろな事実が明らかになり、フォルトゥナータはマクシの家を出ていく。彼女がフアン・サンタ・クルスとよりを戻したことを聞きつけたハシンタは夫を問い詰め、フアンは何とか言いくるめたものの、フォルトゥナータの面倒を見続けるつもりもなく、彼女に別れを告げる。フォルトゥナータは顔見知りの退役軍人ドン・エバリスト・フェイホーに声をかけられ、彼の世話になることになる。
 フェイホーとガルドス自身には一致点があり、ガルドスが自分自身を作中人物に投影させたというよりも、自分自身を作中人物に似せていったようなところがあるという話が興味深かった。

2月24日
 横浜駅西口ムービル5で、インド映画『バーフバリ 王の凱旋』を見る。支配欲の強い兄と、民衆に愛情を注ぐ弟の2人の王子のどちらを国王にするかということで、いったんは弟に決まりかかるが、2人の結婚をめぐるトラブルから、兄のほうが王位に就く。国を追われた弟には赤ん坊が生まれ…その子どもが親を知らずに成人し、やがて自分の真の身の上を知って、邪悪なおじを滅ぼして王位に就くという大筋の話を部分的に取り上げて、歌や踊りを盛り込んで構成した作品である。兄が自分の黄金の像を作らせるというところで、サダム・フセインや北朝鮮の支配者のことを思い出した。最後の方で金の像のかけらが川の下流に流されていく場面があったが、金は重いからそんなに簡単に水面に浮かばないだろうと思った。

2月25日
 主として喜劇でわき役として存在感を発揮されていた左とん平さんが心不全のため都内の病院で亡くなられたことが報じられた。調べてみたところ、出演映画作品の中では『喜劇 大風呂敷』(1967、日活、中平康監督)、『喜劇 あゝ軍歌』(1970、松竹、前田陽一監督)、『喜劇 右向けェ左』(1970、東宝、前田陽一監督)、『銭ゲバ』(1970、東宝)、『ずべ公番長 東京流れ者』(1971、東映)、『喜劇 三億円大作戦』(1971、東宝)、『女番長ブルース 牝蜂の逆襲」(1971、東映)、『起きて転んでまた起きて』(1971、東宝、前田陽一監督)、『喜劇 誘惑旅行』(1972、松竹、瀬川昌治監督)、『吾輩は猫である』(1975、東宝、市川崑監督、多々良三平役)を見ているのではないかと確認できたところである。むしろ、栗原小巻さんと共演した魔法瓶のCMのほうが印象に残っているような気もする。ご冥福をお祈りする。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第1節、横浜FC対松本山雅の対戦を観戦する。両チームともに得点機はあったが、無得点のまま引き分けた。昨年の開幕戦も同じ相手との対戦で、勝利を飾っていたことを考えると、前途多難に思える。

 平昌冬季オリンピック終わる。過去最高の13個のメダルを獲得した選手たちの活躍は見事であったが、これは大会を目指しての関係者の準備や努力の賜物であろう。選手たちの活躍を胸に刻んで、私は私の分野で頑張ることにしようと思う。
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