日記抄(8月13日~19日)

8月19日(土)晴れ後曇り後雨(時と所により雷雨)

 8月13日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
8月13日
 昨日決勝戦が行われた女子サッカーのなでしこリーグ杯は日テレベレーザとINAC神戸の二強が敗れたので、千葉と浦和の対戦となり、劣勢だった千葉が最後に瀬戸口選手のゴールで1点をもぎ取って、初優勝を飾った。少しずつ、新しい風が吹いてきているようで、今後のなでしこリーグの動向が注目される。

 第949回のミニトト‐Bが当たる。賞金2千2百円余りであるが、当たらないよりも当たるほうがいいに決まっている。

8月14日
 『朝日』の「天声人語」欄に、<閑けさや岩にしみ入る蝉の声>という芭蕉の句で知られる山形県の立石寺の蝉をめぐり、アブラゼミだという斎藤茂吉とニイニイゼミだという小宮豊隆の論争が取り上げられていた。いろいろな理由でニイニイゼミだという結論となったのだが、斎藤の二男である北杜夫は昆虫学者になろうと思って、父親の反対で断念せざるを得なかったと『ドクトルマンボウ青春記』に書いている。あるいは、この論争で斎藤が負けたことが微妙に影響しているのかもしれない。

8月16日
 神保町シアターで「男優・森雅之」の特集上映から『白痴』(1951、松竹大船、黒澤明監督)を見る。ドストエフスキーの原作の舞台を北海道に移し替えた野心作。ドストエフスキーのような哲学的な小説はどうも苦手で、『罪と罰』にせよ『カラマーゾフの兄弟』にせよ、旧ソ連で映画化された作品は見ているが、原作は読んでいない(私の周囲の人間は、私が哲学的・思索的な人間だと思っている人が多いらしく、ドストエフスキーについてどう思うかなどと質問されることが多いが、実際は違うのである)。
 昭和20年代の北海道の風物が描かれているという点では貴重な作品だが、主題の展開という点ではちょっと無理が重なっているのではないかという気がする。ただ、久我美子の個性が北海道にはよく合っているのではないかという気がした。

 フローベール『感情教育 上』(岩波文庫)を読み終える。地方地主出身の青年フレデリックは七月王政のもと、本人がどう考えているかは別として、あまり意味のない青年時代を過ごす。いわば反教養小説である。翻訳者の生島遼一は私が学生だった頃の京大の教養部の先生であるが、直接の面識はない。この作品についてはいずれ機会を見て取り上げるつもりである。

 横浜FCはアウェーでカマタマーレ讃岐に0-1で敗れる。これでJ1昇格はかなり難しくなったが、希望を捨ててはいけない。

 女優の真理明美さんが8日、亡くなられたそうだ。映画監督の故・須川栄三の夫人でもあった。出演作では『野獣死すべし 復讐のメカニック』を見ている。きれいな女優さんだったが、出演作に恵まれなかったという感じがする。ご冥福を祈る。

8月17日
 神保町シアターで『安城家の舞踏会』(1947、松竹大船、吉村公三郎監督)を見る。チェーホフの『桜の園』をもとに、新藤兼人が脚本を書いている。原作では舞踏会の場面以外の人間模様も描かれているし、没落する地主の一家だけでなく、その使用人の様子がかなり細かく描かれているが、映画では使用人の人間模様は大部分が省かれ、すっきりと分かりやすい映画になっている(奥行きがないともいえる)。何よりも、『桜の園』はこれから何かが起こるかもしれないという予兆を描いている作品であるのに対し、こちらはすでに華族制度が廃止されてしまったという変化の後を描いている点が違う。『白痴』と合わせて、森雅之の芸の幅の広さを感じた。1965年の正月に新派の公演で森雅之の舞台に接したが、もう50年も昔のことである。小津がサイレント時代に撮影した『非常線の女』に出演していた逢初夢子が安城家の姉娘を、原節子が妹娘を演じている。その一方で、津島恵子がクレジット・タイトルに「新人」と紹介されているなど配役の点でも新旧の転換期であったことがうかがわれる。その津島恵子がすでに故人になっていることなど、時間の推移の無常も感じたのであった。
 現在、広く読まれている『桜の園』の翻訳者である小野理子先生は、すでに故人になられたが、大学でロシア語を教えていただいた先生である(断わっておくが、私はロシア語はできない)。『桜の園』は湯浅芳子訳で読んだことがあるのだが、改めて小野先生の役で読み直してみようかと思う。

8月18日
 横浜FCは広島からDF川端裕太選手を期限付き移籍で獲得したと発表した。横浜FCの泉ジュニア・ユースにいたことのある選手である。

8月19日
 神保町シアターで『秋津温泉』(1962、松竹大船、吉田喜重監督)を見る。開映1時間ほど前に映画館に到着したが、整理番号は65番であった(実は、札止めになった場合には、イメージフォーラムで『日曜日の散歩者』をみようと思っていたのである)。岡田茉莉子の映画出演100本記念作品として、彼女自身が企画し、吉田喜重監督と初めてコンビを組んで制作した作品である。戦争末期に岡山県の山間にある秋津温泉で知り合った男女(長門裕之と岡田)が戦後17年の歳月が流れる中、思い出したように逢瀬を重ねる。時代に流されている男と、変わらぬ真情を抱き裏切られる女。2人が会うのは不思議に、桜の花が咲くころである。これは2人の運命を暗示するようでもあり、映像の美しさを狙ってのことのようにも思われる。岡田茉莉子は童顔だし、当時は17歳と34歳のどちらも演じることのできる年齢だったから、この一作に魂を込めるというような演技を見せている。岡田の相手役は少し年上の男優が多いのだが、この作品では長門裕之が相手役で、彼女と年齢が近い分、弱点の多い、そのことがかえって魅力になるような男性をよく表現している。

 雷雨で多摩川花火大会は中止。首都圏の一部で電車のダイヤが乱れる。三ツ沢ではYSCCの試合が行われていたが、選手も観客もたいへんだったろうと思う。

 上智大学名誉教授でシェイクスピアの研究家として知られるピーター・ミルワード師が亡くなられた。昔、ある大学で英語を教えていた時に、ミルワードさんの自伝的な文章を教科書に使ったことがある。ご冥福を祈る。

 今週は、NHKラジオの語学番組がお休み(再放送)であったので、時間を気にせずに映画を見て回ることができたが、映画史に残るような作品を集中的にみることになって、消化不良を起こしているようなところがある。それにもっと本を読まなければ…。

日記抄(8月6日~12日)

8月12日(土)午前中曇り時々小雨、午後になって晴れ間が広がる

 8月6日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
8月6日
 広島に原爆が投下されて72年。広島で被爆した子どもたちの文集『原爆の子』を原作とした関川秀雄監督の『ひろしま』(1953)二女教師役で出演された月丘夢路さんが今年亡くなられたが、月丘さんは宝塚時代に先輩であった園井恵子と『南十字星』という映画で共演している。稲垣浩監督の『無法松の一生』で吉岡夫人を演じたことで映画史に名を残した園井は、戦争中、丸山定夫率いるさくら隊に属し、各地を巡演中に広島で被爆して、その後間もなく死去した。月丘さんが園井の思い出を語っている記録があれば目を通してみたいと思う。『ひろしま』と競作の形になった『原爆の子』を監督した新藤兼人さんが『さくら隊散る』という映画を作っていることも記憶されてよい。

 関内駅の近くのミュージック・ステージ・イライザで別府葉子トリオのライヴを聴く。イライザというのはミュージカル『マイ・フェア・レディ』のヒロインの花売り娘の名であるが、前売り券を買った際にそのことを忘れていたのは不覚であった。そうでなければもっと早く会場を見付けていたかもしれない。40年前に死んだ父が最後に勤めた会社が関内駅の近くに今もあるので、この一帯には多少の親近感はあるのだが、実際に歩いてみないとわからないことが多い。

8月7日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』の「文化コーナー」ではバスティーユ広場を話題として取り上げていた。
La place de la Bastillle tire bien évidemment son nom de la forteresse et prison dont la prise, le quatorze juillet 1789, marque le début de la Révolution française.
(バスティーユ広場は、フランス革命の始まりの1789年7月14日に襲撃された場所、つまり城塞で牢獄だったバスティーユから名前が取られている。)
 広場には、現在、円柱が立っているが、これは1789年のバスティーユ襲撃の記念碑ではなく、1830年の7月革命の3日間の記念碑である。バスティーユ牢獄が取り壊された後、ナポレオンが記念碑を建てようとして、できたのは石膏の像で、ヴィクトル・ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』で、少年ガヴローシュが寝床にする場所として描かれているそうである。
La construction de la colonne remonte à 1840.
(7月革命記念碑の建築は1840年に遡る。)
 私が現在読んでいるフローベールの『感情教育』の物語の発端が1840年で、間もなく1848年の革命が描かれている部分に差し掛かるはずである。
 「この広場はフランスでデモがある時に、その出発点になることもあり、歴史の重みを感じさせる場所です」(『まいにちフランス語』8月号、32ページ)と記されている。京都でメーデーなどの際に出発点になっていたのは二条城前の広場であったが、二条城は徳川慶喜が大政奉還を上表した場所である。私は、デモ中にそんな歴史を思い描いたことなど、一度もない。

 東海林さだお『猫大好き』(文春文庫)を読み終える。表題になっている「猫大好き」は「ぼくが小学生のころから現在に至るまで犬と猫とを切らしたことがない」(219ページ)という長い経験と観察に基づいて、ネコとイヌを対比したエッセーで、両者のしっぽの使い方の違いなど興味深い。「摘録 断定調日常」というのは永井荷風の『断腸亭日乗』のもじりだろうが、ご本家の文体の巧みな模倣などという芸を見せているわけではない。「東京駅で一日暮らす」は先日見た川端康成原作、川島雄三監督の映画『女であること』の中で、家出した久我美子が東京ステーションホテルに泊まっている場面を思い出させた。丸谷才一さんと川村二郎さんからエッセーをほめるはがきが同じ日に届いたので舞い上がっている「人生最高の幸せな一日」が収められている一方で、長嶋茂雄氏と松井秀喜氏の国民栄誉賞受賞の様子を細かく描く「国民栄誉賞イン東京ドーム」の冷徹な目の光り方にも著者の個性を認めることができる。

8月8日
 NHKラジオ『ワンポイント・ニュースで英会話』でミシェル・オバマ前大統領夫人が夫の在任中、公式の行事の場で自分の衣装には注目が集まったのに、大統領が8年間同じタキシードを着続けていたことには誰も気づかなかったと発言したという話題が取り上げられていた。トランプ大統領の場合には、どういうことになるだろうか。

8月9日
 NHK『ラジオ英会話』ではsibling rivalry (兄弟姉妹間のライバル意識)が話題になったが、"Today's Dialog in Another Situation!”で桃太郎の弟のいも次郎なる人物が登場した。栗次郎とか、柿三郎とかならば思いつくが、いも次郎というのは想像力の相当な飛躍がある。おとぎ話の時代の日本には、サツマイモもジャガイモもなくて、いもというと里芋がヤマノイモだったというのを知ってか、知らずか。

 同じく『実践ビジネス英語』では
Something like 80 million people around the world have roots in the Emerald Isle.
(世界各地にいるおよそ8千万人がエメラルド島(=アイルランド)にルーツがある)
という話が出てきた。現在、アイルランドに住んでいる人よりも、先祖がアイルランドから他の国に移住してきたという人の方が多いのである。

 神保町シアターで小津安二郎の『麦秋』を見る。鎌倉に住む7人家族が、ずっと独身だった長女の結婚を機に解体していく話。これぞ小津安二郎という映画作りもさることながら、昭和26年(1951)の作品なので、自分の子ども時代の思い出を重ね合わせてみてしまう。7人家族の味噌っかすの二男坊が私と同じ年か、1歳上ということになるらしい。女学校時代の仲良しグループの中で、ずっと独身のままの原節子と、淡島千景が私たち未婚だから「ねーえ」という場面が、この2人の実人生と重なって見える。秋田に嫁ぐことに決めた原節子と、淡島千景がお互いに東北弁の使い比べをして、女学校時代に一緒だった佐々木さんの話し方を思い出せばいいというのは楽屋落ちで、小津の助監督から独立して、東映に移って時代劇を作った佐々木康が東北弁が抜けなかったことが念頭にあるようである。

8月10日
 『実践ビジネス英語』の昨日の話題の続きで、アイルランドで自分のルーツを調べる場合に最初にすべきことは、国立図書館の教区記録のウェブサイトを見ることであるという。実は、ダブリンのこの図書館に出かけて、入館証を発行してもらったことがあり、その時、手続きの窓口がアメリカ人用と、そうでない外国人用に分れていたのを思い出す。

 神保町シアターで小津安二郎の無声時代の作品『学生ロマンス 若き日』を見る。赤倉スキー場でロケをして撮影した、大学生の生態を描くコメディ。小津作品ではこういう若い時代の作品のほうが好きである。
 高橋治『絢爛たる影絵』(文春文庫、現在は岩波現代文庫に入っている)を読み返しながら、小津作品の特徴や魅力について考える。淀川長治が自分は庶民だから、鎌倉で暮らしている小津よりも、溝口の方が好きだというようなことを言ったのは、一首の煙幕ではないかと思えるのは、松竹蒲田時代の小津は下町の人情を描く映画を多く作っていたと高橋が述べているからである。むしろ高橋がいうように、蒲田時代の小津は既成のスターが出演する映画を作らせてもらえず、個性的なキャラクターをうまく生かすことで作品を支えてきた「いわば小津はノースター映画の専門家だった」(高橋、82ページ)というのがスター大好きの淀川の個性と合わなかったのではないかと思われる。その後、スター俳優を使うようになっても、小津は「のびのびと」演技させるようなことはしないで、自分の型に嵌めて演技をさせようとした(そのことで、彼から離れていった助監督の1人が今村昌平である)。
 小津の映画を見てはこの本を読み、読んでは映画を見ると、実にいろいろなことを教えられ、考えさせられる。

8月11日
 横浜FCはアウェーで徳島ヴォルティスと対戦、1-2で劣勢だったが、後半のロスタイムにイバ選手が右足でゴールを決めて追いついて引き分けたそうである。順位は依然として6位。イバ選手が利き足の左でなく、右で決めたというところにまだ望みはあるという気がする。

8月12日
 NHKラジオ「朗読の時間」の谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』の11~15回の再放送を聴く。品子のもとに引き取られた老雌猫のリリーがいったんは彼女のもとを逃げ出すが、戻ってきて、すっかり仲良くなる。品子は、ダメ男の庄造と別れてせいせいしている半面で、自分の女としての価値を認めさせて復縁したいという気持ちもある。それがネコとの関係にも反映しているようでもある。

日記抄(7月30日~8月5日)

8月5日(土)曇りのち晴れ、気温上昇

 7月30日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前回書き忘れたこと、その他:
7月29日
 NHKラジオ「朗読の時間」は谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のおんな』の朗読を始めた。ダメ男の庄造は元の妻である品子と別れて、従妹野福子と結婚したが、新妻よりも猫のリリーちゃんの方を溺愛している。元の妻の品子は、何もいらないからリリーちゃんだけは手元に置きたいと言ってきて、新妻の方も庄造の猫の溺愛ぶりにあきれて、猫を品子の方に渡すようにと言いはじめる・・・。庄造のリリーちゃんの溺愛ぶりの描写が、自信も無類の猫好きだった谷崎の私生活を反映しているようでげらげら笑いながら聞いていた。谷崎の作品はこれまで敬遠気味であったのだが、少し、距離が縮まったような気がする。

 横浜FCはアウェーでレノファ山口に2-1で勝ち、これで3連勝で4位に浮上した。さらに上を目指してがんばれ!

7月30日
 磯田道史『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』の中で、司馬が戦争中に死にかけた体験から日本陸軍の不合理性がどこでどうして生まれたのかを探求し始めたと述べられていることについては、司馬の『街道をゆく 2』を取り上げたこの日のブログでも触れたが、初期の司馬作品には、加藤泰が映画化した『風の武士』のような「歴史離れ」がかなり大きい、伝奇性をもった作品も少なくないことも注目しておいてよいだろう。伝奇的な物語の展開を支えるためには、細かな歴史的な考証が必要だというのもまた真理である。

7月31日
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』初級編は「イタリア人と食事に出かける」というテーマで、和食をどのようにイタリア人に紹介するかを中心に番組が進行する。今日のキーフレーズは
Io ti consiglio il sukiyaki. (私はあなたにすき焼きを勧める。)
で、イタリア語では和食に冠詞をつけるが、基本的には男性単数の定冠詞ilを使い、il sushi, il sashimi, il katsudonという。母音で始まる単語はl'を使い、l'onigiri, l'okonomiyaki, l'odenなどとする。このほかloがつくものはlo zosui, lo shabushabuなど個別に覚え竹ということであった。そばはスパゲッティとの類推から複数形をとりi sobaとなり、temuraは「揚げ物la frittura」との連想で、la tempuraという方がいいのではないかとのことであった。

8月1日
 ジャンヌ・モローさんの訃報が『朝日』の朝刊に掲載された中で、「ヌーベルバーグの象徴」という見出しが建てられていた。ルイ・マル監督の『恋人たち』や『死刑台のエレベーター』は1950年代に現れたフランスの映画の新しい動きを総称して「ヌーヴェル・ヴァーグ」というのならば、当てはまるかもしれないが、『カイエ・デュ・シネマ』誌に拠って新しい映画作りを主張し、実践した狭義のヌーヴェル・ヴァーグの作家たちの作品への出演というと、『突然炎のごとく』などそれほど多くはない。むしろ、フランス映画の枠にとどまらず、アメリカや英国、イタリア映画を含めて国際的に活躍したことの方を強調すべきではないかと思う。

8月2日
 神保町シアターで「神保町シアター総選挙」「没後四十年 成瀬巳喜男の世界」より『女が階段を上る時』(1960、東宝)を見る。高峰秀子が銀座のバーの雇われマダムを演じ、彼女を取り巻く男性に森雅之、仲代達也、加東大介、小沢栄太郎、中村鴈治郎、ライバルとなる女性に淡路恵子、団令子という配役でそれなりに見ごたえがある。吉村公三郎の『夜の蝶』と見比べてみたら、面白さが増すかもしれないが、こちらの方が写実に徹していて、現実感がある分物語性があまりないように思う。

8月3日
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』の前に放送される『まいにちロシア語』の雑談部分を聞いていたら、講師とロシア人のパートナーがチェーホフの短編「中二階のある家」について話していたので、思わず聞き耳を立ててしまった。語り手である画家は<中二階のある家>に住む美しい姉妹と知り合う。姉は社会改革に熱心で、改革を重ねて世の中をよくしていこうとするのに対し、画家は根本的な変革が必要だと考えているので、次第次第に対立が激しくなる。画家はぼんやり型の妹の方と次第に愛し合うようになるのだが、姉との対立がネックになって二人は別れ別れになる。番組では、誰も住まなくなった家の荒れ果てた様子が印象に残るという話になった。それで思い出すのは、ディケンズの『大いなる遺産』の最後の方で荒れ果てた邸にエステラが1人で住んでいるのを、まだ彼女を愛しているピップが訪れる場面を、デヴィッド・リーンが映画化した際に、原作を少しつくりかえて、ハッピー・エンドにしていることである。

8月4日
 『朝日』の朝刊の「異論のススメ」というコラムで佐伯啓思氏が森友・加計問題をめぐるメディアの報道姿勢について、「「事実」を利用するメディア」という見出しで、『朝日』が政府に対する批判的な立場をとりながら、もっぱら報道を事実関係に集中させていることをめぐり、「批判は、安倍首相の世界観や現状認識、それに基づく政策へ向けられるべきである」と論じているのは、一応正論ではあるが、政権が目的のために手段を択ばずというやり方をしているという事実を報道することは、やはり「世界観」への批判と考えた方がいいのではないのかと思う。

 神保町シアターで「没後四十年 成瀬巳喜男の世界」の中から『驟雨』(1956、東宝)を見る。岸田國士の戯曲『驟雨』、『紙風船』その他をもとに水木洋子が脚本をまとめた作品である。東京郊外(といっても、世田谷あたりらしい)に住むサラリーマンの夫婦(佐野周二、原節子)を取り巻く人間模様を描く。新婚旅行のさなかに喧嘩を始めた姪(香川京子)とか、隣に引っ越してきた夫婦(小林桂樹、根岸明美)が登場し、主人公も会社を整理されかけ、田舎に戻ろうと考えたりするが、大きな変化は起きそうもない。私鉄沿線の駅前の商店街に映画館があるというような昭和30年ごろの郊外の風俗が詳しく描かれている。もう60年くらい昔の話であるが、私は郊外とは言えないところに住んでいたので、思い当たる部分と思い当たらない部分とがある。

8月5日
 『朝日』の朝刊に作曲家の小林秀雄さんの訃報が掲載されていた。三井三池炭鉱の労働組合の組合歌「炭掘る仲間」の作曲者である。私はこの歌が好きで、時々聞いたり、歌ったりしている。謹んでご冥福をお祈りするとともに、この歌を、忘れないようにしたいと思う。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2の横浜FCと大分トリニータの試合を観戦する。1-2で敗戦。ピッチを広く使って攻めかかってくる相手にはどうも弱い。

 NHKラジオ『朗読の時間』で、谷崎の『猫と庄造と二人のおんな』の6~10回を聴く。庄造は品子のもとにリリーを渡すことになるが、そうなって初めてこの猫への思いが強くなったりする。前回の放送分よりもしんみりした内容である。
 

2017年の2017を目指して(7)

7月31日(月)晴れ、暑し

 7月は新しくどこかに出かけることもなく過ごした。したがって、足跡を記したのは2都県(神奈川、東京)、2市(横浜、川崎)6区(千代田、港、品川、渋谷、新宿、豊島)と変わりはない。
 利用した鉄道は5社(東急、東京メトロ、JR東日本、横浜市営地下鉄、東京都営地下鉄)、10路線(東急東横線、目黒線;東京メトロ南北線、副都心線、丸ノ内線;JR東日本山手線;横浜市営地下鉄ブルーライン;東京都営地下鉄三田線、新宿線)、17駅(横浜、武蔵小杉、神保町、渋谷、白金台、目黒、新宿、新宿3丁目、新大塚、伊勢佐木長者町、上大岡、坂東橋、新横浜、反町、御成門、桜木町、関内)のままである。
 バスは5社(横浜市営、川崎市営、東急、神奈中、相鉄)、19路線(横浜市営25,34,35,36,39,44,50,87,102,202;川崎市営杉44;東急溝02、市03;神奈中1、横44,11;相鉄浜7、浜11、浜1);21停留所ということである。〔87〕

 この原稿を含めて31件を投稿した。1月からの合計は213件である。内訳は、日記が6件、読書が13件、『太平記』が4件、『神曲』が4件、外国語、映画、詩、推理小説がそれぞれ1件ということである。1月からの通算では未分類が14件、日記が38件、読書が70件、『太平記』が29件、『神曲』が30件、歴史・地理が4件、外国語が6件、映画が3件、詩が12件、推理小説が7件ということになる。コメントを2件、拍手を530拍いただいた。1月からの合計はコメントが38件、拍手が4235拍、拍手コメントが3件ということである。[その後、ジャンヌ・モローの訃報に接して、詩を1編投稿したので、1月からの合計は32(214)件、詩が2(13)件ということになる。拍手が545拍になっている→ということは、1月からの合計は4245拍である。]〔209+34=243〕

 10冊の本を買い、8冊の本を読んだ。1月からの通算では67冊である。読んだ本を列挙すると:倉知淳『ほうかご探偵団』、片平孝『サハラ砂漠 塩の道をゆく』、松原隆彦『目に見える世界は幻想か 物理学の思考法』、司馬遼太郎『街道をゆく 1』、永田和宏『人はどのように鉄をつくってきたか』、中野重治『むらぎも』、司馬遼太郎『街道をゆく 2』、吉田健一『昔話』である。
 ジェイン・オースティンの『エマ』と『高慢と偏見』を訳者を変えて5冊分読んでいるほかに、椎名誠と吉田健一の本を3冊ずつ、プラトン、望月麻衣、司馬遼太郎の本を2冊ずつ読んでいる。面白いと思うような本が見つからなかったり、見つかっても値段がこちらの懐具合に合わなかったり、なぜか本屋の店頭に並んでいなかったりで、読む本の数が少ない。今、暑さと戦いながら、読みかけているのが、藤原保信『自由主義の再検討』、トロツキー『ロシア革命史』、丸谷才一『笹まくら』というところで、分野の多様性を維持しながら、数を増やしていくのがこれからの課題ということになる。それに外国語の本も1,2冊は読んでおきたいと考えている。〔61+8=69]

 NHK『ラジオ英会話』を20回、『入門ビジネス英語』を9回、『高校生からはじめる現代英語』を10回、『実践ビジネス英語』を12回聴いた。1月からの通算では{ラジオ英会話}が140回、『入門ビジネス英語』が34回、『高校生から始める現代英語』が32回、『実践ビジネス英語』が84回ということである。3月まで放送されていた{攻略!英語リスニング}を26回聴いている。このほか、『英会話タイムトライアル』、『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』、『ワンポイント・ニュースで英会話』の時間をできるだけ聞いているが、数は数えていない。
 『まいにちフランス語』入門編を13回、『まいにちイタリア語』初級編を13回、応用編を8回聴いている。(『まいにちフランス語』応用編は今年の1~3月に放送されたものの再放送なので、数に入れていない。) 1月からの通算では『まいにちフランス語』の入門編を52回、初級編を24回、応用編を52回聴いていることになる。『まいにちイタリア語』の入門編が35回、初級編が62回、応用編が60回ということである。
 『レベルアップ中国語』を19回聴いている。1月からの通算では75回聴いていることになる。
 テレビの『100分de名著』やカルチャーラジオも聴こうと思ってテキストを買ったりしたが、どうもうまくいかない。〔509+104=613〕

 横浜シネマベティで1本、神保町シアターで7本映画を見た。1月からの合計では25本である。見た映画を列挙すると『セールスマン』、『放浪記』、『細雪』、『あじさいの歌』、『誘惑』、『女であること』、『河内山宗俊』、『東京の恋人』で、『誘惑』と『女であることは』は2度目の鑑賞であった。25本の映画を見た中で監督別にいうと、鈴木清順、川島雄三、成瀬巳喜男が3本(ただし『夜の流れ』という成瀬・川島の共同監督作品を含む)、小津安二郎が2本ということになり、俳優でみると、原節子の出演作品が4本、田中絹代、宍戸錠、渡辺美佐子、轟夕起子の3本というのが目立ったところである。この夏はラピュタ阿佐ヶ谷で轟夕起子の特集上映が組まれているというので、出かけてみようかと思っている。それはそれとしても、もう少し新しい映画を見なければという気もしているところではある。〔21+8=29〕

 7月24日にすずらん通りの檜画廊で「堀越千秋展」を見てこれまでに見た展覧会は5つになった。〔6+1=7〕

 7月はニッパツ三ツ沢球技場でJ2の横浜FCのホームゲーム2試合を見た。FC岐阜に1-0、Vファーレン長崎に2-1で連勝、その後アウェーのレノファ山口戦でも2-1で勝ったので、また持ち直してきたかなと強気になり始めているところである。1月からの通算では28試合である。〔28+2=30〕

 ノートA42冊、A51冊、ボールペン替え芯(0.5黒)2本を使い切る。
 アルコール類を口にしなかったのは5日に留まった。暑いと、どうしてもアルコール類を摂取したくなるのは困ったことである。

 7月29日の当ブログで市長選挙への投票を呼び掛ける画像の気味悪さについて述べたが、選挙が終わってもまだこの画像が流れているので、ますます気持ちが悪い。今回の横浜市長選挙は、候補者の擁立や各党による推薦や支持の過程をはじめとして不可解な点が多く、それが謎のままになるのか、どこかで明るみに出るのかも気になるところである。それ以上に日本最大の住民を擁する政令指定都市である横浜市の市政が抱える問題が、全国民的な意義をもっているはずだということを選挙民たる市民がもっと自覚すべきであることを改めて考えさせられた選挙でもあった。 

日記抄(7月23日~29日)

7月29日(土)晴れ、暑し

 7月23日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前回書き落としたことなど:
 横浜駅周辺を、ひどく目立つが釣り合いの取れない服装で、右手を振り上げては「ヒガシトツカァ」などと叫びながら歩いている初老の女性がいたが、最近あまり見かけなくなった。いると目障りでうるさいが、いなくなったらいなくなったで気になる。
 7月30日は横浜市長選挙で、バスの中などで投票を呼び掛ける映像が流されているが、中年男が赤い花を口にくわえるというような不気味な画面が展開されるので、いったいどの程度効果があるのか疑問である。

7月21日
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』応用編「メールで発信」の中に出てきた例文。
Dopo potremmo cenare insieme in unafantastica pizzeria li dietro.
(後で、近くのとてもおいしいピッツェリーアで一緒に食事ができる。)
a due passi da ~ は「~のすぐ近く」のという意味で、ここでdueは「2つの」)ではなくて、「わずかの、少しの」という意味である。たとえば、Devo dirte due parole. (君にちょっと話がある。) 手元のフランス語の辞書には、deuxの意味として、「わずかの、少しの」というのは出てこないが、en moins de deuxは「あっという間に」であり、J'ai un mot [deux mots] à vous dire. (あなたにちょっとお話があります。)という言い方も載っている。

7月22日
 NHKラジオ「高校生からはじめる現代英語」で”New Guidelines Call for Earlier English Learning"(小3から英語)という話題を取り上げた。問題は、英語を早くから始めることではなくて、学ぶ量を多くして、もっと一生懸命勉強することだと思うのだが、そういう議論はなかなか表に出てこない。
 Classes are to focus on speaking and listening.{(小学校3年生と4年生の英語の)授業は話すことと聞くことに集中することになります。} この放送を聴いた後出かけた西口のカフェで若い女性が2人、英語で話をしていた(一方が、英語の母語話者らしかった)。何を話しているのかと思ったら、ただのガールズ・トークらしかった。それはそれで立派なことであるが、「会話」には中身が伴うということを忘れてはならないことを改めて考えさせられた。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第24節:横浜FC対V・ファーレン長崎の試合を観戦する。ブラジルからJリーグに復帰したレアンドロドミンゲス選手が移籍後初出場。その存在感と、FWを3人先発させ、4人ベンチに置いた中田監督の攻撃的な姿勢が実を結んだのか、2-1で横浜が長崎を破る。決勝点となった中里選手のFKの決まり方を見ていると、《不思議の勝ち》という印象もないではない。

7月23日
 『高校生からはじめる現代英語』の2日目のDiscussionのコーナーで、
With English being the language of business even in Asia, English language skills will be even more important in the futureが.
(アジアでもビジネスで使われる言葉は英語なので、英語能力が将来はさらにいっそう大切になるだろう。)
と言われているのはそのとおりだが、学校であまりアメリカ英語を強調しすぎると、アジア英語に対応できなくなる恐れがあるということも念頭に置くべきであろう。
These guidelines have been released and will be implemented beginning in 2020, just in time for the Tokyo Olympics.
(この指導要領が公表されて、2020年から実施される、東京オリンピックにちょうど間に合う。)
という発言があったが、オリンピックが行われる年に、小学校3年生・4年生に英語を教えても、間に合わないのではないか。2020年のオリンピックでは、どんな言語を話す選手が注目を浴びることになるのか、予見できない要素の方に私は期待をもっている。

7月24日
 病院に出かける。その後、神保町シアターで「神保町シアター総選挙2017」で第3位になったという「一周忌追悼企画 伝説の女優・原節子」のアンコール上映から『女であること』(1958、東京映画、川島雄三監督)、『河内山宗俊』(1936、日活京都、山中貞雄監督)、『東京の恋人』(1952、東宝、千葉泰樹監督)の3本を見る。
 『女であること』を見るのは2度目であるが、今回の方が面白く見ることができた。有閑階級の反抗的なわがまま娘という役どころを得意としていた久我美子の動と、父親の裁判の結果が不安で仕方がない一方で学生と恋に陥っている香川京子の静の対象、原節子の昔の恋人役を演じている三橋達也の楽しそうな演技など見どころ多し。『河内山宗俊』は、何度か映画化されているはずで、1970年に公開された篠田正浩監督の『無頼漢』もこの話がもとになっている。河原崎長十郎、中村翫右衛門と前進座の役者が多く出演しているが、当時座員であった加東大介の若いころの姿もある。山中貞雄は加藤泰の叔父にあたるそうだが、両者の共通点というようなものを見付けることはできなかった。『東京の恋人』は三船敏郎の二枚目ぶり、特に声の魅力が印象に残った。好色でケチな森繁の社長と清川虹子のその妻の演技も面白かった。ドタバタ喜劇と人情喜劇の境界線上にある作品であるが、思い切ってドタバタにした方がよかったのではないかという気がしないでもない。

7月25日
 犬養道子さんが死去された。戦後すぐの時期に欧米を歴訪された記録である『お嬢さん放浪記』は未読だが、その後またアメリカに留学された時の『マーティン街日記』はアメリカのニューイングランド地方での学生生活を詳しく描いた書物として、興味深く、何度も読んだものである。謹んでご冥福を祈る。

7月26日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』でhibou(ミミズク、hは有音)という語が出てきた。フランス語ではhibouとchouette(フクロウ)を区別する。耳(羽角)があるのがhibou,ないのがchouetteということであるが、hibouをchouetteに含める場合もあるそうである。英語のowlは両方を区別していない。

 司馬遼太郎『街道をゆく 2 韓(から)のくに紀行』(朝日文庫)を読む。(この書物は、7月28日の当ブログで取り上げるつもりで、本が見つからずに――整理が悪い!!――先延ばしした経緯がある。)

7月27日
 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Brain: an apparatus with which we think we think.
(from The Devil's Dictionary)
---- Ambrose Bierce
(U.S. journalist, short story writer and satirist, 1842 - c.1914)
(頭脳:それを使って考えている、とわれわれが考えている装置。)

7月28日
 NHKラジオ『まいにちイタリア語』応用編「メールで発信」で紹介された例文。就職が決まった友人宛に
Complimenti davvero e in bocca al lupo per un brillante futuro.
(心からおめでとう。輝かしい未来へ向けて頑張って。)
in bocca al lupoは直訳すると「オオカミの口へ」で、「頑張って! 幸運を祈っている」という意味で使われる。
 北欧神話に嘘をついていないという証拠にオオカミの口の中に手をさしいれた神様の話が出てくると記憶する。この表現とどこかでつながっているのかもしれない。

7月29日
 吉田健一『昔の話』(講談社文芸文庫)を読み終える。
 「しかし何よりも我々に必要なのは人間の世界を貫く持続とその認識である。アメリカ軍が我が国を占領してそこにいる人間が一変したという説がなされたことが既に荒唐無稽を通り越してそれをなした人間の正気を疑わせるに足りる。しかしそれがもし狂気だったならばその狂気に従ってわが国の歴史は暗闇に包まれてそれは何も見えなくなる暗闇でもあった。これもそう決める方の勝手であってわが国の人間が昭和20年を境に一様に頭が変になったとも思えない。」(243-244ページ)
 著者の意見に全面的に賛成とは言えないが、「持続」を重視する考え方には健全な保守主義があって、その点は(まったく違った発想軸の持ち主である)梅棹忠夫と同じに思えるのが興味深い。
  
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