日記抄(5月14日~20日)

5月20日(日)晴れ、風強し。

 5月14日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前回以前の記事の補遺・訂正など:
5月11日
 NHKラジオ『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』の毎週金曜日は日本文学の名作を英語で放送していて、5月は芥川龍之介の「鼻」が取り上げられている(4月は太宰治の「走れメロス」だった。この放送で気になったのは主人公の長い滑稽な鼻の持ち主である曾の名をNaiguとしていたことである。原作では僧は禅智内供、その原話となった今昔物語の説話では禅珍内供と呼ばれていて、物語の中では内供という呼び方がされているが、内供(内供奉の略)というのは「禁中の内道場に奉仕し、御斎会(ごさいえ)の時に読師(とうし)となり、また、夜居の僧となった知徳兼備の僧」のことで、固有名詞ではない。古い日本のならわしでは、人名をみだりに口にせず、通称、あだ名や職名で呼ぶのが一般的だった。だから芥川もそれに引きずられて内供と書いているので、禅智というのが本来の名前である。

5月13日
 バスの中で相模原SCのサポーターらしい一群の人たちと乗り合わせたので、今日はニッパツ三ツ沢でJ3の試合があるのかと思ったら、そうではなくて天皇杯の神奈川県大会の決勝戦であった。翌日の新聞によるとYSCCと相模原SCのJ3のチーム同士の対戦で2-1でYSCCが勝利した。YSCCは今年はJ3の上位にいるのだが、J2昇格に必要なほかの条件は満たしているかどうか、気になっているところである。

5月14日
 病院に出かける。

 『朝日』朝刊の「フォーラム」欄で、「性教育」について読者の意見が紹介されている中で、性知識の教育も重要だが「問題は、お互いを尊重することや、人間の尊厳といった抽象的概念を伝えること」という意見があり、それはもっともな主張なのだが、頭では理解していても、体のほうが言うことを聞いてくれないというのが若さではないかと思った。知識教育も必要だし、理念の伝達も必要だろうが、もっと大事なのは基本的な生活指導ではないだろうか。

 同じく連載インタビュー「語る――人生の贈りもの」で樹木希林さんが文学座の研究生時代にTVドラマで森繁久彌と一緒になり、大いに影響を受けたと語られていて、何となく納得した。前回、小津安二郎監督の演出に納得がいかなくなったという話があったが、舞台的、即興的な演技を持ち味とする森繁と、絵になる動きをさせようと執念を燃やす小津の相性は悪かったというから、樹木さんの演技論・演出論は森繁に近いということであろう。

5月15日
 奈良県桜井市の纏向遺跡で2800個という大量の桃の種が出土し、放射性炭素年代測定の結果、西暦135~230年のものと判明したと報道された。248年ごろに没したのではないかといわれる邪馬台国の女王卑弥呼と年代が近いということで注目されている。大量の桃の種(ということは、芽を出さずにそのままだった)がなぜ地中に埋められたのか、モモはどのような種類のものなのかなど、調べてほしいことは少なくない。

 東川篤哉『館島』(創元推理文庫)を読み終える。面白かった。この作品については、機会を見て詳しく論じてみるつもりである。

5月16日
 シネマヴェーラ渋谷で『オズの魔法使』とマルクス兄弟の『御冗談デショ』を見る。『オズ』については昨日の当ブログで取り上げたので、『御冗談デショ』だけを取り上げる。この作品は、グラウチョ、ハーポ、チコだけでなく、3人の弟のゼッポも登場しているが、3人とは違って自分の見せ場を作ることなく終わっている。
 ハクスリー・カレッジという大学の学長にグラウチョが就任、その動機はこの大学で万年学生を続けている息子のゼッポを捕まえて家に戻すことだという。ゼッポがいつまでも大学に残っている理由は、カレッジ・ウィドウ(元教授の未亡人)に恋をしているからで、この未亡人を囲む恋愛騒動が映画の筋立ての1つ。
 大学の知名度を上げるのには、アメリカン・フットボールの強豪チームを作ることだと入れ知恵をされたグラウチョは、選手の引き抜きを図るが、間違えて秘密酒場に酒を売っている(禁酒法時代という設定らしい)氷屋のチコと、野犬の捕獲人のハーポを連れてきてしまう。このアメラグのチーム作りがもう一つの筋立てで、その試合が最後の見せ場になる。
 なお、対戦相手の大学名がダーウィン・カレッジで進化論で有名な2人の人物の名前が大学名に使われているのはどういう趣向であるのかがもうひとつわからない。

5月17日
 西城秀樹さんの訃報を聞く。歌手であるとともに、映画にも出演していて、何本か出演作品を見ている。田中絹代の最後の出演作となった『おれの行く道』(1975、松竹、山根成之監督)もその1本である。ご冥福を祈る。

 吉田友和『北京でいただきます 四川でごちそうさま』(幻冬舎文庫)を読み終える。各種中国料理の食べ歩き紀行であり、LCCを利用した短期旅行の実践の記録でもあり、自分の目で確かめた中国の姿が描き出されているという点でも貴重である。

5月18日
 『朝日』の朝刊に高大連携歴史教育研究会の会長である油井大三郎さんが歴史教科書の用語を減らすことには、思考力を育てる狙いがあるということを書いていたが、取り上げる項目を減らすことが思考力を鍛えるというのは誤った思い込みではなかろうか。歴史の場合、様々な事項を関連付けて記憶していくことに思考の起点があるのであって、記憶すべき事項を減らすことはむしろ、それらを関連させていく思考力の減退をもたらすのではなかろうか。

 女優の星由里子さんの訃報を聞く。あまり出演作を見ていないので、強い印象はないが、星さんが花登筐さんと一緒だったころに、私の従兄が同じマンションに住んでいたことがあった。ご冥福を祈る。

5月19日
 『朝日』の朝刊の地方欄に6月1日をもって伊勢佐木町のニュー・テアトルが閉館するという記事が出ていた。最近は出かけていないが、『幕末太陽伝』(デジタルリマスター版)、『中華学校の子どもたち』、『津軽百年食堂』などここで見た映画の題名を順不同に思い出す。映画鑑賞中に地震にあったこともあった。閉館は惜しまれるが、そう書くよりも1度でも多く映画を見に出かけるべきであった。

5月20日
 『朝日』の「折々のことば」は「建物が壮大であればあるほど、それを支える礎石の重みも増す」という良知力『マルクスと批判者群像』の中の言葉を引用している。
 マルクス(に限ったことではないが)の思想体系の成立の背景には、前時代、あるいは同時代の多くの思想的な営為や社会運動の積み重ねが隠れている。「歴史の陰に葬り去られた同時代の思想家たちや運動を支えた名もなき人々の営為」と「そこから生まれたかもしれぬ別の可能性」に目を向けることについて鷲田誠一さんは言及している。初期社会主義者としてサン=シモンやフーリエといった名前はよく知られているが、画家ゴーギャンの祖母にあたるフロラ・トリスタン(1803‐1844)のように掘り起こされるべき人々は少なくない。

 朝丘雪路さんの訃報が伝えられた。宝塚出身で、歌手、俳優などとして活躍された。出演映画では野坂昭如原作、千野皓司監督、フランキー堺主演の『極道ペテン師』(1969、日活)を見ている。野坂さん、千野監督、フランキー、みんな故人になっている。まだ生きている出演者は当時まだ若手だった梶芽衣子さんくらいだろうか。朝丘さんの夫君である津川雅彦さんの兄の故・長門裕之さんの夫人の故・南田洋子さんと同じく、晩年は認知症を患っていたというのは残酷なめぐりあわせであった。ご冥福を祈る。

 『日経』の朝刊に中国が2035年までに北京市の近郊に雄安新区という「自動運転の新都市」を建設しようとしているという記事が出ていた。その年では、個人用の自家用車はすべて自動運転となるという。車の動き、それを通じて人の動きがすべて管理されるような社会が出現するのであろうか。そのころまで、こちらが生きているかどうかはわからないが、どうも不気味な感じである。

 同じく『日経』に鳥取県三朝の三徳山三仏寺の「投入堂」と、千葉県長南町の笠森寺「観音堂」という2つの岩壁に建てられたお堂が北緯35度23分というほぼ同じ緯度にあるという話が出ていて、偶然の符合かもしれないが、だとしても面白い偶然だなぁと思った。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第15節横浜FC対ジェフ千葉の対戦を観戦した。横浜が終盤まで3-2とリードを保ったのだが、後半のアディショナルタイムに1点を失い、3-3で引き分けた。誠に残念。 

日記抄(5月7日~13日)

5月13日(日)曇り、午後になって雨が降り出した

 5月7日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、以前に書いたことの補遺・訂正等:
5月5日
 『朝日』の朝刊に 世界思想社教学社から「こどものみらい叢書」というシリーズが発行されるという記事が出ていたが、その2冊目がラテン語の入門書を数多く手がけている山下太郎さんの『お山の幼稚園で育つ』という本なので、どんな本なのか読んでみたいと思っている。山下さんは大学で英語やラテン語を教えられていたが、父君の事業を継いで幼稚園の経営に従事されているようで、どんな教育者ぶりを見せているのかに興味がある。

5月7日
 スペイン語の挨拶は時間帯によって違い、
Buenos días. おはようございます。 (昼食までのあいさつ)
Buenas tardes. こんにちは。 (昼食から夕食まで)
Buenas noches. こんばんは。 (夕食以降のあいさつ)
ということである。スペインでは昼食が午後2~3時ごろ、夕食が午後9~10時ごろなので、これらのあいさつは、日本語のあいさつより遅い時間帯まで使う。同じスペイン語圏でも、ラテンアメリカでは日本語のあいさつとほぼ同じ時間帯に使う。出会いだけでなく、別れのあいさつとしても使われる。たとえばBuenas noches.は「おやすみなさい」の意味にもなる。
 番組中、口頭で説明があったが、興味深いことにこれらのあいさつは複数形でなされている。他の言語、たとえば英語では午後のあいさつの例を挙げると
Good afternoon.
という風に単数形をとる。スペイン語とイタリア語とは似ているといわれることがあるが、イタリア語では午後特有のあいさつというのはなくて、午後3時ごろから
Buena sera. こんばんは。
を使うが、南部では午後になるとBuona sera. に切り替わるそうである。これは、単数形である。
 またスペイン語とポルトガル語は似ていると言われることもあるが、ポルトガル語では
Boa tarde.
とやはり単数形をとる。その点は違うが、確かにスペイン語に似ている。
 スペイン語で複数形をとるのは、その日だけでなく、他の日もよい午後(午前・夜)が相手に訪れるようにという気持ちを込めてのことだそうである。

 神凪唐州『大須裏路地おかまい帖 あやかし長屋は食べざかり』(宝島社文庫)を読み終える。名古屋の代表的な商店街の1つである大須にある小さな神社の新米神主である北野諒には、自分の暮らす長屋の1階で開業している小料理屋「なご屋』の雇われ店長というもう一つの仕事がある。長屋の住人は諒を除いてみな、人間の世界に紛れ込んで暮らしている「あやかし」で、「なご屋』の主要な客でもある。諒は、あやかしたちが起こす様々な怪異に巻き込まれる…。
 大須にはもう40年くらい昔に一度だけ出かけたことがある。学会の日程の谷間にできた暇な時間をつぶすべく、映画を見に出かけたのだろうと思う。思い返してみると、エルマンノ・オルミの『木靴の樹』や、アラン・レネの映画など、名古屋で見たという記憶のある映画は少なくないのが不思議である。

5月8日
 エルマンノ・オルミ監督の訃報が伝えられた。さらに木下惠介監督の映画の音楽を多く担当された作曲家の木下忠司さん、『かわいいベイビー』などで知られる作曲家の東海林修さん(私にとっては、『シャボン玉ホリデー』の音楽が懐かしいね)、ザ・スパイダースのギタリストであった井上堯之さん(5月11日の『日経』朝刊のコラム「文化往来」に少し詳しい追悼記事が出ていた)、また絵本『ダルマちゃん』で知られる絵本作家・児童文学者の加古里子(かこさとし)さんの訃報が伝えられた。

 『朝日』の朝刊に「大使 語学特訓して派遣」という河野外相の発言が報じられていた。語学力というのは程度問題なので、もっと具体的な目標を示さないといけないし、相手方の国の事情も考える必要があるだろう。

 同じく『朝日』の朝刊にアメリカの政権の科学政策の不在を危惧するハーヴァード大学のジョン・ホルドレン教授の意見が掲載されていたが、ブッシュ共和党政権時代も科学軽視の政策がとられ、それを英国のブレア元首相が利用して、アメリカからかなりの数の科学者を受け入れようとしたことが思い出される。こういう点では、日本はアメリカに追随すべきではなく、アメリカにとってかわろうとする姿勢を見せるべきなのである。

 同じく『朝日』朝刊のコラム「折々のことば」に引用された「言葉以前の世界の消息を言葉によって伝えること、つまり言葉で言葉を破ること。」が、心に残る。

5月9日
 『朝日』朝刊の連載インタビュー「語る――人生の贈りもの」で女優の樹木希林さんが文学座時代に、杉村春子の付き人として小津安二郎の『秋刀魚の味』の撮影に立ち会ったときの経験を語っている。小津がなかなかOKを出さずに、何度も同じ演技を繰り返させるのを見て、「私には、なぜNGなのか全く理解できなかった」、映画というのは面倒くさいものだと嫌になったという。同じようなことを小津の下っ端の(ということは、当時の松竹映画のやり方では4番目か5番目の)助監督であった今村昌平が語っていたらしい。その今村の後を引き継いで『東京物語』で下っ端の助監督を務めた高橋治が『絢爛たる影絵』(文春文庫→岩波現代文庫)で書いているが、小津がテストを繰り返したのには、理由がある。小津には自分が理想として思い描く画面があって、それが実現できるまで粘ったということである。この辺りは、高橋の本を読むか、小津の伝記映画である『生きてはみたけれど』で、小津映画の出演者たち、とくに岸恵子さんが話していることを聞くかするとよくわかる。

 『日経』の朝刊に「渡米した画家 ふたつの道」として、『国吉康雄と清水登之』展の紹介記事が出ていた。対照されることの多い2人であるが、共通点もあるということが指摘されている。私は国吉のほうが好きである。国吉と言えば、トルーマン・カポーティ原作、オードリー・ヘプバーンの『ティファニーで朝食を』という映画の中に、ユニヨシという名前の日本人⁉が出てくるが、そんな日本人の名前はないはずである。

5月10日
 『朝日』朝刊の「折々のことば」は、「いまや統合の過剰というよりもむしろ分断の深化によって自由に対する制約や剥奪が惹き起こされている」という政治思想史学者の齋藤純一の言葉を取り上げているが、大いに考えさせられる。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編は4月~9月にかけて、昨年10月~今年3月に放送した「スペイン文学を味わう」を再放送しているが、19世紀から20世紀にかけてのスペイン文学の代表的な作品が紹介されていて、二番煎じでもなかなか落ちない味わいを感じる。既に4月に放送されたアラルコン『三角帽子』に続いて、5月はフアン・バレーラの牧歌的な恋愛小説『ペピータ・ヒメネス』(1874)を取り上げているが、私は6作品のうちではこれが一番好きである。6月はエミリア・パルド・バサン(1851‐1921)の『ウリョアの館』、7月はレオポルト・アラス・「クラリン」(1852‐1901)の『裁判所長夫人』、8月は「セルバンテスに次ぐ作家」と評されるベニート・ペレス・ガルドス(1843-1920)の『フォルトゥナータとハシンタ』(1887)、9月は『血と砂』などで日本でもよく知られているビセンテ・ブラスコ=イバーニェス(1867-1928)のリアリズム小説『葦と泥』(1902)ということになる。ブラスコ=イバーニェスは日本でいうと、尾崎紅葉、幸田露伴、夏目漱石と同じ年の生まれである。1934年にノーベル文学賞を受賞したイタリアのルイジ・ピランデッロ(1867-1936)も同じ年の生まれで、探していくと、他にも有名な文学者が見つかりそうだ。

5月11日
 『朝日』朝刊の「わがまちお宝館」は青森県三沢市の寺山修司記念館を紹介しているが、寺山が多くの机をもっていたというのはうらやましい話である(持ちたくても、置き場所がない)。彼が常に他人に向けて発信するタイプの人間で、手紙を多く書いたけれども日記は残さなかったという話が興味深かった。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Consistency is the last refuge of the unimaginative.
(from "The Relation of Dress to Art" in Pall Mall Gazette)
---- Oscar Wilde (Irish poet, playwright and novelist, 1854 - 1900)
一貫性とは、想像力にかける者たちの最後のよりどころである。
 賛否両論ありそうな言葉である。

 ドリームジャンボ宝くじあたらず。

5月12日
 『朝日』朝刊の地方欄に「川崎の『橘樹官衙遺跡群』」についての記事が出ていて、おもしろかった。「白村江で戦った日本と新羅だったが、実はその後、緊密な関係を築いていた」とあるが、これはあまり正確な書き方ではないと思う。古代の日本には親百済勢力と親新羅勢力があって、この両者の力関係の推移を見ていくことが重要なのではないかと思っているのである。特に出雲をはじめとする日本海沿岸には新羅系の文化の痕跡が多く見いだされるということを見落としてはならない。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第12節横浜FC対ロアッソ熊本の対戦を観戦した。熊本の応援にはくまモンも駆け付けたが、観客は3,000人を少し超えたくらいというのはさびしい限り。横浜はけがで休んでいたDFのカルフィン・ヨン・アピン選手が復帰、累積警告で前節出場できなかったイバ選手も出場と戦力が整ってきたこともあり、前半は優勢に試合を運びながらも決定力不足で、0-0で折り返す。後半に入り、55分にコーナーキックのチャンスを得た横浜が佐藤選手のヘディング・シュートで1点を先制、さらに65分にはイバ選手のシュートがクロスとなり、野村選手が左足で蹴りこんで2点目、さらに78分にはフリーキックからぺ・スン人選手が頭で押し込んで3点目を挙げて、楽勝かと思われた。ところが熊本も反撃して2点を返し、どうなることかと思ったが、後半終了間際に相手チームの裏側に抜け出した戸島選手が右足でゴールを決めて勝利を決定づけた。4-2で勝利し、暫定5位に浮上。2点の失点はいただけないが、4点の得点は大いに愉快である。

5月13日
 シネマヴェーラ渋谷に『オズの魔法使い』とマルクス兄弟の『御冗談でしょ』を見に行こうと思ったが、天気が悪くなってきたのでやめる。

 

日記抄(4月30日~5月6日)

5月6日(日)晴れのち曇り、夜になって雨

 4月30日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正:
4月27日
 3月31日、落語家・のこぎり音楽演奏家の都家歌六さんが老衰のため死去されていたことが分かった。87歳。本名:真野良夫。名古屋市出身。昭和26(1951)年に当時落語芸術協会に所属していた3代目桂三木助(1902‐61)に入門して三多吉、昭和29(1954)年に二つ目に昇進して木多蔵、昭和31(1956)年に4代目三遊亭圓遊門に移って三遊亭万遊、昭和44(1969)年に真打に昇進して8代目都家歌六を襲名。昭和57(1982)年、のこぎり漫談を寄席の芸として確立し、余興から本業として活躍するが、平成27(2015)年に落語芸術協会を退会された。落語レコードの収集家としても知られ、NHKの『ラジオ深夜便』で自らの集めたレコードを披露・解説するコーナーをもっていた。もう30年以上昔だと思うが、ラジオの番組で、三木助門下の弟弟子である9代目入船亭扇橋(1931‐2015)と三木助の思い出を語り合っていたのを覚えている。3代目三木助の弟子だった噺家さんが次々に世を去り、残るのは三遊亭圓輔師匠、柳家小はん師匠、林家木久扇師匠くらいになってしまった。時の流れとはいえ、淋しい。死亡記事には書かれていなかったが、かなりの数のピンク映画に出演していたようである。ご冥福をお祈りする。

4月30日
 シネマヴェーラ渋谷で「映画史上の名作 16」の中から『ジョンソンにはうんざり』(Too Much Johnson, 1938、オーソン・ウェルズ監督)と『女たち』(The Women, 1939, ジョージ・キューカー監督)を見る。
 『ジョンソンにはうんざり』は、ウェルズがマーキュリー劇団を率いていた時代に演劇と組み合わせて上映するために撮影したサイレント作品。編集を施されないまま放置されたフィルムの状態で2013年に発見された。間男のジョセフ・コットンと寝取られ男がニューヨーク中を(最後はキューバまで)追いかけっこするというドタバタ喜劇。未編集なのでそれほど面白くはないが、ウェルズが古いスラップスティック喜劇をよく研究していたことがわかる。
 『女たち』(Wikipediaには『ザ・ウィメン』として取り上げられている)は出演者(どころか出演犬まで)が全部女性という配役で、作品中で上映される小型映画の映像(1930年代にアメリカの金持ちは小型映画を撮影して楽しんでいたというのは驚きである!)のなかにも男性の影は見えないという徹底ぶり。大金持ちの妻メアリー(ノーマ・シアラー)は、高級エステサロンのネイリストを情報源とするゴシップの渦の中で、香水店の店員クリスタル・アレン(ジョーン・クロフォード)に夫をとられ、離婚するが…、やがて反撃に出るというコメディ。ほかにロザリンド・ラッセル、ジョーン・フォンティーン、ポーレット・ゴダードと出演者がとにかく豪華である。

 兵藤裕己『後醍醐天皇』(岩波新書)を読みおえる。岩波文庫版の『太平記』の校訂者による文学者としての目で見た後醍醐天皇像であるが、かなり同情的な書き方で、後醍醐が果たした歴史的な役割を大局的にとらえているとはいえない。先日読んだ豊永聡美『天皇の音楽史』の、後醍醐が大覚寺統の歴代の天皇と同じように笛を学んだほかに、持明院統の歴代が主に嗜んだ琵琶にも手を伸ばしていたというような、具体的な事実の指摘がみられないのが残念である。例えば、後醍醐の詠歌を詳しく検討してみるというような研究上の工夫があってもよかったように思う。

5月1日
 『朝日』朝刊の「私の視点」のコーナーにそれぞれ教育にかかわる重要な問題についての提言が2編掲載されていた。1つは野坂浩美「学校での職業教育 専門の職員登用 制度化」というもので、学校の生徒・学生に実社会における職業の様々な様相や、そのために必要な準備等の情報を与え、また訓練を施すということは大事なことではあるが、社会の変化によって職業構造も変わる事にも配慮する必要がある。あまり個別的に特化した職業教育よりも、健康や体力と、変化に対応できる柔軟な精神の方が大事だという意見も出てくるかもしれず、この提言を受け止めて、さらに議論を尽くす必要があるだろう。
 もう1つは田畑行彦「英語の指導助手 日本語の能力資格要件に」というもので、私もその通りだと思うが、あまり基準を厳しくすると、採用される人物が一人もいなくなってしまう恐れがある。私はラジオの語学番組が好きでよく聞いているのはご承知のとおりであるが、日本語が上手だと思う外国人の出演者は『英会話タイム・トライアル』のスティーヴ・ソレーシーさんくらいなものである(それどころか、日本人の講師でもちょっとねえという人がいないでもない)。採用時点では、あまり日本語が達者でなくても、社交性に富んでいるとか、勉強熱心だとか言うことで急激に上達する可能性のある人もいるかもしれないので、単純に能力だけを見るのも問題がありそうだ。

5月2日
 呉座勇一『陰謀の日本中世史』(角川新書)を読み終える。面白かった。歴史上のいろいろな出来事の背景に陰謀の介在を疑う議論というのは絶えないが、そうした議論の大半が歴史的な事実の断片を拾って勝手につなぎ合わせた妄想にすぎないと丁寧に批判している書物で、その意味で歴史研究の入門書として役立つ。関ヶ原合戦の勝敗の分かれ目になったのが、その前哨戦である岐阜城の攻防戦であったというのは、三池純正・中田正光『竹中重門と百姓の関ヶ原合戦』と共通する認識である。信長の孫の秀信が守っていた岐阜城が東軍の猛攻で陥落したことで、今度は関ヶ原の領主であった竹中重門が西軍から東軍に鞍替えをするという連鎖が起きたというのがどうも最近は有力な説らしい。

5月3日
 ニッパツ三ツ沢球技場でなでしこリーグ第2部第4節、横浜FCシーガルズ対伊賀くノ一の対戦を観戦する。強風の中前半風上に立った伊賀が2点を先取、後半も1点を加えて完勝。シーガルズはところどころでパスをつないでの反撃を見せたが、拙守も手伝い、山本絵美選手のなでしこリーグ200試合出場記録に勝利の花を添えることはできなかった。
 一方、横浜FCはアウェーでカマタマーレ讃岐と対戦し、2-1で勝利。新加入のFW戸島選手が初ゴールを挙げるなど、新戦力が活躍し、明るい材料がみられる。2連勝で5位に浮上。

5月4日
 『日経』の朝刊に教育をめぐり、気になる記事が2件出ていた。一つは連載記事「生産性 考』の中の「スローな教育改革」をめぐり、高い学力は必ずしもイノベーションと結びつかず、「多様性が未来を拓く」のであって、「均質な人材供給」を目指す学力重視型の教育を改める必要があるという主張である。議論をより具体的に深める必要があると思うが、その際に、「多様性」が社会の中のどのような多様性と結びつけるのかが問題ではないか。

 もう一つは一面の下のコラム「春秋」欄で、コーチのバントという指示にもかかわらず、打てそうだと思って打ってしまった少年野球選手の振る舞いを題材とする「星野君の二塁打」という道徳の教材が今年から正式な教科となった小学校の道徳の教科書に載っている。「集団生活における規律やそれを守ろうとする姿勢の大切さ。本当の自由の意味を考えさせ」るというのがその狙いだそうで、コラム子は柳瀬元秘書官の招致と結びつけて「道徳の教材には事欠かぬ当節の行政府である」と皮肉(のつもり)を述べて締めくくっている。
 実は、この教材(道徳が教科でなく「道徳の時間」だった時代には資料といった)は今を去ること40年ほど前に井上治郎・宇佐美寛両氏による道徳の授業をめぐる論争の際に取り上げられたものであり、道徳教育関係者の中では有名なものである。長年、論争の対象となっている資料を、議論の材料として適切だということで教科書に採用することがいいことかどうかというのも一つの問題だが、この資料が道徳教育の世界では有名だということを知らぬげにコラムを書いているコラム子の姿勢も問題ではある。

5月5日
 渋谷東急百貨店本店の美術画廊で「長田佳子日本画展――天衣――」を見る。30代のまだ若い作家で、もともと洋画を勉強したが、その後花鳥画や王朝の風俗を描く日本画の世界に転じたようである。精緻な画風であるが、これがどのように展開していくかが楽しみである。(ご本人が在廊していたのだが、お姿を拝見するのみ。) その後、隣接する会場で「J.M.W.ターナー銅版画展」を見た。損保ジャパン日本興亜美術館で開かれている「ターナー 風景の詩」展に呼応する企画らしい。

 シネマヴェーラ渋谷で「映画史上の名作 16」から『いちごブロンド』(Strawberry Blonde、1941、ラオール・ウォルシュ監督)と『我が家の楽園』(You Can't Take It With You, 1938,フランク・キャプラ監督)を見る。
 strawberry blondeは英和辞典にも出ている単語で説明の必要もないだろうが、赤みがかったブロンドのことをいう。気の短いのが欠点だが、人好きのする青年ビフ(ジェームズ・キャグニー)は仕事を転々としている父親に手を焼く一方で、町内の評判の美人:いちごブロンドのヴァージニア(リタ・ヘイワース)に夢中である。しかし、ヴァージニアには政治活動に熱心なヒューゴー(ジャック・カーソン)や床屋のニック(ジョージ・トビアス)などほかの男たちも熱をあげている。ビフはヒューゴーとともにダブル・デートをすることになり、相手はヴァージニアとその友人で看護婦のエイミー(オリヴィア・デ・ハヴィランド)である。キャグニーとハヴィランドがクレジット・タイトルで主演の位置に並んでいるから、その後の展開は想像がつくのだが、ビフはヒューゴーに出し抜かれてヴァージニアをとられただけでなく、事業に成功したヒューゴーに対して、エイミーと結婚したビフは牛乳配達をしながら、歯科医の通信教育を受けている。ヒューゴーの会社の重役にしてもらったと思ったら、実は彼の会社の手抜き工事の責任を押し付けられて投獄の憂き目にあう。5年間の刑期のうちに、彼はようやく歯科医の免許を得て、別の土地に移り住み、開業するのだが、なかなか患者が来ない。ところが今は政治家になったヒューゴーから歯が痛んで仕方がないという電話がある。ほかの歯医者はみな出払っていて、在宅中だったのはビフだけなのである・・・
 タイトル・ロールを演じているリタ・ヘイワースは実際にはブルネットだったのを製作者の指示で赤く染めたのだそうだ。カラー初期の映画にこの赤毛が映え、1940年代のハリウッドにおけるセックス・シンボルとなった。『いちごブロンド』は白黒映画なので、赤毛の魅力がそれほど出ていない。同じ白黒映画でも、一時期結婚していたオーソン・ウェルズの監督作『上海から来た女』の中で発揮している魅力は恐るべきものである。ビフを懸命に支えるエイミーを演じているオリヴィア・デ・ハヴィランドが最終的に観客の感動をさらっていくところ、やはり女優としては上である。

 『我が家の楽園』は好き勝手に生きている変わり者の爺さんとその一家の娘(ジーン・アーサー)が、彼らが住む家と土地の買収をもくろむ大富豪の息子(ジェームズ・スチュアート)と恋に落ちたことで起きる騒ぎを描いた喜劇。ジェームズ・スチュワートの若さが印象的。映画史に残る傑作に数えられるこの映画は何度か見ているが、自分が年を取るにつれて、目の付け所が変わってきていることが実感できた。

 この日は、ドイツの思想家カール・マルクスの生誕200年ということで、彼の生誕地であるトリアーでは記念式典が開かれ、これに抗議する右翼のデモもあったそうだ。また、これを記念して0ユーロのお札が発行されたが、短期間で完売し、さらに増刷されるという。 

5月6日
 横浜FCはアウェーで町田ゼルビアに0-1で敗戦。

日記抄(4月23日~29日)

4月29日(日)晴れ

 4月23日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、前回までの記事の補遺・訂正等:
4月13日
 「火のない所に煙は立たぬ」に相当する英語の諺は
Where there's smoke, there's fire. (煙があるところには火がある)
だと書いたが、フランス語では
Il n'y a pas de fumée sans feu.(火がなければ煙はない)
と、日本語に近い表現になっている。

4月17日
 『日経』に「小松左京さんが描いた漫画発見」という記事が出ていた。小松さんが若いころに、モリ・ミノル名義で漫画を出したことは、既に知られていることで、今回の発見は、未発表の漫画の下書きが、初期のSF作品の原稿の裏から発見されたということである。その点では、見出しの付け方や、記事の書き方にもう少し配慮があってもよさそうである。
 私と同期に入社した社員で、小松さんに対して、僕はSFに興味があるのでいろいろと教えていただこうと思いますと入社の際にいっていた男がいたが、SFの習作(完成した作品ならもっといい)、批評とかを小松さんのところに提出していたのかどうかは不明。この男、1年とちょっとで会社を辞めた私よりも、さらに早く会社を辞めた。

4月23日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』入門編の4月は、学校を舞台にした会話を中心に番組が構成されているが、番組の終わりの「文化へ一歩近づこう」のコーナーで、フランスの生徒たちが好きな科目は何か、パートナーのクロエさんはどんな科目が好きだったかという話題が取り上げられた。

Selon un récent sondage en ligne, les matières préférées des Français sont en ce moment l'hisoire-géographie, les mathématiques et le français.
(ある調査会社がインターネット上で行ったアンケートによると、フランス人が好きなのは最近だと歴史・地理、数学、そしてフランス語です。) 4月号テキストには「歴史、地理」とあったが、フランスの小学校では4・5年に「歴史・地理」という教科が配当されていて、そのことだと思われる。
(J'ai aimé) le français et la philosophie! Au lycée, on fait beaucoup de dissertations pour apprendre à penser et à analyser. Avoir l'esprit critique est très important, et ce dans toutes les matières!
{私は(=クロエさんは)}フランス語と哲学の授業が好きでした。高校では小論文をたくさん書いて、考えることや分析することを学ぶんです。批判精神をもつことがとても大切で、どんな授業でも求められるんです!
 学校の階梯を進むにつれて、教科も、その教科についての個々の児童・生徒による好き嫌いも変化するから、ここでの質問は漠然としすぎているという感じがしないでもない。それに児童・生徒には個性があるから、すべてのフランスの高校卒業者がクロエさんと同じように考えているわけではないということも、留意しておく必要があるだろう。

4月24日
 『まいにちフランス語』ではフランスの学校での体育の授業のことが話題になった。
On ne fait pas beaucoup de sport à l'école, l'heure d'EPS, c'est plutôt un moment de convivialité partagée et c'est miste. (学校ではあまり運動をすることはありません。体育の授業はどちらかというと和気あいあいとした、楽しい時間です。男女一緒に授業を受けるんですよ。)

 同じくNHKラジオ『  遠山顕の英会話楽習』に
That's a feather in your cap. (それがあなたの誇りの羽飾り=誇りとするところ ね)という表現が出てきた。a feather in ...'s capは「…の誇りとするところ、自慢の種」という意味で、アメリカ先住民が武功を立てるたびにヘッドドレスに羽根を加えたところからこの表現が生まれたと説明されていたが、ヨーロッパでも帽子に羽根を飾ることはしていたのではないだろうか。齋藤秀三郎の『熟語本位英和中辞典』にIt is a feather in his cap. 名誉(自慢)になる物という記事があるので、かなり古くから使われている表現であることは確かである。

4月25日
 プロ野球広島カープで長い間活躍され、2215試合連続出場という日本記録を樹立された衣笠祥雄さんが上行性結腸癌のため23日に亡くなられたことが報じられた。衣笠さんですごいと思うのは、右投げ右打ちの選手として活躍されたのだけれども、テレビなどで日常的なしぐさを見ていた限りで左利きであったということである。謹んでご冥福をお祈りします。

 「朝日川柳」に
『新潮』に乗らねば今もセクハラか
という大阪府の遠藤昭さんの川柳が掲載されていた。ここで『新潮』というのは『週刊新潮』のことで、川柳として形を整えるためにこう書いたのはわかるが、なぜか、山口瞳が昔住んでいた元住吉近くの本屋の物知らずぶりを慨嘆している文章を思い出した。『新潮』をくださいというと、『週刊新潮』をもってくる、それじゃないというと今度は『小説新潮』をもってくる。『新潮』という雑誌があることを知らないのだろうか…。そういえば、最近は「文春砲」という言い方もされるが、これも『週刊文春』のことであって、『文藝春秋』についてではないようである。

 『遠山顕の英会話楽習』では今週の学習内容の復習の後、ザ・シーカーズの「ジョージー・ガール」という歌を取り上げた。英国の作家マーガレット・フォースター(1938‐2016)の第2作目の小説『ジョージー・ガール』の映画化(1966、シルヴィオ・ナリッツァーノ監督)で主題歌として作曲されたが、日本では1967年に歌の方が先にヒットして映画の方が後から公開されたという経緯がある。この映画を私は2回見ている。(なお、1970年にはブロードウェー・ミュージカル『ジョージ―』が上演されたという。) 
 ヒロインのジョージーはのっぽでのろま、まったく男にもてないが子ども好きという若い娘。彼女をヴァネッサ・レッドグレーヴの妹のリン・レッドグレーヴが演じ、その美人の友人をシャーロット・ランプリング、美人の友人の恋人をアラン・ベーツが演じていた。番組では映画のことは触れていたが、原作小説のことは触れられなかった。私も読んだことはないが、マーガレット・フォースターは英国では結構人気のある作家のようで、本屋に著書が多数並べてあった。

 1003回目のミニトトBが当たる。これで2回連続である。ただし賞金は1732円と極めて少ない。

 三井純正 中田正光『竹中重門と百姓の関ヶ原合戦 地元領主・領民から見た「天下分け目の戦い」』(洋泉社:歴史新書)を読む。関ヶ原の戦いの帰趨に、地元関ヶ原の領主であった竹中重門の向背が大きくかかわっていたこと、そしてその重門の決断に地元の農民たちの利害と動きがかかわっていたことが説かれている。重門は軍師として有名な竹中半兵衛の嫡男で、豊臣秀吉の伝記である『豊鑑』の著者として知られる。確か、山岡荘八の『徳川家康』のなかに関ケ原の戦いの後で家康が重門と戦場を歩く場面があったように記憶する。重門についてはいろいろ調べてみたのだが、『美空ひばり』の著者である竹中労が半兵衛の子孫だという話の真偽はいまだに不明。 

4月26日
 NHKラジオ『高校生から始める「現代英語」』(火曜・水曜の6:30~6:45の放送は時間帯の折り合わせが悪くて聞けないので、再放送を聞いている)では”Saudi Arabia to lift ban on women behind the wheel”(サウジアラビアが女性の運転を解禁する)というニュースを取り上げた。
The ban will be lifted by the end of June 2018. (この禁止令は2018年6月の終わりまでに解除されます。)
ということで、まもなくサウジの女性は自動車の運転ができるようになる。また
Last week, women were allowed into a sports stadium for the first time. (先週、女性はスポーツスタジアムに入ることを初めて許されました。)
というニュースも付け加えられていた。番組パートナーのハンナ・グレースさんは
I had no idea that women were only recently allowed to enter a sports stadium for the first time! (女性が初めてスポーツスタジアムに入ることが許可されたのがまだ最近のことだなんて想像もしていませんでした。)
と感想を述べていたが、サウジと仲の悪いイランでは、女性が車を運転することはできるが、いまだにスポーツスタジアムに入場はできないはずで、だから、男装してサッカーの国際試合を見に行く女性たちを描いた『オフサイド・ガールズ』という映画が作られたりする。この映画は面白かったね。

 同じく『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
Everyone is a mon, and has a dark side which he never shows to anybody. (From Following the Equator)
---- Mark Twain (U.S. writer, 1835 -1910)
(人間は皆、月である。決してだれにも見せない暗い面を持っている。)
言っているご本人がそのことを一番よく知っていたのかもしれない。

4月27日
 『実践ビジネス英語』の第2課”Workplace Trends "(職場の動向)の第6(最終)回の”Talk the Talk with Heather Howard"のコーナーでヘザーさんが
How times have changed. You watch old TV shows and movies, and see a time when men wouldn't venture out of doors without a hat, and ladies always had on a pair of gloves. (時代はずいぶん変わりました。昔のテレビ番組や映画を見ると、男性は帽子をかぶらずに外出するようなことは決してせず、女性は常に手袋をしていた時代を目にします。)
と言っている。『三つ数えろ』などという映画を見ると、ハンフリー・ボガートがローレン・バコールに対し、きわめて紳士的なふるまいをしていることに気づくはずである。

 同じ番組の”As they say...."のコーナーでは、日本の「壁に耳あり、障子に目あり」という諺を取り上げた。これをそのまま英語に訳すと、Walls have ears and shoji scrreens have eyes. ということになるが、英語には
Walls have ears. (壁に耳あり)
という言い方はあって、第二次世界大戦中に欧米で、スパイに気をつけ、秘密情報を公の場で口にしないようにということで、多く使われたそうである。
 なお、フランス語でもこれに相当することわざがあり、
Les murs ont des oreilles.という。 

 武井弘一『茶と琉球人』(岩波新書)を読み終える。近世の琉球では球磨茶が好まれたことを柱にして、近世から現代にかけての沖縄と球磨地方の生活の変化と両者の交流の諸相を、戦時中の苦難も交えて語っている。

4月28日
 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第11節、横浜FC対徳島ヴォルティスの試合を観戦する。横浜が前半29分に右から抜け出したMF佐藤謙介選手のクロスをDFの北爪選手が決めて先制、その1点を守り抜いて勝ち点3を挙げ、7位に浮上した。後半は選手の足が止まって、徳島の猛反撃に押しまくられる場面が多かったが、よく頑張った。

 円居挽『キングレオの冒険』(文春文庫)を読み終える。「赤影連盟」、「踊る人魚」、「なんたらの紐」、「白面の貴公子」、「脳虚堂の偏屈家」の5つの短編からなる短編集だが、各篇の題名を見ればわかる通りシャーロック・ホームズを主人公とする短編のパスティーシュ集である。それぞれの作品が関連しあい、登場人物がその中で多少とも成長していくように思われる点は、本家と違った趣も感じられる。

 1002回、1003回と2回連続でミニトトA、Bのどちらかを当ててきたが、1004回はどちらも当たらず。

4月29日
 春の叙勲。昔の職場の同僚が瑞宝中綬章を受賞していた。音信があればお祝いの電話を入れるところだが、絶えているので、何もしない。カズオ・イシグロ氏が旭日重光章を受章、またアグネス・チャンさん、ジェーン・バーキンさん、シャルル・アズナヴールさんが旭日小綬章を受章ということだが、アグネス・チャンさんとシャルル・アズナヴールさんが同列の評価(?)になるというところに疑問を感じないでもない。
 

日記抄(4月16日~22日)

4月22日(日)晴れ、気温上昇、しかし風も結構強い

 4月16日から本日までの間に考えたこと、経験したこと、前回以前の記事の補遺・訂正:
4月13日Where
 NHKラジオ『実践ビジネス英語』では、今季から”As they say..."(和洋ことわざ考)というコーナーが始まった。日本では「火のない所に煙は立たぬ」といい、これをそのまま英語に訳すと
Where there's no fire, there's no smoke.
ということになるが、英語では
Where there's smoke, there's fire. (煙のあるところには火がある。」という。
 現代ではこのことわざをもじってWhere there's smoke, there's ire. などともいわれる。fireと一字違いのireは「怒り」という意味で、禁煙が主流の世の中で、「たばこの煙があるところには必ず怒りが発生する」ということ。
Where there's X, there's Y.という構文の諺でほかによく知られているのは、
Where there's a will, there's way. (意志あるところに道あり)
Where there's life, there's hope. (命ある限り希望がある。)
 アメリカのコメディアン Bob HopeはこれをもじってWhere there's Hope, there's laughter. (ホープのいるところには笑いあり)などと言っていた。またWhere there's will, there's inheritance tax. (遺言書のあるところに相続税あり)などともいうそうである。

4月16日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』の「ChloeとGeorgesのPetit pas culture1 ~文化へ1歩近づこう~」のコーナーでは、フランスの小学校では英語を勉強し、中学生で第2外国語を学ぶのが通例であるという話が出てきた。
En général, on a deux langues vivantes obligatoires pour le baccalauréat. Et selon la situation géographique, les écoles proposent aussi des cours de langues régionales : breton, corse, occitan, tahitien, basque.... (一般的に、フランスの大学入学資格試験バカロレアでは外国語科目の試験が必ず2つはあるんだ。それに、地方によってはブルトン語、コルシカ語、オック語、タヒチ語、バスク語などの地方言語の授業もあるんだよ。) ブルトン語は、ブルターニュ地方で話されているケルト語派の言語、コルシカ語はコルシカ島で話されている言語だが、イタリアの方言だという人もいる。オック語はオクシタン語とも言われ、南フランスで話されているロマンス派の言語、タヒチ語はタヒチ諸島で使われている言語であるが、フランスの海外領で使われているので地方語として扱われるようである。バスク語はフランスとスペインの境界の大西洋側の一帯で使われている言語で、孤立語である。
 フランスでは外国語のことをlangue vivante(現代語)といい、複数の外国語を学ぶのが普通だそうである。テキストには「日本の中学校や高校でも普通になるといいですね」と書かれていたが、いいかどうかは人によって違うだろうし、どんな言語を勉強するかも問題である。それに学校で勉強したから、その言語ができるようになるとは限らないのである。

4月17日
 『まいにちフランス語』の「文化へ1歩近づこう」のコーナーでは、フランスのテストの話が話題に取り上げられた。
En France, pas de 100! Le Graal, ça devrait être 20 sur 20, mais les profs ne le donnent acr la perfction n'existe pas. Un 18 est déjà exceptionnel. (フランス語ではテストの満点は100点じゃないんですよ! それに満点の20点は取れないものなんです。先生がつけてくれないんです。だって完璧なんてないですからね。18点でも非常に優秀な成績なんですよ。)
 このような20点満点の評価は、フランスでは1890年に始まったそうで、他の国にはあまり例がないという。全般にフランスの教師の要求は高く、いい点はなかなかつけてもらえないという。

4月18日
 『朝日』の朝刊の「オピニオン&フォーラム」の欄に高橋源一郎さんの「歩きながら考える」の一環として、「戦時の日本でも 極秘に原爆開発」という記事が出ていた。理化学研究所の仁科芳雄(1891‐1951)を中心とした研究と、原爆の開発は当時の日本の置かれていた物質的な条件では不可能であったが、研究に携わるという名目によって若手研究者を応召させないようにしたという裏の事情が記されていた。事態はもっと複雑で、研究を進めたのは1グループだけではなく、研究に携わった人々の中で戦後は核兵器の禁止の運動を推進した人々もいるし、原子力の「平和利用」を積極的に推進した人々もいた。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』の時間では、スペイン人の青年が日本各地を旅行するという内容の物語が進行中で、目下、彼は東京都内を見物している。案内をしている日本人女性にそそっかしさを指摘されて、浪曲の「森の石松」の一節をスペイン語で話す:
 Oye, eres de Tokio, ¿verdad? (ところで、江戸っ子だってねぇ。)
Te invido a comer sushi. (寿司食いねぇ。)
 歴史的にみれば、江戸<東京なのだけれどもね。

 トマス・モア『改版 ユートピア』(澤田昭夫訳、中公文庫)を読み終える。ラテン語からの翻訳を読み終えたのはこれが初めてである。エラスムスの『痴愚神礼賛』が終わったら、この作品について取り上げるつもりにしている。

4月19日
 『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
There is a boundary to men's passions when they act from feelings; but when they are under the influence but non when they are under the influence of imagination. (from An Appeal from the New to the Old Whigs)
---- Edmund Burke
(British statesman and political philosopher, 1729 - 97)
(感情の赴くままに行動するとき、人の情熱には限界があるが、想像の世界に遊ぶ時には限界などないのである。)
 エドマンド・バークはアイルランド生まれの英国の政治家で、「保守主義の父」といわれる政治思想家・哲学者である。政治的にはホイッグ党(のちの自由党)に属し、アメリカの独立革命を支持したが、フランス革命には反対し、党内の「旧ホイッグ」を代表する人物となった。1790年に発表した『フランス革命の省察』は今日でも読まれている。アイルランド・ダブリンのトリニティ・カレッジを訪れた際に、構内にこの大学を卒業した有名人の像が並んでいる中に、バークの像があったのを覚えている。

4月20日
 『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"で取り上げた言葉は:
Make yourself necessary to somebody.
    ----Ralph Waldo Emerson
(U.S. philosopher, poet and essayist, 1803- 82)
(だれかに必要とされる人間になれ。)
社会の連環の中で欠かせない人物であれということであろうか。自分がそのような存在であるか、時々自問する必要がありそうだ。 

4月21日
 神保町シアターで『秋日和』(1960、松竹、小津安二郎監督)を見る。『彼岸花』に続く里見弴の小説の映画化で、里見の子息である山内静夫が制作を手掛けている。小津が志賀直哉を大先生、里見弴を小先生といって敬っていたのは有名な話である。未亡人の母親(原節子)と2人で暮らす娘(司葉子)の結婚をめぐり、未亡人の亡父の親友(悪友?)たち(佐分利信、中村伸郎、北竜二)がいろいろと画策する。小津の旧作『晩春』の父親と娘の関係を、母親と娘の関係に置き換えたような話である。『晩春』では老父から離れて嫁ぐ娘の役を演じていた原節子が、娘が結婚して去ってゆく母親役を演じているところに時の流れがある。佐分利信が司葉子の相手にどうかと思っていた部下(佐田啓二)の友人(渡辺文雄)が司葉子の会社の同僚であるという偶然があり、司葉子の同僚で親友の岡田茉莉子が活躍して話が落ち着くところに落ち着く。小津としてみれば、自分の昔の映画に出演した岡田時彦の娘の茉莉子と、桑野通子の娘のみゆき(佐分利信の娘の役を演じている)を出演させているというところに感慨があったかもしれない。このほか、岩下志麻が端役といってもかなり目立つ役で出演しているのも見どころの一つである。
 この後、岩下が主演する『秋刀魚の味』を遺作として小津は世を去る。岡田茉莉子は吉田喜重と、岩下志麻は篠田正浩と結婚して新しい映画作りに進み、渡辺文雄は大島渚の映画の常連として活躍する(というよりも、TVの旅番組やグルメ番組で能書きを垂れていたことの方が印象に残っているが…)。

 豊永聡美『天皇の音楽史 古代・中世の帝王学』(吉川弘文館:歴史文化ライブラリー、2017)を読み終える。雅楽を中心に邦楽のどのようなジャンル、楽器を歴代の天皇が習得され、演奏されてきたかを古代から室町時代までにわたりたどった書物である。日本の伝統的な楽器は吹きもの(管楽器)、弾きもの(弦楽器)、打ちもの(打楽器)があるが、天皇が演奏されるのは、弦楽器の琴と琵琶、管楽器では笛と笙であり、時代によって楽器が違うというのが面白かった。 特に鎌倉時代の両統迭立期になると、持明院統の帝が主として琵琶を演奏されたのに対し、大覚寺統の帝は笛を演奏されたというのが印象に残る。ほかの領域でも持明院統の帝が克明な日記を残されているのに対し、大覚寺統の方はそうでもないとか、持明院統ゆかりの人々が京極派の和歌を詠まれたのに対し、大覚寺統の方は二条派の影響が強かったとか、文化史的にみていくと興味深いことが少なくない。

 ミニトトAが当たる。今年初めての当たりで、7500円ほど稼いだことになるが、これまで2万円くらい出資しているからその分を差し引けば大赤字である。

4月22日
 『日経』の朝刊にイランとアゼルバイジャンの国境をつなぐ鉄道が開通したという記事が出ていた。2020年にはインドから船でイランに荷物を運び、そこから「スエズ運河よりも安く早く」インドからロシアへと荷物を運ぶ路線ができる見通しだという。旅客列車が運行されるというのならば、乗ってみたい気もする。

 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第11節の横浜FC対栃木SCの対戦を観戦する。0-0で引き分け。何度も得点機はあったが、イバ選手の動きに精彩がなく、決定力が発揮できなかった。こういう試合は見ていて疲れる。
 
プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR