語学放浪記(53)

10月16日(日)晴れたり曇ったり

 今日の『朝日』の朝刊に、NHKラジオ「英会話タイム・トライアル」のスティーブ・ソレイシィさんが登場して、”Let's 道案内”という見出しで、英語を話す人に道を尋ねられた時の心得として、「身ぶり、笑顔…心遣いが大事」と語っていた。特に、詳しく道を教えようとせずに、”this/that way"を使って、大まかな方向を示す方がわかりやすいというのは、「英会話タイム・トライアル」でも言われていたことである。

 「英会話タイム・トライアル」という番組は、NHKラジオ・テレビの英語番組の中ではA2に位置づけられる番組である。繰り返しになるが、説明しておくと、A0「ごく簡単な表現を聞きとれて、基本的な語句で自分の名前や気持ちを伝えられる」という水準の番組がテレビの「プレキソ英語」と、ラジオの「基礎英語1」であり、「プレキソ英語」の方は小学生向け、「基礎英語1」の方は中学1年向けという設定になっている。「基礎英語1」はA1(日常生活での基本的な表現を理解し、ごく簡単なやり取りができる)に少し入り込んでいる。そのA1のレベルに設定されているのがラジオの「基礎英語2」とテレビの「エイエイGO!」である。「基礎英語2」よりも少し高いレベルに設定されているのがラジオの「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ」であり、「エンジョイ」はA2に少し入り込んでいる。

 A2というのは「日常生活での身近な事柄について、簡単なやり取りができる」という水準で、ラジオの「基礎英語3」、「英会話タイム・トライアル」、テレビの「おとなの基礎英語」がここに位置づけられている。「基礎英語3」は「中学3年レベルの文法・表現をベースに、「使える英語」を学びます」、「おとなの基礎英語」は「海外旅行で役立つフレーズが、中学校レベルの英語で身につきます」、「英会話タイム・トライアル」は「日常会話をテンポよくスムーズに話せるようにトレーニングします」というのが狙いである。大体、中学校3年、英検で言うと3級レベルということのようであるが、実は中学校3年生がすべて狙い通りの英語の能力を身につけているわけではないし、その後、高校やそれ以上の学校で勉強し、あるいは自分で英語の勉強しても、この水準を達成・維持できているとは限らないというのが、おそらくは一番の問題である。

 「英会話タイム・トライアル」という番組は、月曜日から金曜日までの午前8:30~8:40、午後0:15~0:25、11:00~11:10に放送され、土曜日の午前7:00~7:50、日曜日の午後11:30~月曜日の午前0:20まで月~金曜日の放送分をまとめて再放送される。その狙いをもう少し詳しく言うと、「英語の瞬発力を鍛える」、何かの折にすぐに英語で対応できるスキルを養うということで、私を含めて会話が苦手な人間にとって、グサリグサリとその会話スキルの問題点を突いてくるところがある。英語、特に英会話の勉強をしているという人は少なくないが、この番組を熱心に聴いている人というのには、あまりであったことがないのは、この点と関連しているのではないかと思う。(文法よりも会話が大事だなどという人が、会話について努力しているとは限らないのである。)

 とにかく、中学校3年生レベルの英語を使いこなして、どのように英会話を進めるかという点について、この番組を聞くことで学ぶ点は多いので、私はこの番組については、午後11時からの放送を中心に、うまく放送時間にラジオが聞けるときは、聞き流すことにしている。テキストも発売されているのだが買わずに、気になったことだけメモしている。「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ」についても同じ取り組み方である。

 この番組の中で、ソレイシィさんが特に強調しているのが、言葉をそのまま訳すのではなく、やさしく言い換えることが必要だということで、日本語の根底にある発想と英語の根底にある発想が違うのだということをそれとなく気づかせてくれる。この点がまずもって重要である。面白かったのは、以前にも書いたことがあるが、「がんばれ」という日本語に相当するのは”Good luck!"だとか、英語の”Look forward"には「どうぞよろしく」という意味合いがあるということで、これは日本語と英語の両方についてかなりよく知っていないといえないことである。(日本語の「がんばれ」に相当する英語の表現が、どういうものかについてはいろいろな意見があり、中には、英語では「がんばれ」といわずに、むしろ”Take it easy"といって、相手の緊張を解くことの方が重視されているという意見もある。この辺りは、時と場合を見て、使い分ける必要があるのではないかと思う。)

 昔ある作家が子ども時代に森田思軒の訳したヴェルヌの『十五少年』を熱心に読んだ。”Good morning"を「好朝」と訳すような直訳であったが、気にならなかったと回想していたのを読んだことがある。私も森田の訳は読んだことがある(当ブログでも取り上げた)が、これはその作家の記憶違いで、「好朝」という表現は出てこない。しかし、誰かがどこかで、「好朝」という翻訳をしていることはありうることなので、これは探してみる価値があるかもしれない。何が言いたいのかというと、あいさつの類はそのまま、訳しても仕方がないので、この言葉に対応する言葉がどのようなものかを探してみる必要があるということである(英語などは、あいさつが比較的定型化している言語であり、日本語はそうでもないというようなことに、このことから気づくはずである)。

 なお、ソレイシィSoresiという名前はどうしても、音階のSo + Re + Siを思い出してしまうところがあるが、この番組で日本語の歌を英語に訳して歌ったりしているのは、パートナーのジェニー・スキッドモアさんの方である。また番組内で、英語の個人レッスンを受けるような場合には、その先生のスキルやキャリアについて受講者の方でもチェックしておく必要があるといっていた(これは貴重な助言)が、語学番組を聞く場合にも、講師やパートナーの方々のキャリアについてチェックしておく必要がある、どのような英語(あるいはその他の言語)を理想とし、また実際に使っているかを知ることが、自分にとって重要なことであると認識すべきである。

語学放浪記(52)

10月2日(日)晴れ

 もう30年以上昔の話のことである。私の大学院の後輩が、短距離で有名な桐生選手の出身校で非常勤講師をしていて、桐生選手ほどではないが、やはりインターハイで活躍した選手が教え子の中にいて、無事一流大学への推薦入学を獲得した。その彼が「先生、ドイツ語の辞書は何がいい?」と尋ねてきたそうである。私の後輩がドイツ語がよくできるのを知ってのことではあろうが、気が早すぎると思う。学問研究のドイツ語とスポーツのドイツ語の違いを考えに入れる必要がある。この場合の、一番いい答えは、大学に入って専門のスポーツの指導をしてくれる先生と相談して語学の履修や辞書について教えてもらうといいということである(もっとも大学の先生がそれほど親切かどうかはわからない、でも相談してみる価値はあるだろう)。大学の専門の先生は海外に留学したり、外国人に指導を受けたりして、自分たちの流儀を持っているはずである。

 1969年に発行された『20か国語ペラペラ』(実業之日本社)というの本の中で、著者である種田輝豊は「現在の仕事では、翻訳以外、話すドイツ語はほとんど活用できない。国際会議では、ドイツ語の影は薄れている」(131ページ)と書いている。 ここで注意してよいのは、ドイツの影が薄くなったわけではなくて、「ドイツ語の影」が薄くなったということである。ヨーロッパ統合の中でドイツが果たした役割は中心的なものであったといっていいし、ドイツ経済は世界の上位に位置し続けてきた(今でもそうである)。ドイツ語の影が薄くなったのは国際会議等で公用語としての使用が避けられたことと、1970年代くらいからコンピューターが普及しだして、abc26文字だけで表現ができる英語が有利になったことのためである。もちろん、多くのドイツ人が英語がよくできるためでもある。

 ところが、惰性というのは恐ろしいもので、1970年代の半ばになっても第二外国語というと当然のようにドイツ語という風潮は残っていたし、大学に先生たちの中には大学の教師や大学院生の現状を考えずに、とにかく、ドイツ語なら先生の売れ口はあると、勧める人がいた。能ある鷹は爪隠すということで、大学の体育の先生の中にはドイツ語のできる人は少なからずいたようである。ドイツはさまざまな運動競技における先進国であり、サッカーやバスケットボールだけでなく、ドイツ語を通じて学ぶことのできる領域は少なくないはずである。それからドイツ語ではなく、フランス語やイタリア語、スペイン語を通じて学ぶということもあっていいはずである。大学の先生の中には自分の専門の知識の習得のためにいろいろな語学を身に着けている人もいるし、そういうことが必要ない人もいる。私が最初に就職した大学で第二外国語というのはドイツ語だけだったが、これはどう考えても筋が通らず、先生連中の留学歴などの多様性と対応しなかった。非常勤講師を探したり、大学の教員の間で融通しあったりして、他の言語も開講すべきだっと思う。実際、そういうことを言う先生もいらしたのだが、旧態墨守という考えが強かったのか、表面化しなかった。教養の授業として開設するのではなく、例えばイタリア美術史のような専門の授業として開設しておいて、教養科目に読み替えるというような工夫もあってよかったのだが、大学自体がもっと別のことで大騒ぎしていたこともあったかもしれない。

 現在、世界で最も多くの人々に使用されている言語は中国語である。たぶん、日本国内でも(少なくとも横浜市内では)2番目に多く話されている言語である。その次に来るのが英語とスペイン語であるが、なぜかスペイン語は私の学生時代、いや教師になっても、日本の大学で教えられる例が少なかった。大学院時代の指導教官がドイツ語の教師の口ならいくらでも紹介するといったのを聞いても、そもそもドイツ語の本を1冊も読んだことのない私がドイツ語の教師になれるわけはなく、むしろ長期計画で、スペイン語を勉強するほうが先の見込みはありそうだと、その後30年余りスペイン語の勉強を続けることになった。残念ながらこの目論見は外れたが、大学時代の私の同僚の中には数人、私よりもかなりスペイン語が達者な研究者がいた。つまり、私だけが変わったことを考えていたというわけではないのである。

  何かいろいろなことを書いてしまったが、大学では専門として何をするかということと結びつけて外国語の学習をすべきであり、例えばオランダ東インド会社の研究をしたいというのであれば、英語やドイツ語ができるに越したことはないが、やはりオランダ語が必須であろうし、フェルナンド・ペソアの詩の研究がしたければ、ポルトガル語をまず勉強すべきであろう。大学院に進学せずに就職するという場合でも、何か特定の領域での外国語による訓練を受けることが就職後の財産となるはずである。スポーツの選手の場合、大学の外の会話学校に通うことも一つの可能性だが、自分の先生の思いがけない能力を発見するということもあるかもしれない。

違いを知ること

7月13日(水)雨が降ったりやんだり

 あるところでちょっとした話をしたので、更新が遅れた。その話の内容のあらましを(多少の補足・訂正を加えて)掲載する。

 学校で教えている英語について、学習指導要領のような大きな原則を示す文書では、「グローバル化する世界」とか、「知識基盤社会」とかいう大義名分を掲げて、英語学習の意義を説明しているが、個々の学習者は自分なりにその意義を見出すべく努力すべきである。1974年に出版されて話題を呼んだ中津燎子『なんで英語やるの?』は著者が岩手県のA市で主として小学生を対象とする英語教室を主宰してきた体験をまとめたものであるが、そこでは学習者1人1人に「なんで英語やるの?」という問いを投げかけてきたという(中津さんは2011年に亡くなられた)。

 ベネッセが行った高校生7万人を対象とする調査によると、高校生の大半が、高校卒業時に到達すべき英検2級レベルに達せず、中学校3年相当の3級レベルにとどまっているという。これをどのように評価するかで高校(と大学・専門学校)における英語教育の在り方は変わってくるはずである。1974年に平泉渉は、高等学校で英語を選択教科にして、一部の生徒たちだけに徹底的な訓練を施すことを提案したが、一部の生徒に徹底的な訓練を行うのはもう少し後の段階になってからでもよいかもしれない。

 平泉の提案は(7月11日の当ブログ「世界の言語を知る』でも触れたが)ほとんど実行に移されず、ただ「試案」の冒頭部分の英語学習の効率の悪さを批判し、それが教育政策上のもっとも重要な課題となっているという認識だけが、「受験」よりも「コミュニケーション」に重点を置いて英語を教育すべきであるという空気を醸成したように思われる。

 コミュニケーションの問題を考える際に、日本社会と日本語使用者のコミュニケーションの仕方と、英語圏の各社会と英語使用者のコミュニケーションの仕方の違いを認識することが重要である。中津は、ある調査のために学校に本を借りに行ったアメリカ人の女子学生に通訳として同行した際に、(善意に基づくものとはいえ)用件とは関係のない長話を続けて(その方が礼儀にかなったことだと思い込んでいる)、訪問者をイライラさせた学校関係者の例を引き合いに出している。相手の意図を理解しようとすること、相手の文化の中の慣習を理解し、お互いに歩み寄ることが必要である。

 さらに日本語と英語の文法・語法の違いにも注意する必要がある。とくに日本語は「主語」が省略されることが多いので、日本語の常用者ならばすぐにわかるはずの行為の主体が、そうでない人にはわからない例が少なくない。(この件をめぐって、行方昭夫『英会話不要論』に、太宰治の『斜陽』の会話の部分をドナルド・キーンが誤訳しているという興味深い事例が取り上げられている(同書108-111ページ参照)。コミュニケーションをめぐっても、言語をめぐっても、日英(日本でも東日本と西日本という風に、地域によって違いがあるかもしれないし、英語圏も多様な世界であることも忘れてはならない)の違いについて認識を深めていくべきである。

 英語教育、異文化理解には、これまでの実践を通じて様々な知見が積み重ねられている。今後の英語教育をめぐっては、「空気」ではなく実証的な調査に基づいて政策を作り上げていく必要がある。

 私の話に対して、中国語が英語にとって代わろうとする動きはないか、翻訳機械の発達により学習の負担が軽減されるのではないかという質問があったが、この2つの問題については永井忠孝『英語の害毒』で論じられているので、それを参考にしていただきたい。

世界の言語を知る

7月11日(月)晴れ

 7月9日付の当ブログ「英語をなぜ勉強するのか」の続きで、そこで紹介した平泉渉の提案のうち世界の言語について学ぶ機会を中等教育段階で設けるというものについて考えてみる。7月4日付の「第二外国語」の終わりの方でも触れたが、世界にはどのような言語があって、それを学ぶことにどのような意義があるか――ということを知らされないまま、外国語の学習を強制されるのはおかしい。だから、平泉のこの提案は十分に考慮に値すると思う。

 その前に、「英語をなぜ勉強するのか」で、書き忘れたことがあって、それも今回の話題と関連することなのだが、数学・自然科学関係の論文は英語で書かれないと国際的に承認される可能性は低いということである。(ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英さんのように外国語が苦手であっても、その業績が国際的に認められた例はある。) 社会科学においても同じようなことがいえる。水村美苗『日本語が亡びるとき』に次のような記述がある。「20世紀を迎えて既に3分の1を過ぎた1933年、カレツキというポーランド生まれの経済学者が、1つの論文を発表した。たんなる論文ではない。のちに古典となるケインズの『一般理論』にある原理を先に発見したという、重要な論文である。当然のことにその論文は人の目にとまらなかった。2年後、カレツキは同じ論文を<3大国語>の1つに訳して著すが、またまた気の毒なことに、かれが得意としたのは、フランス語であった。翌年の1936年、ケインズの『一般理論』が英語で出版され、経済学の流れを大きく変えることになる。それを見たカレツキは、今でいう、自分の「知的所有権」を主張しようとする。『一般理論』に先駆けること3年、自分はすでに同じ原理を発見していたという論文を発表するのである。だが、なんとカレツキは、その論文もまた性懲りもなくポーランド語で著わしたのであった。当然のこととして、その論文も、誰の目にもとまらなかった。/・・・気の毒なカレツキは、「英語で書かなかった」学者として、のちの世に名を残すことになったのであった。」(水村、184-185ページ)

 さて、世界にはどのような言語があって、それぞれがどのような役割を演じているかというのは、中等教育のある段階で1年間で教えられることであろうか。世界には5,000とか7,000とかいう数の言語がある。これに比べて国家の数は200ほどである。それで学者によって、また政治的な状況によって、その数は違ってくる。政治的な状況というのは、もともとペリカン・ブックスに入っていて、日本ではその翻訳が岩波新書に入っているトラッドギルの『言語と社会』(原題はSociolinguistics 〔=社会言語学〕)を読めば、さらに言うと、日本語の翻訳の初版と第二版、元の本の初版、2版、3版を読み比べるとよくわかる。とくに旧ユーゴスラヴィアの解体が言語の分類に及ぼした影響について書いてある箇所が参考になるはずである。

 そうはいっても、5,000とか7,000とかいう言語の中には、言語学者になるのでもない限り(最近は、言語学者でもそれほど多くの言語を勉強している人は少ないそうだが)、興味を持たなくてもいい言語が大半で、日本人が関係を持ちそうな言語は限られているのが現実である。それは、①日本国内でかなりの頻度で使われている言語。②日本の近隣の国々の言語。③日本と経済・政治・文化などの面で深い交流がある国々の言語、④多くの人々によって使われている、あるいは強い影響力を持つ文化の中で使われてきた言語ということになるだろうか。永井忠孝『英語の害毒』(新潮新書)は①日本で重要性の高い外国語:英語、中国語、朝鮮語、ポルトガル語、②世界の主要な地域共通語:アラビア語、スペイン語、ヒンディー・ウルドゥー語、ロシア語、③日本に固有の言語:アイヌ語、日本語、日本手話、琉球語のうち、生徒の母語でない言語を中学校から学ぶ(179ページ)という提案がされているが、ここで私が考えているのは世界にはどのような言語があるのかを学ぶ際の手がかりとしての分類である。

 横浜の、特に中区を歩いていると、外国語の表示を掲げた店が多く、これは中華街に限ったことではないし、その中華街でも、中国・台湾以外のアジアや、ギリシアなどアジア以外の国々の言葉を表示した店が少なくない(もっとも、最近は中華街に出かけていないので、様子が変わったかもしれない)。以前にも書いたことがあるが(語学放浪記)、昔の横浜ではノルウェー語とギリシア語に出会うことが多かった(あと、もちろん中国語)。しかし、前記『言語と社会』を読むとわかるが、ノルウェーもギリシアもかなり複雑な言語事情を持つ国であって、気楽に言語遊覧と決め込んでもいられない事情があるらしいのである。日本の中でも、地方によって、外国人の分布は違うし、歴史的にも変容している部分がある。林芙美子の『放浪記』の中に、トルコ人の行商人の話が出てくるが、昭和の初めには日本国内にかなりの数のトルコ人がいたらしい。1990年ごろには、イスラエル人がアクセサリーの露店を開いている姿や、ラテン・アメリカの音楽を路上演奏する人たちをよく見かけたが、今ではほとんどいないのではないか。その一方で、横浜、神戸、長崎の3大中華街のように、日本文化の伝統の一部となっているような存在もある。何が言いたいのかというと、日本の中でよく出会う外国語というのは、地方によって、また歴史的に変化があり、またそのような歴史を超えて生き延びている言語・文化もあるので、地方や学校の事情を考えながら、その言語を選んでいく必要があるということである。

 平泉が世界の言語・文化を教える機会を設けることを提案したのは、そのことによって英語の世界的・国際的重要性を学習者に理解させようと配慮したのだと思われるし、その考えは基本的に正しいが、英語の意義を画一的にとらえ、授業の中で強制的に「学ばせる」というのであってはならない。英語が世界的・国際的重要性を持つというのは客観的に見てその通りであるが、だから英語が好きで勉強しようと思うのも、英語が嫌いになるのも、学習者の自由である。まあ、できるだけ好きになってほしいとは思うが…。私の学生運動仲間で、「英語は帝国主義者の言葉であるから勉強しない」というのがいたが、敵を知ることも大事だから英語を勉強するという考えもあっていいはずである

 いろいろ書いてきたが、世界の言語・文化に触れるということは、学習者が世界の言語・文化に触れるというだけでなく、言語・文化をめぐる多様な意見に触れる機会となるはずである。外交官、商社員、旅行家、言語学者、芸術家、数学者、スポーツの選手、多様な人々が、自分が接してきた異言語・異文化について画一的に同じ考えを持つようになったとは考えにくい。それぞれの立場で、接してきた世界の言語について学ぶ機会というのがあってよいと思うのである。

なぜ英語を勉強するのか?

7月9日(土)雨、夕方には降りやむ。

 なぜ、英語を勉強するのか? 世界には5,000とも7,000ともいわれる言語がある。その中でなぜ、英語を選んで、小学校から、場合によっては保育園から勉強するようになっているのか? それは英語がどのような言語であるのかと関係してくる。

 英語は、いくつかの主要国と、かなり重要な国で(大部分の人々に)話されている言語である。英語は英国(イングランド、ウェールズ、スコットランド)とアメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、それにアイルランドで使われている。英国のウェールズではケルト系のキムリア(ウェールズ)語との二言語併用政策がとられており(駅の表示など二言語で書かれている)、スコットランドでも同じくスコットランド・ゲール語の復興運動が展開されている(エディンバラでTVを見ていたら、スコットランド・ゲール語の番組が放送されて、まったくわからなくなってびっくりしたことがある)。カナダのケベック州はフランス語が優勢であり、カナダ全体として英仏二言語が公用語となっている。ニュージーランドもマオリ語との二言語併用政策がとられているらしい。南アフリカについてはよく知らないが、アイルランドでもアイルランド・ゲール語との二言語併用政策がとられている(駅や道路の表示は英語とアイルランド語の両方を使用している)。だから、英語使用国といっても、それぞれに複雑な事情を抱えているのだが、その一方で、非英語国の人々を対象とする英語教育がこれらの国々にとって重要な「産業」になっていることも否定できない。
 これらの国々の社会や文化に興味がある人、興味はなくても用事がある人は英語ができないと困るだろう。

 もう一つ、英語は国際会議や、国際機関で最も多く使われる言語である。また、商取引や個人レベルの国際交流、海外旅行の際にも役に立つことが多い。私がまだ、大学院にいたころ、韓国の梨花女子大学校の学生がやってきて、向こうは日本語ができず、こちらは韓国語ができず、英語で話をしたのだが、実にもどかしい気持になったのを思い出す。このように、お互いに、お互いの言語を理解してない場合にも、英語を使うことが多い(水村美苗さんの本にも出てくるが、ロシア語を使うことも意外に多い)。

 とはいえ、国家社会の見地から見た英語学習の意義は必ずしも、教育を受ける各個人に内在化はされないのである。うーん、どれをとっても関係がないなぁという人も少なくないのではないか。そのことをもう少し考える必要はないのだろうか。

 1974年に午夢館という書店から発行され、1978年に補筆修正を加えて文春文庫に収められた中津燎子『なんで英語やるの?』の最後の方にこんなことが書かれている。「日本人全部が通訳になる必要もない。一億、英語を総ペラペラという図は考えてもゾッとする。だが、現在の英語読みの英語知らずは、その昔の、論語読みの論語知らずとどこか共通していておかしいのではないか。/将来、島国日本は、世界の中でたしかに孤立しない方がいい。〔孤立しない方が確かにいい――の方が分かりやすいだろう。〕 それには、子供たちも孤立的な傾向に育てるべきではない。せっかく学校で英語をやっているのだから、それを最大限に利用して、最も重要な時期の子供たちに、国際社会で、生き延びていける知恵と、国際社会で、生き延びていける知恵と、技術と、心構えと、人間性を養う教育を与えるべきではないだろうか。受験英語教育と言うせまさの中で、殺されそうになっている中学、高校の英語の時間は、国際社会科としての勉強に切り替えてもいいのではないか」(362-363ページ)。「国際社会科」というのは1つの考え方である。他の考えもある。

 同じ年に平泉渉が提案した「外国語教育の現状と改革の方向」という提案を行う:。平泉は「従来の外国語(事実上、英語)教育が「ほとんど読めず、書けず、わからない」」という非常に遺憾な結果しか招かなったととらえ、受験英語を英語学習を歪める悪者とみている。そして、根本的な改革として、
1 世界の言語と文化についての常識を教える科目を中学課程に設ける。
2 すべての生徒に、英語についての常識を中学1年修了まで教える。
3 高校では英語は選択制とする。希望者のみを対象として、学習時間を増大し、毎年少なくとも1か月の完全集中訓練をも行う。
4 大学入試から英語を外す。
の書店を挙げているという。この提案に対して、英語学者の渡部昇一氏が反論を行い、論争が展開された。平泉渉・渡部昇一『英語教育大論争』を参照・引用すべきだが、書店で見つからなかったので、行方昭夫『英会話不要論』(文春新書)からの引用で済ませたため、平泉の真意を十分に理解できていないのだが、少なくとも2つのことがいえると思う。

 1つは、平泉の提案はほとんど実現されていないということである。大学入試から英語を外すどころか、英語の入試の改善の努力が続けられているというのが実情である。この提案を含めて、奇抜に思われる点もないではないが、それなりにやってみる価値のあるものではないかということである。どういう実施上の問題が予測されるかは、また機会を改めて述べてみたい。
 もう1つは、はじめに述べたことと関連して、受験英語否定、文法・訳読を重視せず、実際的なコミュニケーションを重視すべきであるという議論、そして1990年代以降のコミュニケーションを重視するという日本の英語教育の大勢は必ずしも、平泉提案によってではなく、ある種の「空気」として形成されてきたのではないかということである。日本の将来にかかわる重大な議論が、「空気」として形成されるというのは困ったことなのだが、それは今に始まったことではない。そういう政策形成を食い止めるための努力をすることこそが、歴史の教訓として実践されるべきことではないかと思うのである。
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