ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(19-2)

5月18日(木)曇り、一時雷が鳴って雨が降り出したが、午後になると晴れ間が出てきたりして、変わりやすい天気であった。

 ベアトリーチェに導かれて、ダンテは地上から天空の世界へと旅立ち、月天、水星天、金星天、太陽天、火星天を経て、木星天に到着する。木星で2人を迎えた魂たちは、Diligite Iustitiam qui iudicati terram(正義を愛せ、地を統べる者達よ」という文字を綴った。その文字は次にMの字のままでしばらくとどまり、さらに鷲の形に変化した。太陽の光を受けて輝く宝石のような無数の星が集まってできている鷲の姿は、一人称複数ではなく、一人称単数で話した。
 翻訳者である原基晶さんの解説によると、太陽は神を象徴するので、これらの魂は神の恵みの光を直接見て、それを言葉にしてダンテに伝えていることが暗示されている。またさまざまな時代の様々な統治を担った魂たちが一人称単数で話すことは、結局、正義を実現するための統治は神の名のもとに一つであるというダンテの思想を示しているという。
 その神を見ている鷲に、ダンテは自分の疑問を解いてくれるよう頼んだ。それに対して、わしはすぐに回答せず、創造主と被造物との関係から、神と地上の事物や人間の能力との関係について語る。神は無限であるが被造物は有限であり、被造物の有限で不完全な理解力では、神意「永遠の正義」の完全な理解に達することはないという。

 その後、魂たちはダンテがこれまでの来世の旅を通して抱くようになった疑問に対する回答を語る。ダンテの疑問とは、キリスト教が普及していない時代や場帆に生まれた人物が、「善良で」罪を犯すkとなく生き、生まれた時代も場所も自分が選んだわけではないのに「洗礼を受けずに信仰なしに」死んだ場合、これを罰することが正義なのか、地獄に堕ちるとするならその罪は何なのかというものであった。魂たちは言う:
では、千里も離れた場所から
手のひらの幅ほどのわずかな視界で裁きをつけようと、
裁き手の座に座りたがるおまえとは、いったい何者だ。
(289ページ) 狭い限られた人生の経験で「千里も離れた場所」にある神意をすべて理解できるわけがない。とはいうもののその有限な理解力にふさわしく語られている聖書の導きに従って生きるべきである。
第一の意志はおのずから善であり、
至高善であるがゆえに、自らを離れたことはない。

その意志に調和する事物だけが正しい。
造られた善がその意志を引き寄せることは一切なく、
その意志こそが、光を放つことで作られた善の源となっている。
(290ページ) 「至高善」である神の「意志に調和する事物だけが正しい」というのである。さらに「永遠の審判は必滅のおまえたちには理解できぬ。」(291ページ)と神の意志の不可知性が繰り返される。

 鷲の形を保ったまま、魂たちは語った。
・・・「この王国に
キリストを信じなかったものが昇ってきたことはない。
その方が十字架へと磔にされる前であれ後であれ。
(292ページ)   しかし、キリスト教を信じていると言いながら、神の意志に反して地上の統治をおこなっている人々が少なくない。
その者どもは、裁きの時になると、キリストを知らない者より
その方からはるか遠く離れたところにいるであろう。

そしてかようなキリスト教信者どもをエチオピア人は非難することになる、
永遠に富み栄える人々と、貧窮する者ども、
二つの集いに分れる時に。
(292ページ) ここで「エチオピア人」というが、エチオピアは北アフリカを指し、エチオピア人は異教徒を代表してこのように表現しているという。実際にはエチオピアは独自のキリスト教を信じる人々が多い国なので、ダンテは(時代の制約とは言いながら)ここで無知をさらけ出していることになる。とにかくダンテは、彼の同時代の、神の意志に背き、キリストの名を権力の道具にした王たちを列挙して、糾弾している(中には、的外れの非難を受けた王様もいたようである)。こうして第19歌は終わるが、鷲の言葉はさらに続く。

キリスト教を信じるか信じないか(あるいはその中でどの宗派に属するか)の方が、善か悪かよりも重大な問題なのかというのは(カトリックの学校に通っていたので、当時は公教要理といった)キリスト教の教義にかかわる課外活動でいろいろと議論された問題である。聞くところでは、最近は自然法に従って悪いことをしなければ天国に行けるという考えが支配的になっているという。つまり善悪の問題の方がキリスト教を信じるか信じないかよりも重大だということになってきているそうである。しかし、そうなると、キリスト教を信じなくてもよいということになるのではないか。 

ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(19-1)

5月10日(水)雨が降ったりやんだり

 ベアトリーチェに導かれて、天空の世界へと旅立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天、火星天を経て、木星天に達する。それぞれの世界で彼を出迎えた魂たちとダンテは政治と宗教をめぐる会話を続ける。火星では、彼の玄祖父であり、十字軍に加わって戦死したカッチャグイーダの魂から彼の今後の運命と、この旅行で見聞きしたことを帰還後に地上の人々に伝えるという彼の使命について告げられる。木星でダンテを迎えた魂たちはDiligit Iutitiam qui iudicati terram (正義を愛せ、地を統べる者達よ)という文字を天空に描き、その後、Mの文字を描いたが、このMは地を表すterramの最後の文字で、地上を示すとともに、ローマ帝国を表すMonarchia=帝国の頭文字であり、地上に正義を行きわたらせる統治の使命を神に担わされた帝国を示すものである。さらにそのMの文字は鷲の形に変じた。

私の前に現れていたのは、翼を広げた
美しい形象、魂たちはさわやかな喜びを味わいながら
組み合わさってそれをうれしげになしていた。

それぞれの魂はどれもみな
太陽の光線が中で烈しく燃え上がる美しい紅玉の姿をし、
我が目の中で太陽が反射しているかのようだった。
(282ページ) 「美しい形象」は鷲の姿を示し、「さわやかな喜び」は神を思う喜びである。太陽は神を象徴しており、紅玉はルビーのことである。鷲の嘴の部分が言葉を発し、それは一人称複数ではなく、一人称単数で話した。これらの魂は神の恵みの光を直接見て、それを言葉にしてダンテに伝えていることが暗示されている。鷲の姿を形作っているのは、様々な時代の様々な統治を統治を担った君主たちの魂であるが、彼らが一人称単数で話すことは、正義を実現するための統治は神の名のもとに一つであるというダンテの思想を示すものであると翻訳者である原さんは注記している。

 ダンテは神を見ている鷲が、自分が心に抱いている疑問を見通しているはずだと語りかけ、その疑問への解答を求める。しかし鷲は、それへの返答をすぐにはせず、創造主と被造物との関係から、神と地上の事物や人間の能力との関係を説明する。
・・・「円規(コンパス)を回して
宇宙の果てを区切り、その中に
多くの隠れた事物や明らかな事物を区別された方だが、

ご自身の力を全宇宙へと刻印するにあたり、
その御言葉がそれらを限りなく超越することがない、
などということはあり得なかった。
(286ページ) コンパスを回す神は無限だが、そのコンパスによって区切られた宇宙(被造物)は有限である。それらの被造物に神は自身と同じ完全を与えたことはないというのである。

そのことを証明するのが、第一の高慢
被造物の中で頂点に立っていた者が
光を待たなかったために熟さず失墜したことである。
(同上) 魔王ルシフェルは、謙虚に神の恩寵の光を受ければ独力では理解できない真理を理解できたはずであるが、神の光を拒否して神と並び立とうと競ったため天国から地獄に堕とされた。その姿は『地獄篇』第34歌に描かれている。
つまりここに明らかになっているのだ。
限界をもたず、自らで自らを図るあの善にとっては
自らより大通るあらゆる被造物は不足する器であることが。
(同上) 神は無限であり、無限であるがゆえに比較できる対象は無限である自分自身しかいない。(わかったようでわからない議論である。) 

生来の性質ゆえに能力には限界があり、
その源泉を見通せはしないのだ、それはお前たちの視力に
明らかであるものをはるかに超えているからだ。
(287ページ) 被造物の理解力(視力)は不完全なために神より劣り、人類が神意「永遠の正義」の完全な理解に達することはないのである。

 そして、鷲はいよいよ、ダンテが心の中に抱いている疑問に対して答えようとする。
生ける正義がおまえに隠してきた奥の間が
今やお前に対して大きく開かれている、
それについておまえはあれほど頻繁に疑問に思ってきたが。
(288ページ) それはダンテが地獄のリンボを訪問した際に、ウェルギリウスやアリストテレスが天国から排除されていること、あるいはウェルギリウスが煉獄で、天国に行けないことを引け目に思っているのを感じた時に覚えた疑問である。これはある意味で、『神曲』全体を通じて最大の疑問であり、ダンテが古典古代とキリスト教の関係をどのようにとらえていたかを考える鍵となる問題でもある。と、気をもたせて、答えとなる部分は次回に取り上げることにしよう。 

ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(18-2)

5月3日(水)晴れのち曇り

 ベアトリーチェに導かれて天空の世界に旅立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天を経て火星天に達する。そこで彼は自分の玄祖父であるカッチャグイーダの魂に迎えられ、彼を待ち受けている運命とその中で彼の進むべき道について告げられる。彼は政敵によって故郷であるフィレンツェ市から追放され、仲間とも別れて孤独な亡命生活を送ることになる。その中で彼が見聞きした死後の世界の様子を人々、特に世の指導者となるような人々に語り聞かせることが彼の使命だというのである。地獄、煉獄、天国と遍歴した死後の世界の中で、ダンテは有名な人物、有力者の霊と逢ってきたが、それは彼が現世で出会う有名人、有力者たちへの影響力を強めるためであるという。カッチャグイーダの魂はダンテに火星で彼を迎えた魂たちを紹介する。

 ベアトリーチェの姿がさらに美しくなるのを見るうちに、ダンテは彼が移動したことを知る。
私は見た、そのユピテルの松明の中で
その場所にいた愛から発する火花が
我が目に向かって我らの言語を描くのが。
(274ページ) 「ユピテル」はローマ神話の主神、英語でいうジュピターであるが、ここでは木星のことを指している。火花は空中をとりのように飛びながら、文字を描いていた。中世では、鳥が空に描く文字はギリシャ文字であるとされていたが、ここでダンテが見たのはラテン語のアルファベット、つまりローマ字であった。ただし、後に出てくるように、その文字が描く言語はラテン語であって、イタリア語ではない。

そして、ちょうど川岸から飛び立った鳥達が
まるで餌をついばんだことをうれしがるかのように、
ある時は円形、またある時にはその他の形の列を自分たちで作るのにも似て、

光の中の聖なる被造物たちは
飛び回りながら歌いつつ、ある時は
D、またI、あるいはL字の形を自分達で作っていった。

最初、それらは歌いながら、歌の節に合わせて動いていたが、
二には、これらの文字の一つになるたびに
しばらく止まっては沈黙を守るのだった。
(274-275ページ) 

こうして彼らは7の5倍の
母音と子音の姿になった。そして私の前に言葉として現れた
そのままに、私は一つ一つの文字を記憶に書き留めた。

「DILIGITE IUSTITIAM (正義を愛せ)」が
描かれた全文の最初の動詞と名詞、
「QUI IUDICATIS TERRAM (地を統べる者達よ)」、それが最後の言葉だった。
(275ページ) 35とそのまま書かずに、7の5倍、文字と書かずに母音と子音と書くのが当時一流の数学者であり、詩人であったダンテの遊び心を含めた表現であろう。原さんの傍注によると、「正義を愛せ、地を統べる者達よ」というのは旧約聖書外典の『知恵の書』の冒頭部分だそうである。

 その後で、魂たちはMの字のままでしばらくとどまった。このMは、地を表すterramの最後の文字で、地上を示すと同時に、ローマ帝国を表すMonarchia=帝国の頭文字であることから、地上に正義を行きわたらせる統治の使命を神に担わされた帝国を示すものである。
 さらにそのMの字は鷲の形に変化し、その変化の途中でMの字は一時、百合の形に変化した。この変化をめぐって解釈は分かれているようであるが、鷲は神聖ローマ帝国、百合はフランス王国の紋章である。このように、ダンテは神意が木星の徳の力となり、それが地上に正義をもたらす当地として現れているとく。しかし地上ではその正義をもたらす統治の影響を遮る悪の煙が生じている。これは聖職売買をこととする腐敗した教会、あるいは教皇庁であるという。

 木星でダンテを迎えた魂たちは天空に文字を描くことで真意を伝えようとするが、彼らの素性はまだわからない。今年はルターが95か条の提題を掲出して、教会の腐敗を批判し、宗教改革の口火を切ってから500年になるが、さらにそのルターよりも200年ほど早く、ダンテが聖職売買をはじめとする教会の腐敗を批判していることが注目される。

 

ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(18-1)

4月26日(水)曇り

 ベアトリーチェに導かれて、天上の世界に飛び立ったダンテは月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に達した。そこで彼は「己の十字架を背負ってキリストに続く者」(=広い意味での殉教者、第14歌、218ページ)たちの魂に迎えられる。その中からダンテの玄祖父であるカッチャグイーダの魂が現われ、自分がダンテの先祖であり、十字軍に参加して戦死したこと、彼の時代のフィレンツェは貴族と市民とが平和に暮らす市であったのが、その拡大とともに封建領主たちの<奪う文化>が市に入り込み、市の中で対立が起き、それに教皇と皇帝が介入したために争いが絶えなくなったと述べた。そしてダンテが近い将来、故郷であるフィレンツェから追放されて、仲間たちとも別れ、つらい亡命生活を送ることになるが、死後の世界を訪問して見聞したことを人々に語る義務を果たさなければならないと彼の将来を予言する。死後の世界の遍歴の中でダンテが有名な人々に会ったのは、彼のこの使命と関連する神慮であったというのである。

 自分の未来を予言(将来のことを示しているという意味では予言であるが、神意を受けているという意味では預言である)するカッチャグイーダの言葉を聞いて、ダンテは思い悩む。
すでにあの祝福された鏡は自分だけの思念を
楽しみ、私は苦味を甘さでやわらげながらも
考えては思い悩んでいた。
(268ページ) 「あの祝福された鏡」はカッチャグイーダを指す。彼は神からの叡知の光を反射しているから、鏡に譬えられているのである。「苦味」は追放の苦しみを味わうこと。「甘さ」は前回に触れたように、スカーラ家の食客になることである。

 その様子を見たベアトリーチェは悩むのをやめて、彼女が「あらゆる不正の重荷を取り除かれる方」(同上)である神とともにあることを思えと助言する。彼の地上での苦しい歩みは、地上を超えて神を目指す救いの道であり、神の前では取り除かれることになるという。この言葉に振り向いたダンテは、彼女の瞳の中に神の永遠の美が流れ込んで、それが自分にも伝わってくることを感じた。
微笑み一つの光で私を圧倒しながら、
彼女は私におっしゃった。「向きを変えて聞きなさい。
私の瞳の中にだけ天国があるわけではないのですから」。
(270ページ)

 ダンテに向かってカッチャグイーダは、火星天にいる殉教者たちの魂を紹介した。それは旧約聖書に登場するモーゼの後継者としてイスラエルの民を率いたヨシュア、紀元前2世紀にセレウコス朝シリアからのユダヤ人の独立戦争を指導したが、戦死したユダス・マカバイオス、カロリング朝第2代のフランク王であり、西欧を統一し、800年に教皇から西ローマ帝国の皇帝冠を受け、理念上のローマ帝国を復活させたカール大帝、その甥で大帝によるイスラーム・スペインへの遠征が失敗した際に、撤退する軍勢の殿軍を務めロンスボーで戦死したという(伝説上の人物である)ローラン、同じくカール大帝の時代にイスラーム勢力を相手に活躍したオレンジ公ギヨームと、その従者であったと言われる伝説の巨人ルノワール、第一次十字軍を率い、エルサレムを奪還したゴッドフロワ・ド・ブイヨン、11世紀に南イタリアからイスラーム勢力を撃退したロベール・ギスカールらの魂であった。
 これらの魂は、太陽天でキリスト教的な知を身につけたダンテに対し、その知を守るために必要な精神の強さを示すものである。それは地上に帰った預言者ダンテが、周囲の人々から迫害されながらも真理を語るために必要なものであった。

 ダンテは次に何をなすべきかを知ろうと、ベアトリーチェの方を向いた。
すると、あまりに澄みきった、
あまりに喜びにあふれたその眼光が目に入り、その姿は、
つい先ほどのものも含めてそれまでの彼女を凌駕していた。
(273ページ) こうしてダンテは火星天で見聞すべきものを見聞し、木星天へと向かうのである。

 ダンテが「殉教者」として挙げている人々には歴史的な人物とともに、伝説上の人物が含まれていることも彼の世界観や歴史認識を示すものとして興味深いが、彼らの事績がそれぞれいやに戦闘的であることが気になる。キリスト教の特に初期における「殉教者」の中には非暴力を貫いた人もいるわけで、そういう人についてダンテがどのように評価していたのかも知りたいところである。

ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(17-2)

4月19日(水)曇りのち晴れ、依然として気温が高い
 ベアトリーチェに導かれて、天空の世界へと旅立ったダンテは月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に到着する。ここで彼は十字軍に加わって戦死した、彼の玄祖父であるカッチャグイーダの魂に迎えられる。カッチャグイーダは彼が生きていた時代のフィレンツェの貴族と市民が平和に共存していた様子を語り、この旅行から戻った後のダンテの運命を予言する。彼は金銭を必要とする画策により、彼と結んだ(大銀行家と教皇党貴族からなる)黒派によってフィレンツェを追放され、友人や家族、名誉を失い、つらい亡命生活に入るという。彼はともに追放された仲間たちからも裏切られることになるので、一人一党を貫く方がよいともいわれる。

おまえが最初に避難し最初に客として遇されるのは
階段の上に聖なる鳥を戴く
偉大なるロンバルディア人の大きな懐であろう。

この方はおまえに対して深い敬意を示してくださり、
行うことと求めることが、お前たち二人の間では、
他の人々の間で後にくるものが先に来ることになる。
(260-261ページ) カッチャグイーダは、亡命者ダンテを最初に迎え入れるのはヴェローナを支配した皇帝党スカーラ家(1311年以降皇帝代理)の当主であったバルトロメオ・デッラ・スカーラ(?-1304)であるという。(これはもちろん、1300年以後にダンテが経験したことを、「予言」の形で事後に語っているのである。)1291年にバルトロメオと皇帝フェデリコ2世の孫娘が結婚して以来、スカーラ家の旗は、階段の上に皇帝の象徴である鷲の図柄になったとされる。バルトロメオは、ダンテが何かを求める前に進んで与えたことが合わせて語られている。

この方とともにおまえは見ることになる、
生まれるにあたってこの猛き星の刻印が押された人物を。
それゆえにその人物の武勲は記憶に残るものとなるのだ。

幼い年齢ゆえ、人々はいまだこのことに
気づいてはおらぬ。なぜならこれらの天輪は
わずか九年しかこの人物の周囲をめぐってはいないからだ。
(261ページ) さらに当時まだ9歳であったバルトロメオの弟カングランデ・デッラ・スカーラ(1291-1329)がイタリアにおける帝国復活の希望を担って活動することになるだろうという。

おまえはその人物と彼の恩恵に期待の目を向けるがよい。
その方のおかげで富めるものも物乞いも境遇が変わり、
多くの人々の立場が変えられるであろう。
(262ページ) カングランデの政治によって、立場によって利害の異なる社会の各階層の状況、生活は一変するだろうというのである。そして、自分の未来の運命を知ったダンテに次のようにいう。
わしはこれが原因となっておまえが隣人たちを妬むようになってほしくはない。
なぜならお前の生命は、その者達の邪悪に罰が下る時点を超えて
未来へとはるか遠くに続いていくからだ」
(263ページ)と語っていったん口をつぐむ。

 ダンテはしかし、死後の世界の旅で多くの人の消息や出来事を聞いたが、それを地上で話せば人々の怒りを買い、黙っていれば、真実を隠したものとして、後世において自身への評価が消え去ってしまうのではないかとたずねる。
さらには星の輝きから輝きをめぐりながら空の中で、
私は聞きました、私がそのまま伝えるとすれば、
多くの人々に強烈な苦みを味わわせるようなことを。

その一方で、もし私が真実にとって意気地のない友であれば、
この時代を昔と呼ぶことになる人々の間で
生命を失うでしょう。そのことを私は恐れます。
(264-265ページ) 

 これに対してカッチャグイーダは次のように答える。
・・・「自身の、あるいは縁故のものの
恥ずべき行いにより曇った良心は、
まさしくお前の言葉を責めと感じるであろう。

しかしそれでも、あらゆる偽りを退けて、
おまえの見た一切を明らかにするのだ。
疥癬のある場所は好きに掻かせておけばよい。

というのも、お前の声は味わったばかりでは
かみつくような痛みを覚えさせるであろうが、消化されたあかつきには
生命に溢れた滋養を残すであろうからだ。

このおまえの叫びは風のように轟くであろう、
最も高い頂という頂をひときわ激しく撃つ風のように。
これが栄誉を受ける少なからぬ理由ともなる。
(266ページ) カッチャグイーダはダンテに、真実は人類の役に立ち、特にダンテの言葉は有力者や重要人物にも影響を与えるだろうから真実を語らなければならないと答えた。「高い頂」は、地上の有力者や高位の人物を意味するという説、「頂」を塔の頂と解釈して、都市の暴力的な有力者を暗示するという説があるそうである。

このことゆえに、おまえはこれらの天輪の中で、
山の中で、苦しみに満ちた谷底で、
名の知られた魂達だけを見せられてきた。

なぜならば、聞く者の心は、
目に見えぬ、人に知られぬものからなされた例や、
それ以外でも根拠のない論証による例では、

納得することも、さらには固く信ずることもできぬからだ」。
(266-267ページ) ダンテはこれまでの旅で、名高い人物ばかりに引き合わされてきたが、その死後の姿を記すことは地上の世界の多くの読者、その中には多くの為政者や学者たち(その多くは官僚である)がいるだろうが、それらの人々に確実な影響を与えるだろうと告げた。(カッチャグイーダは第15歌で彼の息子であるダンテの曽祖父が煉獄の第一環道を百年以上も回っていると告げたが、ダンテ自身はそのことを知らずに煉獄の第一環道を通過している。これは曽祖父との対話が、読者にとって意義あるものではないという判断のためと考えられる。)

 ダンテは1316年ごろにトスカーナを離れ、今回紹介したヴェローナのカングランデのもとに1320年ごろまで滞在する。ダンテは、カングランデを高く評価し、皇帝代理である彼にイタリアにおける皇帝権の復活の希望を託し、『天国篇』を捧げているが、カングランデは『天国篇』の反教皇庁的な姿勢を危惧し、出版に踏み切らなかった。原さんの「「天国篇」を読む前に」によると、カングランデの宮廷はダンテにとって必ずしも居心地の良いものでなかったようで、ダンテがカングランデに、なぜあなた(ダンテ)は宮廷の道化師ほどにも皆に喜ばれないのかと訪ねられ、人は己に似たものを評価するからですと答えたという逸話などが、ペトラルカによって伝えられているという。

 こうして彼は1320年ごろからラヴェンナのグイド・ダ・ポレンタのもとに移り、1321年にヴェネツィアへの外交交渉に出た帰りに、マラリアにかかって、ラヴェンナに戻った後この世を去っている。西ローマ帝国が亡びた時の最後の首都がラヴェンナであったのは、皇帝によるイタリア統一というダンテの希望と符合しているように思われる。

 さて、今回の文章を書きながら、私は19世紀の詩人ハイネの次のような文章を思い出した:
ダンテがベローナ(ヴェローナ)の街路を行くとき、民衆は彼を指さし、「あの人は地獄に行ってきたんだ」と囁いた。さもなくばいったいどうして地獄とすべての苦悶をあれだけ忠実に描くことができるだろうか、というわけである。そのような畏敬に満ちた信仰があるとき、…この偉大な詩人ダンテの精神から湧き出た、苦しみもがくすべての人物たちの話もどれだけか深い力を発揮するだろう…」(木庭一郎(1991)『ハイネとオルテガ』、123ページより重引)。
 ダンテが、自分の将来の運命と、自分が死後の世界への旅行によって見聞きしたことを明らかにしていくという使命とを知らされたところで、第17歌は終わる。
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