加東大介『南の島に雪が降る』(2)

8月6日(木)晴れ

 広島に原子爆弾が投下されてから70年目となる。当ブログでは、8月6日には被爆死した俳優・丸山定夫と彼が主宰していた劇団・さくら隊、その一員であり、稲垣浩監督の映画『無法松の一生』で吉岡夫人を演じた園井恵子について書くことにしている。といっても、同じことを何度も書くわけにはいかず、加東大介の『南の島に雪が降る』の紹介がここしばらく滞っていたので、その中にこの映画について触れた個所があったのを思い出して、取り上げることにした次第である。

 戦後、加東大介という名前で映画・舞台で活躍する本名・加藤徳之助は、前進座の俳優として市川莚司を名乗って舞台に立っていた1943(昭和18)年の10月に2度目の召集を受け、陸軍衛生伍長として西ニューギニアのマノクワリに派遣されることになる。戦局の悪化の中で、マノクワリの部隊は孤立し、戦闘よりもまず生存のための苦闘を余儀なくされる。その中で、部隊の士気を保ち、鼓舞するための演劇分隊の創設が提案され、内地では前進座の役者として演芸の経験のある加東を中心に何人かの隊員が集められ、それぞれの芸を披露することになるが、なかなかのもので、忽ち人気を博すことになる。

 ところで、物語の全体を紹介した後で、書こうと思っていて、わざと紹介せずにいた個所がある。この書物の基調になっていることの1つは加東の役者バカ的な生き方、演劇と部隊への情熱であるが、それとともに見逃せないのが、肉親への愛情である。ご承知の通り、彼の兄は沢村国太郎、姉は貞子、そして国太郎の息子は長門裕之と津川雅彦という芸能一家である。といっても、現存しているのは津川一人というのは寂しい限りなのだが、一家の結束の中で、甥である長門裕之と津川雅彦に寄せる思いが記された個所を紹介しておくことにする。

 召集を受けた加東は舞台に立っていた大阪から東京へ向かう。夫人(同じく前進座の女優であった京町みち代)と実兄の沢村国太郎が同行する。入隊する前に、両親と姉の沢村貞子が住んでいる桜上水の家に立ち寄る。その家には舞台があったので、父親の要望に応えて、夫人と2人で<鶴亀>を舞うと、姉の貞子が記念にと舞扇をくれる。その舞扇を持って入隊することにする。
「――乗船準備のために大阪へ移送されると、港のそばの宿屋に分宿した。私はただちに管区司令部へ「全員到着」を報告にいかされた。
 大阪城にある司令部へ出頭しての帰り途、市電で道頓堀にきかかったとき、窓の外に映画の看板が見えた。
『稲垣浩監督<無法松の一生>主演 阪東妻三郎 園井恵子』
 ちょいと見ていこうかなと思った。このシャシンには、兄の長男沢村アキヲが、吉岡少年の役で出ている。まだ8つぐらいで、これが映画への初出演だった。いまの長門裕之である」(30-31ページ)。

 映画のことをシャシンというのは一種の業界用語である。戦後、映画俳優として活躍することになった加東であるが、戦前から前進座の俳優として映画に出演していた。そこで千日前で市電を降りて、映画の開映時刻を聞くとちょうどいいので、切符を買ったところで、憲兵に見とがめられる。公用外出の帰りに映画を見ることはまかりならぬというのである。自分が前進座の俳優で、甥がこの映画に出ているので、その姿を見ておきたいのだと事情を説明すると、その憲兵が話のわかる人で見逃してくれる。
「シャレタ奴だった。おかげで、ゆっくりアキヲと別れを楽しめた」(34ページ)。
 さらに兄の国太郎がまだ3歳であった(津川)雅彦を連れてきたのに会ったことも記されている。
 芸能一家の肉親のうらやましいほどの結束ぶりがよく描かれている。

 加東大介は実際に舞台に立っていたのだが、加東よりも少し年少で昭和10年代(前半)の慶応ボーイであった私の父親のように、築地小劇場などで戦前の名舞台に接した経験を持つ人たちも少なくなかった。ところが、私の父親も、同世代の人々の多くも、そのような戦前の築地の舞台に立っていた俳優たちの戦中戦後の消息には疎く、その分戦後の復興のために一生懸命に働いたということかもしれないが、丸山定夫が被爆死したことも知らないという人に出会ったときには正直驚いた。学生時代の趣味を就職後も維持していくことが難しいのは、昔に限ったことではないが、芸能人たちがどのように戦争を経験したか、戦死したり、戦災死したりした芸能人が少なくなかったことをやはり記憶し続け、語り続けるべきだろうと思っている。

 そんなことを考えると、加東の戦中の体験記であるこの書物はきわめて重要な意義を持っているのである。彼の主宰する演芸分隊のマノクワリにおける活躍ぶりについては、また次回以降。
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