日記抄(7月16日~22日)

7月22日(水)晴れ、暑さに加えて風が強い

 7月16日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
前回(7月9日~15日)の補遺
 オマー・シャリフさん(7月10日、心臓発作のためカイロ市内の病院で死去、83歳)と入船亭扇橋師匠(本名橋本光永、7月10日、呼吸不全のため死去、84歳)の訃報を取り上げるのを忘れておりました。謹んでご冥福をお祈りします。

 7月15日放送のNHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Word Watch"のコーナーではcheckupという語を取り上げた。「健康診断、身体検査」の意味。正式にはphysical checkupというが、口語ではphysicalかcheckupのどちらかで間に合うそうである。日本では2007年頃から「身体検査」が政治用語として使われるようになり、この場合は事務所経費の問題やスキャンダルがないかどうか、その人物の身辺を事前に調査することであるが、英語ではvettingあるいはvetting processという。これは「獣医」という意味のveterinarianを略した言葉で、動詞としては「(動物を)診察する」「綿密に調べる」ということ、そこから転じて、アメリカの政界では「経歴調査(background check)を行う」という意味で”vet"を使うようになったとテキストに記されている。政治家は動物扱いらしい。そういえば、タイのバンコクの国会議事堂の前に動物園があったのを思い出した。

 1906(明治39)年に首相になった西園寺公望が雨声会というサロンのようなものを設けて、文人たちを集めてその意見を聞こうとした際に、招かれた1人である夏目漱石が「時鳥厠半ばに出かねたり」という句を詠んで出席を断ったことについて、佐高信・松元ヒロ『安倍晋三を笑い倒す』の中で佐高さんが取り上げて、高く評価しているが、このことについて、厠で時鳥の声を聞くというのは凶兆だという言い伝えのようなものが貴族社会にあったことを漱石は知らなかったのではないかというひとがいる。だから、漱石は西園寺に対して大変に非礼な対応をしたというのだが、むしろその非礼の報いは漱石の方に及んで、漱石は若死にしたが、西園寺は長生きしたと考えることもできる。
 漱石は三方が原の戦いで徳川家康を守って戦死した夏目吉信の子孫であり、戊辰戦争の際に会津口征伐大参謀であった西園寺に対していい気持ちをもっていなかったとする意見もある。彼が一高における同僚で長州出身であった杉敏助を津木ピン助、菊池寿彦を福地きしゃごという名前で『吾輩は猫である』の小悪役として登場させているのもそういう気持ちと無関係ではない。
 佐高さんは森鴎外が西園寺に呼ばれて出かけて行ったことに批判的であるが、山県有朋の子分であった鴎外が山県の政敵である西園寺のところにあいさつに出かけるのは気分がよくなかっただろうが、それでも出かけていることを評価すべきである。
 少なくとも、漱石は断るのであれば、文学は政治に従属すべきものではないというような大義名分論を堂々と開陳して断るべきであった。それが嫌なら、彼の弟子の内田百閒が芸術院会員になる事を打診された際に言ったと伝えられる「いやだからいやだ」という断り文句を使うべきであった。『吾輩は猫である』の最後の方で多々良三平の結婚披露に招かれた苦沙弥は「いやだからいやだ」に近い断り方をしている。相手が総理大臣だからそうはいかないというのであれば、やはりふざけた断り方はすべきではなかったと思うのである。

7月16日
 NHK「ラジオ英会話」ではアメリカ人の老夫婦がタイ旅行に出かけるというストーリーを取り上げていたが、旅の終わりには南部のプーケットに出かけ、いろいろな体験をする。それでも終わりよければ、すべて良しということか、夫のほうが最後にいう感想が:
This is the life! (人生、こうでなくては!)
これは積極的な意味で言っているのだが、Such is life. とかThat's life.とかいう言い方になると、それほど積極的な意味合いではなくなるようである。この辺の言葉の使い分けはかなり微妙に思われる。

7月17日
 NHKラジオ「まいにちフランス語応用編」「ニュースで知りたいフランス文化」は今年の末に開館する予定のルーブル・アブダビle Louvre Abou Dabi について取り上げた。
Faired'Abou Dabi la place culturelle de demain, susciter une ouverture et un échange des cultures, mais aussi de renforcer le prestige de la France et les vinanced du Louvre. (アブダビを将来の文化の拠点に仕立てる、文化の開放と交流を促す、同時に一方ではフランスの威信とルーブルの財政を強化する。)
というのがその目的のようである。

7月18日
 NHKラジオ「アラビア語講座」の「おしゃべりマクハー」のコーナーで米国製ではなく、イスラームのコーラを飲もうという動きが、アラブ地域で広がっているという話題が取り上げられた。アラブ・コーラやイラン製のザムザム・コーラなどが飲まれるようになっていて、その中には収益をパレスティナの人々への支援に宛てているものもあるという。

 杉之尾宜生『大東亜戦争敗北の本質』(ちくま新書)を読む。元自衛官・防衛大学校教官で戦史・戦略研究を続けてきた著者による太平洋戦争の過程の実証的な研究。最大の敗因を「情報」と「兵站」の軽視に求めているのは、最近の一般的な歴史研究の成果とも共通している。「攻撃は最大の防御なり」という言葉に意味がないという指摘など、一読の価値がある個所が少なくない。

7月19日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」の最後に講師の柴原さんが「内田百閒や吉田健一の(鉄道旅行の)エッセーを読むと」というようなことをいっていたが、確かに古き良き時代の旅行エッセーというとこのあたりになるだろう。もっとも2人とも出版社から前借(いわゆる錬金術)をしたりしての旅行であったという裏の事情もある。「宮脇俊三や種村直樹」などといったら、通じる人が限られてくるだろうなぁとも思ったりした。

 NHKEテレ「日本の話芸」では桂ざこば師匠の『笠碁』を放送した。最初、最近亡くなった彼の師匠である米朝の思い出を語り、米朝と囲碁・将棋の思い出話をいくつかして、本題に入っていたのはなかなか聴きごたえのある話術であった。肝心の中身は同じことを繰り返したり、どうも出来がよくなかったが、これはあるいは枕の部分の工夫に頭を使い過ぎたためであったかもしれない。

7月20日
 中野重治の短編小説「村の家」に出てくる父親からの手紙の中に、桐の木が話題として記されているのが気になった。昭和の初めごろは、農家で桐の木を育てて、売っていたらしいのである。ところが輸入材に押されて振るわなくなり、ほとんどの農家が栽培をやめてしまった。「日本でも加賀白山下の産は火鉢材として珍重されたのであるが、之さえも此節(このせつ)トント振わぬ」(62ページ)という。学生を連れて山間部で合宿研修をしたりすると、山中の桐の花をよく見たことを思い出した。「赤ままの花を歌うな」という詩を書いた中野であるが、『梨の花』という小説を書いている。桐の花についてはどんな気持ちをもっていたのだろうか。

7月21日
 「ラジオ英会話」「入門ビジネス英語」「実践ビジネス英語」「攻略!英語リスニング」「まいにちフランス語」「まいにちイタリア語」のそれぞれテキスト8月号を購入する。これらの番組を聴くほかに、寝る前にラテン語の問題集を読むことにしているのだが、読んでいるうちに寝てしまう。ラジオの番組についても、聴いているうちに寝てしまうことが少なくないのが問題である。

7月22日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーに出てきた言葉:
I would rather die of passion than of boredom. --Vincent van Gogh (Dutch painter, 1853-90)
退屈がもとで死ぬより、情熱のために死ぬ方がいい。
 ポール・グリモ―の長編アニメーション映画『王と鳥』(『やぶにらみの暴君』)のためにジャック・プレヴェールが書いたシャンソン:「ロバと王様と私/明日はみんな死ぬ/ロバは飢えで/王様は退屈で/そして私は恋ゆえに…」というのを思い出す。
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