ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(8-2)

7月14日(火)晴れ、暑し。

 前煉獄で旧友ニーノ・ヴィスコンティに出会ったダンテは彼ら北イタリアの貴族たちがその一族の現世における交流を目指して戦いの日々を送った挙句、結局はその一族さえも幸福にできないという結末をえたことを知らされる。
中庸を失わずに心中で燃え上がる
あの正しき怒りの刻印が
押された表情で、彼はこう話していた。
(126ページ)

好奇心に満ちた私の視線は空へと向かい続けていた、
回転軸に最も近い輪のように
星々の動きが最も遅いあたりへと。

すると我が導き手は、「息子よ、上の何を見つめているのだ」。
そこで私はあの方に、「あの三つの松明を、
こちら側の極全体がそのために燃え上っているのです」。

するとあの方は私に、「おまえが今朝方見ていた
四つの明るい星々は、向こうに沈んでしまった。
そしてこれらがその場所に昇ってきたのだ」。
(126ページ、北半球に住むダンテは南半球の星を見たことはない。「四つの明るい星」は『煉獄篇』第1歌で現われ、彼らの頭上に輝いていたのだが、4つの枢要徳(=賢明、剛毅、中庸、正義)のアレゴリーである。これに対し、「三つの松明」とは第7歌に登場した3つの対神徳(=信仰、希望、慈愛)を象徴するものである。ダンテの世界観では、皇帝アウグストゥスによって地上の平和が実現した(地中海沿岸とその周辺だけのことであるが、それがダンテにとっては全世界であった)ことにより、対神徳による神との関係が築かれたことが築かれたのである。(単にイエスが福音を述べたというだけではなく、ローマ帝国の世界史的な意義をキリスト教的に解釈しているのである。)

 ダンテとウェルギリウスがこのような会話を交わしていると、ソルデッロは煉獄の魂達を誘惑しようとして近づいてきた蛇に彼らの注意を向けさせようとする。
小さな谷の中でも備えがない
あのあたりに、一匹の蛇がいた。
おそらくはエヴァにあの苦い食べ物を与えた奴であろう。
(127ページ) 蛇、つまり悪の誘惑は人の最も弱い部分から攻めてくることが語られていると注記されている。

 しかし、蛇は煉獄の魂を守るためにやってきた天使たちの力によってすぐに撃退されてしまう。ソルデッロに注意を向けられるまで、ダンテが話していた相手であるニーノ・ヴィスコンティのかたわらに、いつの間にかもう1人の魂が近寄ってきていた。彼はマラスピーナ侯爵家の一員である(誰かは研究者によって特定されていない)。ここで初めて、ここで罪を償わされている君侯たちが一族への偏愛ゆえにこのような扱いを受けていることが分かる。しかし、ダンテはマラスピーナ家が当時のイタリアの複雑な政治情勢の中で、教皇庁からの独立を保って正しい歩みを歩もうとしていることを認める。これに対するマラスピーナの答えは事後予言で、フィレンツェを追われたダンテはマラスピーナ家の保護を受けることになるのである。

 「地獄篇」でダンテは彼の同時代だけでなく、古代の人々の姿も見かけ、対話を交わしていたが、「煉獄篇」に入ると、同時代の、しかも顔見知りの人物が多く登場していることに気付く。それは「煉獄」の魂達が時を経て、天国へと導かれていることにもよるのであるが、ダンテの同時代のイタリア社会とヨーロッパの政治状況への意見、さらには政治的な意見を通して窺い知ることのできるより一般的なものの見方、考え方について「煉獄篇」が極めて重要な手掛かりをあたえてくれることも示しているのである。
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