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Jean Webster, Daddy-Long-Legs

7月2日(木)朝のうち雨、その後晴れたり曇ったり

 6月20日に、Jean Webster, Daddy-Long-Legsを読み終えた。英国のLeicesterにあるKnightという出版社から刊行されたペーパーバックス版で、私の手元にあるのは1974年に出た第7刷である。この本をどこで、どんな気分で買ったのか、今となってはまったく記憶にない。多分、京都の三条河原町を少し下ったところにあった文祥堂書店という小さいけれども、SFや推理小説を中心に英語の本もかなりの数置いていた書店で買ったのではないかと思う。その後、この書店を訪問したときに、店の構えも品揃えも変わってしまっていたのでがっかりした記憶がある。

 アメリカ東北部のどこかにあるジョン・グリア孤児院の最年長の孤児であるジルーシャ・アボットは孤児院の理事会が開かれた後、院長に呼び出される。どうもロクな用事ではなさそうだと院長室に向かう途中、最後に残っていた理事が帰り道につこうとするその後姿を見る。彼を乗せようとする自動車のライトに照らされて、The shadow pictured grotesquely elongated legs and arms that ran along the floor and up the wall of corridor. It looked, for all the world, like a huge, wavering daddy-long-legs.
(影の姿は滑稽に手足が引き伸ばされていて、それは床と廊下の壁にまで届いていた。それはどこから見ても、まるで揺れ動いている巨大なガガンボのように見えた。)
意外にも機嫌よくジルーシャを迎えた院長は、理事会で彼女の今後の進路について協議されたこと、ジルーシャは特別な計らいでハイスクールに進学していたのだが、英語の成績がよく、彼女が書いた”Blue Wednesday"(憂鬱な水曜日)という作文が理事の1人の目にとまって、彼女をカレッジに進学させる学資を出してくれることになったと語る。その理事はジルーシャがその後姿(と影)だけを見た紳士であったが、本名を明かさず、その際に要求される条件はただ1つ、彼女の学業の進捗状況について定期的に手紙を書くことだけが求められた。こうして、孤児であるジルーシャ・アボットは東部のカレッジに進学することになった。その後の物語は、要求通りに彼女が匿名の紳士に宛てて書いた手紙によって構成されている。

 全寮制らしいカレッジで彼女は最初のうちは準備不足があってまごつくが、次第にその文学的才能を開花させ始める。ジルーシャ改めジュディ・アボットは学年の人気者になっていく。寮では同じ学年のサリー・マクブライドとジュリア・ペンドルトンという学生と一緒になる。サリーはニューイングランド地方の事業家の娘、ジュリアはニューヨークの名門の娘である。サリーにはジミーというプリンストン大学に通う兄が、ジュリアにはジャーヴィス・ペンドルトンという若い叔父がいて、それぞれジュディに思いを寄せ始めているようである。ジュディは2年、3年、4年と進学し…作家への道を順調に歩み続ける・・・。

 この作品は一般に児童文学に分類されているが、それよりも少し年長、中学生くらいにならないと面白くないのではないか。人間の成長にとって大学がどのように大事な場所であるか、大学は身分や階級にかかわらず伸ばすべき才能を持った若者に門戸を開いている(少なくとも、開くべきである)、そして大学では何を勉強するのかというようなことがヒロインの大学生活の様々な様相とロマンスを描きながら問いかけられている。

 作者であるジーン・ウェブスター(Jean Webster, 1876-1916)は1894年から今日のニューヨーク州立大学フレドニア校の前身である師範学校に通った後に、1897年にニューヨーク州にある名門ヴァッサー・カレッジに入学する。東部にある他の6つのカレッジとともにSeven Sistersに数えられる名門カレッジで、現在は男女共学になっているが、当時は女子だけが入学し、教養中心の教育を学生に施すリベラル・アーツ・カレッジであった。この作品はウェブスターのこれらの体験がもとになっているが、ヴァッサーのほうの体験が重要な比重を占めていることは想像できる。ウェブスターは、この作品を読めばわかるように女性の参政権の獲得を待望し、孤児院の改革や貧困者の間でのセツルメント活動に熱心な社会改革家であり、社会主義に関心を寄せていた。彼女が大学をそのような社会問題への目を開かせる場、また女性たちの社会的な訓練の場(サリーが学年のPresidentに立候補して当選する個所がある)と考えていたことは明らかである。

 ということで、実際にこの小説を原文で読んでみると、結構難しい。例えばジュディは手紙の中でフランス語やラテン語を使っている。例えば
Cher Daddy-Jambes-Longes,
Vous etes un brick!
Je suis tres hereuse about the farm, parsque je n'ai jamais been on a farm dans ma vie and I hate to retourner chez John Grier, et wash dish tout l'été.
(親愛なるあしながおじさま
あなたはとても頼もしい方です。
私は農場についてとてもうれしく思っています、なぜならば一生のうちで農場にいたことは一度もなく、ジョン・グリア孤児院に戻って夏じゅう皿洗いをすることは嫌だからです。) イタリックの部分がフランス語である。

 今から100年以上も昔の大学の話なのだが、こういう手紙を書いているくらいだから、教育のレベルはかなり高い。必修科目も多いし、成績が悪いと補講や追試がある。今の日本の大学のように大学に入ってからフランス語やラテン語を勉強したわけではなく、1年生からどんどんフランス語やラテン語の本を読んでいったのだから大変である。もちろん、今のアメリカの大学ではラテン語を勉強するのはごく少数の学生だけになっている。

 とはいうものの、この時代、女子がラテン語を学ぶということは、彼女たちの権利のための闘争の一環であったことを見落とすべきではない。ヴァッサー・カレッジは日本で最初に高等教育機関を卒業した女性である山川(後の大山)捨松の母校である。山川は英・仏・独語を使いこなし、ドイツに留学した大山巌と結婚したのもドイツ語による縁があったといわれる。19世紀のアメリカでは(英国でもそうだったようだが)女子の中・高等教育をめぐり、ラテン語やギリシア語の教育を行うよりも、同じ屈折語であるドイツ語の教育を通じて彼女たちの知性を陶冶するほうが賢明であるというわけのわからない議論が有力で、ドイツ語の教育が盛んであった。山川捨松が在学した時代のヴァッサーはそのような教育を行っていた。
 それが女子もラテン語、さらにはギリシア語を学ぶべきであるというふうに変っていく。ジュディ・アボットの時代のヴァッサーではどうやらラテン語がドイツ語に取って代わっていたらしい(このあたりは詳しく調べれば面白いことが分かるはずである)。ラテン語やギリシア語は難しいから女子には無理だという議論は、結構後の時代にも残っていて、私の大学院生時代に私のいた大学でも女子が西洋の古典を専門的に学ぶことをめぐっての議論が起きたことがある。21世紀の今日になってみると、西洋古典学を専攻する女性が内外ともに多くなっていて、時代は変ったことを実感させられる。

 そういうふうに見ていくと、Daddy-Long-Legsには時代の変化を写した、時代とともに変わる部分と、時代を超えて愛されるべき部分とがあることが分かるはずである。ジュディは孤児という設定だが、この設定はルソーの『エミール』と共通するし、小説の本文中にもルソーが自分の子どもを孤児院に棄てたというエピソードが紹介されている。19世紀の英文学とその他の欧米文学の動向についても一通りの知識が盛り込まれていて、それらの作品がこの物語に与えた影響も考える必要がありそうである。ただ漠然とこの物語を読んでいても、なかなかそういうことはわからないので、もし教材として読むのであれば、教師が物語の背景について説明するだけでなく、生徒たちが自分で調べられることを調べていくように指導すべきであるし、翻訳の際の解説も同じような工夫を凝らすべきであろう。

 ヴァッサー・カレッジをめぐり、以前メアリ・マッカーシーとその映画化もされたベストセラー小説『グループ』について触れたが、蛇足ながらこの大学に在学した有名人としてジャクリーン・ケネディ・オナシスとジェーン・フォンダの名前を上げておこう。残念ながら2人とも中退で、ジャクリーンはおそらく”寿”退学だが、ジェーン・フォンダの方は女優業が忙しくなったのでやめたのだろう。

 一度原稿を書き終えてから、気になることがあって辞書類を調べて気づいたことがある。Daddy-Long-LegsとかBrickとかいうのは英和辞典によると「俗語」だそうである。そういう「俗語」をやたら使うのが、当時の女子大生の話し方だったのか、それとも著者がジュディの性格や生い立ちを描きだすのにふさわしいと思ってそうしたのか、気になる点がますます増えて困っているところである。
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