柳田国男『小さき者の声 柳田国男傑作選』

3月5日(火)晴れ/啓蟄

 昨日(3月4日)、柳田国男『小さき者の声 柳田国男傑作選』(角川ソフィア文庫)を読み終えた。何度も読み返したい書物である。実際に、この書物に収められた文章の中には、既に目にしたものもある。伝統的な子どもの習俗・文化をめぐる論稿を集めた書物であると要約してしまうと、この書物の魅力は半減する。訳知り顔な要約を許さない魅力が柳田の文章にはあるからである。

 「小さき者の声」は子どもの言語、特に語彙についての考察。探究を通じて子どもだけではない、日本人の心の深層に迫ろうとしている。その一方で「遊戯」についての鋭い考察も見られる。

 「こども風土記」は、子どもの間の遊びや行事を取り上げた考察。アメリカの学者からの日本にも「鹿、鹿、角、何本」という遊びがないかという問い合わせの手紙に対する回答を求め、この遊びが固有のものか、伝来したのか、どのように分布しているのかなどの問題が論じられる。その一方で、「かごめ・かごめ」のような類似する遊びについての考察が展開され、さらに子どもの間の行事や、こども組、女児のままごとなどにも説き及んでいる。こども組については小学校時代の社会科で学んだ記憶が残っている。「こども組の最もよく発達しているのは、信州北部から越後へかけてであるが、他にもとびとびにこれが見られる土地は多い」(103ページ)とあり、これが固有のものか、青年団のような大人の制度の影響で生じたものかと問われている。短期間ではあったが、この地方で暮らした時期があって、それ以前にこの論考を読んでいたらよかったと思われる。なお、この論稿が1941年に発表されていることも注目しておいてよい。

 「母の手毬歌」は伝統的な木綿糸の手毬についての説明から、各地に伝わる手毬歌について取り上げ、柳田の母が歌っていた手毬歌の「鎌倉の椿」という文言が、従来の収集から漏れていると書く。しかし柳田が調べた範囲では東京の周囲ではこの文言が保存されている手毬歌があった。ではなぜ鎌倉なのかということを含めて論じた後に、柳田は「皆さんもこれから注意深く、段々と見たり聞いたりしたことを積み貯えて行かれるならば、国の昔の交通の跡を明らかにし、昔の人の心持ちをよく理解し、またそれを一生涯、覚えていることも楽なのである」(171ページ)と結ぶ。

 「野草雑記」は野草の名前をめぐる考察(の一部)。「野鳥雑記」は野鳥をめぐるさまざまな伝承を紹介している(考察の一部)。

 「木綿以前の事」も同名の著書からの抄出。芭蕉の七部集の連句から木綿が日本人の生活をどのように変えたかを説き起こし、新しい技術やその成果がどのように人々の生活や考え方を変えるかに思いをはせている。よくなった部分と、悪くなった部分に目を向ける必要があることを論じて、「次の時代の幸福なる新風潮のためには、やはり国民の心理に基づいて、別に新しい考え方をしてみねばならぬ。もっとわれわれに相応した生活のしかたが、まだ発見せられずに残っているように、思っている者は私たちばかりであろうか」(224ページ)という結んでいる。この言葉から柳田が単純な伝統擁護論者でなかったことが感じられる。

 大正から昭和戦前・戦中(学童疎開への言及がある)に書かれた文章を集めたものであり、この書物で描き出された日本の暮らしや考え方から、現代の都市の生活は相当に遠ざかっていることが実感される。改めて自分の周辺を見渡し、また子どもたちの世界に注目しながら、この書物の意義を考えてみたいものである。
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