脇村義太郎『趣味の価値』(3)

6月20日(日)晴れ

 この書物の残り3章は「美の商人たち――なぜロンドンが国際美術商品市場の中心となったか――」、「ペルシャ絨毯の美――アルメニア商人・マンチェスター商人・ロンドン商人――」、「美術蒐集家としての石油人――蒐集の楽しみ」から構成されている。美術関係の章の間に絨毯についての章がはさまれる構成になっているが、美術に関係するといっても、片方はオークションを通じて売りさばく方、もう片方は集めるほうについての文章なので、それぞれの独立性を認めて、書物の構成どおりに紹介していこうと思う。

 美術品の取引は海外(欧米)では公開オークションが中心になって行われているが、日本では入札が一般的であると記されている。あまり縁のない世界なので、現在ではどうなっているかはわからない。この章の主な内容はロンドンで活動し、さらにはニューヨークに進出したサザビーの沿革に割かれており、さらにクリスティズなど他の業者の活動についても触れられている。英国人は美の想像力にはそれほど恵まれていないが、そのことが却って美術品に対する公正な批評眼を培い、ロンドンの美術市場の隆盛をもたらしたというのだが、その後の美術市場の動きがこの指摘に沿っているかどうかはわからない。ただ、英国の美術館のコレクションがすぐれていることは、実際に歩き回ってみるとよく分かる。

 ペルシャ絨毯は16世紀にサファヴィッド朝のもとで国産の原料(絹または羊毛)、国産の染料(動植物)を使用して、高度な芸術の段階にまで達したが、その価値はヨーロッパではまだ認められていなかった。その理由の1つは絨毯そのものが普及していなかったことによるものである。
 しかし政治的な混乱のために18世紀にはペルシャにおける絨毯の製造は衰え、19世紀になってクアジアル王朝が成立して、長い平和の時代に入ると、再び盛んになるきっかけをつかんだ。トルコやペルシャの絨毯に対する西欧の需要が高まったことを察知したトルコ・ペルシャ国境近くのタブリッツの商人たちは、当時ペルシャには銀行がなかったこともあり、貯金ができると絨毯に投資しておくという慣習があった。こうして絨毯の取引は順調に拡大したが、16世紀につくられた絨毯はほとんど出尽くしたので、あたらしい絨毯の製造が求められるようになった。こうしてペルシャの各都市では絨毯の製造が再開され、できあがった絨毯が輸出されるようになった。その際にマンチェスター商人の手を経て羊毛がペルシャに提供され、またヨーロッパの合成染料の使用も一般的になっていった。
 それでペルシャ絨毯といっても古典的な絨毯と現代のものとの2種類があることになる。もちろん古典的な絨毯のほうが高額で取引されていたが、次第に蒐集家の手を離れて、博物館や美術館に所蔵されるようになってきている。ペルシャ絨毯というと、イランの固有のものという印象があるが、実はグローバルな市場の中で製造され取引されてきたという経緯が興味深い。

 最後の章では石油業者に限定して、主だった人々の美術蒐集ぶりを紹介している。これは執筆当時、松方幸次郎(1866-1950)の美術コレクションのうちフランスに残されていたものの返還が話題になっていた(現在の国立西洋美術館の所蔵品の基礎をなしている)事とも関連しているようである(松方は一般に造船業者として知られるが、石油業者でもあったと脇村は書いているのである)。
 美術蒐集に関心を寄せた石油人としてロスチャイルド(石油業に進出する以前から巨万の富を築いていた)、ロックフェラー、グルベンキアン、メロン、ゲッティについてその経歴と美術蒐集歴が描かれている。日本では松方幸次郎、小倉常吉、中野忠太郎、新津恒吉、出光佐三の5人の名があげられ、やはりそれぞれの経歴と蒐集歴が描かれているが、第二次世界大戦後の社会の変化の中で、蒐集が散逸していく様子までもがしるされている。最後に出光が日本の石油人として初めて美術館の解説に乗りだしたことについて触れ、「美術品の蒐集を維持するには、美術館を設けることが最も賢明な途であるが、公開美術館の経営発展は蒐集よりさらに数倍の困難がともなうものといわれている。石油界のためにも、美術界のためにも出光美術館の健全な発展を希望するが、それには広い大衆の支持が必要であろう」(204-5ページ)とこの章は結ばれている。
 脇村は自分自身が美術の蒐集家であり、彼自身が果たせなかった夢が出光美術館に託されていると思われる。商人に対する興味が、その商人たちの個性や趣味に対する興味となり、それがさらにより一般的な経済と大衆の趣味の問題へと視野を広げて語られている。この書物が書かれた時代に比べると、日本人の暮らしはより豊かになり、また大衆的な規模で様々な趣味・娯楽への素養も広がり、高まっているので、このような書物を書くことはより困難になってきてはいるが、範囲を狭めてでも趣味を経済的・社会的な視野の中で論じる書物が書かれること、また鶴見良行さんたちが試みてきたように、グローバルな規模での嗜好の展開とその生産現場で窮乏に苦しむ人たちの存在を追究することも必要な作業であろうと思う。
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