『太平記』(49)

6月12日(金)曇り時々晴れ

 元弘3年(1333年)3月、隠岐の島に配流されていた後醍醐帝は、警護役の佐々木義縄の手助けで、六条忠顕を供として幽閉先を脱出し、幕府方の追及をかわして船で伯耆の国名和湊(鳥取県西伯郡大山町名和)に到着された。

 忠顕がまず1人で船を降りて、このあたりに有力な武士はいないかと問うと、道をゆく人が立ち止まって、「この辺には、名和又太郎長年と申すものこそ、その身さして名ある武士にては候はねども、家富貴(ふっき)し、一族広くして、心がさある者にて候へ」(361ページ、このあたりの住人では、名和又太郎という者こそ、それほど有名な武士ではございませんが、家は豊かで、一族のものも多く、器量のあるものでございます)と語った。森茂暁さんの『太平記の群像』には、『梅松論』のなかの湊に着いた時の船頭の言葉
「此の所に奈和又太郎と申す、福祐の仁候。一処において討死仕べき親類の一二百人も候はん。御慿み候てごらん候へ貸し』(森、79ページ)がまず引用されている。船頭から情報を得たという『梅松論』の記述のほうが、通行人から得たという『太平記』よりも現実にありそうなことだと思うが、とにかく、この地に名和長年を中心とする勢力が基盤を置いていることが分かる。

 名和氏は伯耆国名和の土豪。村上源氏の流を汲むというが、世に出てからその出自を飾りたてるのはよくあることなので、信を置くことはできない。長年の笠験(かさじるし)は帆掛船であり、この一族が海上交通と縁の深いことを示しており、おそらくは商業活動を通じて富を蓄え、勢力を培ってきたことを推測させると森さんは論じている。

 忠顕は詳しい事情を調べて、すぐに勅使を出して
「主上、隠岐前司が館(たち)をお逃げあつて、今この湊に御座あり。長年が武勇、かねて上聞に達せし間、御慿みあるべき由を仰せ出さるるなり。慿まれゐらすべきや否や速やかに勅答を申すべし」(361ページ、主上は隠岐前司の館から逃げ出されて、現在はこの湊にいらっしゃる。長年の武勇を兼ねてからお聞きになっていて、その力を借りたいと仰せられている。味方するかどうかを直ぐに答えてほしい)
と伝える。なお、『梅松論』では長年のことを知らせた船頭を案内役として忠顕が勅使として長年のもとに赴いたと記されている。後醍醐とともに隠岐を脱出したのは忠顕だけなので、勅使として彼が出かけるのは当然であるが、その一方で、後醍醐の身辺を守る者が1人もいないことになってしまう。このあたり、真相はわからない。

 名和又太郎はその時、一族を呼び集めて宴会を開いていたが、勅使を迎えて思い悩む様子であった。それを弟とも子息ともいう小太郎左衛門長重が、一族の名誉となることだといって、後醍醐に味方するように説いたので、決心を固め、後醍醐をお迎えに長重らの一党を派遣する。そしてやがて隠岐前司佐々木清高の一党の追っ手が襲来するだろうから、それに備えて船上山(ふなのうえやま=鳥取県東伯郡琴浦山にある大山火山群中の山)に砦を構えて、そこに後醍醐を迎え入れようと準備を進める。なお、『太平記』では長年が思い悩んだと記されているが、『梅松論』ではすぐに同意したと書かれていて、どちらが真相かはわからない。ただ、『太平記』が長重の言葉として、「われら忝くも十善の君に慿まれまゐらせて」(361ページ)などと名文句を連ねているのは、作者が自分の文章力を誇示したいための作り事であろう。

 突然のことなので、後醍醐を運ぶ輿の準備などはなかったので、長重が背負って船上山に案内した。長年は自分の館にある兵糧を船上山に運び込んだが、その際に近在の住民たちに1人で担げる量について宋銭500文ずつの手間賃を弾んだので、瞬くうちに兵糧の準備が整った。そして残った家内の財宝を地域住民に分け与えたうえで、自分の邸に火をかけて燃やしてしまい、一族こぞって船上山に移った。その中に土屋彦三郎という知恵者がいて、山のあちこちにこの地方の武士の家紋を記した旗を掲げたので、遠くから見ると船上山には大軍が潜んでいるように見えた。ここでは、名和長年の財力や、土地の人々の間にかちえている信望の大きさが窺われる。また、その決意のほども知られるのである。

 隠岐を脱出した後醍醐はとりあえず、名和長年という有力な武士を味方につけて、その力を頼りにすることができた。長年が商業活動を背景に富を蓄積してきた新しい型の武士であることもこの際注目しておくべきであろう。今後、中国地方の武士たちはどのように動いていくか。後醍醐は都に復帰することができるか。情勢はまだまだ波乱含みである。
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