森福都『ご近所美術館』

6月7日(日)晴れたり曇ったり

 森福都『ご近所美術館』(創元推理文庫)を読み終える。この作者の作品を読むのは初めてである。近所の書店の文庫本のコーナーに平積みになっているのを立ち読みしておもしろそうだと思って、購入。予想は裏切られなかった。ただし、私が面白いと思った理由が、誰にも当てはまるとは限らない。そこのところまで計算に入れてこの文を読んでほしい。

 語り手の「ぼく」(=海老野という姓はわかるのだが、名前はわからない)は医療機器メーカーに勤めるサラリーマン。勤務先の近くのペンシルビルの1階にあるコンビニで名前を知らない漫画家の原画展のチラシを渡される。会場の美術館はこのビルの2階にあるという。長谷川町子と同年代で、地方紙に『エプロンママ』という育児漫画を連載していた西園寺英子という漫画家の子息がその業績を記念するために私費を投じて建てたものだという。港区の泉岳寺近く、国道15号線に面した小さな美術館であるが、そのラウンジでのんびり寛ぐことができ、老館長が淹れるコーヒーは下手な喫茶店のものよりもうまい。この美術館をオアシスあるいはシェルターと心得て足しげく通う常連客ができ始めた。海老野もその一人で、就業時間とともにこの美術館のラウンジにやって来て、コーヒーを飲み、備え付けの漫画雑誌やコミックスを詠んで、また職場に戻って残業という生活スタイルをきずいていった。

 ところが館長が持病のぜんそくの悪化で引退することになり、その後任として遠縁の若い娘=川原あかねが館長職を引き継ぐことになる。美術館も多少変化する。「入館料は相変わらず200円だが、コーヒーは作り置きのものをセルフサービスで紙コップに注ぐだけになり、代わりに月間フリーパスなるものが3000円で売り出されるようになった。コーヒーは諦めてもラウンジに未練のある常連客は、ぼくも含めてみなパスを使っている」(11ページ)ようになる。あかねは「コミケが活躍の舞台のいわゆる同人作家で、しかもその道ではかなり有名な人気作家らしい」(12ページ)。問題は彼女の外見で「ひっつめ髪をしたデブでメガネのオタク女」より正確(?)には「ごわついたひっつめ髪」「体重80kg超のデブ」「全身黒ずくめで黒縁メガネのオタク女」と、いいところを探すのが困難である。それでもなぜか半年ほどするうちに、海老野とあかねはお互いを「海老のん」、「あかねぶー」と呼び合うようになる。「高校時代のノリで呼び合うニックネームは、ときに1杯のうまいコーヒーにも匹敵する開放感をもたらしてくれる」(20ページ)と海老野は考えるようになった。

 しかし、そのあかねから館長職を彼女の姉の董子に引き継いでもらうことにしたと告げられる。あかねの6歳年上だという董子はあかねとは似ても似つかぬ美女である。初めて彼女に出会った海老野は彼女を次のように描く:「色が白く細面で、目も鼻も口も小作りだったが、すべてのパーツが絶妙のバランスで配置され、息を呑むような美しさを作りだしていた。まるで極上品のカメオから抜け出してきたように硬質な透明感のある容貌だ」(23ページ)。その彼女はある大企業に務め、その会社のミスに選ばれたりしていたのだが、同期入社の尾形というゴリラめいたルックスで、三流大学を2年留年して卒業したという学歴の持ち主の同僚の猛アタックに屈して婚約、ところが結婚間近になってその尾形が酔っぱらった挙句にアルバイトの女性と寝てしまい、そのうわさが社内中に広がったためにショックを受けて、引きこもり状態になっていたという。いつまでも引きこもっていてはよくないとあかねが館長職を引き継ぐよう口説き落したというのである。

 董子さんに一目ぼれをした海老野は何とか彼女の関心を引き寄せようとするが、あるとき董子さんの財布を拾って届けに来た南田という古美術商の青年が登場し、こちらの方がどう見ても魅力的な存在である。それでも、なぜかあかねは海老野の恋を後押ししようとするし、美術館の周辺で起きる様々な怪事件の解決に海老野がかかわって「名探偵」ぶりを発揮するので、少しずつ董子さんの関心も引き寄せられていくように思われる。この本はその一連の怪事件の顛末を描いていくのだが、それとともに海老野と董子さん、南田、さらにあかねの人間関係がどのように変化していくかも辿られてゆく。

 題名からすると、美術品泥棒が出没するのかと思ってしまうのだが、実はそうでもない。多彩なキャラクターを登場させた漫画家の仕事を記念するという美術館であるので、美術館を取り巻く人間模様の織り成す事件が主なものだと言っておこう。多くの事件が実は海老野の単独の力というよりも、あかねとの協力で解決されてゆき、2人がお互いに悪口を言いながら解決に向かうのは、クリスティーの『トミーとタペンス』を思わせるところがある。この連作ミステリ集はクリスティーの作品ほどロマンティックではないけれども、それでも別々に育ってきた双子の姉妹が出会った後の出来事を描く「ブックエンド」などはそうした雰囲気を漂わせていて面白く読めた。

 実は私も長い間、海老野と同じく横浜市内から東京の南の方の職場に通う「横浜都民」であり、その職場というのがこのご近所美術館の比較的近くであった。美術館とはいかないがギャラリーを覗くのも好きである。このような憩いの場は現実にはなかなか存在しにくいものであることが分かる半面で、それがかなり正確に描写された現実にはめ込まれていることが分かる、作品の中の現実と非現実とが巧妙に配分されていることが分かるような気がして、どうしても評価が高くなってしまうのである。
 
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