日記抄(5月28日~6月3日)

6月3日(水)雨、夕方になって降り止む。

 5月28日から本日までに経験したこと、考えたことから:
5月28日
 NHKラジオ「まいにちイタリア語」応用編「描かれた24人の美女」はベルニーニの<アポロンとダフネ>を取り上げた。太陽神アポロンがニンフのダフネに恋して、彼女を追いかけ、あと一歩というところで、なぜか彼を嫌うダフネはアポロンの追跡をかわして月桂樹に変身する。その一瞬をとらえた彫刻史に残る名作。ローマの大詩人オウィディウスの『変身譚』(Metamorfosi)のなかのエピソードを描いた作品である。欧米の知識人のなかには自分がいかにも、ギリシア・ローマの古典に通じているというような顔をしているけれども、実はその知識の大部分をオウィディウスに負うているという人が少なくないようである(要するに、ラテン語は多少できるけれども、ギリシア語はまったくだめだということである。お前だって英語は多少できるけれども、それ以外の言語は駄目だろう…ラテン語だってちょっと齧っただけじゃあないか…まあいいたいように、言いなさい)。

5月29日
 NHKラジオ「まいにちイタリア語」応用編「描かれた24人の美女」はレオナルド・ダ・ヴィンチの<ブノワの聖母>を取り上げた。レオナルドが残した手稿のなかに、「1478年~月、2点の聖母子像に着手した」との記述がある。そのうちの1点。依頼主の妻を聖母マリアに、息子を救世主イエスに見立てて、自分の家族を描いてほしいという依頼に答えた作品。レオナルドは絵の描き方だけでなく、勃興しつつあった市民階級の人々の姿を写実的にとらえるという点でも近代を予示する画家であったという。もう1点の<猫の聖母>のための習作は大英博物館に所蔵されているという。実際のところ、この博物館に何度行ったかわからないけれども、レオナルドのこの習作は見たことがない。聖母に抱かれたイエスに抱かれた猫が大暴れをしている。聖母のやさしい表情と、あどけないイエス、そして猫。解説によると、レオナルドはイエスが子羊を抱く画像をイメージしていたのだが、とりあえず、手近にいた猫を子どもに抱かせたのではないかという。ボッティチェッリが当時の植物を詳しく描いたという話を先週紹介したが、レオナルドは子どもに下手な抱き方をされて居心地の悪さに暴れ始めている猫の姿を巧みに描いている。

5月30日
 NHKラジオ「アラビア語講座」では「イスラームの暦゛ヒジュラ暦”が取り上げられた。「ヒジュラ暦の1年は、西暦の1年より11日ほど短いので、西暦を基準にすると、ヒジュラ暦の日付は、どんどん前にずれていきます」という。我が国の「旧暦」も太陰太陽暦であったので、1年は354日であったが、そのため19年に7回、閏年があり、その年には閏月が設けられていた。そういう暦のほうが、便利だという主張をする人がいるが、妄言としか言いようがない。

 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」では”Immune System(免疫システム)”を話題として取り上げた。この番組では1月に1回(自然)科学的な内容を取り上げるというのだが、科学といっても範囲は広いからね。phagocyte(食細胞)、 lymphocyte(リンパ球)など、耳慣れない専門用語が飛び出して悪戦苦闘した。

5月31日
 高瀬正仁『人物で語る数学入門』を読み終える。ラグランジュはフランスの数学者だといわれているが、実際はイタリア(ピエモンテ)人であったという。イタリア語とフランス語はかなり違う言葉だと思うのだが、イタリアという国とフランスという国の境界はあいまいなところがある。イタリア王国初代首相カヴールは主としてフランス語を話したという。私も、フランス語のほうが得意だというイタリア人にあったことがある。

6月1日
 病院での診察のために東京に出かけ、その帰りに渋谷のBUNKAMURAでボッティチェッリの展覧会を見ようかと思ったのだが、ふところが多少さびしかったので後回しにする。(結局、BUNKAMURAル・シネマで映画『サンドラの週末』を見ている。)

 NHKラジオ「入門ビジネス英語」の6月の放送は、シドニーが舞台となるのでオーストラリアやニュージーランドの英語が取り上げられることになりそうである。

6月2日
 NHKラジオ「入門ビジネス英語」のテキストの本日の項には「南半球でも役立つイギリス英語」という記事が掲載されている。「役立つ」というほど達者にイギリス英語が使いこなせるわけではないけれども、オーストラリアやニュージーランドの方々の英語に当惑したという経験はあまりない。むしろ「国際共通語」としての英語のほうがよほどハードルが高いという印象がある。

6月3日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」は新しく”Living the American Dream (アメリカン・ドリームを生きる)”というビニェットに入った。登場人物の1人が言う:
Not so long ago there was a widespread beief that if you worked hard and had the freedom to choose your path, you could succeed and give your children a head start in life. (そう遠くないむかしには、一生懸命働き、自分の進路を自由に選べるならば、成功することができ、子どもたちに人生のよいスタートを切らせることができると、広く信じられていました。) これがアメリカン・ドリームである。The high point of the American dream was the late 1940s and '50s. (アメリカン・ドリームの頂点は、1940年代終わりごろと1950年代でした。)というのはその通りではないかと思う。この問題については、また後で論じることがありそうである。

 NHKカルチャーラジオ「私の落語はくぶつ誌」第10回は、「町人のタテ社会」(「タテ社会」の意味が問題なのだが)ということで、主人と奉公人との関係を説明するために先日亡くなった桂米朝師匠の「百年目」の初めの部分を聞いた。舞台となる店の一番番頭がこの物語の主役であるが、もうとっくにのれん分けをして店を構えてもいい経歴の持ち主であるのに、まだ番頭を続けている。そのあたりのことが巧みに描きこまれていて、聞きごたえがあった。しかし、おまえが頼りないから、私は独立しないのだと二番番頭に言って聞かせるあたりの演出は、米朝師匠とは別の解釈があってもよさそうだなあとも思った。
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