マジック・イン・ムーンライト

5月30日(土)晴れ

 横浜シネマ・ジャックでウディ・アレン監督作品『マジック・イン・ムーンライト』を見る。英語の原題はMagic in the Moonlightである。1920年代の南フランスを舞台にしたロマンティック・コメディ。この時代のファッションや音楽、ダンスがなかなか細かく再現されていて、興味のある人にはそれだけで楽しいのではないかと思われる。

 魔法や超能力などは信じない皮肉屋の英国人マジシャン、スタンリー(コリン・ファース)は中国人になりすまして、人体切断や瞬間移動などのマジックを演じて成功を収めている。ベルリンでの公演中に訪ねてきた友人の頼みで南フランスに住んでいる大富豪の家に最近寄寓しているアメリカ人の若い女性占い師が発揮しているという超能力の正体を見極めに出かける。この占い師が詐欺を働いて、大富豪の財産を乗っ取ろうとしているのではないかというのであるが、実際にあって見ると、この占い師ソフィ(エマ・ストーン)は明るく魅力的な女性で、そんな陰謀を企んでいるようには思えない。スタンリーは次第次第に彼女の魅力に惹かれていく。

 手元にある辞書を見ると、英語のmagicには3つの意味がある。1つはありえないことをやってのける不思議な能力。カボチャを馬車に、ハツカネズミをその馬車を牽く馬に変えるというような力で、これは物語の中には登場するが、実際にそんな能力を身につけている人がいるかどうかは疑問である。2つ目の意味は、なにかのトリックを使ってありえないことが起きたように見せることで、スタンリーがやっているのはこのマジックである。3番目は何か特別な魅力という意味である。ソフィが未来を正確に予見できる力を持っているとすれば、最初の意味と、3番目の意味でのマジックを身につけていることになる。

 我々は最初の意味での魔法は存在しないと思い、現実に行われている魔法には何かの種やら仕掛けやらがあると思っているが、ひょっとして本物の(最初の意味での)魔法もあるのかもしれない。本物の魔法使いが、魔術師たちの町にやってきたというポール・ギャリコの『ほんとうの魔法使い』という小説もある。ソフィは大富豪の家で交霊術の儀式を行う。居合わせた人々は、彼女が本物の交霊術を行っていると信じる…。それまで超能力の類を信じていなかったスタンリーでさえ、その信念を揺るがせ始めるが、皮肉屋でペシミストの彼が、なぜかそのことによって明るくなりはじめる。スタンリーはロンドンのウェスト・エンド育ち、ソフィはアメリカのミシガン州カラマズーという地方都市の出身、出身地も階層も違う2人の男女がなぜか惹かれあう。それもmagicのなせるわざである。

 予想できることだが、この物語は、その後二転三転する。そして、この種のコメディをよく見ている人には結末も想像できるはずである。この映画にはそのような既視感が充満していて、それを批判する人もいるだろうし、その既視感に惑溺する人もいるだろう。どちらの立場をとるかはその人の自由だが、後者の方が見ていて楽しいのではなかろうか。もっともその代わり、新しい映画の世界を切り開くということからは遠ざかるかもしれない。

 物語は1920年代に設定されていて、その後の世界恐慌やファシズムの台頭を知っているものから見れば、嵐の前の静けさ、その中での取るに足りないほどささやかな喜劇という印象をぬぐうことができない。映画からその後の時代の予感をどのように読み取るかを全く観客に委ねてしまっているのは、ウディ・アレンが年をとって批判力を失っているためか、あるいは彼なりの人の悪さの表れなのであろうか。 
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