ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(3)

5月19日(火)曇り

 第2歌の終わりで、ダンテはかつての盟友であった音楽家のカゼッラと出会い、懐かしさのあまり彼の歌を聞きたいと頼む。すると、カゼッラはダンテの作品のなかから「知性の中で私に語りかける愛神は」という一節を含む詩を選んで歌いだす。ダンテとウェルギリウス、煉獄での試練を受けようとする人々のすべてがこの詩に聞き入るが、煉獄の番人である小カトーの「これは何たる怠慢、何たる愚図」(43ページ)という叱責にあって四散する。ダンテの詩は彼の未完の作品『饗宴』のなかの章句で人間の到達しうる最高の知恵である哲学によって、地上の世界においてあらゆるものの認識が可能になり、それゆえ人間は独力で至福直観に到達できると主張するものであった。彼は『神曲』ではこの考えを捨てて、哲学ではなく、神学が人間を最高の幸福へと導くと考えているのである。

人々が恐慌をきたして逃げ出し、
平野へと散り散りになり、
私達人類を正義が責めるあの山に向かったにもかかわらず、

私は信頼する道連れのかたわらに身を寄せた。
あの方なしにどうやって私は走れたであろう、
誰が私をその山の上まで導いてくれたであろう。
(46ページ) 煉獄へやって来た人々は散り散りになったが、ダンテはウェルギリウスのもとを離れない。しかし、キリスト教以前の古典古代の人物であるウェルギリウスには、煉獄山の登口がどこにあるのかはわからない。ただ、ダンテの旅行が神の意思に沿うものであることを確認させて、安心させるだけである。

 煉獄の山の急な斜面にたどりついた二人が出会ったのは教皇から破門を受けた人々の群れであった。その群れの中にいた1人は自分がナポリ・シチリア両王国の王であったマンフレーディ(1232-66)であると名乗る。彼はナポリ王位をめぐり、さらにはイタリア統一をめぐって教皇庁と対立、戦闘を繰り返した結果、教会から破門を受け、死後にはその墓を暴かれたけれども、死の直前に悔悛したために、破門による時間の遅れはあったとはいうものの煉獄で罪を清めることができるのである。
私の罪の数々はおぞましいものでした。
ですが無限の善の腕(かいな)は広く、
あの方に向かうものならば迎え入れてくださいます。
(57ページ) 
聖なる教会に反逆したまま死んだ者は、
最後の瞬間に悔悛したとしても、
それまで傲慢のうちに過ごした時間の三十倍もの長きにわたり

この崖の外に居続けねばならないというのは
真実です、善き人々の祈りによって
宣告された期間が短縮されなければ。
(58-59ページ) そうして彼は、地上にいる自分の遺族たちに自分が煉獄にいることを伝えて、その期間を短縮するために祈るよう伝えてほしいというのである。ここには一方で教会の権威を認めながら、より高次の判断は神に委ねられるというダンテの思想を読み取ることができる。こうしてダンテは、煉獄山の険しい山道を登る足がかりを得ることになるのである。
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