石井桃子『石井桃子コレクションⅢ 新編 子どもの図書館』

5月18日(月)曇り

 石井桃子『石井桃子コレクションⅢ 新編 子どもの図書館』(岩波現代文庫)を読み終える。1965年に岩波新書の1冊として刊行されたものに加筆し、付記を増補したものである。それで、この本の主要部分は40年以上昔に何度か読んだはずであるが、ほとんど記憶している部分がない。わずかに記憶に残っているのは子どもに本の読み聞かせをしている中で、トルストイの「人は何でいきるか」などの話に子どもたちが食いついてくるという個所である。20代後半にはトルストイの思想にかなり興味をもっていたので、それで印象に残ったのであろう。

 今回、この本を読んでみて、全く別のところで強く印象に残った個所がある。まず、そこから書いていきたい。
 石井さんは自宅の一部を改築して、「かつら文庫」という家庭文庫を開設する(この間の事情については、あらためて書くことにしたい)。1958年のことである。この書物は「かつら文庫」の(この本の初版が出た1965年までの)7年間の歩み、通ってきた子どもたちの記録、子どもの本、子どもの図書館という4つの部分からなる。特に印象に残ったのは本を読みに(借り出しに)やって来た子どもたちの記録である。

 中でも杉田さんという小学校5年生の女子の話が注目に値する。彼女は「かつら文庫」に通うようになってからノートにみじかい感想を書きつけるようにしてきた。彼女はつねづね「どうして本屋さんは、いつもおんなじものばかりならんだ全集を出して、自分たちの知らない、あたらしい本をだしてくれないのか」(91ページ)という不満をもっていて、それを聞いた石井さんから直接出版社に投書しなさいと助言されて、行動に及ぶ。とくに面白かったと思う本の感想を列挙して、今後の参考にしてほしいといろいろな意見を書き連ねる。
 みじかい感想というのがいい。それだけ本の特徴についてきちんととらえていないと書けないし、それから長い感想を書こうとすると、途中で苦しくなる。(私自身の経験からそう思う。)

 さて、感心したのはジーン・ウェブスター(1876-1916)の『続あしながおじさん』の感想である。
「正よりおもしろい。手紙の文章だけでできているが、こ児院の改良がおもしろい」(93ページ)。
「正」(篇)というのは「あしながおじさん」(Daddy-Long-Legs)のことで、アメリカ東部の孤児院で育ったジルーシャ(ジュディ)・アボットという少女が孤児院の後援者の1人である紳士に文才を認められて、その好意でカレッジに進学することになる。本の大部分はジュディがカレッジの生活について匿名の紳士に宛てて書いた手紙からなっている。カレッジで彼女は勉学のかたわら、カレッジの行事や活動にも励み、社会問題や婦人参政権の問題に関心を寄せ、友情をはぐくみ、作家としての道を歩み始める。その中でルーム・メートのジュリアの叔父であるジャーヴィス・ペンデルトンという紳士や同じくサリーの兄のジミーとの交際を通じて次第に大人の女性へと成長を遂げていく。とまとめてみると、小学校5年生にはわかりにくいかもしれない。
「続」(篇)はDear Enemyという題名で、ジュディが育った孤児院の院長に彼女の親友であるサリーが指名される。サリーは若い政治家と交際中で、孤児院の問題など眼中になかったのだが、差し迫った問題に直面して次第次第にこの仕事にのめり込んでいく。孤児院の顧問をしている医師が改革に熱心であるが、時としてサリーと対立する。この作品はサリーがジュディや、医師に向けて現況を書き記す手紙からなっているが、その中で医師に対してはDear Enemyと呼びかけるので、医師が当惑する。彼には実は秘密がある(ちょっと『ジェーン・エア』に似ていると書くとヒントの与えすぎになるかもしれない。正篇ではジュディが『ジェーン・エア』を読んでその感想を書きつづっている個所がある)。Dear Enemyという原題が訳しにくいので、『続あしながおじさん』という題名になっているのは察しが付く。
 児童青少年はどのような本を好むのかという問題を考えるのに、続編の方が面白いという小学生の意見は参考になる。もちろん、個々の子どもの個性や環境の違いを考える必要はあるだろうが、続編の方が面白いという意見は貴重である。しかも彼女は「孤児院の改良」というこの作品の主要なテーマの1つを的確に読み取っているから凄いのである。孤児ではなくても、子どもなりに親やその他の大人たちからこのように接してほしいという要求はあるだろう。そういうことが「孤児院の改良」への関心につながっているのではないか。この作品は20世紀初めの社会観をかなりよく反映していて、社会悪と遺伝の問題や、その当時における家庭崩壊の問題なども描きこんでいるが、その点はどうだったのか。

 実際のところ『あしながおじさん』にもジュディの目を通して社会問題への関心が描かれているのだが、見落とされがちである。さらに小学校5年生でも身近に大学生がいたりすると、大学での学生生活は関心事となるはずだが、『あしながおじさん』が描いているのは20世紀初めのアメリカの全寮制の名門女子大学(作者であるジーン・ウェブスターが学んだのはセヴン・シスターズと呼ばれる東部名門女子大学7校のうちの1つであるヴァッサー・カレッジ)の話で、日本の小学生にはあまり身近に感じられないかもしれない。先ほど『ジェーン・エア』の話を出したが、ジュディがカレッジで読む文学作品の多くがまだまだ小学生には縁の遠い作品であることもマイナス材料である。しかし、これが中学生、高校生となってくると話は別になりそうである。

 つまり、『あしながおじさん』正続には様々なテーマが織り込まれており、読者が自分の成長の過程で読み返していくうちに、気付いたり、自分の経験と結びつけることができたりして、読みが深くなるし、評価も変わっていくことが予想できる。だからこの小学生も成長に連れて自分の評価を改めるかもしれないし、そういうことを含めて読書の履歴をきちんと記録していくことは大事なことではないかと思うのである。

 さて、この記事を書くためにヴァッサー・カレッジについて調べていて、思い出したことがあり、本題とは関係ないのだが、書き添えておく。ウェブスターは1901年にこのカレッジを卒業しているが、1930年代に卒業したメアリ・マッカーシーは、その後10年近くの経験をつづった自伝的な小説『グループ』を書いた。この小説はシドニー・ルメット監督によって映画化された。大不況時代に自立の道を探って苦闘する(そうでないのもいる)女性たちをシャーリー・ナイト、ジョーン・ハケット、ジェシカ・ウォルター、キャンディス・バーゲン、ジョアンナ・ペティットといった女優たちが演じていた。懐かしい顔ぶれであり、覚えている場面が多い映画である。とくにシャーリー・ナイトの演技が印象に残っている。

 どうも脱線してしまって、石井さんの書物の内容については書き残したことが多いので、また改めて続きを書いていきたいと思う。
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