『太平記』(45)

5月17日(日)晴れ

 元弘3年(1333年)2月、楠正成の立て籠もる千剣破城(ちはやのじょう)を幕府方の大軍が囲んで、何度か攻撃を仕掛けたが、正成は智略をもって撃退した。大塔宮配下の野伏たちが道を塞いで兵糧を絶ったため、さしもの大軍も脱落者を出してその勢いを失い始めた。

 包囲軍のなかに上野の国(群馬県)の住人で新田小太郎義貞という武士がいた。源氏の棟梁であった八幡太郎義家の血筋を引く由緒ある家柄の出身であったが、鎌倉幕府の実権を桓武平氏の流れである北条氏が握る世の中となり、不本意ながらその指示に従って、この戦いに参加していたのである。
 
 しかし、思うところあって、執事(武家の家政を取り仕切る家老)である船田入道義昌を呼び寄せて次のように述べた。「古へより、源平両家朝家(ちょうか)に仕へて、平氏世を乱る時は、源氏これを鎮め、源氏上を侵す日は、平家これを治む。義貞、不肖なりと云へども、当家の門楣として譜代弓箭の名を汚せり。しかるに今、相模入道の行迹を見るに、滅亡遠きにあらず。われ本国に帰つて義兵を挙げ、先朝の宸襟を休め奉らんと存ずるが、勅命を蒙らでは叶ふまじ。いかがして大塔宮の令旨を給はつて、この素懐を達すべき」(345ページ、昔から源平の両家が朝廷につかえて、平氏が世を乱すときは、源氏がこれを鎮め、源氏が朝廷に叛くときは、平家がこれを討伐した。義貞は不肖者ではあるが、源氏の棟梁として代々続く武名を継いでいる。ところが現在の相模入道=北条高時の行状を見ると、滅亡は遠くなさそうである。自分は本国に帰って、正義のための兵(鎌倉幕府討伐の兵)を挙げ、先帝の御心をお慰め申し上げようと思うが、天皇のご命令をいただかなければ兵は起こせない。何とかして大塔宮の令旨をいただいて、この年来の志を遂げたいものだ)。
 武士たちの間には源平両家が武臣として朝廷につかえて政治を動かし、もしその政治に非があれば交代すべきであるという考えが浸透していたようである。平家の繁栄の後に源頼朝がこれを倒して鎌倉幕府を開いたが、その後、北条氏が執権として幕府を動かすようになった。(この後の室町幕府は源氏の血を引く足利氏、それを倒した織田信長は平氏を自称し、徳川家康は源氏=新田氏の子孫を称していた。) 新田氏は八幡太郎義家の血を引く名門ではあるが、同系の足利氏が鎌倉幕府で重んじられ、源氏の嫡流扱いをされているので、ここで何とかしなければならないという意識があったのであろうと思われる。相談を受けた船田入道はなかなかの知恵者であった。

 船田は、大塔宮はこの近くに潜行されているので、私が策略をめぐらして連絡をとり、令旨をいただきましょうと請け合う。彼は配下の者を野伏に変装させて夜中に葛城山に登らせておき、自分は戦線から離脱して故郷に帰る武士の様子をして早朝の霧のなかを進んでいき、かねて打ち合わせて置いた通りに、変装させておいた配下のものと小競り合いを演じていた。すると、宇多、内の郡の野伏たちが、これを見て、戦っている野伏たちに加勢しようとやって来たので、それを11人も生け捕りにした。そして、おまえ達を捕まえたのは、討伐するためではなくて、大塔宮と連絡をとるためであると本心を打ち明ける。すると捕虜になった11人のうちの1人が、そんなことは簡単で、令旨を貰ってくるといって去っていく。

 そしてこの男が戻ってきたので見ると、令旨ではなく帝の綸旨(勅旨を受けて蔵人の発給する文書)の形で書かれた文書を携えていた。そして後醍醐天皇のお言葉として、北条高時とその取り巻きたちが朝廷の法規をないがしろにし、好き放題の乱暴を働いている。積み重ねた悪行は頂点に達し、天罰は既に下ろうとしている。ここで、倒幕の兵を起こすことは天皇のご心労を安らげようとして、義兵を起こすと聞いた。このことに天皇は深く感じ入っておられ、成功の暁には多大の褒賞を与えるであろう。すぐに行動を起こすべきであるというようなことが書かれていた。後醍醐天皇(厳密に言えば前天皇)は隠岐の島にいらっしゃるので、大塔宮がこのような文書を発給するのは越権行為であるが、この時はそれほど問題になっていない。とにかく、この文書は義貞の名誉を大いに重んじた体裁と内容であったので、彼は喜んで、仮病を使て陣営から引き上げ、本国へと帰っていった。

 次第に包囲軍の兵力が減ってきたので、六波羅は改めて宇都宮公綱とその配下の紀清両党の約1,000騎の兵力を派遣した。新たに加わった精鋭部隊なので、城の堀の近くまで攻め上り、厳しく攻め立て、城の防備を次第に破壊しはじめる。それどころか、城の立てられている山を少しずつ掘り崩し始めた。もともとからいた兵士たちははじめからこのようにして攻めていればよかったものをと後悔したのだが、それにしても山は大きいので、なかなか掘り崩せないでいた。

 今回はいよいよ、新田義貞というこの物語の主要登場人物が登場した。本拠である上野の国に引き上げた彼は第10巻になってまた登場する。楠が大軍を引きつけて奮闘していた間に、各地で宮方に心を寄せる武士たちが兵を起こし始める。いよいよ物語は大きく動いていくのである。 
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