ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(2)

5月12日(火)晴れたり曇ったり、夜になって雨が時々強く降りだす

太陽は既に水平線に達し、
その太陽を通る天球の子午線は
頂点でエルサレムを覆っている。

そして夜は太陽の反対側をめぐるため、
天秤座をたずさえガンジス川から出ようとしていた。
夜の方が長くなればそれも夜の手からこぼれ落ちる。

こうして、私のいた場所では、
白から紅(あか)へと染まった麗しい曙の女神の頬は、
成熟したために黄色い輝きになっていった。

私達は、まるで進む道を決めあぐねて
心では歩み、体は留まっている人々のように
まだ浜辺にたたずんでいた。
(32-33ページ) 当時の地理学ではエルサレムは北緯約32度、東西の中央付近にあり、その反対側に煉獄山、東の果てにはインドのガンジス川、西の果てにはスペインのカディスがあるとされていた。新大陸はもちろんのこと、中国も日本もヨーロッパの人々の世界の中には含まれていなかったのである。また春・夏には、太陽は天秤座から登るため、その反対側にある夜も同じ星座から現れると注記されている。地獄の旅を終えて煉獄山の麓に達したダンテとウェルギリウスは、目の前の風景の美しさに目を奪われて、なかなか次の行動に移れないでいる。

 すると、彼らは海をわたって近づいていくる船が見える。この船を操っているのは天使であり、地上のどのような船もかなわないような速さで、天使の翼の力だけで進んでいるのである。
空から遣わされた渡し守は船尾にいらした。
それを写した絵を見るだけで祝福がもたらされるような姿だった。
そして中には百をも越える霊が座っていた。

「イスラエルがエジプトを脱する時に」
それに続けて皆が声を合わせて
讃美歌の書かれている限りを斉唱した。
(36ページ) これらの霊は生前に犯した罪を清め、天国に向かうために、煉獄での試練を受けるのである。「イスラエルがエジプトを脱する時に」は旧約聖書の「詩篇」1113.1の句。この歌はエジプトにとらわれていたユダヤ民族がモーゼに率いられて脱出したことを祝福するものであるが、ここでは、罪に堕ちやすいはかない肉体を離れ、神の祝福に向けて出発した人々の魂を祝福する歌となっている。くしくも、ラブレーの『第四の書 パンタグリュエル物語』の中でパンタグリュエルの一行が航海に旅立つときにこの句を歌う。

 船に乗っていた人々は、ダンテとウェルギリウスに向かって、煉獄の山に向かう道を尋ねる。するとウェルギリウスは自分たちも彼らと同じ巡礼者であると答える。船から降りた人々はダンテがまだ肉体をもつ人間であることを知って驚く。そして彼の近くに集まる。ダンテは人々の群れの中に、旧知の音楽家であるカゼッラの姿を認める。

 二人は旧交を温め、ダンテはカゼッラに自分たちを慰めるために歌を歌うように求め、カゼッラは「知性の中で私に語り掛ける愛神は」(42ページ)とダンテの哲学的な抒情詩に節をつけて歌い、彼の歌に人々が聞き惚れていると、煉獄の番人である小カトーが現われる。そして、一行がすぐに煉獄山に向かうようにと促す。集まっていた人々は散らばって、山のほうに向っていった。

私達の出発もそれに劣らず慌ただしかった。
(44ページ) ダンテの詩がカトーの出現によって中断されたことは、この詩の中に表現されたダンテの「哲学」の力で人間は幸福を得られるというかつて抱いていた思想を彼自身が否定・克服しようとしていることを示す。煉獄の旅は彼にどのような経験と思索を与えるのであろうか。
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