ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(1)

5月5日(火)曇り後晴れ

澄みわたる海原を走ろうと
今、我が才の小船は帆を上げて、
あれほどまでに酷い海を後にする。

あの第二の王国について私は歌おう。
そこで人類の霊は自らを清めて
空へと昇るのにふさわしくなる。

死に伏していた詩よ、ここに再び立ち上がれ、
おお、聖なる詩の女神たちよ、私はあなた方の僕(しもべ)であるゆえ、
そしてカリオペーよ、ここでいくらかでも起きてくれ。
(18ページ) 
 ダンテとウェルギリウスは1日のうちに地獄を通り抜けた。時は1300年の4月10日、復活祭の日の早朝である。彼らは煉獄に向かう。煉獄とは、12世紀の後半以降になって出てきた考え方であると翻訳者である原さんは注記している。キリスト教では本来死後の世界は天国と地獄に分かれていた。それは世界が貴族とそれ以外の人々の2つに分けられていたことを反映するものであるという。しかし、都市と市民階層の勃興によって社会が三分されるようになると、死後の世界も天国、煉獄、地獄に三分されるようになった。市民階層の代表者であるダンテにとって、高貴とは、血統でも、教皇に代表される聖職として神に近いことでもなく、生き方の問題として捉えられるようになった。それゆえ、死後の世界における高貴さの判定も複雑になり、生前に犯した罪を償い、天国への道を開く煉獄という考え方が意味をもつようになる。煉獄という新しい贖罪の場を設けることにより、人間の生前の行為はその複雑さにふさわしい死後の裁きを得ることになり、そして不完全な人間の生は、煉獄によってより完全に近づく可能性を与えられることになる。
 この『煉獄篇』の中で、ダンテは「地獄のような現実の中で、人は個人としていかに生きればよいのかを考察している。このために、『煉獄篇』には彼のよく知る人々が数多く登場し、それゆえに<友情の篇>という別名をもつことになった」(7ページ)と原さんはこの篇の翻訳を始める前に掲げられた文章の中で述べている。
 文中、「酷い海」は地獄、『第二の王国』は煉獄、「死に伏していた詩」は魂の死を扱った地獄の詩と、あるべき崇高な文体から逸脱し、死んでいる詩の両方を意味しているという。そしてダンテは、叙事詩の伝統に従ってギリシャの詩の女神ムーサに自分の詩業の前途の成功を願う。ムーサ(英語ではミューズ)は文芸・音楽・舞踊・哲学・天文学など人間の知的活動を掌る9柱の女神で、そのうちのカリオペーが叙事詩を掌っている。

東洋の青玉の清々しい色が、
水平線まで透き通る大気の
静謐な表情の中に広がり、

私の目に再び喜びを与えはじめた。
それは目と胸を苦しみに塞いでいた死の空気から
私が外へ抜け出してすぐのことだった。
(19ページ) 東洋の青玉(オリエンタルサファイア)は神の怒りを鎮める、邪悪な物の見方を消す、あるいは囚人を牢獄から解放する力を持つと中世には考えられた石であり、この石の色をまとった空が神との和解を示していると注記されている。とにかく、『地獄篇』の重苦しい空気から抜け出した読者にとって安堵を感じさせる詩行である。

 ダンテの世界像では丸い地球の北半球に人間の住む世界があり、南半球はその海の中に煉獄山がそびえたっていると考えられていた。それまで煉獄は地獄と同じく地中にあると考えられていたのを、ダンテは南半球にあるとしたのである。

私のすぐそばに見知らぬ老人が見えた。
ただ一人屹立し、いかなる息子も父に抱くことはできないほどの
大いなる尊敬を受けるに値する容貌だった。
(20-21ページ) この老人は小カトーと通称されるマルクス・ポルキウス・カトー(前95-前46)であった。彼はローマの共和制を守ろうとしてカエサルに対抗し、敗れて自殺したのであるが、多くの部下の命を守り、自分の理想に忠実な生き方(死に方)を選ぶというストア的な信念に殉じたことにより、煉獄の守護者としての地位を与えられているのである。

 彼の質問に対し、ウェルギリウスが彼らに与えられた使命について語り、小カトーはその説明を聞いて、2人に浜辺まで降りて、地獄で汚れた顔と目を洗い、謙譲の徳を示す葦を腰に巻いて煉獄山を目指すように指示して姿を消す。
ちょうど、見失った道へと戻るもの、
そして道に戻るまでの歩みを無益に思うもののように、
私達は人気のない平野を進んでいった。
(29ページ) そしてウェルギリウスは葦を引き抜いてダンテの腰に葦の帯を巻いたが、抜いたそばから葦が生えてきたことにダンテは目を奪われる。 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR