福原正大『世界のエリートはなぜ哲学を学ぶのか? 桁外れの結果を出す人の思考法』

5月4日(月)晴れ(だんだん雲が多くなってきたが、曇りとは言えないだろう)、風が強い

 5月3日、福原正大『世界のエリートはなぜ哲学を学ぶのか? 桁外れの結果を出す人の思考法』(SB新書)を読み終える。著者のいっていることに賛同する部分は少なくないが、違和感を感じる部分もかなりある。

 日本の教育制度のなかでは、哲学は普通、大学以上の段階で教えられる。哲学を専門とする学科や講座もあるが、教養段階での主要な科目として位置づけられているし、大学や短大を設置する際にその専門領域にもよるが、授業を解説しなければならない科目の1つとなっているようである。その一方で高校では「倫理」はあるが、哲学はない。著者が留学したフランスのリセ(高校)では、その最終学年が哲学級と称せられているように、哲学教育が行われ、それはバカロレア試験の受験科目の1つでもある。そこでは、何を結論したかではなくて、どのような筋道で考えを勧めたかが重視されているという。

 わが国で、受験競争、とくにそれを克服するという大義名分のもとに導入されたセンター試験が「正解はただ一つ」(→真理はただ一つ)という思考の柔軟性の観点からいえば好ましくないイデオロギーを日本中に充満させ、日本人の思考力の低下を結果的にもたらしていることの弊害は識者からしばしば指摘されてきたことである。この書物が正解が必ずしも1つとは限らない、あるいはまったくわからない問題を考えることの必要性を説いていることは大いに評価できる。センター試験体制のもとで、著者が言うとおりかなり多くの場合、哲学(倫理)教育は哲学史の教育になり、固有名詞や学説名をどれだけ正確に記憶しているかが問われることになる。

  この本は、教育制度全般(幼稚園からでも必要だとはいわれているが、特に高校段階)における思考力の教育としての哲学教育の重要性を説く書物である。題名にあるとおり、社会の指導者となるような学生・生徒に対する哲学教育の重要性が強調されている。哲学には大きく分けて、存在論、認識論、実践論(倫理学)の3つの領域があるが、日本の教育制度のなかでは倫理学が強調されてきたのに対し、ここでは認識論つまりはさまざまな領域における思考と思考力の問題が強調されているのである。哲学とは人生について考えることだという伝統的な教養主義が比較的簡単に切り捨てられている。

 先日、朝日新聞の世論調査の結果を見ていたら、日本における教育格差が拡大しているという意見が多数を占めているという結果が出ていた。しかし、「教育格差が拡大している」というのはどういうことだろうか。家庭間の所得の格差がより上級の教育を受ける際の有利・不利に反映されているというようなことであろうか。学校教育というのは基本的には児童生徒個々人の能力・適性によって、その最終段階や種目が決定されるものであって、それにふさわしい能力もないのにいたずらに高学歴を求めたり、逆に勉強したいことがあるのにその専門領域が勉強できないというようなことがあってはならないのである。その意味で、現在の日本の教育には様々な不都合が生じているらしいことは推測できる。しかし、物事を厳密に突き詰めずにムードだけで事態を判断していく姿勢は好ましくないし、それを煽るような世論調査の手法も賛同できない。世論調査というような重要な局面で厳密な思考がなされていないことに、背筋が凍る思いがする。

 私がこの書物に対して賛同できることというのは、哲学の主要な領域を思考力の教育においているということであり、賛同できないのは、哲学の教育はエリートだけに必要だと考えているように思われることである。ブラック企業に就職しない、自分たちの労働者としての権利を守る、政治家の発言のウソを見抜く、おれおれ詐欺にひっからないというようなことは一般庶民にとって必要な哲学的思考力であって、エリートだけが賢明な思考によって庶民を導けばよいなどとは言えるのであろうか。
何歩か譲って、世の中にはエリートと大衆がいるとしても、大衆にはより賢明なエリートを選択する知恵が必要であり、今の日本ではそのような知恵が実現されているとはいいがたいのが実情ではなかろうか。

 ということで、著者が各地で展開している哲学的な思考を広めるための塾の成功を期待する一方で、それだけでは日本の将来は決して明るくならないであろうと危惧するものである。
 
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哲学

 一般庶民にこそ哲学が必要なのだというのは、そのとおりだと思いました。
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