三浦しをん『舟を編む』

3月24日(火)晴れ

 三浦しをん『舟を編む』(光文社文庫)を読み終える。光文社から出ている雑誌Classyの2009年11月号から2011年7月号にかけて連載され、その後2011年に同社から刊行され、映画化もされた作品であるが、見ようと思っていた映画を見逃がし、やっと文庫本になったのを読んだ次第で、あまり自慢できるつき合い方ではない。すでにご承知の方も多いと思うが、この小説は国語辞書の作成過程を題材にしており、そのことで興味を持ってきたのである。以前から書いているとおり、私は国語辞書よりも英和辞書の方に興味があるという人ではあるのだが、国語辞書にもそこそこの興味は持っているのである。

 大手総合出版社の玄武書房に務める荒木公平は辞書作りに生涯をささげたいと思って入社、37年間この道一筋に仕事をしてきた。辞書編集に情熱を傾けている学者の松本先生と二人三脚で多くの辞書を世に送り出してきたが、間もなく定年で退職という時期を迎えた。もう1人の辞書編集部員である若い西岡はどうも頼りにならない。何とか自分の仕事を引き継いでくれる部員を確保したい。それが社員として最後の仕事だと考えた。辞書編集部員としてうってつけの人材がいるという情報を持ってきたのはフットワークが取り柄の西岡である。

 その社員――馬締(まじめ)は名前通りの変わり者で、言葉についての感覚が鋭く、また物事を整理する才能に長けている。ただ、どうも頓珍漢なところがあり、それまで社内での影は薄かった。荒木、それに松本は、馬締の潜在的な能力に注目し、新しい辞書『大渡海』の企画を進行させようとする。

 物語は、名前通りまじめで、あまり世慣れないが、辞書編纂への適性をもっている馬締光也が、辞書編集者として成長していく過程を、10年以上の年月をかけて国語辞書『大渡海』がやっと出版される過程に重ねて描くものである。その過程で、辞書作りの様々な作業や工程が描きだされ、日ごろ何気なく使っている辞書の裏側にある努力を覗かせてくれる。

 馬締は早雲荘という下宿屋の1階に住んでいるのだが、その住人は彼1人になっていて、大家さんであるタケおばあさんと飼い猫のトラとの暮らしが続いている。もともと他の住人達が住んでいた1階の他の部屋は、すべて馬締の蔵書で埋め尽くされているという本好きである。ところが、タケおばあさんの一人暮らしを心配した、板前修業中の孫の香具矢(かぐや)が上京して同居することになったので、馬締が落ち着かなくなる。

 もともと雑誌連載小説であったためか、登場人物が入れ替わったりして、物語は一区切り、一区切りずつ進んでいく。それほど大きな波乱はないのに、どんどん先を読みたくなるのは、あまり器用とは言えないが、一つのことに一生懸命取り組んでいる人々への作者の温かいまなざしへの共感に加えて、やはり辞書作りの舞台裏への興味からであろうか。もう一つ感じられるのは、三浦しをんさんの作品にはどこか隠れ里的な場が設けられていることである。この作品では、馬締は早雲荘という隠れ里的な下宿屋に住み、職場である辞書編纂部は玄武書房の本館に比べると別世界のような場所であり、そのことがこの作品の人間的な温かみを支えているようにも思われる。

 ただ一つだけ気になったのは、終わり近くにある松本先生の台詞「『オックスフォード英語大辞典』や『康煕字典』を例に挙げるまでもなく、海外では自国の辞書を、国王の勅許で設立された大学や、ときの権力者が主導して編纂することが多いです」(281‐282ページ)で、『オックスフォード英語大辞典』と『康煕字典』の編集過程を同一視できるのかとか、時の権力者が主導して編纂することが多いですと言い切れるのかとか、それぞれについていろいろと反証を考えているところである。
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