吉田健一『汽車旅の酒』

3月21日(土)曇り

 吉田健一『汽車旅の酒』(中公文庫)を読み終える。吉田健一(1912-1977)の鉄道旅行とそれにまつわる酒・食のエッセイを独自に編集し、短編小説2編「東北本線」「道端」、吉田とその師である河上徹太郎が毎年出かけていた金沢→灘という旅行に随行していた観世栄夫による解説的な回想「金沢でのこと」を収録したちょっと贅沢な文庫本である。昨年、吉田についての研究書(大部であり、高価なので残念ながら求めていない)を出版した長谷川郁夫さんがさらに解説を書いている。至れり尽くせりである。

 吉田は日本の戦後の復興と国際的な地位の回復に尽力した吉田茂の長男であり、父親が外交官であった関係から若いころから海外での経験を積んだが、文学を志してケンブリッジ大学を中退、英語、フランス語に堪能であることからと翻訳、評論、創作と多岐にわたって文学活動を展開した。おやじさんが首相をしている時に、息子は闇屋や乞食のまねごとをしたというのは一種のパフォーマンスであろうが、父親とは何かとそりが合わなかった。

 とはいうものの、親子二代にわたり(吉田の岳父である牧野伸顕まで入れれば三代にわたり)英国びいきであった。ただ、父親の茂が英国の工業化の進展や道路の整備に目を奪われたのに対し(そういうことでは現代の日本は英国を追い抜いている)、息子の健一は英国の文化や生活の豊かさ(日本にも独自の豊かさはあるが、この点ではまだまだ学ぶべき点は少なくない)に関心をもったようである。父親は外交官として英国人と表面的な付き合いしかしていなかったのに対し、息子の方は友達付き合いから相手の本音にかなり迫ったということかもしれない。同じものを眺めながら、その表の方を見るか、より中に立ち入ってみるかという違いが感じられる。それが世代差ということかもしれない。

 吉田が生活に窮乏したと言いふらし、闇屋や乞食のまねごとをしたことは既に書いたが、これは一種の贅沢貧乏、めざしと沢庵で頑張れば十分やっていけるところを、ステーキを焼いて食べていたから金がなくなったというようなことらしい。ただし、金のかかる、高いものだけを好んで食べていたということではないようである。「道草」というエッセーでは駅の構内の立ち食い蕎麦を食べる楽しみについて、あるいはスタンドの生ビールを飲む楽しみについて触れている。食べて(飲んで)いるうちに列車が発車しないかというスリルを味わい、さらに食べ(飲み)終わってまだ時間があることがわかったときの楽しさを語る。どうも吉田は時間をぜいたくに使いたがっているように思われる。同じエッセーの中で「どうも、道草をして、旅に出ている気分になるには、飲んだり、食べたりに限るようである」(27ページ)と書いている。さらに、「老後」の楽しみについて予想するエッセーの中で、「酒というものは時をたたせるのに適している」(148ページ)、「酒の次に旅というものがあることになる」(149ページ)と書いていて、酒を飲むこと、旅に出ることが吉田にとって時間を過ごすための最良の方策であったことが知られる。米どころの新潟、山形を旅しながら、酒ばかり飲んでいたためにほとんど米の飯を食べなかったことを残念がって、今度出かけるときは米の飯を食おうと思うのだが、一向に実現しないなどと書いて、それでも少しは食べたと書き添えている(「東北の食べ物」)のは御愛嬌である。吉田が旅先でどのように時間を過ごしていたかについては観世の一文が詳しい。

 そうは言いながら、「日本料理は世界で一番うまいという説をどこかで読んだことがあって、もちろん、これは愚劣である」(「駅弁のうまさについて」、125ページ)とも語る。新鮮な素材がふんだんに得られる日本で発達した料理と、そういう材料の入手が困難なフランスの料理とでは手の掛け方が違う。さらに料理の背後にある文化の違いも考えなければならないと、単純な優劣の比較を戒めている。現在の日本では食材の入手が全く違ってきているから、話はもっと複雑になるかもしれない。その割には単純な比較が行われ過ぎているようにも思われる。吉田がこの現状をどのように考えるか、知りたいものである。

 短編小説「東北本線」で主人公が列車の中で出会う見知らぬ大男はギリシアの話をして、「あの海が葡萄酒の色になるのは夕日に染められてなんですよ」(168ページ)と、ホメーロスの叙事詩の中の海の描写について、自己の見聞をもとに意見を述べる。その見聞はおそらく吉田自身のものであったのだが、時間つぶしの旅行がもたらす見聞がどのような知恵を人間の身につけさせるかを語っているようにも思われる。

 国内旅行も国際旅行も高速化しただけでなく、吉田が書いているように旅に出てしまえば仕事は追いかけてこないのではなくて、通信網の整備により作家は旅先でも原稿を書かなければならないようになってしまった。長距離列車の食堂車は姿をけし、寝台車もまれになった。駅弁の販売の形も様変わりしている。吉田が愛したような時間の過ごし方はますます難しくなっているのだが、それだけにこの本に収められた文章の魅力は増しているのではなかろうか。 
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