杉山正明『露伴の『運命』とその彼方』

3月20日(金)曇り

 3月19日、杉山正明『露伴の『運命』とその彼方』(平凡社)を読み終える。「歴史屋のたわごと」と題された「歴史語り」シリーズの第2弾。

 幸田露伴が1919(大正8)年に発表した『運命』は中国の明時代の初期、太祖洪武帝の帝位をついだその孫の建文帝に対し、燕王(後の世祖永楽帝)が反乱を起こし、帝位を奪うという内乱=靖難の変)を描く。帝都である南京が落城した際に、建文帝は宮中で自殺せずに僧侶に身をやつして脱出、天寿を全うしたのみならず、その晩年には宮中に復帰したという伝説を取り上げたもので、建文帝の生存が歴史的な事実か否かと関連して、小説か史伝かと議論が続いている一方で、この書物に引用されている谷崎潤一郎の発言のように「まさに小説以上の小説、小説にして叙事詩を兼ね、史伝を兼ねてゐるもの」(13ページ)として、文学的に高く評価されてきた。その一方で歴史学の立場からも無視できない書物と評価する学者がいる。その代表格が旧制新潟高校、戦後は新潟大学で教えていた植村清二であり、この作品が最後の方で中央アジアを拠点にその勢力範囲を広げたティムール(タメルラン)について触れ、彼が明の討伐をくわだてていたこと、そのことと関連して、傅安とシルトベルゲルという東西交渉史上重要な役割を演じた2人の人物についても言及していることを高く評価している。つまり、『運命』は中国の出来事を描くと見せて、実はその背景として中国と中央アジア、さらにはユーラシア全域の歴史的な動きをその視野に入れているというのである。

 杉山さんのこの書物は、歴史家として植村のこの評価を継承し、ティムールによる征服戦争が14世紀末から15世紀にかけてのユーラシアの各地域に及ぼした影響を探り出す。1402年にティムールはアンゴラの戦いにおいて、当時勢力を拡大しつつあったオスマン・トルコのバヤジトⅠ世と戦い、勝利を収めてバヤジトを捕虜とする。このためにオスマン・トルコは11年間にわたる空位期間、事実上の滅亡状態に陥ることになる。この知らせを受けてイベリア半島の新興国カスティーリャ王国の青年王エンリケⅢ世はティムールのもとに2人の下級貴族を派遣、彼らが使命を果たしてティムールからの使者を伴って帰国したことから、側近であるクラビーホのルイ・ゴンザレス(と、杉山さんは書いているが、スペイン語の発音ではゴンサレスになるのではないか)らをティムールのもとに派遣、この使節団による見聞が『ティムール帝国紀行』として今に残っている。

 ティムールによる版図拡大は、オスマン・トルコだけでなく、エジプトを本拠とするマムルーク朝との対立ももたらしたが、この際に「かたや世界史上でも屈指の驍勇にして恐るべき征服王といっていいティムールと、かたや人類史上でも突出した歴史家にして思想家・文明史家というべきイブン・ハルドゥーンのふたり」(68ページ)が会見するという出来事があり、この経緯がハルドゥーンによって書きとめられることになる。

 さらにティムールはフランス王シャルルⅥ世に対して書簡を送り、その第1書簡は現在も国立図書館に所蔵されているが、アラビア文字ペルシャ語で書かれている。書簡を受け取ったときの当時のフランス宮廷の反応については記録が残っていないが、時を隔てて19世紀になって、当時のフランスの指導的な東洋学者であったアントワーヌ・イサーク・シルヴェストル・ドゥ・サシが研究して、論文を発表する(杉山さんも触れているが、サシはエジプト象形文字の解読者として知られるシャンポリオンの師である)。

 ヨーロッパ諸国に対しては友好的な姿勢も見せたティムールであったが、明に対しては挑戦的で、1404年に老齢を押して遠征軍を組織する。しかしその途中で死去し、ティムールと永楽帝とが対決することはなかった。しかし永楽帝は都を北京に移しただけでなく、北方への遠征を繰り返し、モンゴリアの楡木川(ゆぼくせん)で不慮の死を遂げることになる。「主人公ふたりのあいつぐ死もあり、ユーラシア東西二大勢力による正面激突の図式は、ついに実現することはなかった」(196ページ)。

 この後の世界では一方で火薬と火器の普及、他方で大航海時代の到来により、遊牧騎馬軍団が世界を暴れまわる時代は終わることになる。そのような陸上騎馬戦力による征服戦争を成功させた最後の人物がティムールであったといえる。「ティムールは、まさに「時代」というものをきわめて大きなスケールで回した人物であった」(200ページ)。
 
 杉山さんはこの時代の寒冷な気象や疫病の影響などグローバルな天変地異も視野に入れながら、歴史学研究が中国史、西洋史などといった枠に閉じこもって相互の影響関係に関心を向けないことを批判し、独特の語りを展開している。この点は露伴の、また植村の衣鉢を継ぐものであるといえよう。靖難の変は実は日本とも無関係ではなく、露伴はそのことを含めて『運命』を書いているので、未読の方は是非目を通してほしい。本当のことを言うと、私は若いころに勢いに任せて『運命』を読んだことはあるが、年をとってくると露伴の格調の高い文語文がうっとうしくなってなかなか読めないでいる。何事も勢いというのは大事であるのかもしれない。

 杉山さんは歴史学者としての立場から『運命』を出発点としてユーラシア大陸の東西交流史の一局面を語って見せたが、『運命』はいろいろな読み方のできる作品である。私としては文学史・比較文学的な興味から読んでみたいと思うのだが、すでに書いたように、どうもこの作品を読むのが億劫になっていて、口で言うだけに終わる可能性が大きいとあらかじめ言い訳をしておく。
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