日記抄(3月12日~3月18日)

3月18日(水)曇り

 3月12日から本日の間に経験したこと、考えたことなど:
3月12日
 NHKラジオ「まいにちドイツ語」応用編『黒猫イクラと不思議の森』にはエリーザベト・マリー・フォン・エースタライヒが登場した。皇帝フランツ・ヨーゼフと皇妃エリーザベト(シッシー)の孫、帝国皇太子ルドルフとベルギー王女シュテファニーの一人娘として生まれた彼女は、祖母の暗殺、父親の死という不幸な事件を経験して育った。17歳の時に、10歳年上のオットー・ヴィンディッシュ=グレーツ伯爵と舞踏会で知り合い、恋に落ちたが、皇帝フランツ・ヨーゼフは両家の格式の違いを理由に反対、結局、彼女が帝位継承権を放棄することを条件に結婚することができた。ところが第一次世界大戦中に結婚生活が破たんし、1919年に離婚調停が始まる。その過程で知り合ったオーストリア社会民主党の政治家レオポルト・ペツネックと恋に落ち、やがて社会民主党に入党して「赤い皇女(Die rote Erzherzogin)」と呼ばれるようになった。その後、1934年の社会民主党の非合法化と、1938年から1945年のナチスによるオーストリア併合という苦しい時代を2人は乗り越え、1948年にエリーザベトの離婚が裁判所によって認められると、2人は結婚した。エリーザベトは社会民主党員としてその生涯を終え、遺言により財産は国家に「戻され」たが、彼女がヴィンディッシュ=グレーツ伯爵との間に儲けた子どもたちは、彼女に親権があったにもかかわらず、ヨーロッパの旧貴族としてその生涯を送ったようである。

 NHKラジオ「まいにちイタリア語」応用編「雛祭り」を取り上げた。1週間早く放送してもよかったのではないかと思う。Le bambole che si espongono durante lo hina matsuri si chiamano hina ningyô e i loro vestiti imitano i costumi dell'aristocrazia Heian.Non sono però riproduzioni fedeli dello stile di epoca Heian: i capelli sono acconciati in una forma in uso in epoca Edo. (雛祭りで飾られる人形を「雛人形」と呼びます。雛人形の衣装は平安貴族の装束を模しています。ただし平安時代の様式を忠実に再現したわけではなく、髪型は江戸時代に完成された形に結い上げられています。
 最近の若い女性が和装する場合、髪型はそのままにしている例が多いように思われる。バブル経済の時代には、東証の大発会の前など、証券会社の女性社員が早朝から美容院を予約して日本髪姿で出かけるという話がよく聞かれた。そういうふうにして、風俗は変わっていくのかなと思う。

3月13日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Graffiti Corner"に出てきた表現。
As I said before, I never repeat myself.
(前に言ったように、私は決して同じことを繰り返して言わない。)
「言ってるじゃないか!」と突っ込む人がいる一方で、以前に言ったことを忘れてしまっている人もいるのが現実であろう。

3月14日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」ではポロを取り上げた。4人1組で1チームとなり、馬に乗って木(プラスティック)の球をマレットと呼ばれる木槌で打って、相手のゴールに入れるというスポーツである。スティーヴ・マックィーンとフェイ・ダナウェイが主演した『華麗なる賭け』の中でマックィーンがポロをやっている場面があったと記憶する。
It's actually quite exciting to watch. (実は見ていてかなり燃えるスポーツなんだぜ。)
 講師の柴原さんは「イギリスに滞在していた時にしみじみと感じたのは、階級社会が今も残っていて、スポーツの好みなども階層ごとに明確に分かれている、ということです」と書いているが、そういう意味でポロは上流階級のスポーツであろう。
 そういえば昔、大リーグ野球のジャイアンツがニューヨークに本拠地を置いていたころに使用していたのがポロ・グラウンドで、もともとポロの競技場として使われていたところだったとのことである。ヤンキーズ、ジャイアンツ、ドジャーズという3つの球団がニューヨークにあったころのファン層は、ヤンキーズがミドル・クラス、ジャイアンツがローワー・ミドル・クラス、ドジャーズがローワー・クラスと階級的に分けられていたという。スポーツの好みと社会階層の関係といってもなかなか複雑である。

3月15日
 NHKラジオの朗読の時間の再放送で菊池寛の「蘭学事始」を聞く。この作品についてはまた書くこともあるだろうと思うが、最近、前野良沢について考えていることがあるので、ちょっと書いておく。良沢がオランダ語の勉強に熱中して本業である医師の仕事を顧みないので、同僚である中津藩の藩医たちが藩主の奥平昌鹿に文句を言いに行った。すると、昌鹿が「捨て置け、彼奴はオランダの化け物じゃ。お前たちが医業に務めるのは職務であるが、良沢がオランダ語を勉強するのも仕事のうちであるぞ」というようなことを言って良沢をかばった。それだけでなく、オランダ遊学を援助したり、オランダの書物を買い与えたりした。このことを誉れとして良沢は蘭化(オランダのばけもの)と号した。この話は森銑三の『オランダ正月』で読んだという記憶があるが、定かではない。
 さて、この昌鹿であるが国学者で、田安宗武に師事した。田安宗武は徳川吉宗の次男、松平定信の父親であり、国学を賀茂真淵に学んだ。著書などはあまり残さなかったが、時に鋭い洞察を示したようである。その国学への関心は定信にも伝わったようであるが、その一方で青木昆陽に命じて蘭学を学ばせた父親のオランダへの関心も心のどこかにあったのではないか。宗武が昌鹿に父親のオランダへの関心について語ったと想像するのは自然なことであり、あるいは青木昆陽の晩年の弟子である前野良沢の名も2人の会話の中に登場していたかもしれないのである。

3月16日
 ぎりぎりで国税の確定申告を済ませる。疲れた。

3月17日
 NHKラジオまいにちドイツ語に出てきた表現:
So können Sie Ihre Sorgen vergessen.
(心配事も忘れられますよ。)
そうなると、いいのだけれど、さて、どうなるか。

3月18日
 NHKラジオ英会話で番組がほとんど終わって遠山先生とケイティー、ジェフの2人のパートナーが雑談している部分で、遠山先生がTomorrow is another day.といった。ご存知の方も多いはずであるが、『風と共に去りぬ』の最後を締めくくるスカーレット・オハラの言葉である。日本ではしばしば「明日は明日の風が吹く」と訳されているが、むしろ「忘れて日が暮れりゃあ明日になる」の方がぴったりくるような気がしてならない。

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