黒田龍之助『寄り道ふらふら外国語』(3)

3月17日(火)晴れ、温暖

 ドイツ語専攻の学生には外国語が好きで、ドイツ語以外の外国語も積極的に勉強している例が多いという。黒田さんはそのことに好感をもっている。その一方で、世間一般のドイツ語に対する見方は偏っているのではないか。「サッカー王国の言語、EU優等生の言語、環境保護に熱心なエコの国の言語。定番中の定番ばかりが前面に押し出され、その視野はごく狭い」(98ページ)。さらにドイツ語の先生についてみると、当たり前の話だがドイツが大好きで、その一方でスイスやオーストリアに関心があることは少なく、「とくに旧西ドイツ地域に熱い視線を注ぐ。その代り、その範囲内のことは徹底的に知り尽くしていて、その知識量はものすごい」(99ページ)という。私もドイツ研究者は何人か知っていて、その徹底ぶりにはいつも感心している。それはそれで結構なことであると黒田さんは考えている(私もそう思う)。

 しかしながらドイツ語の魅力は、「その深さだけでなく、広さにもあるのではないか」(同上)と黒田さんは言う。普通に考えられているよりももっと広い地理的な範囲でドイツ語は話されている。その例として、黒田さんは旧ユーゴのスロヴェニアでの経験を語っている。スロヴェニア語の講習会に参加したときに、週末に見学旅行が行われた。そのガイドがドイツ語だという。しかし講習会の受講者にとってありがたいのはスロヴェニア語のガイドなので、何とかスロヴェニア語のガイドにしてもらい、その説明を先生が英語に翻訳することで話がついた。ところが実際に出かけてみると、ガイドがドイツ語を話したくてたまらないらしい。何かというとドイツ語を使う。どうもスロヴェニア語があまり上手ではないらしいのである。また、そのドイツ語について、同行したオーストリア人にきいてみると「なんていうか、独特で、ドイツ語の変種の豊富さを感じるね」(100ページ)。要するに旅行に出かけたその地方は、スロヴェニア語よりも、ドイツ語の変種を話す人々のほうが多い地域だったのである。

 この経験を踏まえて黒田さんは言う。「公用語としている国は少ないかもしれない。国連公用語ではないかもしれない。それでもドイツ語は広いのである。特に私がつき合っているヨーロッパ東部では、ドイツ語が欠かせないといってもいい。/…ドイツ語はドイツに住むドイツ人だけのものではない。ドイツ以外で使ったり、ドイツ人以外が話したりするドイツ語に、私はドキドキし、強く惹かれる」(100-101ページ)。黒田さんはヨーロッパ東部を取り上げたが、ニューヨーク市の中でもそういうドイツ語の変種が話されている地域があるという記事を私は読んだことがある。

 ドイツ語についてある種の親近感をもっている黒田さんであるが、大学で第3外国語として勉強したとはいうものの、それほど得意なわけではない。「私はドイツ語が全くできないわけではない。ただ苦手なのだ。/それでも必要に迫られれば、ドイツ語で会話することもある」(104ページ)という。

 それでも自分のことだけでなく、自分以外の例も取り上げている。日本ではかなり多くの学生が第二外国語としてドイツ語を学んでいる(かくいう私もそうだった)。「なんか、フランス語は発音が難しいけれど、ドイツ語は文法が英語に似ていて簡単だというウワサを聞いて」(107ページ)ドイツ語を選んだという、現在は英語の教師をしているという元学生。この噂は未だに出回っていて、相当数の学生に影響を及ぼしているのだそうだが、元学生は3年間かかってやっとドイツ語の単位をとった(実は以前別のところで書いたように、私も同じである)。ドイツ語で自己紹介をすることになるのだが、前置詞のところでつまずく。こういう経験が教師として英語を教えるのに役立つかもしれないと、黒田さんは優しくまとめる。

 チェコで手に入れたチェコ人向けのドイツ語教科書の話。「スラヴ系言語にはブルガリア語とマケドニア語を除くと冠詞がないので、そこは丁寧に説明される。それでも何かと共通点の多いドイツ語とチェコ語だから、進むスピードは速い。名詞や動詞だけでなく、前置詞の中にも一対一で対応するものがあるのだから、どんどん進めるわけである」(114ページ)。私にとってみると、ドイツ語とチェコ語に共通点が多いことよりも、ブルガリア語とマケドニア語には冠詞があるという情報の方が興味深い。(そういえば、ロシア語にも冠詞はなかった。)

 さらにドイツ映画『グッバイ、レーニン!』について取り上げて、旧東ドイツで使われていた語彙が集められている根本道也『東ドイツの新語』という本(1981年に発行され、未だに入手できるという)に説き及んでいたり、マレーネ・ディートリッヒのCDに収められている歌曲について触れたり、第二次世界大戦期のチェコを舞台に、ある少年がユダヤ人の教師からドイツ語を習うというヨゼフ・シュクヴォレツキーの短編小説「カッツ先生」を紹介したりする。「やっぱり、ドイツ語はドイツに住むドイツ人だけのものじゃないんだ。最後にもう一度、これを強調したい」(129ページ)と黒田さんは結ぶ。

 ドイツ語はドイツ、オーストリア、スイスでは公用語であるが、その他の少なからぬ国々で少数言語であるということは、社会言語学者によってしばしば指摘され、日本でもそういう研究書が出ているが、そのことを学者の研究の紹介によってではなく、自分自身の経験や文学作品等の紹介によって軽妙に述べつくしているところに、この本のドイツ語について触れた部分の価値があるのではないかと思う。

 ドイツ語の章の終わりに、コラム「おっとりオランダ語」がついていて、朝倉純孝の『オランダ語入門』と朝倉の業績について紹介しているのが、結構印象に残る。朝倉はオランダのインドネシア(蘭印)統治について関心を抱いていたようで、その関係の書物を何冊か残していることについても、触れられている。

 3回でまとめるつもりだったが、まだスペイン語について述べた部分が残ってしまった。その部分の紹介は次の機会に。
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