ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(28)

3月16日(月)曇り後雨

韻律から解放された言葉をもってしても、何度語ってみたところで、
あのときに私が見た、流れる血とその傷の何もかもを
言い尽くすことが誰にできるであろうか。

私たち人間の言葉と知性には
それだけのものを包み込む余裕はないのだから
どのような語り手であってももちろん力及ばない。
(410ページ) とダンテは第28歌を格調高く歌いはじめる。地上で展開された数多くの戦争の惨禍も、彼が地獄の第8圏第9巣窟で見た死者たちの様子に及ぶものではないという。

脚の間から腸が垂れ、
胸の内臓や汚らわしくも
貪ったもので糞を作る胃が露(あらわ)になっていた。
(412ページ) むごたらしく、また奇怪に切り裂かれているのはマホメットであった。翻訳者である原さんの解説によると、マホメット(ムハンマド)は教皇を選ぶ選挙で負けたために、イスラーム教の創始者となって、キリスト教から多くの信徒を奪ったという伝説が中世にはあり、ダンテはそれに従ってこのような描き方をしているのだという。マホメットは言う:
おまえがここに見る者どもは皆、
生きている時には
不和と分裂の種を蒔いたものだった。それゆえこのように割られている。
(413ページ) 傷はやがて塞がるが、そうするとまた悪魔がやって来て、彼らを切り裂くのである。

 マホメットは去っていったが、ダンテはさらに別の死者たちが、どのようにして生前不和と分裂の種を蒔いたかに応じてその体を切り裂かれて罰を受けているのを目撃する。あるものは舌を、あるものは腕を切り落とされていた。ダンテは自分の良心を頼りとして、そのような姿をありのままに見続けようとする。

 最後に彼は、古プロヴァンス最大の吟遊詩人の1人であったベルトラン・ド・ボルンがさらに奇怪な姿で苦しんでいるのを見る。彼はイングランドの王ヘンリーⅡ世の子であるヘンリーⅢ世が父親に対して謀叛を起こすのをけしかけたことで、地獄に堕ちているのである。
私は確かに見た、そして今もそれを見ている気がする、
哀れな群れの他の者どもが進むのと同じように
首のない胴体が一つ進んでいくのを。

そして切断された頭(こうべ)の前髪をつかんで、
明かりをもつようにそれを手からぶら下げ、
頭は私たちを見ながら呟いていた。「俺は悲惨だ」。

己を己のための明かりとなし、
そして二つのうちに一つがありながら、一つのうちに二つがあった。
なぜこれが可能なのかは、思し召した方(=神)だけが知る。
(422ページ) 
私は父親と息子をたがいに叛かせた。
・・・・・・絆で結ばれた二人を断ち切ったために、
切断された己の頭脳を運んでいる。ああ哀れ、
この胴の中央のつけ根にその繋ぎ目はあるのに。
(423ページ) 詩人としてのボルンは戦争を賛美する作品を作っていた。彼の代表作「私は春の歓びの時が好きだ」では「戦闘の悲劇的な美しさが描かれ、骸に囲まれ戦い続ける負傷者が、さらに傷を負い、手足を切断されても、戦っている」(423ページの訳者注)というが、このような詩を書いていることと、彼の政治的な暗躍とは無関係ではないのである。そして自分が書いた詩の中の登場人物のような姿で地獄の罰を受けている。ここにダンテの平和を希求する詩と政治活動の背景をなす思考が見て取れる。とはいうものの、原さんが指摘しているように、イスラーム教に対する彼の無知が、十字軍を正当化し、ムハンマドを不当に評価することとつながっていることも否定できないだろう。


 
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