辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』

3月12日(木)晴れ

 辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』(中公文庫)を読み終える。

 「序」に「この集には恩師、先輩、同僚、旧友に関する草々の思い出を書きつづった旧稿を蒐めた」(3ページ)とある。著者辰野隆(1888-1964)は、日本におけるフランス文学研究の最初期の指導者の1人であり、東京大学のフランス文学の教授として、渡辺一夫、中島健蔵、小林秀雄、三好達治らを教え、さらに軽妙洒脱なエッセーの書き手としても知られた。この書物は1939(昭和14)年に『忘れ得ぬ人々』という表題で出版され、その後、内容に多少の変更を加えながら版を重ね読み続けられてきた。私も高校時代から何度か読んできた。

 国木田独歩はその短編小説の中で、「忘れ得ぬ人々」と「忘れてかのうまじき人々」を区別した。ここで辰野が思い出している人々の大半は近代日本文学や文化・教育をになってきたような人々であり、旧制東京府立一中(現在の日比谷高校)、旧制第一高等学校、東京大学という辰野の学歴や、その後のフランス文学者としての歩みを考えると、その経歴や地位が生かされていることがよく分かる。浜尾新からは学長と学生という立場で訓戒を受け、三宅雪嶺は近所に住んでいたのでよく見かけた、結婚披露宴の来賓が夏目漱石だった(その席で落花生を食べたのが、漱石の直接の死因となる)、谷崎とは中学で一緒だった(谷崎の方が年下だったのが、飛び級で一緒になった)というような様々な機縁がこの随筆集の骨格となっている。だから、独歩流に言うと「かのうまじき人々」の方が優勢にも思えるのだが、若くして、志半ばで世を去ったような友人たちの思い出も記されていて、そう簡単には割り切れないのである。

 フランス文学研究によって培った識見が近代日本文学の鑑賞にも役立てられていて、おのずから比較文学的な性格をこの書物に与えている。とはいうものの登場する人物たちには一定の傾向があり、辰野が近代日本文学の四天王だという鴎外、漱石、露伴、潤一郎とその周辺の人物たち、たとえば寺田寅彦や鈴木三重吉、内田百閒などである。注意してみると、漱石の門下の人々は少なからず登場するが、鴎外の周辺の人物はほとんどいない(永井荷風くらいである)。島崎藤村、田山花袋、柳田国男、あるいは白樺派の作家たちにはほとんど言及されていない。さらにまた、その思い出をまとめた文章はないのだが、しばしば回想の中に登場する谷崎の親友であった大貫雪之助(晶川)について、彼が岡本かの子の兄であることに全く触れていないのも、気になる点である。

 中条省平による解説は、辰野が江戸っ子であり、江戸っ子としての好みを貫いていることを強調している。そのことを念頭に置いても、置かなくても、彼が「坊っちゃん」を論じている文章などは、このことがよく表れているのだが、それをどのように評価するかについては、多少言いたいことがある。というのは、辰野は父親の郷里である佐賀県の唐津を子ども時代に訪れた際に、愛国婦人会の創設者であり、教育家でもあった奥村五百子に会ったことなどを、これ以外の書物で書き記している。「坊っちゃん」に描かれたうらなり君の送別会の場面で、坊ちゃんが座敷に置かれている「大きな瀬戸物」について感想を述べたところ、博物の先生にあれは「唐津」ですと訂正されて、その意味が理解できないという個所がある。漱石は、坊ちゃんを一方的に支持するような描き方をせず、彼の無知で粗野な側面もキチンと描いているのであり、その小道具として「唐津」が使われていることを辰野は見逃しているように思われる。

 その一方で、江戸っ子であることへのこだわりが注目すべき観察を導いているのは、長谷川如是閑を論じた文章ではないだろうか。如是閑は夏目漱石を論じながら「江戸ッ児は、憤怒や悲哀の発言にも、往々機智を交へたり滑稽を加へたりする。夫れが為めに、江戸ッ児の憤怒や悲哀は、地方の人には間々不真面目に見られる。此の点に於いて、江戸ッ児には愛蘭(アイルランド)人にそっくりなところがある。」(132ページ) この指摘には玩味すべきものがある。アイルランドといってもけっこう多様な文化をもつ国なので、如是閑の観察がどの程度の妥当性をもっているのか、改めてアイルランドの文人たちの作品を読み直さないといけないのであるが、それを差し引いても、この着目には比較文学的な洞察の深さを感じる。

 辰野は如是閑と吉村冬彦(寺田寅彦)を彼の時代の随筆の名手としてその名を挙げているが、おそらく彼らの随筆を多く読んだことで、彼自身も優れた随筆家になったのであろう。寺田の「地図を眺めて」や「北氷洋の氷の割れる音」などを高く評価する意見は、多くの支持を得てきたし、理研(=理化学研究所)の研究室の壁に「好きなもの苺珈琲花美人/ふところ手して宇宙見物」(92ページ)とローマ字で書いて貼っていたというエピソードを知ったのはこの書物を通じてである。寅彦のこういう芸をまねしたいとは思うのだが、やはり才能が足りないのか、できないのは残念なことである。

 著者が書いていることから多くの示唆を得ることができるし、彼が何を書いていないかを考えてみることも有益である。近代日本文学に興味のある人には見逃せない書物といえよう。
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