黒田龍之助『寄り道ふらふら外国語』(2)

3月8日(日)雨

 この書物の中で、著者である黒田さんはまずフランス語について、「黒田はフランス語に冷たいな」という友人たちの評価が誤りであると釈明するところから始めている。

 まず、フランス語は黒田さんが3番目に取り組んだ外国語であるという事実があるという。(ただし、3番目に取り組んだという人は少なくないというか、英語、ドイツ語、フランス語という順序で外国語を勉強した人はかなりの数に及ぶはずである。かくいう私は、今でこそフランス語が第2外国語のような顔をしているが――いないという人もいるかもしれないが――すでに書いたことがあるように学習した順序は、英語、ドイツ語、中国語、ロシア語、・・・フランス語ということで、…とここで書き表しているような遍歴の過程がある。こういう例はあまり多くないと思う。) どういう勉強のしかたをしたかというと、高校時代に林田遼右先生によるラジオ・フランス語講座を聞いたのが最初だという。これもすでに書いたことだが、私も林田遼右さんのフランス語講座を楽しんで聞いていた1人であるが、どうも一向にフランス語は上達せずに今日に至っている。黒田さんは、2008年に雑誌『ふらんず』誌上で林田さんと対談することになったときの感激を記しているのだから相当なものである。

 黒田さんの専門は、前回も書いたが、スラヴ語学であり、19世紀のロシアの貴族たちの中にはロシア語よりもフランス語のほうがよく話せる人たちが少なくなかったという。それどころか、トルストイの『戦争と平和』などはフランス語で始まっているという。言語学を勉強していく中で、フランス語で書かれた文献が重要な意味をもっていることは確かであるが、黒田さんはジョルジュ・ムーナンの著作に刺激を受けたらしい。言語学は多様な世界である。黒田さんが特に気に入っているのは、ムーナンの次の言葉らしい。
Tous les chemins linguistiques ne mènent pas à Rome.(すべての道がローマに通じるわけではない。) (29ページ)

 さらにこの書物のもとになる雑誌連載を始めるときにフランス語の長編小説を読もうと思い立ったそうである。そこで、選んだのがアメリカのホラー小説の仏訳だというから、かなり変わった選択をしている。その中で、主人公たちを執拗に追いかけてくるいじめっ子に対してある男の子がこんなことを言うそうである。
Some people are too stupid to quit.
小尾芙佐さんによる訳は「すごい馬鹿なやつってさ、あきらめが悪いんだ」
フランス語訳では
Il est plus entêté qu'une mule, cet animal.
となっているそうである。「わたしも負けずに、ラバより頑固にフランス語を追いかけよう。そんなふうに付き合う外国語が、1つくらいあってもいいですよね?」(57ページ)と黒田さんはフランス語とのつきあいをまとめている。

 イタリア語については会話には自信があるが、イタロ・カルヴィーノとか、ナタリア・ギンスブルグなどの作家の作品を原文で読むほどの力はないという。それでも黒田さんの専門に関連して、イタリア語が必要ではないかと思われる事例があるそうである。それはスラヴ語派の南スラヴ語群に属するスロヴェニア語の方言がイタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州の一部の地域でも話されているからである。この州ではイタリア語のほかに、ロマンス系の言語であるフリウリ語も話されている(20年くらい前にロンドンの本屋でフリウリ語の入門書を見つけ、フリウリ語というのはどういう言語かと思って調べてみたところ、レト・ロマンス語の1方言であることがわかった。レト・ロマンス語はスイスの公用語の1つである――ただし話者はごく限られている――が、イタリアでも話されている地域があるのである)。この本にはご丁寧に黒田さんが買い求めた『星の王子さま』のフリウリ語訳の表紙の写真が掲載されている(77ページ)。Il picul princip とあってフランス語、あるいはイタリア語ができれば、その意味は推測できる。黒田さんはあくまでスロヴェニア語の方言の方に関心をもっているのだが、私は別のことで喜んで読んでいたことになる。(なお、有名なヴェネツィアはヴェネト州にあって、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州にはない。念のため。)

 それから『ローマの休日』や『ゴッドファーザー』のようなハリウッド映画でも気をつけてみていると、イタリア語がかなり使われているという話。他の映画でもありそうなので、改めて気をつけてみよう。チェーホフの『三人姉妹』に登場する末娘のイリーナはイタリア語ができるという設定になっているが、劇中でイタリア語の基本的な単語を忘れてしまったと嘆く…この箇所は高校から大学にかけてチェーホフを読みふけっていたころのことを思い出させてくれた。マリオ・ペイ『旅と生活のイタリア語』は言語学者の書いたイタリア語入門書として面白すぎるほどに面白い本であるが、これは日本語版の著者である武田正實さんの加筆によるところが大きい。イタリアの言語文化についてはかなり細かいことまで日本語で紹介する書物が出版されている。スラヴ系の言語についてもおなじような紹介の努力をする必要がある。「そのためにも、常に本を読み、映画を見て、あれこれ考えなければ」(93ページ)。

 今回はフランス語、イタリア語と黒田さんの付き合いについて触れた部分の紹介になった。ドイツ語、スペイン語とのかかわりについては、次の機会に紹介することにしたい。
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