黒田龍之助『寄り道ふらふら外国語』

3月7日(土)曇り

 黒田龍之助『寄り道ふらふら外国語』(白水社)を読み終える。

 黒田さんはロシア語を中心としてスラヴ語派の各言語の研究を専門としながら、英語の先生をしていたこともあるそうだし、さまざまな言語に接し、また学習し、それらの経験について少なからぬ本を書いている。いろいろな言語に興味があって、勉強してきたという点は私も同様である。

 既に一度紹介したことのあるやり取りではあるが、あえてもう一度取り上げると、NHKの黒田さんが講師を務めるロシア語の時間で、パートナーのロシア人女性が黒田先生はいくつ外国語ができるのですか?と質問する場面があった。(私が現在聴いているのは、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語の時間であるが、それらの放送の合間にハングル、中国語、ロシア語、スペイン語などの時間の一部あるいは全部を聞いていることがあるのである。) 黒田さんが答えて、実は私もわからないんですよ。

 黒田さんがこう答えたのは多分、2つの理由からであろうと思う。1つはできるとか、できないとかいうのは相対的な評価であって、どこまでできれば、「できる」と言ってよいという明確な基準がないということ。自分ではできないと思っていても、他人の目から見るとできると判断されるということもあるだろうし、その逆もある。判断する他人の語学力も問題で、全くできない人から見れば、片言で冷や汗かきながら会話している人が、ペラペラに思われるかもしれない。もう1つは言語の境界がはっきりしないということ。フランス語とベルギーのワロン語とか、オランダ語とベルギーのフラマン語とか、同じ言語であるのか、違う言語であるのか議論が分かれる例が少なくない。だから言語の数をどのように数えるかは、常に異論が投げかけられうるということである。

 そういう問題はあっても、いろいろと言語を勉強することは楽しいことであるし、その結果として身につくことも少なくない。それが黒田さんの信念であって、その点には共感できる。気を散らさずにある言語に集中すべきだという意見もあるかもしれないし、ある時点での学習に限ればたしかにその通りである。しかし、もっと長い目で見れば、いろいろと学んでいくことの方が言語の理解を深めるのではないか。日本語にしても、英語にしても、外来語の数は相当多い。もともと多様なものは、多様なものとして理解していく方がいいとも考えられる。

 この本では、ヨーロッパ大陸の主要言語であるフランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語をめぐる黒田さんの様々な経験について書かれている。「ただし、その距離は微妙に違う」(203ページ)とあとがきに書かれているとおりで、だいたい、この順序で身近に接してきているらしい。それでも大学院の博士課程への進学の際にはドイツ語で受験したというのは、日本の高等教育におけるドイツ語重視の伝統が私よりも20歳くらい若い黒田さんの世代まで続いていたということかもしれない。
 
 これら「主要」4言語のほかに、ポルトガル語、スウェーデン語、オランダ語をめぐるコラムが付け加えられているし、チェコ語やスロヴェニア語についての話題も取り上げられている。フリウリ語というたぶん、多くの人は知らないような言語も登場する。以上のように、ヨーロッパの言語の話題が多いが、カンボジア語やインドネシア語などのアジアの言語についても触れられているし、「ブラジル以外の南米ではスペイン語が話されている」という「常識」の誤りについて指摘されているのも無視しがたい。ヨーロッパ中心であるにせよ、その言語から世界を見ていこうという姿勢がとられているのである。では、より具体的に、どういう話題をめぐりどのような議論が展開されているのということになるが、夜、遅くなってきたので、詳細は次回に譲ることにしよう。
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