コリン・ホルト・ソーヤー『老人たちの生活と推理』

3月5日(木)晴れ

 コリン・ホルト・ソーヤー『老人たちの生活と推理』(創元推理文庫)を読み終える。「海の上のカムデン」という高級老人ホームに入居する老人たちが活躍するユーモア推理小説の第1作。最近、出版されたシリーズ第8作である『旅のお供に殺人を』を読もうと思ったのだが、このシリーズは今まで読んだことがないので、どうせなら第1作から読んでみようと思った次第。原題はThe J. Alfred Prufrock Murders、作品の冒頭に引用されているT.S.エリオットの詩「J.アルフレッド・プルーフロックの恋歌」によるものらしい。中村有希さんによる翻訳は2000年に初版が刊行されている。

 カリフォルニア州の大都市サンディエゴから北へ20マイルというところにある「海の上のカムデン」。かつては映画人たちのお気に入りの社交場であったホテルが廃業し、10年間野ざらしの状態に置かれた後、東部の実業家の手によって高級老人ホームに生まれ変わった。老人向けに設備は改善され、病院が付設された。入居者にはお好みの(もちろん老人向きの)食事が提供される。

 海軍提督の未亡人であるアンジェラは、同じく提督の未亡人であるキャレドニアと知り合ったことから、このホームに入居することになる。「誰より自分がすぐれているというプライド、年を経ても変わることのない若く賢くかわいらしい自己イメージ」(20ページ)をもつ彼女はホームの他の老人たちとうまくやっていくのは難しかったが、それでもキャレドニア、元女優で歯科医である夫(アルツハイマー病でホームの附属病院に入院している)とともに入居しているナン、銀行家の未亡人で名門の出であるステラとは仲良く過ごしている。

 ところがある日、入居者の1人常に本を読んで過ごしていたスイーティと呼ばれる元図書館司書の老婦人が死体で発見される。犯人は外部からこの施設に侵入したのだろうという入居者たちの考えに反して、地元の警察から派遣されたマーティネス警部補は内部の犯行だと考えて捜査にあたる。警察の態度に不満を持ったキャレドニアたち4人組は自分たちで独自の捜査を始めようと考える。そしてスイーティの思いがけない姿を発見する。第2、第3の事件が起きるなか、彼女たちはマーティネスから再三にわたり、真相解明は警察に任せて、危ないまねはしないようにと警告を受けるが、それにもかかわらず暴走ともいえる捜査活動を続け、その結果と(特にアンジェラの)推理はマーティネスを唸らせ、そして、次第次第に捜査は事件の真相に近づいていく。

 警察によって施錠されたスイーティ-の部屋に忍び込もうとしてアンジェラは悪戦苦闘する。「地上2メートルの窓から突き出した、ズボンとスニーカーを履いた2本の脚」(129ページ)というドタバタ喜劇は、反面老いの悲しみをたたえている。身軽で、屈強な若い探偵ならば苦も無くやり遂げることがドタバタ喜劇になるのである。ユーモア推理小説と書いたが、笑いはきわめて現実的な苦労と表裏の関係にある。
 よく考えてみると、アンジェラやキャレドニアと私はそれほど年は変わらない。私の周辺にはつい最近まで老老介護を続けてきた、あるいは現在も進行中という同年輩の人たちがいる。そういう意味では介護を受けるだけの彼ら(入居者の大部分は女性であるが、わずかながら男性もいる)は恵まれているのかもしれない。とはいうものの、老いは彼らの肉体にも精神にも大きな影響を与えている。そしてその影響はますます大きくなっている。

 推理の過程よりも、登場人物の個性の描写に重点があるような作品であるが、物語の進行に連れて事態を飲み込んできた老女たち(というよりアンジェラ)の推理は(マーティネス警部補の援助もあるのだが…)次第に冴えてくる。そのあたりに読み応えがある。作者であるコリン・ホルト・ソーヤーは大学講師としてまたミステリ作家として活躍、その後カリフォルニア州の老人ホームに入居し、「趣味のフランス料理を愉しみ、ブリッジを教え、世界じゅうを旅行し、ミニコミ紙を編集、自らの住む老人ホームにオフィスを構えている」(363ページ、訳者解説)という。老人には老人の考え、楽しみがあることを述べながら、その一方で老人が直面する現実もきちんととらえられていて、それがこの作品の厚みを加えている。例えば、ナンがマーティネスに向かって、夫の症状について語る場面:「気難しくなって、それになんだか、不安そうだった。自分がどこにいるのか、どうして家に帰れないのか、理解できないのよ。おかしいでしょ――どこに<家>があるのかも、わからなくなっているのに……それでも泣いて泣いて、家に帰るって駄々をこねるのよ。あたしが誰なのかもわからないのに。それでも私の手にすがりつくの――必死に。そしてただ、”家に連れてってくれ。家に帰してくれ„って何度も何度も……」(227ページ)。100歳を超えて、老人ホームで暮らしていたおばのことを思い出して仕方ない個所であった。

 第1作を読んだので、続編を読み進んでいこうと思っている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR