日記抄(2月19日~25日)

2月25日(水)晴れたり曇ったり

 2月19日から本日にかけて、経験したこと、考えたことから:
2月19日
 「ピタのつぶやき」というブログの中で、ダスティン・ホフマンについて演技派俳優だという記事があったが、もう少し付け足すことがある。大塚博堂(1944‐1981)の『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』(1976)という歌があり、そこではホフマンの初期の出演作である『卒業』(1967)と『ジョンとメリー』(1969)について触れられていたと記憶する。1960年代の後半から1970年代の前半にかけて若者の人生の悩みを描く映画に主演して多くの共感を得ていた俳優だったのである。さらにその後、多くの問題作に出演したことで、新しいイメージが加わったことは否定できないが、彼が時代の雰囲気をよく体現していたのはやはり初期の出演作においてではないかと思う。

2月20日
 NHKラジオ「まいにちイタリア語」応用編『ニッポンを話そう』では「日本神話」を取り上げた。伊弉諾、伊邪那美の男女2神が日本の国土やさまざまな神々を生み出すが、伊邪那美は火の神を産んだためにやけどを負って死んでしまう。伊弉諾は彼女を連れ戻そうと黄泉の国を訪れる。ところが地上に戻る際に彼女の姿を見てはならないという約束を破ったために、彼女の怒りを買って、怪物たちに追いかけられる。何とか地上にたどりついた伊弉諾は、出口をふさいで難を逃れた。この話が、ギリシア神話のオルフェウスとエウリディケの物語に似ているということが話題になった。
 このほか、素戔嗚尊が八岐大蛇を退治する話もペルセウスとアンドロメダの話に似ていると考える人がいる。確か松本清張がそんなのは偶然の一致だと一笑に付していたと記憶するが、神話学者の中には関連性を認める人が少なくない。あるいは学者の中にはどうしても日本と西欧とを結び付けたいという深層心理が働いているのかもしれない。

2月21日
 新設の大学の中には「講義は中学レベル、入試は同意で合格」という驚くべき低水準のものがみられるということがニュースとして取り上げられていた。そういう大学の設置にゴー・サインを出しておいて、後になってから水準が低いのは問題だといっていちゃもんをつけるお役所の姿勢の方が問題ではないかという気がする。低水準の大学は市場原理で淘汰されるはずだと思うのだが、日本の大学を見ていると、市場原理が健全に機能しているように思えないのがどうも気になるところである。
 このニュースで問題になっているのは、大学間の格差であるが、同じ大学の中でもよく勉強している学生とそうでない学生の間にできる格差は相当なものではないかという気がする。自分が学生時代のことを考えてもそうだったし、教師をしていたことのことを考えても同じことが言える。大学で人並みの努力をすれば、学業において相当な前進が得られるはずなのである。強調すべきはむしろこのことではないかと思う。

2月22日
 映画を見に出かけようと思ったのだが、体調が悪くて断念した。月末に映画関係の集まりに誘われているのだが、それまでに回復するだろうか。

2月23日
 竹内薫『素数はなぜ人を惹きつけるのか』(あまがい繁子さん、コメントを有難うございました)の中でラテン語で6はsexというとの個所があり、改めてラテン語の数詞をさらってみようと思った。1~15までを書いておくと: unus, duo, tres, quattuor, quinque, sex, septem, octo, novem, decem, undecim, duodecim, tredecim, quattuordecim, quinquedecim
ということで、11以上は日本語とは逆に1+10,2+10・・・という形になっているが、英語などに比べればわかりやすい。ただし、18はduodeviginti, 19はundevigintiで20-2,20-1という数え方をするので、ここのところは厄介である。

2月24日
 NHK「ラジオ英会話」の時間でクリスティーナ・ロセッティChristina Rossetti (1830-1894)の「思い出せたら」(I Wish I Could Remember)という詩を取り上げた。ケイティ・アドラーさんによる朗読の背景としてチャイコフスキーの『四季』の中の「舟唄」が流されたのだが、アドラーさんも言っていたように、大変効果的であった。ロセッティが英国に移住したイタリア人家庭に生まれたことを考えると、この組み合わせはなかなか面白い。むかし、ピアノをたたいていたころは、『四季』の中の気に入った曲を弾いたりもしたのだが、今では全く指が動かなくなった。考えてみれば惜しいことをした。

2月25日
 NHKラジオ「まいにちドイツ語」ではライン下りが題材になっているが、本日は「ローレライ」が話題として取り上げられた。「ローレライ」というと思いだすのは、『サザエさん』で晩酌でいい調子になっている父親(波平さん)が中学で習った英語の歌を歌う。母親(フネさん)とサザエさんは笑いをこらえるのに必死だったのだが、終わってから素敵だったわとほめて、もう1曲ということになり、フネさんがローレライがいいですわというと、波平さんが今歌ったのがローレライだという。酔っぱらいの調子はずれの歌は、なんだかわからないということだろうが、問題は、「ローレライ」はドイツ語の歌であって、英語の歌ではないことである。
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