落合敦思『殷――中国史最古の王朝』(2)

2月15日(日)晴れ

 前回はこの書物の第1章から第3章まで、殷王朝の前期・中期の歴史、殷王の権力がどのようにして構築されていたのかについての記述を辿ってみた。今回は、第4章以降、王朝の後期の甲骨文字が発明されたことにより、豊かになった情報をもとに、中興期(紀元前13世紀)、安定期(紀元前12世紀)、動揺期(紀元前11世紀)という年代順に殷王朝の政治的な変化を概観している。

 殷王朝は前期には安定して支配権を拡大したが、中期に混乱が発生した。紀元前13世紀後半になって武丁という王によって分裂していた王統が再統一された。彼の時代を「中興期」と定義できる。彼の時代のものと考えられる甲骨文字は数量的に多く、このことから彼の在位期間は長かったものと考えられる。王統が再統一されたものの、当初はまだ周辺地域に敵対勢力が多く存在しており、戦争が絶えなかったようである。
 武丁の時代には「子某」と呼ばれる人々が戦争に参加したり、地方へ使者として派遣されたりして重要な役割を果たした。これらは王の親族の場合と、それになぞらえた地方領主の場合の2つの事例があるが、支配体制を強化するために暫定的にとられた措置のようである。
 殷王朝では自然神と祖先神が信仰されていたが、武丁の時代にはさらに「帝」という神が信仰された。これは神話上の「主神」であり、その信仰を司ることで、武丁は自らの宗教的な権威を高めようとしていたと考えられる。そしてこの信仰はその後の周代にも継承されることになる。殷王朝においてもっとも重要な宗教儀礼であった甲骨占卜では、事前に「基地」が出るように甲骨に加工が施されていたが、武丁の時代にはそれだけでなく、記録の改竄までが行われていた。そして軍事力だけでなく、帝の主神化や占卜記録の改竄など、信仰を通した支配も活用して、統一した王権の維持に努めたのである。さらに武丁は自らの神秘的な能力がることを人々に示す「カリスマ的支配」によって支配を維持しようとしていた。

 武丁の支配を継承した祖己の時代には対外戦争が減少し、その結果として王朝経営の安定化がもたらされた。この時代、王は王都に近い地域で狩猟を盛んにおこない、軍事訓練をするだけでなく、軍事力を誇示し、また各都市の視察を行って支配力を強めようとしていた。
 依然として占卜における操作は行われていたが、王は自らの神秘的な能力を誇示することを控え、むしろ祖先神の祭祀を強調することによって宗教的な権威を構築しようとするようになった。
 このような支配体制は、祖己に続く祖庚、祖甲の時代にも継承され、殷代の後期では最も安定した時代を実現することになった。

 しかしその後の康丁、武乙の時代になると、再び各地で戦争が発生するようになる。力を増してきた周辺の勢力の反乱がその後の時代までつづく。最後から2番目の王である文武丁は軍事力を強化し、自己の宗教的な権威を高めることによって事態の打開に努めた。このようないわば「集権化」と言える政策は地方の反発を招き、結局反乱の発生と拡大をとめることはできなかったと考えられる。しかし、地方勢力をそのままに放置する分権化政策をとっていても、地方勢力が力をつけて王朝を転覆した可能性はある。最後の王である帝辛は文武丁の政策を継承したが、多くの地方勢力の離反にあって、結局殷は滅亡したのである。

 殷は滅亡したが、甲骨文字はその後の漢字の発展の基礎となり、祖先の祭祀の重視や、暦の作成に必要な天文学の知識、建築や工芸に必要な数学の知識も継承された。殷代に盛んに製作された青銅器は、その後の時代にもつくられ続け、政策が減少した後には、陶磁器のデザインに影響を及ぼした。また都城の建設についても、版築城壁で都市を囲うという工法は、その後も長く用いられることになった。このようなことから殷王朝は中国文明の原点と位置づけられる。その一方で、君主独裁制の基礎を形成するなど、その負の遺産も無視できないものである。

 中国や台湾における中国古代史研究は文献を重視しているために、殷王朝の実態を明らかにしえていないと著者は言う。この書物は、甲骨文字を中心とする考古学資料を基に再構築を試みた殷の歴史であり、まだまだ分からないところが多いとはいうものの、確実にわかることがまとめられていて大いに興味深い内容になっている。特に甲骨文字資料の分析から古代の文献の記述の問題点を洗い出している個所は、この論評ではほとんど紹介を省いてしまったが、読み応えがあるので、ぜひご自分で読んでいただきたい。著者は合理性の衝突という見地から、殷の時代が現代とも通じる問題を抱えているとこの書物を結んでいるが、その点をめぐってもそれぞれの考えがまとめられるはずである。

 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR