『「個性」はこの世界に本当に必要なものなのか』(3)

2月13日(金)晴れ後曇り

 「個性」をめぐっては、それぞれの企業の特性を強調することによって現状を打開しようとする肯定論と、個性重視の「ゆとり教育」が学力低下をもたらしたという否定論とが対立しているように思われるが、それぞれが同じ土俵の上で議論していると思えない節もある。それで、東京大学教養学部に属するさまざまな分野の研究者たちにそれぞれの分野で「個性的なもの」について自由に意見を述べてもらって、「個性とは何か」について考え直してみようというのがこの書物の趣旨である。前回から少し間が空いてしまったので、これまでの内容を概観しておく。第1講では認知神経科学の立場から西本裕子さんが「個性とは、無意識のうちに育まれてしまうもの」、第2講では文献学の立場から高橋秀海さんが「個性とは、なにかを求めるなかでおのずと表れ出てくるもの」、第3講では生態学の立場から吉田丈人さんが「個性とは、種の存続可能性を高めるために必要なもの」、第4講では哲学の立場から原和之さんが「個性とは、運命であり、呪いでもある」とそれぞれの議論を展開してきた。

 第5講では物理学の立場から、松田恭幸さんが発言している。ある意味で物理学は個性的なものを極力排除しようとしている学問である。方程式を使って誰が見ても同じように自然を描きだそうとしているからである。とはいうものの自然現象は多様であるからそれぞれの個性を扱おうとしているともいえる。しかしそのように個性的に見えるものを理論という無個性なものの見方で読み解こうとしているのが物理学なのである。個性や多様性の奥ですべてを貫いている、究極の無個性ともいえるものを見つけ出していくことが、物理学者の最大の目標である。
 そう前置きして、「もし物理学の世界で、個性が個性として問われる局面があるとしたら、それは研究者のアプローチの仕方の部分」(89ページ)でないかと松田さんは言う。そうはいっても、そのような個性、独自性は従来から積み重ねられてきた様々な研究の蓄積を踏まえて、それらを理解したうえで、現われてくるものだという。「要するに、適切に個性を発揮するのは、それなりの準備が必要だということ。/ただ、基礎とする部分の知識を得ることが、だんだんと難しくなってきているのはたしか」(92ページ)だとも述べる。これからは分野の垣根を超えた研究協力がどうしても必要になってくるかもしれないとの見解も示されている。
 物理学は日々進化している。逆にいえばそれだけ自然は豊かで、まだまだ多様性に満ちているということである。そういう、日々新しいものに出会う学問の推進力は世界をもっと知りたいという素朴な欲求=好奇心であるという。「lこれまでの理論が使えそうだけれど、でも一工夫しなくてはいけないというような、ちょうどギリギリのところにこそ」(97ページ)個性は必要なのではないかと、松田さんは結んでいる。
 以上、一言でまとめれば、「個性とは、フロンティアに必要なもの」である。

 第6講では統計学の立場から佐藤俊樹さんが発言している。佐藤さんは主として日本社会の計量分析に取り組んできたが、最近では社会科学の方法論への統計学の影響にも関心をもっているとのことである。統計学は平均値ぜったいで、個性を大切にしない学問であるという印象がつよいが、数字だけでなく、生活実感も踏まえて個性的なデータも無視しないというのが本来の姿である。
 とはいうものの、すべてのデータを集めることには事実上無理がある。そこで正規分布を前提として、積分という近似値計算を使っていることが多い。分布の端の方に個性的なデータがあることが分かっていても、それを扱うのはコストの面で難しい。ところが、この数年ビジネス界で注目されているビッグデータは「端の方」を扱うことに成功している。このようなデータ処理のコストパフォーマンスの向上だけでなく、データ収集コストも低下している。社会のシステムの中でいろんなデータがとられているし、ソーシャルメディアなどを通じて、調査対象者自らが、どんどん情報を発信している。その中には個性的なものが多く含まれている。
 佐藤さんが大学で学生たちと接している中で感じていることは、教育していく中で分布の端の方に配慮するのには金か労力かどちらかをかけなければならないということである。この点で日本に比べて資金力に恵まれているアメリカの大学が個性的な人材を育成することに成功しているのは当然のことである。
 分布の端の方に配慮しようという動きは教育以外の分野でも広がっており、一過性のものとは思えない。多様性の喪失は変化への備えを失ったということでもある。最近の個性重視の風潮は、人類が迫ってきている危機を予感している証拠ではないかと思われる。しかし、個性に配慮するには金がかかる。コストパフォーマンスの向上が不可欠である。
 要約すると「個性とは、コストを必要とするもの」である。

 佐藤さんが個性・多様性が変化に対処し、危機を乗り切るために必要であるという考えは、すでに生態学の立場から吉田さんが論じたものである。違うのは、佐藤さんがコストの問題を持ち出してきている点であろう。松田さんがフロンティアでこそ個性が発揮されるというのも、これらから遠くない議論であるが、これまでの研究の成果を踏まえたうえでフロンティアを切り開く道が開けると述べているところを見落とすべきではなかろう。発言者たちがそれぞれの意見を自由に述べているだけではあるが、そのことによって、読者の方が詠みながら自分なりの考えを形成できるという側面もありそうである。
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