大倉崇裕『七度狐』

2月10日(火)晴れ

 2月9日、大倉崇裕『七度狐』を読み終える。2003年に発表された著者の初の長編小説。上方落語の「七度狐」がキイになっているところが眼目で、読み応えがある。

 夏のある日、『季刊落語』の編集部員である間宮緑は、編集長である(といっても、編集部には2人しかいない)牧大路の指示で静岡県の大井川上流にある温泉地、戦前はにぎわっていたが、今はすっかりさびれて御前館という旅館が1つ残っているだけの杵槌村に向かう。ここで開かれる春華亭一門会を取材しようというのである。
 初代が明治初期の上方に現われて以来、春華亭古秋という名跡は世襲によって継承されてきた。当代の古秋は六代目であるが、引退の意向を表明しており、全員が落語家となっていて、ひとかどの実力をもっている古市、古春、古吉という3人の息子たちの中から後継者を決めようというのである。本来ならば、大阪で開くべき一門会をこのような場所で開くのは、それぞれの芸をじっくりと吟味するためであると、杵槌村の出身で、一門会の世話役になっている春華亭夢風は説明するが、ほかにも何か因縁があるらしい。

 一門会の前夜、台風の接近で村を豪雨が襲い、バスは運休、外の世界との連絡路も閉鎖されてしまう。そんな中で古春の行方がわからなくなり、捜索の結果、田んぼの中から死体が見つかる。何者かが水門を壊したため、田んぼには大量の水が流れ込んでいたのである。
 そしてその後もさらなる事件が…。死体の様子や、前後の状況は上方落語の「七度狐」をなぞっているようだが、そうだとすると腑に落ちない点がある・・・。
 牧との電話で、緑は1955年に六代目の兄である五代目の春華亭古秋が、杵槌村で行方不明になったことを知る。牧の前に『季刊落語』の編集長であった京(かなどめ)敬哉はそのなぞに興味を持っていたという。

 伊勢参りに出かけた喜六と清八の二人連れが、途中の煮売家(簡易食堂)で水っぽい酒というよりも、酒っぽい水を飲まされて頭に来て、手近にあった<イカの木の芽合え>を鉢ごと失敬して店を飛び出す。食べた後、鉢をもっていると彼らが持ち去ったことが分かるというので、投げ捨てるのだが、それが草むらの中に寝ていた狐の頭を直撃する。この狐が「七度狐」と呼ばれ、一度ひどい目にあわされたら、その相手を七度化かすという執念深い狐であったので、二人はその後災難に見舞われることになる。
 しかし、この作品の中の牧と緑の会話の中に出て来るように、現在演じられている「七度狐」で二人が化かされるのは2回きりである。「七度狐に限らず今に残る話の数々は、先人によって徹底的に練り上げられてきたものである。言い換えれば、最良の形で現代に伝えられてきた財産だ。もし改良すべき点があるなら、とっくに改められているだろう。/七度狐が二度の化かしという縮めた形で演じられてきたのは、それが最良であると皆が判断したためであり、もし長いままだったら、七度狐は現代まで伝わってこなかったかもしれない」(203ページ)と作者はこの間の事情を要約する。ところが、五代目の古秋は「七回化かす完全な七度狐」の構想をもっていたという。そういう昔の記憶も意味をもつのだろうか。

 物語の初めのほうに、いくつかの謎めいた場面が語られ、やがてそれが1955年の出来事であったとわかる。落語家の一門をめぐり、落語「七度狐」を見立てた殺人事件が起こるだけでなく、古秋という名跡をめぐる兄弟の争い、もともと閉鎖的な村が、台風で孤立して密室化するという設定など推理小説のさまざまな趣向が盛り込まれている。ただ、「七度狐」という話が、上方落語の演目であり、東京落語に移入されていないので、その点でわかりにくさを感じる読者が出るかもしれないのが惜しまれるところである。かくいう私は、西日本生まれの東日本育ちに加えて、西日本の大学を出ているので、東京、上方の両方の落語が理解できるつもりではあるが、怪談噺や人情噺よりも笑わせる話のほうが好きである。とはいっても、推理小説も好きだから、そこは我慢しておくか。
 さらに言えば、1955年頃、上方落語はほとんど演じる落語家がいない壊滅状態であったはずで、落語の歴史を踏まえるとやや無理が目立つようにも思われる(大倉さんは1968年生まれだそうだから、上方落語のどん底時代からの再生についてはあまり知らないはずである)のだが、そうしたことは忘れてミステリーとしての出来栄えを楽しむべきなのであろう。
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