ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(23)

2月9日(月)曇り後晴れ、ひどく寒い。

 第22歌で悪魔たちが地獄に堕ちた魂をめぐって繰り広げた乱闘に乗じて、彼らのもとから逃げ出したダンテとウェルギリウスは
沈黙し、二人きりで、道連れはなく、
一人が先になり一人は後ろになり私達は急いでいた、
小さき兄弟会士が道を行くように。
(334ページ) 小さき兄弟会というのは、当時の教会革新運動の担い手であったフランシスコ会を意味する。同会の修道士たちは2人1組で行動し、また一列で祈り瞑想しながら進む決まりであった。彼ら2人の姿がこの会の修道士たちの姿に重ね合わせて描かれていることは、後で登場する聖マリア騎士団の描き方と対照的である。
 フランシスコ会というと、忘れられない思い出が2つばかりあり、物語の進行とは関係がないが、ここで書き留めておく。アイルランドの第2の都市であるコークを訪れた折、そこのフランシスコ会の修道院の礼拝堂の前で、焦げ茶色の修道士服を着た修道士が、顔見知りらしいケバイ外見の姐ちゃんに話しかけているのを見かけた。お前、近ごろ礼拝に来ないが、どうしたんだ。姐ちゃんのほうが何と答えていたかは忘れたが、聖フランシスコの精神が現代にも息づいていることを実感した。なお、原さんは聖フランチェスコとイタリア語読みをしているが、ご本人たちが聖フランシスコという呼び方をしているおで、その言い方に従うことにしている。コークでの出来事から数年して、今度はダブリンのフランシスコ会の礼拝堂に立ち寄った折に、そこにいた老人からお守りを渡された。お前は中国から来たのか? いや、日本からである。そうか、このお守りをもっていなさい。マリア様が必ずお前をお守りくださるだろう。わたしはカトリック信者ではないが、彼の善意とともにお守りを有りがたく受け取った。真実、そのお守りのおかげで、その後、何度も旅行をしたが、無事に過ごしてきたのである。

 閑話休題、ダンテは第22歌でいったんは振り切った悪魔たちがなおも彼ら2人を追跡してくることを心配し、その気持ちはウェルギリウスにも伝わる。そして2人の後を追って迫ってきた悪魔たちの姿を認めると、ウェルギリウスはダンテを抱きかかえて
険しい崖の頂から下へと
あおむけに身を翻して切り立つ岸壁に身を投じた。
そこには次なる巣窟の片側を区切っていた。
(338ページ) こうして彼らは悪魔たちの追跡を振り切り、第6巣窟に逃げ込む。

 この第6巣窟には偽善者たち、とりわけ聖なる権威のもとで偽善の罪を犯してきた聖職者たちの魂が閉じ込められている。
地底では遅々とした足取りで周回する
化粧された人々を私達は見出した。
苦しみに嘆きつつ疲労困憊している姿だった。
(339ページ) 「マタイによる福音書」23.27には「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなた達偽善者は不幸だ。白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れに満ちている」とある。ユダヤ教の律法を形式的に守ることを重視したファリサイ派の人々を偽善者呼ばわりにするのは、見解の相違の行き過ぎだといえなくもない(聖パウロのようにファリサイ派からキリスト教に合流した人々も少なくないのである)が、ダンテは、当時の一部の修道会における偽善と腐敗をこの言葉に重ね合わせて、この箇所で糾弾しているのである。

 このような罰を受けている魂の中で、ダンテのトスカーナ方言を聴き分けた2人が追いすがってくる。聖マリア騎士団、俗称「享楽坊主会」所属の2人のボローニャ人、教皇党のカタラーノ・デイ・マラヴォルティと皇帝党のロデリンゴ・デッリ・アンダロであった。2人は公職就任を禁じる騎士団の内規にもかかわらず、1266年にフィレンツェ市の最高執政官に迎えられ、教皇党と皇帝党の調停と平和の維持を図るはずであった。しかし彼らは両派の対立を克服するという任務を果たすことができないまま、その年の12月には辞表を提出して、市から逃亡している。「ダンテは、分裂を防ごうとしなかった2人の行動を、善人を装って悪を行う偽善としたのである」(582ページ)と翻訳者の原さんは解説している。さらに「このように偽善に関しても個人的な倫理の問題としてより、社会的側面が重視されている」(同上)と原さんは続ける。「ダンテにとって、社会を腐敗させる汚職と偽善は…人類に対する罪であった。そのためここに強く神の怒りが表現されているのである」(583ページ)。

 ウェルギリウスは彼らとの出会いにより「怒りに少し表情をいらだたせ」(348ページ)ながら、先を急ごうとする。そこでダンテも、その後を追ってさらに先へ進むことになる。
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