柳田国男『一目小僧その他』

2月20日(水)晴れ

 柳田国男『一目小僧その他』(角川文庫)を読み終える。セレンデピティ(Serendipity)という言葉がある。何か探し物をしていて、それとは別の価値あるものを見つける能力・才能を言うのだが、柳田の著作を読むときに、この能力・才能が特に必要とされるような気がする。

 柳田が1917(大正6)年から1932(昭和7)年にかけて行った一連の講演のうち、伝説を取り上げて、そこから古代から続く日本人の心に迫ろうとしたものを集めてまとめたのがこの書物である。非体系的な論述の仕方がされているが、柳田の豊かな文学的想像力と広い読書の跡が窺われる。

 さて神奈川県の名の起こりとなったのは、現在のJR東神奈川、京急仲木戸駅の近くを流れていた神奈川(金川とも書く)という川である。川の名前が宿場町の名前となり、県の名前にまでなった。この川には片目の泥鰌(あるいはほかの魚だったかもしれない)が棲んでいたという伝説を聞いたという記憶がある。そこでこのことについて柳田が触れているかどうかを知りたいと思ったのである。
 
 それで私が予想したように、「そんな[一目の]魚の住むという池川は全国や二か所や三か所ではない」(37ページ)として様々な事例が挙げられているが、神奈川についてはついに取り上げられず、その代わりに「武州橘樹郡芝生村の洪福寺に[鎌倉権五郎]景政の守り本尊、聖徳太子の御作という薬師坐像を、目洗い薬師と名づけて崇敬した」(91ページ)という記述に出会った。洪福寺は私の住まいから遠くないところにあるので、一度出かけてみようと思う。

 さらに京都・岡崎の俊寛が住んでいた法勝寺の跡にある満願寺(166ページ)というのは私の学生時代の友人・知人が多く下宿していた寺で、その時代のことを思い出して複雑な気分になった。

 これらのこととは別に特に印象に残ったのは、柳田が説話の比較研究において「要点の比較だけによって、無造作に説話の一致を説く」(245ページ)の弊害を戒めていることである。柳田は方法論的なことについては断片的にしか触れていないが、そこからくみ取ることのできることは少なくないはずである。

 神奈川は現在では暗渠となってしまい、そういう川があったということさえ知る人は少なくなってしまっている。柳田が過去の痕跡を探った時代と現代とではわれわれの周囲の景観は大きく違ってしまっているし、その頃から同じ場所に住み続けている人もまたきわめてすくなっているけれども、だからなおさら、その中で生き続けている記憶に耳を傾ける必要もあると思うのである。

 肝心の神奈川をめぐる伝説については、解説で小松和彦さんが紹介している「片目の神」を「たたら師」と結び付けて解釈する谷川健一さんの説(355ページ)の方が参考になりそうである。さらに調べてみたい。
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