落合敦思『殷――中国史最古の王朝』

2月8日(日)雨、夕方になって晴れ間が広がる

 落合敦思『殷――中国史最古の王朝』(中公新書)を読み終える。

 今を去ること3,000年以上も以前に中国に存在した殷王朝の社会や歴史について、同時代の史料である甲骨文字を手掛かりとして解き明かそうとする書物である。その実態がどこまで詳しく明らかにされるかという問題とともに、殷の文化がその後の中国の文化、さらにはわが日本の文化にどのようにかかわっているのかということも問題になる。

 殷王朝については、司馬遷が著した『史記』の殷本紀に詳しい記述があるが、殷王朝の滅亡から1,000年が経過した後に記されたものであるだけに虚実が入り混じっている(というよりも、いかに司馬遷が明敏な頭脳の持ち主であったとしても、虚実を見分けることが難しくなっていた)。書かれたものをそのまま信じるという伝統が強い中国では、『史記』の記述が大部分はそのまま信じられていたのだが、19世紀末に王懿栄という人物によって甲骨文字が発見されたことによって事態が変化する。王懿栄は清代末期に起こった義和団事件に巻き込まれて自殺したが、その後、羅振玉や王国維らによって甲骨文字の解読が進められた。他の多くの古代文字と違って、甲骨文字は現在の漢字との直接の継承関係があるため、その解読は比較的容易であったという。占卜の記録である甲骨文字を通して、殷の人々がどのような問題に直面し、対処しようとしていたかが不完全ながら推測することができる。

 中国では、紀元前6,000年頃に各地で新石器文化が出現し、その後、数千年をかけて日用品や装飾具などの加工技術が発達し、また土木建築が大規模化した。そして、紀元前3千年紀になると強い権力を持ったリーダーが出現し、貧富の差が拡大したことが窺われ、その中で黄河中流域に最初の王朝が出現したと考えられる。考古学的な分類では二里頭文化に位置づけられるこの時代の王都は現在の河南省偃師市に置かれており、発見された宮殿の規模は新石器時代とは隔絶した規模の巨大建築であるという。この王朝は文献資料に記された「夏王朝」と同一視されることもあるが、内容に食い違いが大きく、直接的な関係を認めることはできない。

 二里頭文化に続く2番目の王朝が殷である。二里頭文化の王朝については、当時の叔父資料が発見されていないため、もっぱら考古学の対象であるが、殷王朝は同時代史料である甲骨文字が大量に発見されているので、歴史学の対象となると著者は論じている。殷王朝は紀元前16世紀に成立して紀元前11世紀に滅亡するまで500年以上も存続した。殷王朝の前期(紀元前16~前14世紀)及び中期紀元前14から前13世紀)については、文字資料がほとんど発見されていないために詳しいことはわからないが、前期は安定して領域を拡大したが、中期には分裂して複数の王統に分かれたと推定される。分裂期は100年ほど続いたが、武丁という王によって王朝が再統一され、それ以降が殷代後期(紀元前13~前11世紀)となる。この時代になると甲骨文字による資料が大量に生み出され、その歴史を比較的詳しく知ることができる。殷代の支配体制は分権的であり、遠方の地方領主は自立的な力を持っており、殷王が強く支配しているのは王都の周辺のみであった。

 こうした軍事力による支配のほか、殷王は盛んに神々を祀っており、精神的な面からも人々を支配していた。王による祭祀は必ずしも純粋な信仰心から行われたのではなく、王の宗教的権威を確立するという意図を以て実施されたのである。殷代においてもっとも重要な宗教儀礼は、家畜の肩甲骨や亀の甲羅を使った占いである甲骨占卜であり、殷王はそれによって王朝の政策を決定していた。殷代の同時代史料である甲骨文字は、このような甲骨占卜の内容を記録したものである。

 ただし、甲骨占卜は、名目上は神意を知るための手段であるが、実際には政治的に利用されていた。事前に甲骨に加工が施され、王が望んだ結果を出せるようになっていたのである。殷王朝の政治は、神への祭祀や甲骨占卜を重視したために「神権政治」と言われるが、その実態は「神に頼った政治」ではなく、「神の名を利用した政治」であったのである。

 殷王朝の前期・中期における政治と社会の姿でわかることは以上のようなものであるが、武丁による中興期以降殷の政治は大きく転換を遂げることになる。そのことについては、さらに機会を改めて見ていくことにしたい。これまでみてきたところから、殷の時代の政治の、占卜によって神意を伺い、政治を進めると言いながら、実際は王の意向に沿って政策を決定しようとするなど、生々しい姿を多少なりとも窺うことができた。現代の政治とは大きく異なる神意という建前を掲げながら、実際には為政者の本音を推進していくというところではあまり変わりがないのではないかという気がするのだが、いかがなものであろうか。
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