『太平記』(26)

2月5日(木)雨(霙)が降ったりやんだり

 今回から、『太平記』第5巻に入る。

 元弘2年(1332年)3月22日、後伏見院の第1皇子量仁(かずひと)親王が19歳で即位された。後に光厳天皇と諡される方である。この方のたどった生涯を描いた飯倉晴武さんによる『地獄を二度見た天皇光厳院』という書物が吉川弘文館の歴史文化ライブラリーに入っている。新帝の母は左大臣西園寺公衡の娘寧子で、後伏見院の女御であったが、後伏見院の弟の花園天皇が即位された際に、その准母となり、広義門院という院号宣下を受けていた。光厳院、広義門院ともに、その後の歴史の展開の中で大きな役割を演じられることになる。
 新帝のもとで関白になったのは鷹司左大臣冬教(ふゆのり)、別当は日野中納言資名である。「いつしか当今(とうきん)奉公の人々は、みな一時に望みを達して、門前市をなし、堂上花の如し」(235ページ、いつしか今上帝に仕える人々は、みな一時に望みをかなえ、一族繁栄することになった)。後醍醐天皇のもとで冷遇されていた貴族たちが、新しい天皇のもとで息を吹き返す。その様子が描かれている。また新帝の弟である尊胤法親王が天台座主となった。

 万里小路大納言宣房卿は古くから後醍醐天皇に仕え、その子息である藤房、季房の2人も後醍醐天皇の側近中の側近として活躍、そのため幕府から流刑の処分を受けることになった。当然、父親にも累が及ぶところであるが、賢才との評判が高かったので、幕府も特段の配慮をして新帝のもとにも出仕するように計らった。

 そこで朝廷は日野中納言資明(すけあきら)卿を勅使として宣房にこの由を伝えた。資明は、俊光の子、資名と資朝の弟である。日野家は持明院統に近い家柄であったが、資朝と一族の俊基は後醍醐天皇の側近として活躍、力及ばずして幕府に捕えられ処刑されたのは既にみたとおりである。これに対して資名と資明は持明院統に仕え続けていた。資名は室町時代における日野家の隆盛の基礎を築き、資明はこの後、実務官僚として活躍、さらに権大納言に進み、柳原家の祖となる。

 宣房は資明に「臣、不肖の身たりと云へども、多年奉公の身を以て、君の恩寵を蒙り、官禄ともに進んで、剰(あまつさ)へ政道輔佐の名を汚せり(畏れ多くも帝の政務を補佐する職についた)」(236ページ)。主君が過ちを犯した際に諌め、三度諌めて入れられない場合には身を退けるのが良臣の節である。諌めるべき時に諌めないのを尸位(しい=いたずらに高位におり、職責を果たさないこと)と言い、退くべき時に退かないことを懐寵(かいちょう=寵愛を頼んで官を退くべき時に退かないこと)という。「君、今不義を行ひおはして、武臣のために辱められ給へり。これ臣が予め知らざるところによつて、諫言を献ぜずと雖も、世の人、豈にその罪なりしことを許さんや」(237ページ、天皇が今、正しくないことをなされて、幕府によって辱めを受けられた。これは私が予知していなかったことで、そのため諫言を申し上げなかったのだが、世の人がそれを許すだろうか)、それに自分の年長の子息2人が流刑に処せられ、自分は70歳となって心身ともに衰えている。2人の天皇の朝廷につかえて、自分の衰老の姿を見せて、恥をかくよりも、野にあって飢え死にするほうがましであると涙ながらにのべた。

 これに対して、資明も宣房の気持ちは十分に理解して、抑えることのできなかった涙を流し、しばらくは物を言わなかったが、次のように述べた。「忠臣必ずしも主を択ばず。仕へて治むべきを見るのみなり」(同上、『後漢書』馬援伝に類似句があるとのことである。中心というのは必ずしも主君を選ぶ者ではない。仕えて政治がしっかり行われているか見守るだけである)という。中国の故事から、もともとの主君の敵に仕えて功績をあげた例を挙げる。さらに幕府からこのように申し入れてきたことであり、新しい朝廷に仕えれば、赦免の可能性が開けるかもしれない。野にうずもれるよりも、朝廷につかえて功績をあげる方が子孫のため、家のためであると説得する。この説得についに宣房卿も折れて、光厳帝にお仕えする旨の回答をする。

 この間、都でも地方でも、世にもまれなあやしい出来事が数多くみられた。特に先帝が延暦寺の根本中堂に燈した新常燈が飛んできた山鳩に消され、その山鳩がイタチに食い殺されるという出来事があった。

 皇位を争っている持明院統と大覚寺統のそれぞれに従う貴族たちがいて、どちらが皇位につくかによって浮沈を繰り返してきたのだが、そんなことよりももっと大きな変化が貴族たちだけでなく、もっと幅広い人々を巻き込んで起きていくかもしれない。そんな中で資明卿の「仕へて治むべきを見るのみなり」という言葉には、時代の変化の中で強く生きようという意欲が感じられる。
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