マージェリー・アリンガム『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿Ⅰ』

1月26日(月)晴れたり曇ったり

 マージェリー・アリンガム『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿Ⅰ』(創元推理文庫)を読み終える。アガサ・クリスティー、ドロシー・L・セイヤーズ、ナイオ・マーシュとともに英国女流作家のビッグ・フォーと称されたマージェリー・アリンガムの中・短編の中でも優れていると思われる作品を年代順に並べて編集したもの。猪俣美江子さんの翻訳になる。戸川安宣さんの解説の言葉を借りれば、「これからアリンガムを読んでみよう、という読者には格好の入門書となることだろう」(285ページ)。

 「これからアリンガムを読んでみよう」。クリスティーの作品はそのほとんどを読んでいるとはいうものの、セイヤーズになると長編1作品、短編集1冊を読み終えているだけで、あまりなじみがなく、アリンガムとマーシュについては名前を引き合いに出されない限り思い出さないという読者にとっては、思いがけない呼びかけではある。しかし、きっかけがどのようなものであれ、面白い推理小説が読めればよいのである。

 この作品集にはアリンガムがその作品の主人公である探偵の素性について記した「我が友、キャンピオン」というエッセーのほかに、「ボーダーライン事件」、「窓辺の老人」、「懐かしの我が家」、「怪盗<疑問符>」、「未亡人」、「行動の意味」、「犬の日」の7編の小説が収められている。

アリンガムの友人では有るが、確かなことはわからないというアルバート・キャンピオンという探偵。「我が友、キャンピオン氏」その他から、人物像を探ってみると、本名はルドルフ・・・・というらしいのだが、詳しいことは明かされていない。完璧な紳士であるとアリンガムは記すが、自分の本当の身分を明かさないことで、自由に生きていきたいということらしい。1900年生まれ。英国有数のパブリック・スクールであるラグビー校の出身だろうとアリンガムは書いている。ケンブリッジ大学のセント・イグナティウス(英語の発音ではイグネイシャスだろう)・カレッジを卒業して、間もなく探偵を始めた。ロンドン西1地区(W1) ピカデリー、ボトル通り17番地aの警察署の上階に、<従僕>を自任する元夜盗のマーガズ・フォンテイン・ラッグと暮らしている。
 作品中に定期的に登場するもう1人の重要人物であるスコットランドヤード(ロンドン警視庁)犯罪捜査部のスタニスラウス・オーツ警部(「窓辺の老人」で警視に昇進している)と親しく、お互いに自分の捜査能力に自信をもって張り合いながら、事件の解明に努めていく。2人をよく知る人の言葉を借りると「二人の関係はいっぷう変わったものだった。どう見ても、才気あふれる素人探偵と謙虚な警官といった感じではない。むしろ短気な喧嘩っぱやい警官が、無害で友好的な一般市民の代表者に議論を吹っかけているといったところだ」(「ボーダーライン事件」、13ページ)。 

 キャンピオンは変わり者ではあるが、温厚で知り合いも多い。どんな人間とも付き合うことで自分の世界を広げ、捜査に役立てようとしているようである。アルコール類には詳しく、そのためブランデイにまつわる怪しげな事件に絡むことになる(「未亡人」、なお、「未亡人」というのは犯罪者仲間の間での通称ということになっていて、誰かの未亡人が登場するわけではない)。≪ランチに誘うべき若き麗人≫や≪クリスマス・カードを送るべき知人≫のリストを作っている(「怪盗<疑問符>」)ことから女性嫌いでないこともわかる(むしろ好きなために婚期が遅れている節がある)。性格の魅力もあるが、それ以上に(戸川さんが指摘するところでは)彼のつくる人間関係に作品の特色がみられる。

 表題作である「窓辺の老人」は20年間ずっと毎日7時間半も社交クラブの窓辺にすわっている90歳近い伝説の老人が、死んだと思ったら、生き返るという奇怪な事件を追いかける。巻頭の「ボーダーライン事件」は袋小路で起きた射殺事件の謎に迫る。実は題名に手がかりがある。「懐かしの我が家」では各国の警察の追及を受けている詐欺師が何のとりえもない田舎家を高額で借り受けたということからキャンピオンが現地に赴く。事態は二転三転してハラハラドキドキの面白さがある。収録作品のそれぞれに独特の味わいがあり、セイヤーズのような学識は見られない代わりに、読みやすい。これから彼女の作品を読んでいくことを楽しみの一つに付け加えるのは悪くないと思った。

 余計なことを付け加えておけば、キャンピオンという名前は英国におけるカトリックの殉教者の1人、ラグビーは実在する学校の名前であるが、ケンブリッジ大学に聖イグナティウス・カレッジという学寮は存在しない。(イグナティウス→イグナチオ・ロヨラはカトリックの修道会であるイエズス会の創設者の名前。オックスフォード大学にはキャンピオン・ホールというイエズス会の学寮がある。) ラグビーはもちろん、イングランド国教会の学校であるから、物語に現実性をもたせるために、虚構の中にところどころ現実が織り込まれているのは推理小説の常套だとはいっても、話は結構面倒である。もっとも面倒避けていたら推理小説を読む楽しみはなくなってしまうことも否定できないのであるが…。
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