『「個性」はこの世界に本当に必要なものなのか』

1月24日(土)曇り、一時晴れ間が覗く

 東京大学教養学部×博報堂ブランドデザイン『「個性」はこの世界に本当に必要なものなのか』(アスキー新書)を読む。

 現代日本社会では、各個人についてだけでなく、組織や国についても個性が必要だと考えている人が多いことが、アンケート調査などからわかっている。その一方で、個性よりも基礎学力を重視して教育を進めることが必要であるとか、社会から協調性や秩序が失われてきているのは、個性重視の風潮の影響もあるのではないかという意見も見られる。つまり個性をめぐっては、相反する評価が対立しながら存在しているのである。

 ところが、個性とは何かと改まってその定義を求めてみると、一致した回答が得られるわけではない。一様でないどころか、多様な広がりをもってさまざまにとられているというのが実態である。

 そこでこの書物では東京大学教養学部に籍を置き、認知神経科学、文献学、生態学、哲学、物理学、統計学、政治学、天文学、言語学の9つの分野をそれぞれの専門分野とする研究者にインタビューを行い、広い意味での個性についての意見を述べてもらっている。そして、そこで得られたものをもとに、このプロジェクトの主宰者であり、研究者でもある真船文隆氏(化学専攻)と、同じくプロジェクトを主宰する博報堂のブランドデザイン代表である宮澤正憲氏が総括的な対談を行っている。それらをまとめたものがこの書物の内容である。これらの議論を通じて、個性とはどのようなものなのか、社会や個人にとってどのような意味をもつのかを考える手がかりとなることが意図されている。

 第1講では認知神経学者の四本裕子さんの見解が語られている。四本さんによると個性は脳の使われ方の違いであるという。こうした違いが生まれる要因には遺伝的なものと環境的なものとがある。論理的推論能力や数学的思考力、音楽的才能、運動能力などはそれなりに高い割合で遺伝に依存し、同調性や執着性、社交性、不安気質などは育った環境の影響が大きいと言われている。しかしもって生まれた性格や行動も、覚醒を促されて初めて発揮されるものである。他方環境の影響によってはぐくまれる性格や行動も、刺激の持続によって新たな個性になっていく可能性がある。
 とはいうものの人間にとって自分を客観的に認識することはきわめて難しいという心理学的なメカニズムがあり、個性は意識的には育むことができないものである。「個性はあくまで結果。そこにあまり意味はないのかもしれません」(30ページ)と四本さんの結論は悲観的である。私が大学で教師をした結果を踏まえて、人間が自分を客観的に認識することは難しいというのはその通りであると思う。親や教師、あるいは友人が客観的な意見を伝えても、その頃が本人に肯定的な影響を与えるとは限らないのが、さらに問題を難しくしているように思う。

 第2講で昔中近東でつかわれていたシリア語の文献を研究している高橋秀海さんが人類の文明の基礎となるような偉大な精神の記されている文献に触れてきた経験を踏まえて、個性について語っている。「その経験からいうと、とくに宗教文献のなかには個性という言葉をあまり見かけないように思います。/むしろ、個性を否定するような記述のほうが多い、といってもいいかもしれません。/あくまで私の印象に過ぎませんが、個性は最初から求めるものではなく、何かを求めていく中でおのずと表れ出て来るものではないか。/キリスト教やイスラム教の考え方に触れていると、そう思うことがしばしばあります」(36ページ)という。
 宗教を信じていると、その創始者に似ようと努力する。個性的であろうとするのではなく、ある一つの価値観に沿って生きようとするのである。ところがみんなが同じ努力をしているはずなのに、そこに個性が生まれてくる。イエスの十二使徒を見ればこのことは明らかである。修道院での人間の生き方を見ていても同じことが言える。個性は無理に探し出すものではなくて、「気がつくとおのずと表れ出ているもの」(47ページ)であるという印象をもっているという。

 今回は最初の2人分の意見の紹介でやめておくが、全く違う立場から「個性」について論じているお二人がともに、自覚的、意識的な努力によって個性を形成する可能性には懐疑的もしくは否定的であるように見受けられる点が注目される。これから登場する研究者たちが、どのような意見を述べるのか、これからの展開にご期待ください。
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