ダンテ・アリギエリ『神曲 地獄篇』(21)

1月20日(火)晴れ

 ダンテはウェルギリウスに導かれて地獄の第8圏の第5巣窟にやってくる。

さながらヴェネツィア人たちの造船所で
冬、痛んだ船を塗り直すために
ぶくぶく煮えている粘々した瀝青、

それは彼らが航海できないその代わりに
新たに自分の船を建造したり、ひときわ多く航海に出た船の
側面を補修したり、

船首をあるいは船尾を打ち直したり、
あるいは櫂を作り、あるいは縄を準備し、
船首三角帆や大檣帆を繕うなどするのだが、

それと同じ有様でどろどろの瀝青が
しかし火によってではなく神の御業によって、地底でぶくぶく煮え、
その崖を覆い尽くし粘りついていた。
(304-305ページ) ここでは祖国と市民への裏切りの罪である汚職が罰せられている。ヴェネツィアにあった当時西欧で最大の造船所アルセナーレの様子が地獄の比喩として使われている。もちろん、そこで働く人々は瀝青の中に落ちないように気をつけて作業しているのだが、現実の人生の中で我々が地獄を意識して罪を避けて日々を送っているかというとそれは別の問題である。多分、ダンテはこの造船所の様子を実際に見たことがあり、その経験が地獄の描写の迫真性を支えていると考えられる。 

 この様子をダンテが見ていると、ウェルギリウスが危険を知らせ、振り返ると罪人を担いで悪魔がやって来ていた。
ああ、どれほど凶悪な姿だったか。
翼を広げ、両足の上に軽々と乗った
その身のこなしが、どれほど獰猛に見えたか。

その肩は盛り上がって尖っており
一人の罪人を両腿からかついでいた
つまり両足の腱をその鋭い爪にかけていたのだ。
(307ページ) 罪人はルッカの市政を預かる有力者で、悪魔は仲間の悪魔たちに、ルッカには汚職が蔓延していると言い残し、罪人を引っ張ってくるため再びそこに戻っていった。

 ウェルギリウスは彼らと交渉し、案内をしてもらう。
…「お前たち、誰も暴虐をなすなかれ。

おまえ達の刺股が我を的にかける前に、
我が言葉を聞く者を一人、前に進ませよ。
しかる後、我を刃にかけるかどうか決めよ」。
(310-311ページ) <理性>ウェルギリウスは安心しているが、ダンテは不安を覚える。最後に悪魔たちは彼らの隊長に意味深長な合図を送り、隊長は屁でそれに答えた。<

すると奴は尻の穴をトランペットにしたのだ。
(317ページ) この場面は猥雑で滑稽でもある。翻訳者である原さんは解説の中で「格調とはほど遠い、リアルで猥雑で下品な会話が特徴となっている」(575ページ)と指摘している。しかし、このことが文学作品としての『神曲』の価値を傷つけず、むしろその民衆文学への接近がダンテの文学世界の多様性を改めて認識させるものとなっていることに注目すべきであると思う。ダンテの文体は、ウェルギリウスが悪魔たちに話しかける言葉の格調の高さとは対照的に、卑俗なものになっているかもしれない。しかし、それが新しい時代の新しい文学の出発点を目指すものの文体上の試みであったのだ。
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