和辻哲郎『イタリア古寺巡礼』

1月19日(月)晴れ

 和辻哲郎のこの本を取り上げるのは、本日何を話題にしようかと苦しんだ結果、手近なところにあるのを見つけたからで、それ以上の意味はない。どういう理由からか、サラリーマンであった父親がこの本を読んでいて、それを中学生か高校生だった私が拝借して読んでから、55年余りの年月が経っている。現在、私の手元にある本は岩波文庫版であるが、父親がもっていたのは角川文庫ではなかったかと思うが、定かではない。とにかく、私が読んだ和辻の本はこれが初めてあり、そのことはいろいろな影響を私に及ぼしたようである。まず、イタリアという国に興味とあこがれを抱いたし、イタリアルネサンス期を中心とする美術について具体的な知識を得た。それから和辻哲郎という学者の存在を知った。
 もっともその後和辻哲郎の著作は折に触れて読んできたが、しかるべき敬意は払っているつもりだとはいうものの、何から何まで和辻を援用して考えなければ気が済まないというほどに心酔して読んだというわけではない。ある時、思想史関係の研究会の折にキルケゴールの『死に至る病』が話題となり、隣にいた先生に「そういえば、和辻哲郎が若い頃にキルケゴールについて研究していますねと、余計な話を持ちかけたところ、和辻さんのような頭のいい人は哲学には向かないという答えが返ってきたのを覚えている。聞くところによると、和辻は1時間の講義のために15時間の予習をしたといわれる。頭のいい人がそれだけの努力をして、それでも説得できる人の数は限られていることを思うと、いろいろな意味で恐ろしくなる。

 『イタリア古寺巡礼』は1927(昭和2)年2月から、1928(昭和3)年7月まで、当時京都大学の助教授であった和辻がドイツに留学した際に、さらに脚を伸ばしてフランスとイタリアの各地をめぐり、教会堂や美術館などを見て回った記録であり、もともと夫人に宛てて書いた私信を、その後20年以上を経て1950(昭和25)年に本にまとめたものである。この本を私はまだ十代の半ばごろに読んで、その内容のかなりの部分を記憶してきた。それだけ内容が具体的で、対象が生き生きと描かれているということである。これはもともと、著者の資質に加えて、旅が有意義で楽しいものであり、その印象を伝えることが著者にとって楽しい作業であったことによるものであろう。

 著者は有名な教会や美術館を訪れるだけでなく、イタリアの自然や社会についても詳しい観察をしている。さすがに、その後『風土』という書物を書いただけのことはある:「イタリアにはいって著しく目につくのは、農家の汚いこと、村の多いことである。…それに加えてもう2つ、日本と著しく違う点が目についた。/その一つは、農村が山の中腹に位していることである。/もう一つ目についたのは、葡萄畑、桃畑、野菜畑などのまわりに、石の塀がめぐらしてあることである」(38-39ページ)。農村が山の中腹にあることについて、マラリアの蚊を避けるためであろうか、外敵から身を守るためであろうかと推論をめぐらしている。また、畑のまわりに石の塀がめぐらしてあるのは、フランスにもみられるが、その塀の高さが違うと述べているが、英国でも石の塀は時々見られることを思い出した。もっとも英国では生垣(hedge)の方が一般的ではあるが、これは囲い込みenclosureとどのように関連しているのか、この動きが英国では起きたが、フランスでは見られなかったことについてマルク・ブロックが研究を発表するのは和辻の旅行よりも後のことではないか…などと考えるのも興味深いことである。

 本題である教会などの建築物や美術館を訪問した際の感想はまことに率直で、例えば「このごろギリシア彫刻に感心させられているせいか、ミケランジェロの作を見ると、ひどくギリシア彫刻に圧迫されているという気がしてならない」(58ページ)と、ギリシア彫刻とルネサンス彫刻を丁寧に観察比較しながら、ルネサンスの芸術家の労苦を窺い知ろうとする。ミケランジェロについていえば、彼の設計になるサン・ピエトロ寺院の建築を何度も見るうちにその価値を認識するくだりも読み応えがある:「永遠の都ローマの宝冠はサン・ピエトロだといわれている。あの堂を宝冠だなどとは言い過ぎだと思っていたが、そうではない、これこそ宝冠だ、とつくづく思うようになった」(87ページ)。

 またアシシのサン・フランチェスコの寺と、この寺のジォットーの壁画について「ジォットーの作といわれる絵はここには20くらいあるが、後の補修の相当加わったものもあり、必ずしもすべてが好いわけではない。全体として、写真で想像していたほどよくはなかった。写真で想像していたよりも実物の方がよいと思ったのは2ついかない」(164ページ)という。その2作品のうちの1つが有名な「小鳥に説教する図」なのは当たり前すぎる話ではあるが、写真を見たり、関連作品を観たりして、古寺巡礼に際して予習を怠らないところに和辻の面目が現われている。

 イタリアを巡歴しながら、ローマ、さらにはギリシアの美術の面影を探っていること、イタリアの風土と人情・芸術の結びつきを時々日本との比較を交えながら考察していることなどがこの書物の特徴であるが、その中で特に注目されるのがローマのカタコンベ(地下墓地)を見て、ローマ時代のキリスト教徒への迫害と、日本におけるキリシタン迫害の歴史を対比したうえで、「しかし日本では、ローマでのように地下に潜ることができなかった。日本の土地は湿気が多くて到底地下の住居を許さないのである。はなはだ比喩的になるが、日本の湿やかさは人間の争いを深刻ならしめない」(110ページ)と論じている点であろう。ここには風土が国民性に大きな影響力を持つという主張の典型例がみられるのである。

 私自身は残念ながら、イタリアに旅行する機会がないまま年をとってしまったが、単なるあこがれだけでなく、どのようにイタリアの自然と社会・文化を見るかについてこの書物から学んだことは、ほかのことを考える際にも役立ってきたような気がする。私にとってはやはり忘れがたい書物の中に数えられる。
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こんばんは。

今からでも遅くないと思いますが。
是非鋭い目でイタリアの中世の美術・文化を考察されて
思いの丈を日記に認めて下さい。期待しています。

昔よりずっとイタリアは近くなったと思います。

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