小倉美惠子『オオカミの護符』(5)

1月15日(木)午前中から雨が降りだす

 奥秩父の三峰山と三峯神社を訪問した小倉さんは三峯神社の神官である千島幸明さんが子を産むオオカミの叫び声を聞くと伝えられてきた「心直ぐなる」山の百姓である神領民の出身であることを知る。彼らは焼畑や山仕事に従事しながら三峯神社に仕えてきた。そして昭和50年代までは関東の山々で焼畑農業が営まれていたのが、その後急速に農山村の暮らしに変化が起こってきたのである。

 年配の人々の間に山の暮らしの記憶はまだまだ根強く残っているが、その記憶を裏付けているのが秩父出身の写真家清水武甲が撮っていた焼畑が盛んにおこなわれていたころの三峰耕地の姿を写した写真である。彼は「ただ生まれ育った土地」だからという理由で秩父山地の写真をとり続けたという。そのそっけない言葉と裏腹に、秩父を見つめる目の温かさが写真には溢れている。

 清水武甲の写真の中に焼畑が行われていたころの姿が残されている和名倉山は現在では遭難者が出るほど荒れているというが、むかしむかしはオオカミが棲んでいたといい、三峯神社の境内にある三峯山博物館には和名倉山で捕獲されたオオカミの毛皮が展示されている。秩父、上州、信州、甲州の山地に住むオオカミと犬とを交配して生まれた狩猟犬であるといわれる川上犬、秩父犬、十石犬、甲斐犬などが遺されている。

 焼畑をする人々にとって一番困ることは作物がイノシシやシカなどの獣に食べられてしまうことであった。こうした焼畑民たちにとって、イノシシやシカを捕食するオオカミはありがたい存在であった。「『オオカミの護符』は、ここ三峯で猪鹿(いじか)除けの目的で発行されたのが最初だと聞いた。その経緯は享保19(1734)年の『三峯山観音院記録』の中に記されている。『オオカミの護符』に、害獣除け、盗難除けに加え、火難除けの効力もあるとされる背景には、やはり焼畑との関係があるのではないか・・・などとも連想された」(206ページ)。

 小倉さんと由井さんはさらに三峯に暮らす長老格の老夫妻を紹介されて訪ねる。焼畑を実際に行っていた経験から、「春の火入れ」と「夏の火入れ」とがあり、それぞれその後で作る作物が違うなど詳しい話を聞くことができた。「オオカミのお産の唸り声を聞いた獣は山に逃げ、獣の害から作物が守られたことから『オオカミの護符』の信仰が広がったとも語った。なんと大正以前に柳田国男が採集したあの話を、今も身に宿している人と出会えるとは思ってもみなかっただけに、この巡り会いに高揚した」(210・212ページ)。また神社で行われている「お炊き上げ」はもともと山の民の行事だったものが、だんだん時代が下がって社に祀り込んだもので、その一方で山での祀りは途切れてしまったのだとも聞く。

 このように山で暮らす人々の生活と山への信仰に触れて川崎に戻った小倉さんは、多摩丘陵の村々で『雑木山』をさしていう「べーら山」が、やはり神々の居場所と考えられてきたことを思い出す。「神々は、どこにでも祀られていたわけではない。土橋の百姓に経済的な恩恵をもたらした『竹藪』に神々を祀る祠はない。それでは、なぜ『べーら山』に祠が祀られてきたのだろう」(216ページ)。小倉さんは哲学者の内山節さん(この文庫本の解説を書いている)が説く「稼ぎ」と「仕事」の関係からこれを説明しようとする。「土橋の『竹藪』は、換金作物を得るための『稼ぎ』の場であり、一方『べーら山』は、永続的に暮らしを成り立たせるための『仕事』の場といえる。つまり、世代を越えて守り続ける「仕事」の場に、神は祀られているのだ」(218ページ)。そして、「土地の自然と向き合い、神々を祀ってきた人々の言葉や姿には、未来を指し示す手がかりが宿されているはずだ」(220ページ)という結論にたどりつき、自分の生まれ育った土地でそうした人々の暮らしを掘り起こす作業を続けようと決心するのである。

 4回出終えるつもりが、5回に分けて紹介することになった。それだけ、あとの方になって本の面白さが増してきたということである。この本を読んで特に強く印象に残ったのは、明治維新によっても、太平洋戦争によっても山で焼畑を作って暮らす人々の暮らしのおおよそは変わらなかったのが、社会経済の変化に連れて変貌し、昭和50年ごろには関東地方では焼畑が姿を消したということである。昨年秋に見た今井正監督の映画『ここに泉あり』には山で樵や炭焼きをして暮らす人々の姿が描かれていて、こういう生活がこれからも続くのだろうと劇中の人物が語っているのと、それが実際には姿を消したという現実とを対比させて感慨にふけったことを思い出す。とはいうものの、姿を消してしまったはずの生活様式や信仰の痕跡が、私たちの日常生活や意識の中に残っていないとも限らないので、そのあたりのことを掘り起こしてみたいと考えた次第である。

 これは付け足しになるが、子どものころに、大人たちが甲斐犬という犬種の犬がいるという話をしていたことを、今回の読書で改めて思い出した。それがオオカミの血を引いているという言い伝えがあることを初めて知ったが、紀州犬にも同じような話があり、どちらかというと中型の日本犬の方がオオカミに近いということのようである。とすると、ニホンオオカミもそれほど大きな獣ではなかったのかなと思ったりした。日常生活の見直しとともに、想像力を多少は働かせる機会を与えてくれる書物でもある。
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