『太平記』(23)

1月11日(日)晴れ

 元弘2(1332)年、後醍醐天皇の隠岐への配流が決まった。退位した天皇を隠岐に流すというのは承久の変の先例に従う措置であるが、「臣として君を流し奉る事、関東もさすが恐れありとや思ひけん」((195-196ページ)、皇位継承者に決まっていた後伏見院の第一皇子である皇太子を即位させ(光厳天皇)、新しい天皇により「先帝御遷幸」の宣旨を出すという形をとった。後醍醐天皇が厚意に復帰する希望はないということを認識して出家していただこうと、鎌倉幕府のほうでは香染めの御衣を用意したが、出家の意思はないといい放って、天皇の日常の衣服である紅の長袴を依然として着用され、毎朝、行水を使われたうえで、宮中の賢所に向けて拝礼をされていた。このため、「国に両人の王まします心地して、武家も持ちあつかひてぞ覚えける。これも、叡慮に慿(たの)み思し召す御事のありけるゆゑなり」(196ページ、国に二人の天皇がいらっしゃるという気分がして、幕府も持て余し気味であった。これというのも、天皇の心中に帰するところがあったためである。) 

 これより3年前の元徳元年の春に中国から明極楚俊という禅僧が渡来、天皇が外国の僧と御面会になるのは異例のことであったが、後醍醐天皇は禅宗にも関心をもたれていたので、この僧を呼んで話をお聞きになったのであった。問答の後、この僧に国師号を授けられたが、その際に彼は使いのものに向かって「この君亢龍(こうりょう)の悔いありと云へども、二度帝位を践(ふ)ませ給ふべき御相有り」(197ページ、この君主は、高く昇りつめた龍があとは降りるよりほかはないということばがあるけれども、二度帝位につかれる相をされている)と述べた。この言葉が念頭にあって、出家されなかったのである。

 中宮である西園寺禧子は都に残ることとなり、六波羅を訪問して天皇との別れを惜しんだ。別れ際に涙ながらに
  この上に思ひはあらじつれなさの命よさればいつを限りぞ
(199ページ、これ以上の悲しみはないでしょう。無常なわが命よ、それええはいつまえ永らえるのか)とお詠みになった。

 3月8日、幕府から派遣された3,000余騎の警固の武士たちに護送されて先帝は隠岐に向かわれた。付き従うのは、天皇の側近中の側近であった一条行房(蔵人所の頭と京職、修理職などの大夫(長官)を務めていたので頭大夫と呼ばれていた)、六条少将(千種)忠顕、身の回りのお世話をする三位殿の御局(阿野廉子)だけであった。行列を見守る群衆の中からは、武家による天皇の配流を非難し、そのうち幕府も滅亡するだろうという声が聞かれた。このため、警固の武士も心を動かされて涙をこぼすものがいた。

 道中、先帝は桜井の宿から石清水の八幡宮を遥拝され、京都に戻ることを祈念され、平清盛が一時都を移した福原を通り過ぎるときは、その不遜な行為が天の罰するところとなったとの感慨にふけられ、さらに須磨を通り過ぎるときには源氏物語の内容も思い出された。さらに美作の国に達して雲の間から見える高く白い山を見かけられ、山の名を警固の武士にお尋ねになり、伯耆の大山であると知って、心の中で経文を唱えられた。

 「或る時は馬蹄板橋の霜を踏み破り、或る時は鶏声茅店の月を抹過し、行路に日を窮めければ、都を御出であつて、十三日と申すに、出雲国見尾の湊に着かせ給ふ。ここにて、御船を艤(ふなよそい)してぞ、渡海の順風を待たれける」(201-202ページ、ある時は馬の蹄が橋の上の霜を踏み破り、またある時は朝早く田舎家を通り過ぎるなどして、日にちを重ねたので、都をお出ましになってから13日のうちに出雲国見尾(松江市美保関町)の湊に到着、出港の準備をして順風を待ち受けられることとなった)。

 形の上では退位して、新しい天皇に位を譲ったようにしているが、京都に戻る意志を固く心にお持ちになっている後醍醐天皇が隠岐に向かわれる様子が比較的簡潔に記されている。このあたり、吉川英治の『私本太平記』だと『徒然草』の作者が登場したり、様々な人間模様が絡んでくるのだが、本家の方はあっさりしたものである。ただし、劇的な出来事がないわけではなく、それは次回に紹介する部分で描かれている。

 
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