『太平記』(21)

12月25日(木)晴れ後曇り、その後雨が降ったりやんだり

 鎌倉幕府の追及を逃れて都を脱出し、笠置山に籠城した後醍醐天皇であったが、元弘元年(1331年)9月の末に落城し、楠正成の千早城を目指して逃走を続けたものの幕府方にとらえられた。翌年、幕府からの使者が上洛して、捕えられた天皇とその側近たちの処分が決まった。一宮尊良親王は土佐へ、妙法院宮は讃岐へ、四宮静尊法親王は但馬へ流された。九宮は幼いため中御門宣明に預けられたが、宮が父の後醍醐天皇を慕って詠んだ歌は、京中の口ずさみとなった。

 尹大納言花山院師賢は後醍醐天皇の身代わりとして比叡山に登った人物であるが(第2巻)、下総の豪族千葉貞胤に預けられることになった。この人は若いころから和漢の学問に親しみ、世間的な栄達や恥辱に関心を寄せていなかったので、流刑となっても心を動かすことはなかった。その様子は中国の詩人の杜甫や本朝の小野篁が不運に見舞われても心を動かさなかったことにたとえられるものであった。流刑地でも心静かに暮らしていたが、もともと出家の志があったので、北条高時の了承も得て32歳という若さで剃髪して僧侶になったが、その後まもなくして亡くなってしまった。

 後醍醐天皇に最後まで身近で仕えていた中納言万里小路藤房は常陸の国に流され、同地の豪族小田民部大輔(みんぶのたいふ)高知に預けられた。「左遷遠流の悲しみは、いづれも劣らぬ涙なれども、殊にこの人の心の中は、推量するもなほあはれなり」(187ページ)と作者は記す。というのは、彼は都に想い人がいたからである。

 後醍醐天皇の中宮禧子に仕えている輔(すけ)の御局(みつぼね)という美しい女房がいた。後醍醐天皇が即位されてからしばらくした元亨年代のある秋のこと、中宮の実家である北山殿(西園寺実兼の邸)に天皇が行幸された際に、舞楽が演じられた。そのときに輔の御局が琵琶を演奏していた音色に聞きほれた藤房は何とかこの女性と情を通じようと思っていたが、なかなか思い通りにいかなかった。ところがふとしたことから二人は出会い、結ばれたのである。

 ところがそのあくる朝に(このあたり、どうも作り話めいているのだが)、天皇が笠置をさして落ち延びていくことになり、藤房は何とか彼女にあって別れを告げようとするのだが、出かけてみると中宮のご用で、彼女は不在である。そこで藤房は鬢の髪を少し切って、歌を書き添えて置手紙をした。
 黒髪の乱れむ世まで長らへばこれをいまはの形身とも見よ
(189ページ、黒髪のように乱れる世をあなたが生きながらえることができたなら、この髪を私の最期の形見とみてください。) 

 戻ってきた輔の御局がこの歌を見て、読んでは泣き、泣いては読み、何度も読み返したが、心が慰められない。いとしい人を追っていきたいと思ったが、行方もわからず、いつまた再会できるかはわからないというので、思い余って、
 書き置きし君が玉章(たまずさ)身に添へて後の世までの形身とや見む
(190ページ、あなたが書き置いた手紙を携えて、来世まで形見として見よう。)
と藤房の歌に書き添えて、形見の髪を袖に入れ、大井川に投身自殺してしまったのは哀れきわまることであった。中国の詩人白居易が「君が一日の恩のために、妾が百年の身を過つ」(同上、男の一時の愛情のために、女がその一生を台無しにする)とったのはこのようなことであった。作者はやや冷めた目で、この悲恋について評する。
 愛する男の行動に何をしていいのかわからなくなった女性の気持ちには同情できなくはないが、危急の事態に対する備えをしないまま、天皇の謀議に参画していた藤房はうかつであったといわざるを得ない。このあたり、他の例も合わせ見ていくと、公卿と武士の違い、あるいは、個々の人物の個性の違いが明らかになってくるのではないかと思う。ただ、物語の記述する年代を辿っていくと、藤房が御局を見初めたのが元亨年間であり、藤房の流刑まで10年ほどの時間がたっており、わずか数年の間の恋と受け取られるような記述には大いに作為性が感じられる。それに第2巻を見る限り、藤房は後醍醐天皇の側にいて、そのまま奈良を目指して随行しており、恋人に会いに出かけている暇はなかったように読み取れる。あるいはこの挿話は実際はまったく違ったものであったのかもしれない。

 なお、西園寺家の邸のあった北山殿はその後、数奇な運命の転変を経て足利義満の北山山荘となり、さらにその後、通称金閣寺、本当の名前は鹿苑寺となって今日に至っている。
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