小倉美惠子『オオカミの護符』(2)

12月19日(金)晴れ

 著者はかつて代々農業を営んでいた実家の土蔵の護符についてその来歴を調べるうちに、それが奥多摩の御岳山と武蔵御嶽神社をめぐる信仰に由来することを知り、御岳山に何度も通うことになる。

 ある時、御嶽神社の宿坊の一つである山中荘の拝殿で「太占」と書いてある風変わりな「お札」を見かけた。横長のお札で、ずらりと農作物の名が並べられ、その下に数字が書かれている。太占とは、農作物の作柄予想が書きこまれた作況表だという。それだけでなく今でも毎年1月3日の朝に行う「太占祭」という神事で、鹿の肩甲骨を灼いて農作物の出来を占うという。この神事はあきる野市の阿伎留神社から伝えられたもののようであるが、今なおこの神事を伝えているのは群馬県富岡市の貫前(ぬきさき)神社(上野国一ノ宮)と武蔵御嶽神社だけであるという。

 この神事は門外不出の秘儀であるといわれたが、太占祭り当日の神が降りるとされる儀式の撮影を除き、記録する許可を宮司から得ることができた。神事の様子を撮影し、出来上がった太占表を目にした著者は、「この結果を読み解いて、天候を一番よく当てるのは農家の人たちですよ」(98ページ)という宮司の言葉をきいて、天候を読み当てるという農家の人を探して関東一円を歩き回ることになる。

 すると友人から「黒い獣の護符を畑に掲げている農家がある」と聞き、その農家を訪ねる。市街地でたった一軒となっても専業農家を続ける80歳の老人は太占表をすらすらと読み解いた。老人の畑を見守る「オイヌさま」は、「何故かひときわ逞しく精悍に見える」(105ページ)と著者は感じる。さらにその頭上に記されている「大口眞神」という文字が気になってくる。

 再び御岳山に向かった著者は、御嶽神社境内に「大口真神社」という社があることに気付く。「お札と同じ名を持つこのお社は御岳山の最も高い、しかも本殿を真後ろから見下ろす位置に置かれている」(107ページ)。著者は大口真神社は「オオクチマガミ社」といい、正月、五月、九月の年3回、「大口真神祭』が行われていることを知り、取材を申し込む。細字の中で、扉の奥から出てきた木像のご神体は、オオカミを直感させるものであった。そこで宮司に尋ねると、「大口真神はニホンオオカミである」(108ページ)というはっきりとした返事を得た。宮司自身が幼いころ、おじいさんから「この山にはオオカミが棲む」と聞かされ、オオカミと思しき遠吠えを聴いたということである。実際、関東の山々にはニホンオオカミが多く棲息し、イノシシやシカなど獣害を起こす動物たちを捕食し、農作物を守ってくれていたのだという。そのことからお百姓はオオカミを神と崇めるようになったのではないかという。

 著者はさらに御岳山のふもとにあるオオカミの頭骨を祀る家を訪問し、関東の山地には畿内に至るまでニホンオオカミが数多く棲息していたことをさらに確かめる。山梨県立博物館で「ニホンオオカミ絶滅から100年」というタイミングで行われた『オオカミがいた山』という特集展示をみて、自分が知っている以外のさまざまな種類の「オオカミの護符」の存在を知る。「なんと『オオカミの護符』を発行する神社は武蔵御嶽神社のみならず、関東甲信から中部地方にかけての山地に多く重なる。オオカミの頭骨を所蔵する家も多い」(118ページ)。

 「オオカミの護符」を発行するオオカミ神社は、奥多摩、埼玉、山梨が圧倒的に多いが、長野県と静岡県にまたがる天竜川沿いにもオオカミ信仰が盛んな地域がある。オオカミについての伝承と信仰は他の地域にもみられるが、「オオカミの護符」を発行し、講社が組まれる信仰形態は、関東と天竜川流域に限られているようである。

 さらにまたオオカミ信仰の神社は、護符を発行するだけでなく、境内の狛犬に特徴があることもわかってきたという。「普通の狛犬は『獅子型』という阿吽の獅子に似せた像だが、オオカミ神社の狛犬は「ヤマイヌ型」といわれ、オオカミをかたどっている」(121ページ)。著者はこのような知識を得て、ますますオオカミ信仰への関心を深め、今度はオオカミ信仰の神社が密集する秩父に向かうことになる。

 武蔵御嶽神社とともに太占の神事を伝えていると記されている貫前神社には、お参りして御朱印を頂いた(一宮巡歴を続けているのである)ことがあり、今、思い出してみると2006年のことあったので、著者が御岳山に通っていた時期ではないかと思う。その際に、川村二郎さんの一宮巡歴記などに走るされていないカエルの置物を備える慣わしがあることなどを見聞したのだが、太占についてはまったく聞き及ばなかった。神社に1度だけ詣でるのと、何度も詣でて、関係者から話を聞いていくのとでは、得られる情報の量や質に大きな違いが出るものだということを改めて感じさせられる。
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