ストックホルムでワルツを

12月14日(日)晴れ

 12月13日、横浜シネマ・ベティでスウェーデン映画『ストックホルムでワルツを』(2013、ペール・フライ監督)を見る。

 1960年代にスウェーデン語でジャズを歌い、1964年にビル・エヴァンズと共演して世界的な名声を得た歌手モニカ・ゼッタールンド(1937-2005)の半生を描く作品。

 スウェーデンのHagforsという田舎町で電話交換手として働くシングル・マザーのモニカは、その一方でジャズ歌手として各地を巡業して歩いている。ある時、その美貌と歌唱力とを買われて、ニューヨークのクラブで歌うことになるが、まだ人種差別が厳しかったアメリカで、黒人と白人が共演することは大衆的な支持を受けず、契約を解除され、さらに酒場で出会った憧れの歌手エラ・フィッツジェラルドからは、他人のまねではなくて、自分の心から出た歌を歌いなさいと言われる。

 スウェーデンに戻った彼女は夏の巡業中に出会った音楽仲間から、英語ではなくスウェーデン語の歌詞でジャズを歌ってみることを示唆され、新しい境地を開いて名声を確立していく。とは言うものの、彼女の音楽上の試みに対する風当たりも強く、その道は平たんとは言えない。加えて彼女の音楽活動を認めようとしない父親との確執、(『私は好奇心の強い女』で知られるヴィルゴット・シェーマン監督を含む)何人かの男たちとの出会いと別れ、祖父母と母の間でいったりきたりを繰り返すことになる娘との関係など、人間的な苦悩も加わる。過度の飲酒と喫煙とが彼女の体をむしばんでいったことも推測できる(歌手という仕事を考えると、かなりの不摂生である)。

 音楽家、特に歌い手の半生を描く作品は少なくないが、この映画では英語という多くの人々に受け入れられる言語で歌うか、自分の母語であり、慣れ親しんでいるスウェーデン語で歌うかという問題が強調されているところが注目される。モニカは英語で歌って、アメリカ進出に失敗し、スウェーデン語で歌うことで名声を得る。しかしおそらくはそのためにアメリカへの再進出の機会が遠のく。

 実をいうとジャズには不案内なうえに、外国の話なので、物語がいつ頃の話なのか、最初は見当がつかず、多少まごつきながら見ていた。電話の交換手という仕事が成立していたのだから、昔の話だというように頭が廻らなかったのは、音楽のほうに気を取られていたからかもしれない。この映画の年代がわかりにくかったのは、登場人物のファッションや住まいのインテリアなどきわめて洗練されていて、現代の話としてもおかしくはないほどであったことにもよるのであろう。同世代とは言えないが、モニカは私と同時代の人間であり、そう考えてみると、1960年代はまだ国による文化の違いが大きかったことを改めて考えさせられる(さらに言えば、アメリカという一つの国の中でも、人種や地方によって文化が違い、相互の交流があまりなかったのである)。その文化を超えて、彼女の歌は人気を得ていったのである。ニューオリンズで生まれ、もともと多国籍的な性格を持つ音楽であるジャズが、さらにその多国籍性を増していく過程を描いていると受け止めるべきであろうか。

 映画では描かれていないが、モニカ・ゼッタールンドは女優としても活躍したものの、後半生は病気であまり幸福とは言えなかったとのことである。スウェーデンの観客ならば誰でも知っていることなので省いたということかもしれないが、悲劇性を削ったことで娯楽作品として楽しめる出来上がりになっている。彼女の役を演じているエッダ・マグナソンはもともと歌手だそうで、歌唱力に加えて容貌の点でも(写真で見る限り)モニカの姿をよく再現しているように思われる。最近は北欧の蒸留酒とは縁のない生活をしているのだが、この映画を見て、また飲みたくなったというのは余計な感想であるかもしれない。
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突然唐突ですが、オイラブログに貴兄の文章の一部を転用させていただきました。 事後報告ですが了解をいただきたいの書き込みでした。 今後ともよろしくです。
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