『太平記』(19)

12月3日(水)晴れ、風が強い

 関東から派遣された大軍を相手に、智略を縦横に振るって赤坂城を守り抜いてきた楠正成ではあったが、いかんせん城は短期間で急造したものであり、兵糧なども十分に用意していなかったので、合戦が始まってから20日ほどたつと、城中の兵糧がなくなってきて、あと3,4日分しか残っていないという状態になった。

 そこで正成は兵士たちに向かって次のように言う。これまで何度かの合戦に勝って数えきれないほどの敵をうち滅ぼしてきたが、敵は大勢なので、この程度のことでひるんだりはしないだろう。すでに城中の食料はなくなりかけ、援軍も来る見込みがない。「元来(もとより)天下の士卒に(先)立って、草創の功を志す上は、節に当たり、義に臨んで、命を惜しむべきにあらず。しかりと雖も、事に臨んで恐れ、謀を好んでなすは、勇士のする所なり」(174ページ、もとより天下の武士たちに先立って、天下をあらため創る功績を挙げようと志している以上は、節義を守るべき時に当たり、また正義を貫くために、命を惜しむべきではない。とはいうものの、事態に慎重に対処し、策をめぐらすことは、勇士の道である。「事に臨んで懼れ、謀を好んで成す者なり」というのは『論語・述而』辺に見られる言葉だという。正成が『論語』を読んでいたとは考えにくいので、これは『太平記』の著者が正成の意図を汲んで、引用・作文したのであろう)。それで、しばらくこの城を落ちて、正成は自害したように見せて敵を欺こうと思う。正成が自害したと思えば、東国の軍勢は、喜んで撤退していくだろう。そこで、また正成が軍を率いて山に立てこもり、東国勢を悩ますことになれば、それが4回か5回重なるとと「敵などか退屈せざらん(=きっとうんざりするだろう)」(同上)と計画を述べる。正成に従っている士卒は皆同意したので、城の中に大きな穴を2丈(6メートル)ばかり掘り、これまでの合戦の戦死者の死体を穴の中に入れて、その上に炭、薪を積みおいて、雨風の降り続く夜を待つことにした。
 
 もし雨が降らないと、正成の計画は失敗に終わるのだが、運のよいことに、天候が急変して風雨が強くなり、陣営はひっそりと幕を垂れてその中に籠ってしまった。この時を待っていた正成は城中に1人だけを残し、われわれが城を脱出して4,5町ほど先までいったと思しきときに、火をつけろといいおいて、みな鎧兜を脱ぎ、寄せ手の中に紛れ込んで、数人ずつ別々になって、敵の軍勢の間を静かに通り抜けていった。

 正成が北条得宗家の内管領である長崎高資の弟、高貞の厩の前を通った時に、権勢を誇る重要人物の前を無断で通り抜けるとは何事かと咎められるが、何とか言い逃れをして足早に遠ざかろうとする。追及した人物は「さればこそ、怪しき者なれ。いかさま(=きっと)馬盗人かと覚ゆるぞ。ただ射殺せ」(175ページ)と近距離から弓を射かけた。夜だから、近くから狙わないと当たらないのである。矢は正成のひじにしっかりと当ったように見えたが、彼の体に突き刺さらずにそのまま飛び返った。これは正成が日ごろから信じて読誦していた観音経をお守りとして持っていたおかげであったと作者は記す。なお、高貞の兄、長崎高資はは当時の幕府の実権を握っていた人物で、第2巻では慎重派の二階堂道蘊をおさえて、後醍醐天皇を流刑に、大塔宮を死罪にすべきであると強硬論をはいている。

 正成は危ういところで難を逃れて、20町以上も城から遠ざかって後ろを振り向くと、指図どおりに城は火の海となっている。寄せ手は城は落ちたと叫んで、勝どきを挙げ、落ち武者たちを討ち取れと騒ぎ立てる。火がやんで、城の中を見ると、大きな穴の中に焼け焦げた死体が多く転がっている。幕府の兵士たちは「あなあはれや、正成早や自害をけり。敵ながら、弓矢取って尋常に(=立派に)死にたるものかな」(176ページ)と口々にほめたたえたのであった(死んだと思っているから、安心してほめているのである)。

 また、備後で挙兵した桜山四郎入道は、備後の一ノ宮である吉備津神社(広島県福山市新市町)に火をかけて自害した。入道は荒れ果てた神社の社殿を再建したいと思っていて、尊王の兵を起こしたのもこの大願を果たすためであったのだが、かなわないので、社殿に火をかけた。焼けてしまえば、だれかが再建してくれるだろう、そうなれば思い残すことはないと、深く考えをめぐらしてのことからであった。

 これで『太平記』の第3巻が終わる。後醍醐天皇は隠岐に流され、正成は大軍を相手に大活躍をしたものの最後には赤坂の城を捨てる。とはいうものの、彼の不屈の戦いはまだ続くはずである。幕府の軍事的な優勢はつづいているが、幕政の失政への不満と新しい政治への期待は静まらず、依然として新たな波乱が起きそうな予感がある。
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