須賀敦子の世界展

11月22日(土)晴れ

 県立神奈川近代文学館で開かれている「須賀敦子の世界展」を見に出かけた。間もなく最終日という時期になってやっと出かけた。須賀さんの書いたもののかなり多くを読んでいるのだが、なかなか出かけようとしなかったのは原稿や手紙を中心とした展示で何がわかるのだろうかという気持ちがあったからである。それでも実際に、小さな字でこまごまと書かれた手紙を見てその人となりを具体的に想像したり、須賀さんが早い時期から原稿をデジタル入力していたという事実を知ったりしたので、この展示を見ただけのことはあったと思っている。

 以前にも書いたが、須賀さんの書いたものを一生懸命に読んでいた時期もあるし、意識的であったか無意識にであったかは自分でもわからないが、遠ざかっていた時期もある。須賀さんはイタリアを中心としたヨーロッパの文学・文学を専門に研究し、イタリアの文学作品を翻訳され、イタリアの風物についての心に残る多くのエッセーを残した。その一方で社会事業に関心をもっていたり、児童文学の習作を書いたりしていたようで、晩年には小説の構想も温めていたらしく、その人間的な多面性はこちらの想像を上回るところがある。
 ヨーロッパという多面的な世界をどのように理解するかは、さまざまな可能性をはらんだ試みであるが、結局のところ、ヨーロッパを構成するさまざまな民族と文化的な伝統のどのような配合を自分のものとして受け入れていくか、それを自らの文化的な背景に即してどのように理解していくかという問題ではないかと思う。そういう意味で、須賀さんのイタリアを中心としたヨーロッパ理解と、私の英国を中心としたヨーロッパ理解とが重なる部分もあるし、重ならない部分もあるのは当然のことである。イタリアは多様性をもつ国であり、英国も同様である。そしてヨーロッパはそのような多様性を内包した国の集合である。それで、その中のどのような要素を重視するかによって、須賀さんの世界に近づいたり、そこから遠ざかったりしたのだろうと思う。まあ、おそらく共通する要素というのはキリスト教=カトリック信仰と、ラテン語=ロマンス諸語への愛着、イタリア文学への興味であろう。しかし、カトリック信仰にも、イタリア文学にもさらに様々な傾向がある。宗教的な信仰ということについていえば、カトリックの学校で教育を受けたという点での共通性はあっても、信者になったり、社会事業に積極的に参加したりした須賀さんと、公教要理を途中でやめた私とでは大きな開きがある。とはいえ須賀さんがカトリック信仰一本やりだったのに対し、私は仏教や神道についても興味を持ってきたので、宗教的な関心の在り方という点での違いは質的なものも含んでいる。イタリア語・イタリア文学についての実力差はさておいても、須賀さんは厭世的・悲観的な傾向をもつ文学を遠ざけていたようで、その点の好みの違いがある。

 須賀さんがカトリック左派の社会運動に参加して、ミラノにあったコルシア書店を拠点として活動していたことは多くの人の知るところでもあり、この展示でも大いに強調されている。だとするとイタリアの映画作家で政治的な傾向として最も近そうなのは、ロベルト・ロッセリーニであると思うのだが、須賀さんの書かれた文章に出てくる映画作家というとルキノ・ヴィスコンティであったり、フェデリコ・フェリーニであったり、ピエル=パオロ・パゾリーニであったりするのはどういうことか。須賀さんの教え子の一人であり、映画に造詣の深い岡本太郎さんあたりに意見をうかがってみたい問題である。

 いろいろなことを書き散らしてきたが要するに、ヨーロッパ文化とはどういうものか、それがわれわれ日本人にとって、あるいは世界一般にとって、どのような歴史的意義をもっているのかという問題につて、考える重要な手掛かりを与えてくれた物書きの一人が須賀さんであったのだが、その多面性をどのように理解するかということで、近づいたり、離れたりを繰り返してきたということである。

 今回の展示を見て知ったことというと文壇関係の情報が多く、須賀さんが学生時代にカトリック信者としての活動を通じて有吉佐和子と交流があり、その後も断続的に続いていたこと、庄野潤三や丸谷才一との交流についてである。さらに須賀さんがイタリア文学の専門家の教育に大きく貢献されたこと(特にダンテの『神曲』の研究会を主宰されていたこと)、またもっと一般的に日本とヨーロッパの文学の教育者として多くの学生たちに文学への興味を喚起されていたことを知ることができた。現役だったころに須賀さんの教育者としての側面について多くのことを知っていれば、もう少し自分自身がましな人間として生きることができたのではないかと、その点をめぐっては残念な気分になっている。
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