ヘレン・マクロイ『逃げる幻』

11月9日(日)曇り、時々雨(一時晴れ間が見えたが、また雲が広がった)

 11月8日、ヘレン・マクロイ『逃げる幻』(創元推理文庫)を読み終える。原題はThe One That Got Awayで、このThe Oneというのをどう解釈すべきなのか、『逃げた一人』と訳してよいのか、思案中である。どなたか、適切な解釈を示していただければありがたい。

 第二次世界大戦が、少なくともヨーロッパでは終わったものの、あちこちでその余燼がくすぶっている1945年のこと、予備役の米海軍大尉である語り手のピーター・ダンバーはウイーンから飛行機を乗り継いでスコットランドのハイランドに到着する。休暇という名目であるが、何か使命を帯びた滞在であるらしい。

 飛行機の中で彼はネスおよびインヴァ―伯爵であるアラン・トークヒル(ネス卿)と出会う。ネス卿はダンバーがもともと精神科医であることを知り、非行青少年の心理についてのダンバーの著作を読んだことを思い出して、自分の身近にいる少年が家出を繰り返していることについて意見を求める。家庭環境についてみれば申し分がないはずの正常な普通の少年が1か月のうちに3度も家出を繰り返しているのはどんな理由によるものなのか。

 ダンバーが宿泊するアルドライ羊牧場まで、ネス卿の車に同乗することになるが、目的地に近づくにつれて、次第に事の真相が詳しく分かってくる。家出を繰り返しているのは、羊牧場の近くに住んでいる(本来はネス卿の住まいだったのを借りている)米国人の小説家エリック・ストックトンの息子であるジョニー・ストックトンであり、今回また家出をして近くの住民が総出で捜索中であるという。アルドライ羊牧場に着いたダンバーはジョニーを偶然発見し、ストックトンのもとに送り届ける。気になるのはジョニーの目に恐怖が浮かんでいることである。ストックトンの家で出会ったジョニーの従姉のアリスにダンバーは魅力を感じるが、アリスはジョニーの家庭教師であるフランス人のシャルパンティエと親密であるらしい。
 やがてエリックはダンバーに、ジョニーが彼の実子ではなく、甥であり、実の両親は日本軍の捕虜となってすでに他界していること、さらに戦争中に疎開して施設に入っているときに、その施設がドイツ軍の爆撃に見舞われ、一緒に暮らしていた子どもたちは全員死亡して一人だけ生き残ったことなどを語る。彼のそのような境遇から一家の人々は、ジョニーに対して厳しく接することができないのである。特にエリックの妻であるフランシスはジョニーを溺愛しており、そのせいかジョニーをめぐって奇妙な言動がある。あるいはジョニーについて、他の誰もが知っていない何事かを知っているのかもしれない。

 そして2日後、新たな事件が発生する。
 少年が家出を繰り返すのはなぜか。ダンバーの周辺には謎の人物が出現し、事態はより複雑なものになったように思われる。そしてダンバーがハイランドにやって来ている本当の理由は何か? 

 ネス卿はダンバーの著書を読んでおり、ダンバーはエリック・ストックトンの作品を読んでいる。書物をめぐる繋がりはそれだけにとどまらないが、それは読んでのお楽しみということにしていただきたい。しかし、そんなにうまい話があるのだろうかという気がしないでもない。とにかく、現実の世界と書物の世界、あるいは幻想や伝説の世界が巧みに混ぜ合わされている。ドイルやクリスティの推理小説でも怪奇色が織り込まれたものがあるが、多くの作品がロンドン周辺を中心とするイングランド南部を舞台としているので、効果が限られている(もともとエディンバラの出身であるドイルは怪奇小説を書くときには、スコットランドに舞台を設定することがあった)。この作品はスコットランドのそれも北のほうのハイランドに舞台を設定しているので、怪奇色が鮮やかになっている。しかもその怪奇色が作品の舞台としてのスコットランドの魅力を強めているように思われる。マクロイはアメリカの女流作家であるが、スコットランドの雰囲気をよくつかんでいると思った。もっともスコットランドに詳しい人が読めば、また違う印象があるかもしれない。とにかく、この小説を読んだ結果として、スコットランドに出かけたくなって旅行ガイドの立ち読みに出かけたくらいである。
 それから、あまり余計なことを書くとネタバレになってしまうから、簡単に書いておくが、戦時下、戦後の社会不安の中で展開する事件を描くという点でクリスティの『動く指』や『満潮に乗って』と共通点があるような気がして、読んでいた。そうそう、学童疎開といえば、クリスティが戯曲化した『ねずみとり』は、学童疎開の忌まわしい思い出が背景になっている。そういうことも念頭に置いて読んでいただきたいと思う。 
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